軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33 初めての外食

「スザンヌさん、ちょっと抱きしめてもいいですか?」

「ごふっ、ごふごふっ」

「あらら、大丈夫ですか? お水、はい、どうぞ」

「ごふごふっ。もぅ、シャーロットったらなによ、いきなり」

衣装部の先輩スザンヌは、お昼のパンを飲み込むところだったので盛大にむせた。

「お世話になっている方にワンピースを作ってプレゼントしようと思っているんですけど、なんとなくスザンヌさんと感じが似てるから」

「それで私を抱きしめようとしたの?」

「はい」

「いいけど。ちゃんとサイズを測ればいいのに」

「なかなかお会いできない人なので。それと、季節が変わる前に仕上げて渡したいんです」

「いいわよ、ほら」

食堂の椅子からスザンヌが立ち上がり、両腕を横に広げた。

シャーロットが満面の笑みで立ち上がって、スザンヌにそっと抱きついた。

「どう?」

「同じ感じです!」

「わかった。じゃあ、私のサイズ表を渡すから。ワンピースは縫ったことがあるのよね?」

「二度」

「二度しか作ったことがないのに贈り物にするの? 大丈夫なの?」

「多分」

「ええ? 心配だわねえ。毎日その製作中のワンピースを持っていらっしゃいよ」

スザンヌは四人姉弟の一番上。面倒見の良さは習い性となっている。

休憩時間や仕事終わりに何かと声をかけてシャーロットのワンピース作りをチェックした。その都度直すべきところや気をつけるべき箇所をシャーロットに教え続けた。

スザンヌの丁寧な指導もあって、クレールに贈るワンピースは無事に形になった。

紺色のワンピースはあまりサイズにこだわらないゆったりしたデザイン。丸襟と七分丈の袖の袖口がグレーの、地味だが品のあるものになった。

袖とボタン穴の周囲には、同じ紺色の刺繍糸で精緻な花と茎、葉が刺繍してある。パッと見にはわからないが近くで見るとわかる。衣類に華やかさを求めなさそうなクレールへの思いやりだ。

「よし。あとは前ボタンを付ければ完成!」

そう言って針箱の中を探したが、適当なボタンがない。

ウサギの毛皮のベストが好評で、ポールに渡した物以外に四着作った。ほとんど手持ちのボタンをそちらに使ってしまっていることに気がついた。

時刻は夕方の六時半。使用人用の食堂に夕食を食べに行かなくてはならないが、ボタンも買いたい。

「たまには外食をしてもいいわよね」

祖父から父にたくさんのお金が渡された。森の家のお金もある。もう自分が生活を切り詰めて父の老後に備えて貯金をしなくてもいいのだ。

シャーロットは唯一持っているお出かけ用の水色のワンピースに着替えた。ボタンを買いがてら一人で外食してみようと思い立ったのだ。

いつもの肩掛けカバンに少しのお金とハンカチを入れて宿舎を出た。使用人用の門を出たところで鍛錬から戻ってきたらしい十人ほどの騎士たちと鉢合わせをした。

ぺこりと頭を下げて脇にどき、騎士の集団の脇を通り過ぎようとしたら声をかけられた。

「シャーロット」

「はい?」

振り返るとシモンだった。

「シモンさん。おかえりなさいませ」

「どこかに行くの?」

「ごはんを食べに」

「一人で?」

「はい。初めての冒険です」

そう言って笑ったシャーロットにシモンは小声の早口で話しかけた。

「俺も一緒に行ってもいいかな。大急ぎで着替えてくるから」

「はい、かまいませんけど、私が行くのは……」

「ちょっと待ってて!」

言うなりシモンは仲間に「悪い! 先に行く! 」と声をかけ、誰の返事も待たずに猛烈な勢いで走り去った。

それを見送って、シャーロットは(一緒にって。私は屋台で何か買ってベンチで食べるつもりだったのに)と眉を下げる。

おそらく貴族のシモンは屋台でなど食べたことがないだろう。かと言って貴族が利用するような高級な店で食べるほどのお金を自分は持ってきていない。

(どうしよう。困ったわ)

そう待たずにシモンが走って戻ってきた。

黒に近い濃いグレーのシャツに少し淡いグレーのズボン。走ったせいか、額に汗が浮いていた。シャーロットが肩掛けカバンからハンカチを取り出して差し出すと

「あっ、すまない」

と言って受け取ったものの、そのハンカチを少し眺めてから

「でも、いきなり俺が汗を拭いたら君がこのハンカチを使えなくなるよね。申し訳ないからこれはいいよ。そうか、慌てていたからハンカチを忘れたな」

と言っていきなり袖で額を拭いた。

シャーロットは(貴族でもそんなことをするの?)と驚いてから思わず笑った。

最近、自分でもよく笑うようになったと思う。心の中に吹いていた風が止んでから、毎日が浮き立つような、心が軽くなったような気分なのだ。

シャーロットの笑顔を見ていたシモンがなぜかスッと視線を外して

「行こうか」

と歩き出した。シャーロットが斜め後ろを付いて歩いていると、振り返って困った顔で話しかけてくる。

「隣においでよ。嫌じゃなければだけど」

「嫌だなんて。貴族の方と並んで歩いていいのかわからなかったので」

「いいに決まってるよ。俺が誘ったんだから」

「はい、では」

王都の混雑した通りでたくさんの人がチラリとこちらを見る。

シャーロットを見る人もいれば、シモンを見る人もいる。

「ほぉ」と感心したように振り返る人は二人の美しさに驚いたのか。または背の高い二人が風を切って結構な早足で歩いているのに驚いたのか。

「シモンさん、私、ボタンを買いたいのですが、先に立ち寄ってもいいでしょうか」

「いいよ。どの店?」

「あそこです」

ボタンや生地、リボンやレースが詰め込まれている店で、シモンは完全に浮いていた。

だがシモンは他の女性客から自分に向けられる視線を全く気にせず、シャーロットと一緒にボタンのコーナーを眺めている。

「これと、これ。あとこれですね」

「何か作るの?」

「父のお友達の女性に。とてもお世話になったので」

「そうなんだ。君は本当に純粋ないい人だな」

声が少し元気がない気がしたが、どうしました?と聞くのも不躾かと思って会計を済ませる。

店を出たところでシャーロットは勇気を出した。

「シモンさん。私、屋台で買ってベンチで食べようかと思っていたので、お金をあまり持ってきていません。高いお店には入れないんです」

少し顔を赤くして両手を拳に握り、視線をシモンの肩あたりに向けてシャーロットがそう言うと、シモンはまた困った顔をした。

「俺、もう十年も城で騎士をやってるんだ。君にご馳走するくらいは手持ちがあるから。君はそんな心配をする必要はないよ。ご馳走させてくれる?」

「ご馳走していただく理由がありませんもの。屋台じゃだめですか?」

「理由はある。ええと、毎朝剣の鍛錬に付き合ってもらってる」

シモンは思わずそう言ってから(いやそれも違うか?)と思うが、シャーロットの顔がパッと明るくなったのでよしとした。

「本当なら私がご馳走しなくてはなりませんね。剣の腕が上のシモンさんに相手をしてもらってるんですもの」

「いや、そうじゃなくて。まあとにかく、気楽な店を選ぶから。行こう」

隣に並んで歩くシャーロットにそっと腕を回して反対側の肩を、触れるか触れないかの力加減で一瞬だけ誘導した。シャーロットの髪から柑橘系のいい匂いがして、いつも女性とは極力距離を取るようにしているシモンは(香水みたいにくどくなくていい香りだなぁ)と思う。

シモンが案内したのはパンと焼き菓子の店の脇にある細い階段を上がった二階のレストランだった。店内は明るく、家族連れや男女二人連れ、老人や中年男性の一人客などで半分くらいの席が埋まっていた。

(これなら私のお金でもどうにか足りそうね。服装も失礼にはならないし。よかった!)

何年も前、母が「客は店の雰囲気の一部。品の良い店に行くときはそれなりの服装をするのもマナーよ」と言っていたのを思い出す。その時のシャーロットは床に直接腰を下ろして鹿の皮の内側をヘラでゴリゴリと均していた時だったので、「こんな私がそれなりの服装って」と思わず笑ってしまい、「だいじなことです。ちゃんと覚えておきなさい」と叱られたものだった。

「感じがいい店だろう?ここはパンを下で売っている商品から選べるんだ」

「わぁ。お店のパンを食べるのは初めてです。楽しみです」

「気にいるといいんだけど」

テーブルに置いてあるメニューを見て、シャーロットは牛肉のシチューとパンにした。シモンもシチューを頼んだが、パンを四つとワインも頼んだ。

「グラスは二つでね」

慣れた感じに注文して、シャーロットを見たシモンが話しかけた。

「この前のお茶会、力になるつもりで役に立てなかったね。申し訳なかった」

「いえ。あれはちょっと込み入った話でしたから。気を遣ってくださってありがとうございます。今度私、王子殿下王女殿下のおそばで働くことになりました。護衛、みたいな感じでしょうか」

「君が?護衛?」

「でも刺繍もしますし、殿下方の遊びのお相手もするかもしれません」

「それは、どういう……」

「んー。詳しいことはまだちょっと、わかりません」

「そうか」

グツグツと沸騰しているシチューが運ばれてきた。深皿ごとオーブンに入れてあったらしく、木の受け皿に載せられたシチューはとても熱そうだ。上に載せられているチーズに少し焦げ目が付いていて、スプーンを差し込むととろけたチーズが長く伸びた。

ふうふうと吹いて冷ましてから口に入れると、柔らかい野菜と牛スネ肉がとろける。

「美味しいです!」

そう言ってクルミパンをちぎって口に入れ、また笑顔になった。シャーロットの幸せそうな笑顔を見ていたシモンが少し不思議そうな顔になった。

「前よりよく笑うようになったね」

「そうでしょうか」

「うん。前は俺のことも警戒してたし、笑顔も硬かったように思う」

それを聞いてシャーロットは何度もうなずいた。

「あぁ、それはずっと、ええと、変なことを言いますけど、風が吹いていたんです。風としか言いようがないんですが、何をしていても(私は両親に見限られたんじゃないか、また捨てられたんじゃないか)って思っていたんです。他の人はみんな親と上手くいってるのに、私はなんで捨てられるのかなって卑屈になってました」

「君がそんなふうに思ってたなんて意外だな」

「そうじゃなかったとわかったら、心の中でヒュウヒュウ吹いていた風が消えました。それからはたくさん笑えるようになりました」

シモンがしみじみ、という顔でパンを口に放り込んだ。

「そうか。不安が解決したんだね。よかった。人って様々だなぁ。俺は……いや、俺の話はいいや。ワインのお代わりは?」

「いえ、もう帰らないと門限になります」

料理を食べ終え、シモンにご馳走してもらい、シャーロットは恐縮してお礼を述べた。

二人でまた並んで歩いて帰った。

お城の門をくぐる時、シモンが

「俺、こんなに楽しい時間は本当に久しぶりだったよ。ありがとう。よかったらまた食事に付き合ってくれる?」

「はい。その代わり、必ず今夜みたいに気楽なお店にしてくださいね。次は私もお支払いします」

安い店を望み、割り勘にしろと言うシャーロットが可愛らしくて、シモンは「クックック」と笑って手を振って宿舎に戻って行った。

「なんで? 私、変なこと言った?」とシャーロットは怪訝な顔で見送った。