軽量なろうリーダー

貴様を愛することはないといった夫と侵略者の私

作者: 重田いの

本文

「いいか! 俺が貴様を愛することはないっ! 雪原でうろうろしているしか能がない一族の出のくせに、我らがニコラ公国に足を踏み入れるとはなっ。分を弁えろ、犬の娘!」

「あららら……」

マルーシャ・セルゲヴナは初夜のための豪華なネグリジェの裾を握り、小首を傾げた。

目の前には、ミハイル・ヴォルコフ・ニコラ大公。灰金色の髪をかき上げ、彼はフンス!と鼻息を荒くする。

「そもそも俺には愛する人がいるっ!」

「まあまあ、おめでとうございます」

「貴様は……ッ!」

「ミハイルさまあああ~~~~っ」

と、無礼にも走り込んでくる影がひとつ。

ミハイルはぱあっと笑うと、飛び込んできた少女を抱きしめた。

「ナタリア! 来てくれたのか、愛らしいやつめ」

「ううっ、あたし、あたしィ~~~~、どうしても辛くってェ……」

「ナタリア! 俺がお前を裏切ることはない。安心しろ!」

「みみみい、ミハイルさまああ~~~~ナタリア、うれしい~~~っ!!」

ひし、と抱きしめ合う二人。

しきたりに伴い連れてこられた塔の最上階。天窓から月明りが二人を照らし、さながら舞台のようである。マルーシャはぱちぱち拍手した。

「あたし、遊牧民なんかに負けないっ」

キリッ、と少女はマルーシャを睨みつける。

鳶色の髪をぶっといお下げに編んだ、たぶんメイドの少女である。仕事はいいのだろうか? 主の婚礼の夜なんていくらでもやることがありそうなものだが……。

「あたし、あたし、あんたと戦う! マルーシャ、お前なんてなんにもできないくせにっ。なんの努力もしてないくせに、ミハイル様に愛されようだなんて身の程しらずっっっ」

「ナタリア……」

ミハイルは感動しているようだった。

それから、ポッと頬を染めた少女の身体を抱き寄せてこう宣言した。

「そうだそうだっ。僕らはお前らと戦う! ふふふ。ヴォルコヴァ連合の圧力になんか負けないからな。お前の父親が問い合わせてきたら、お前は病気で死んでしまったと言おう。助けなんかこないんだぞお?」

「きゃ~~~~~~っ、ミハイルさま、策士~~~~! かっこい~~~~!」

「ふふふ。マルーシャ!」

「はあ」

びしり、と指さされマルーシャは頷いた。暖炉の火がパチッと燃えた。

「お前はこのままここに閉じ込めてやる! 僕らの真実の愛を邪魔したこと、永遠に後悔しろ、この横入り女め!」

「きゃ~~~~~~っ、横入りっていけないことなんですよお? わかんなかったのウケるう~~~~~! ぴゃき~~~~~っ!」

「はあ」

マルーシャはうんうん頷く。

「夫としてのご命令であれば、まあ、わかりました」

ミハイルとナタリアは鉄の扉まで一緒に歩くと、

「フンッッッッッ!!」

と同じ表情をして舌を出し、親指を下に向けた。

マルーシャはよく知らないが、農耕民たちはよくこうして遊牧民をあざける。彼らの宗教観においては神々の罰を意味するという。

そして扉は閉ざされた。

「はあ、さむ」

マルーシャは腕をさすり、薪をくべた。

すぐに足音がした。

「姫君―っ、ご無事ですか!」

「ん。平気」

家臣たちである。

曲刀を持ったむくつけき男たちがバアン! と鉄扉を蹴破った。

毛布をかぶって寝台の上にいるマルーシャを見つけると、即座に狼の毛皮でくるんで塔から下してくれる。

「悪いわねえ、手間かけて」

「いやなに、心配しましたぞ!」

「連合王陛下によく言われておりましたから。定住民どもは嘘をつくと」

「見張っていてよかった」

「あのクソガキ、目にもの見せてやりましょう」

「ああー、それはおやめ、おやめ」

抱きかかえられ、王宮の中庭に築かれたテントの群れの中に収納されながら、マルーシャは手をぱたぱた振る。

「明日、私が自分でやるわ。お前たちが出張ることないわよ」

***

翌朝。

ミハイルとナタリアがイチャつきながら部屋に入ると、すでにマルーシャがいた。

「な、な、なんでいるんだあああ~~~~~~~~!?」

「キュピーーーーッ! ミハイルさまあ、あたし怖いですう~~~~~」

朝食室と呼ばれる一部屋を見つけるのは簡単だった。

家臣団の主だった戦士たちを背後に従え、執事だという老齢の男性に曲刀をチラつかせればすぐ吐いたから。

「この王宮の警備体制は……ちょっと問題ありそうですわねえ」

マルーシャは温かいスープをスプーンでかき回す。

「あっ、それは僕のスープだぞお!?」

今まで誰かに何かを奪われたことなどなかったのだろう、国王は絶叫する。

「あのですね、ミハイル陛下」

マルーシャは手を止めず、残念そうに青年を見つめた。

「まずですね、ヴォルコヴァ連合はこのような小国、気にも留めておりません。でも私が嫁がされたのには理由があって……」

ミハイルは叫んだ。ナタリアも一緒に。

「何だ! クソが! 何を言い出すんだ!? 早く出てけ出てけ出てけ出てけ出てけよおおおおおおおおおおおお!!」

「きゃーーーーーーんっ、怖い~~~~~ッ! 怖い~~~~~ッ!」

マルーシャは静かに侍女の一人に手を差し出す。彼女は頷き、主に恭しく曲刀を渡した。

ぽん。

ナタリアの首が飛んだ。

「エッ」

ぴと。ミハイルの頬に血がついた。

マルーシャが立ち上がり、剣を抜いてナタリアの首を刎ねる、その動作を彼は視認することさえできなかった。

「ぎ、ぎえええええええええええええええ」

彼は愛人の血を浴びて腰を抜かし、ジタバタ血の波から逃れようと蠢いた。

かわいそうに、倒れてきたナタリアの身体を受け止めてやりもしない。飛んで床の上を転がる首を抱きしめてやりもしない。

ぱちん、と刀を鞘に納めてマルーシャは言う。

「まずですね、私ども雪原の民の……あ、失敬。こちらでの呼び方は犬でしたっけ? まあとにかく、遊牧民の慣習においては、女性が家や財産、あと軍を管理するのは普通のことなんです。これら家臣団も父ヴォルコヴァ連合王ではなく代々母の家系に仕えてくれていた男たちですの」

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ。キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

聞いちゃいねえ。

「ニコラ公国のような麦を育てる土地ですと、土地そのものが財産じゃないですか。でも私たちにとっては家畜が財産なんです。動くし、どっかにいっちゃいます。だから、男が戦争に出かけている間、女が管理するわけで」

はあ。やれやれ。

えいっ。

マルーシャはのたうち回る夫を蹴った。

顔面を。手加減して。

それでも鼻の骨が折れる音が響いた。誰も助けない。みんなマルーシャの侍女と家臣たちなのだから、当たり前のことである。

マルーシャはミハイルの灰金色の髪の毛を掴んで、何度か石の床にたたきつけた。

ごんっ! ごんっ! ごんっ!

絨毯ごしなので、鈍い音が響いた。

「あなたは宮廷の外に出たことない。戦争は将軍に丸投げ、実務は官僚任せ。それじゃ雪原では生きていけません。私はすべてを仕込まれました。乗馬、剣術、弓術はもちろん、行政や外交のこともわかります。有事の際には軍事指揮も取れます。こちらでいう嫡男しか受けられないような教育を受けさせてもらったんですよ」

「アウッ、アウウウ……」

「そうですとも。これは侵略です。ただこんな小国に軍を動かすのは面倒だったから、私が寄越されただけ」

血まみれの彼の顔をマルーシャは覗き込み、にっこり微笑む。

「私たち王女は連合の駒じゃありません。この土地の次の支配者です。私は自ら望んで、この国に参りましたの」

「なんでえ……?」

子供のように彼は聞いた。ぐちゃぐちゃの顔で。

「ここが私の可愛い子たちにとって、最良の繁殖地だったから」

ぱっと彼女は手を離した。

窓の外を複数の影が横切った。

雪が降っているので、あとからでいいよと言っておいた最後の家臣たちが到着したのだ。

マルーシャは外に出た。

ニコラ公国の人間たちが右往左往していた。

「な、なんだこのテントは!?」

「誰だあれ?」

「しっ。奥様だ」

「あれが野蛮人の娘ェ?」

「おい、後ろの兵士なんなんだよ」

「奥様の兵士だってさ……」

「輿に乗らないの? 自分で歩いてるわ!」

マルーシャが通り過ぎるのを、女たちが物陰から眺めている。

「なんて不格好な歩き方なの。プッ」

「あれじゃナタリアの方がましね」

「作法を知らないんだからあ」

「香水の匂いがしないわ」

「野蛮~」

それも、家臣たちが到着するまでだった。

竜は十一頭。マルーシャの大切な小型竜たちである。小型といっても、牛三頭分くらいはある。

「アイラ、ミーシャ、ルルゥ、パット、エメネ……」

マルーシャは一頭ずつ名前を呼んでやりながら、竜の群れに分け入った。

色とりどりのうろこをした竜たちは群れの長に身体をこすりつけ、舌を出して舐めてくる。嬉しそうな鳴き声が辺りを席巻し、公国人たちは逃げ出した。

「ネマ、チュリー、ドルゥ、……」

竜の中に彼女はいる。自分がいるべきところに。

「メメネ、ルカ、レンファ」

竜たちは湖を見つけて歓喜した。

そこは彼らの卵が孵化するのにちょうどいい湿度と温度を保っていた。

さて、ヴォルコヴァ連合はその後も進撃を続け、今や大陸全土を席巻する勢いである。

がんばれ、お父様、とマルーシャは思う。父に会ったことは人生で五、六回くらいしかないが。

ミハイルは賢い、従順な国王になった。もともと、ヴォルコヴァ連合との戦争で父王が死に、急遽即位した若き王というだけあって、躾がするする入っていく白紙のようなものだったから。

マルーシャは容赦なく鞭を使い、常に侍女に彼を見張らせ、決して身体を許さなかった。

ミハイルが死んでも、マルーシャは国に帰らない。

だってヴォルコヴァ連合はニコラ公国をとりあえずとはいえ併合したがっているのだし、だったら連合王の王女たる彼女は父の意向に応えなければ。

最初の頃こそ、

「なんであの人が政務とってるの?」

「みんなで無視しましょっ。それならそのうち黙るでしょ!」

「女に政治はわからん」

「連合の犬め」

みたいなことで鬱陶しかった臣下たちも、最近は沈黙気味である。

ヴォルコヴァ連合はそのうち、誰か尊い血筋の小さな男の子を送ってくれるだろう。

そうしたらマルーシャはその子を我が子として公表する。そりゃ、ミハイルの子でないことはだれしもわかるだろうけれど。

十一頭の竜に襲われる夢を見たら、そんなこと口に出せないだろう。

ある日、突然気づいたように夫が言った。

「ニコラ公国の正統な血統はここで絶えるのか?」

「ええ、あなたのせいよ。せめて少しでも礼儀を弁えてくれていたらねえ……あなたの子を産んで、連合に血を混ぜる名誉をあげたのに」

「お、おれ、六番目の公子なんだ……」

ミハイルは俯いた。

「教育とか、ぜんぜん受けてなくて。兄上たちの方が優秀だったから、誰も、誰も、俺が表舞台に立つなんて思ってなくてェ……」

「ふうん。かわいそ」

愛されなかった子ってみんな同じ目をするのねえ。

とマルーシャは思う。私の竜たちには同じ目をさせないわ、と決意を新たにした。

その日も雪が降っていて、暖かい室内より外の方が性に合う彼女は湖に向かった。

寒風は優しく頬を撫で、彼女の到来を見て次々戸を閉める村を通り過ぎるのも起伏があって楽しかった。

湖につく。彼らがいる。歓迎してくれている。

マルーシャの未来そのものである竜たちの数は、三十頭にまで増えていた。

【完】