作品タイトル不明
29.去る者は日日に疎し
ーside 国王ー
「ヴィクター、お前は……なぜ、そんなにも残酷なことが言える!!」
怒声が玉座の間に反響した。
顔を真っ赤にして叫ぶアレクは、もはや王太子としての威厳など欠片もない。ただの、癇癪を起こした子供だ。
「そうですわ! 高貴な私たちが、そのような下賤な真似をするなど……あり得ませんでしょう? 身分のある者は、身分にふさわしい生活を送るものですわ!」
ミレーナが、アレクの言葉にすかさず同調し、声を張り上げる。自分たちこそが被害者だと言わんばかりの態度。
――愚か者どもが。
私は歯噛みした。なぜ分からぬ。なぜ、この場に満ちるセレナ嬢の殺気を感じ取れぬのだ。
「……身分にふさわしい行動を、なさっていなかったからこそ、このような事態に陥ったのですのよ」
澄んだ声。
だが、その温度は限りなく低い。
「どんなに愚かな者でも、さすがに理解できるはずでしょう?」
セレナ嬢が淡々と言い放った瞬間、空気が凍りついた。
部屋にいる騎士ですら息を殺している。
「そうだ……王太子の身分の永久剥奪、国外追放となってもおかしくない行いだ」
私は重く言葉を落とす。
「さらに、ヴィクターは王位継承権を放棄した。他国の皇子まで巻き込んでいるのだぞ!!」
声が震えるのを、必死で抑える。
「ヴィクターの恩情に、感謝こそすれ……責めるとは何事だ。これ以上、私に情けない姿を見せるな!!」
『本当に、やるつもりなのか? まさか……未来の王と王妃だぞ……』
そんな言葉が、愚息どもの顔にありありと浮かんでいる。理解を拒み、現実から目を逸らしたまま、なおも不満を漏らし続ける姿。
今は捨て置こう。
「……時に」
私は視線をセレナ嬢へ向けた。
「君もまた、被害者だ。その……二人に、何か言いたいことはないのか?」
「いいえ?」
即答だった。嘘だろう?
「ヴィクター様のおっしゃった処罰で、よろしいですわ」
微笑みさえ浮かべている。
「ヴィクター様が一生懸命お考えくださったことに、何の不満もございません。ヴィクター様のお考えは私の考えです」
――本当か? そんな処罰で本当に。
だが、頭の中ではずっと警鐘が鳴る。
「ヴィクター様は、更生の機会をお与えくださったのです。ですが、その好意を無にしたときには、一言、進言する機会を私にいただけますでしょうか?」
柔らかな声色のまま、言葉は鋭い。
「あ、ああ……もちろんだ」
私は頷いた。だが、同時に確信した。
これは、何としてでも遂行させねばならない。“一言進言”などという機会を、作ってはならぬ。
そうなれば、今度こそ終わりだ。
*****
ーいつものお茶の時間ー
「……無理ですわね」
レティシアは、わざとらしいほど優雅にカップを置き、溜息を落とした。
「あの二人に、使用人の真似事なんて。セレナ、あなた、分かっていて黙っていたのでしょう?」
「ええ、もちろんですわ。プライドだけは、たいそう高貴なお二人ですもの。さて、どれほど保つかしら」
同情も迷いもない。
ただ“結果”だけが楽しみだわ。まあ、予想を裏切らないと思うけど。
「先が見えないと人は、むやみに先のことを考えて不安になる。先が見えないときは、 目の前のことに集中して、先を見ないのが一番だというのに」
カップを置き、指先で縁をなぞりながら。
逆境をチャンスに変えられる人は強い者だけ。やるべきとわかっているのにやらないあの二人は、ヴィクター様の与えたチャンスを無駄にし、逃すでしょうね。
まあ、逃がすというか……必ず、逃げますわね。
「一か月……持つかしら?」
レティシアは少し考えながら言った。
「ふふ、レティシア、一か月かからないと思うわ」
「それもそうね」
あっ! そうだわ。
「レティシア、あなた、王宮に何か用事はないかしら?」
「ええ、あるけれど……急に、どうしたの?」
レティシアは眉をひそめ、不審そうに私を見つめた。
「じゃあ、その用事、2人で行きましょう。文官とメイドに頭を深々と下げてもらうの。頭を上げ、私たちを視界に入れたら罰するのはどうかしら」
レティシアは一瞬、言葉を失い――。
「アルマンド公爵令息が与えた更生の機会を、あなたという人は……」
小さく息を吐き、肩をすくめる。
「ふふ……でも」
口元に、艶やかな笑み。
「ええ、いいわね。もちろん、二人で行きましょう」
その瞳に宿るのは、悪戯心どころではない、愉悦。
あら私たち、ヴィクター様から以前聞いた『悪役令嬢』っぽいですわね。
*******
ー一か月後 side 国王ー
「国王陛下に、ご挨拶申し上げます」
「ああ、セレナ嬢。よい、楽にしてくれ」
形式的なやり取り。
王太子は病に伏し、部屋から一切出られない。その看病のため、ミレーナが付きっきり――。
誰もがそう口にする。
だが、その実態を知らぬ者は、この城にはもうほとんどいない。
そんな噂を聞きつけ、セレナ嬢は王宮へとやって来た。よりにもよって彼女一人で。
「お見舞いに伺いましたのですが、お会いできないとのことでしたので」
柔らかく、礼儀正しい口調。だが、その奥にあるものを、私は見誤らない。
「国王陛下にご挨拶をしてから、帰ろうかと存じまして……時に、その病は、いつ頃治りそうですか?」
その声は――冷たい。
同情ではない。確認だ。
私は、玉座の肘掛けを強く握った。指先にすら、嫌な汗が滲む。
ここで誤魔化しても、意味はない。彼女は、すでにすべてを理解している。
「……気づいているのだろう?」
声が、わずかに掠れた。
「仮病だということに」