軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36 ザワつく城

「本当に今の四人部屋でいいのですか?」

「はい。一人部屋は寂しいので」

「そうですか。そんなことを言う人は初めてです」

驚いているのは上級侍女管理責任者のメリッサだ。

シャーロットに一人部屋への移動の話を持ってきたのに、あっさり辞退されてしまった。

「シャーロットさんに関しては初めてがそれだけじゃないわね。お城で働き始めてから一年ちょっとで下級侍女から上級に異動になった人も初めてよ。それと、平民の上級侍女という存在も初めてなの。大丈夫?意地悪されていない?」

「いえ、全く。皆さんお優しくしてくださいます」

メリッサは(嘘はついてないか)と確かめるようにシャーロットの顔を見る。

「そう。ならよかった。王妃殿下の直接のお声がけで上級職への異動が決まったのですから、いじめてやろうなんて人も出ないのかもね」

シャーロットは母に鍛えられた『曖昧な微笑み』をさっきから多用している。

(そっか。私、王妃様直々、て噂になってたのね。そりゃいじめられないはずだわ)

「実は私も上級侍女管理官としては初めての子爵家の人間なのよ。今までは伯爵以上の方が担当なさっていたらしくてね」

メリッサは四十代後半くらいだろうか。

赤みのある金髪で優しげな人だった。

「上級侍女の皆さんはほぼ全員が高位貴族のご令嬢やご夫人でしょう?若い方は二、三年働いたら結婚してお辞めになる方々ばかり。子爵家出身の私は結構苦労したのよ。注意してもクスクス笑われるだけで知らん顔をされました」

「そうでしたか」

「私もあなたも『最初の一人』ね。これだから子爵家の人間は、とか、これだから平民はって、言わせないようにお互い頑張りましょうね」

「はいっ」

メリッサに給金のことやお休みのことを説明されて、少々驚いた。給金が今までよりもだいぶ高い。

それにお休みも月に一度なのは変わらないが、毎月二日間の連休なのだ。

(これで実家に帰りやすくなった)

そう喜びながらメリッサの部屋を出た。

朝の鍛錬の後、再びシモンが夕食に誘ってくれた。

「今夜、夕食を食べにいかないかい?何か用事がある? ちょっと話したいことがあるんだ」

「いえ、用事はありません。では、ご一緒させてください」

「あれから二週間たったけど、早すぎた?迷惑かな?」

そう尋ねるシモンの顔に不安の色が 過(よぎ) るのを見て不思議に思う。

(多くの女性がこの人に憧れているのに、なぜそう思うんだろう。そもそも、私でいいのかな)

「迷惑ではありません。外食は嬉しいです」

シャーロットがそう答えると、シモンの顔が明るくなった。

その夜の店も前回同様に気安い雰囲気の店だったが、奥まった半個室のような席に案内された。細長い店内の左手の壁際に四人がけの席が並んでいて、隣の席との間に壁がある。店員がいなければ二人だけになる造りだった。右手は長いカウンター席だ。

メニューを見ても食べたことがないものばかりだったので、料理の選択はシモンに任せた。

仔羊と野菜の蒸し焼き、干し海老と干した貝の澄んだスープ、フレッシュチーズにざっくり潰したイチゴをたっぷり合わせて蜂蜜をたらしたもの、パンを三種類。それとエール。

どれもシャーロットは初めての料理で、わくわくした。

「さあ、熱いうちに食べよう」

「はい!」

外食の経験がほとんどないシャーロットはひと口ごとに感心する。仔羊の肉は柔らかく香辛料がたっぷり使われていて、食べれば食べるほどもっと食べたくなる味。薄くついている脂身の甘さが感動的に美味しかった。

干し海老と干した貝のスープはしみじみ身体に染み渡るような旨味がたっぷり。甘酸っぱいイチゴをざっくり潰して添えられた白いフレッシュチーズは、蜂蜜がかけられているのもあってデザートとして完璧な美味しさだった。

もりもり食べるシャーロットを微笑ましくシモンが見ているのに気づいて

「はしたない食べ方をしましたね」

と恥じらうシャーロット。そんな顔もまた可愛らしいと思うシモン。

「いや、美味しそうに食べてもらえると、誘った方としてはとても嬉しいよ」

「あの、シモンさん、お忙しいんですか?少しお疲れのようですけど。毎朝の鍛錬で寝不足なのではありませんか?」

「ちょっと立太子式のことで忙しいからかな。ほら、各国から祝いの使者がくるだろう?白鷹隊は王族の護衛が専門だから。把握しておくべきことが結構あるんだ」

(護衛の仕事で頭が疲れる仕事って何かしら)

そう思ったシャーロットの心の声を読み取ったかのようにシモンが説明してくれた。

「一応、訪れる使者の顔や特徴、その国の習慣や宗教的な注意点などを頭にいれておくんだ。六カ国分だから、覚えなくてはならないことが膨大で。だけどオレリアン殿下はすぐに覚えるな。年齢じゃないんだね、こういうことは」

「殿下がですか?」

「ああ。ほとんど一度見たら顔と名前を覚えてしまうよ。各国の習慣や宗教も読めば覚えるらしい。オレリアン殿下は天才じゃないかと思う」

「まあ。そんな一面が」

「普段はただのやんちゃ坊主に見えるけどね。ものすごく頭がいい」

そう言えば、森に出かけたときも、たくさんの木の葉を収集していて、それを押し葉にするのだと言っていたが、あれも全部覚えるのだろうか、と感心する。

「そうかと思うと階段の手すりを滑り降りて骨を折ったりするんだが」

「うふふ。子どもらしい面もおありですよね。あっ!お尋ねしたかったことが」

「どうした?」

「鳥笛、三つあったのに、王女殿下たちはあの笛で遊んでいるご様子が全くないんです」

「えっ?俺、渡す時にちゃんと『三つありますから仲良く分けてくださいね』って言って渡したよ?」

二人で顔を見合わせ、同時に苦笑した。

「独り占めしたな」

「多分、全部の音色が違ったんですよ。笛の音色は使っている木にもよりますし、穴の位置や大きさによっても微妙に音が変わりますから」

「今度確認しておくよ。そういうところは殿下も子どもらしいといえば子どもらしいか」

「私はひとりっ子ですから、殿下たちのやり取りはそんなことでさえも微笑ましいです」

「そうだね。王家はみんな仲良しだ。羨ましい」

少しシモンの声の調子が変わったので顔を見る。シモンの視線がどこを見るでもなくぼんやりしていた。

「どうかなさいましたか?」

「いや。なんでもない」

会話を変えた方がいいかとシャーロットは立太子式のことを尋ねた。

「たくさんのお客様がいらっしゃるんですか?」

「周辺六カ国から代表の使者とお供たち。お供の人数は国によって違うかな。皆、お祝いの品を持ってやって来るから、こちらも相応のもてなしをするんだ。宴会や会談のときに王族の方々に何ごとも起きないように警護をするのが白鷹隊の役目だよ」

「大変ですね」

「立太子式に関わるのは今回だけだから。次の大きな式典はオレリアン殿下の結婚式かな。その頃には俺は白鷹隊にいないから」

シャーロットは頭の中で計算して(なぜ?)と思う。

「八歳の殿下のご結婚は十年後とか十五年後とかでしょうから、シモンさんはまだ隊にいらっしゃるのではないですか?」

「いろいろあってね」

「そうですか……」

複雑な育ち方をしたシャーロットにしてみれば、シモンは実の親の元で育って高位貴族で白鷹隊で、何ひとつ欠けることがないように見える。だが、きっとそう簡単なことでもないのだろうと胸の中だけでつぶやいた。

「そうだ、伝えておきたいことがあるんだ。使者の中にはバンタース王国の王子とチュニズ王国の王子もいるんだよ。王族はその二人だ。他の国からは大臣や官僚が来る」

「そう、ですか」

「ああ。バンタースからはイブライム王子、チュニズからはユベル第二王子が来るらしい」

「私はお祝いの席に近寄ることはありませんから、あまりお客様と関わることはないと思います」

「いや、どちらの王子も城に七日間滞在する予定だから」

(七日間も滞在するのね……)

「どちらも絵姿を今度部屋に届けさせるよ。顔を覚えておいたほうがいい」

「はい、ありがとうございます。他国の王族の方々ですものね。失礼のないように気をつけます」

シモンはシャーロットが見初められて他国に連れて行かれないかを心配しているのだが、シャーロットは(バンタースの人たちに自分の姿を見せるわけにはいかない)と思う。

「今はいろんな人が出入りしているから、気をつけてね」

「はい。ありがとうございます。最近、アデル王女のお付きの方の体調がよろしくなくて。手が足りませんから。多分室内で殿下たちと遊んでいます。大丈夫です」

二人の王女のお付きは何人もいるのだが、アデル王女は赤ちゃんの頃から決まった方にしか懐かず、その女性はほぼ毎日、朝から晩まで付き添っている。

そのお付きの女性は三十代半ばのかなり華奢な人で、シャーロットも(あまり体力がなさそうな方)とは思っていた。

成長と共に活発になってきたアデル王女のお付きの仕事が体力的にきついらしく、その女性の具合が悪そうなのだ。何度も「あなたが来てくれて助かってるわ」とお礼を言われている。

その夜はそんな会話をして早めに城に帰った。

同室の皆の寝息を聞きながら考え事をした。不安に思ったのは、バンタースの王子のことだけではない。

シモンが言う通り、このところ城に出入りする商人や業者が格段に増えていた。

あまり外には出なくなったシャーロットだったが、窓から見ていると商人や作業で呼ばれた業者などが通路を行き交い、裏門は常にたくさんの人が行列を作っている。

昼に食堂に行く時も、見たことのない顔とすれ違うことが増えた。城の中も外もザワザワしていた。

(外に出るなら暗くなる夕方以降ね)

シャーロットはそう用心していた。