作品タイトル不明
22.父&友人③
『来年の卒業パーティーどうする?』
そんな、少し気の早い話をしながら、私はいつも通りヴィクター様に馬車で家まで送っていただいていた。揺れる車内は穏やかで、先ほどまでの学院の喧騒が嘘のようだ。
馬車が屋敷の前で止まり、扉が開く。
――あら?
玄関先に立っているのは……お父様?
「お帰り、セレナ、ヴィクター君。二人とも素晴らしい成績を取ったそうじゃないか! さあ、今日はお祝いだ」
満面の笑みで迎えられ、私は思わず瞬きをする。
なぜ、知っていらっしゃるの……?
「お父様、こんなに早く……お仕事はどうされたのですか?」
訝しみながら尋ねると、お父様は実に楽しげに笑った。
「こんな嬉しい日に仕事をするわけがないだろう。さあ、ヴィクター君、公爵家には遣いを出したから、ディナーを一緒に取っていきたまえ」
……やはり、おかしい。
私のテスト結果のたびに、こんな大げさなことをした覚えはありませんのに。
「そうだ! ヴィクター君、ディナーまで時間がある。お茶でもしながら話をするというのはどうかな?」
あまりに自然で、断る隙もない提案。
ヴィクター様が少し戸惑ったようにこちらを見るより早く、私は彼の手を取られ、そのまま執務室の方へと導かれていく。
急すぎますわ……。
ずんずんと先を行くお父様の背中を見ながら、私は内心で小さくため息をついた。
ああ、なるほど……狙いはヴィクター様の情報、ですわね。
執務室に入ると、午後の柔らかな陽射しが大きな窓から差し込み、部屋全体を温かな光で包んでいた。中央のテーブルには、すでに紅茶のセットが美しく整えられている。アンティークのティーポットからは、湯気がゆっくりと立ち上り、ほのかなアールグレイの香りが空気に溶けていた。
……待ち構えていましたわね、お父様。
ソファに腰掛けたヴィクター様は、姿勢正しくカップを手に取り、一口、二口と静かに紅茶を味わっている。その所作は相変わらず丁寧で、どこか育ちの良さが滲み出ていた。
「さて、ヴィクター君」
お父様は満足そうに頷きながら、切り出す。
「セレナが、君から聞いた話を基に商品を開発中なのは知っているかい」
「ええ、もちろん。楽しみにしています」
即答するヴィクター様に、お父様の目がきらりと光る。
「それで……私も君の話に興味があってね」
そう前置きし、さも何気ない調子で続ける。
「何か、私が執務に使うような、見たことがない便利な物の話はないだろうか?」
――始まった。
「執務ですか? 文房具かな。この前、セレナにはクリップとバインダーの話はしたのですが……」
控えめに切り出したヴィクター様の声に、お父様の表情が一変する。
「その話を詳しく!!」
低く、しかし弾むような声。まるで宝の地図の断片でも聞いたかのような勢いで、机に身を乗り出した。
……ええ、ええ。そうなりますわよね。
紙を束ねるための金具。
大量の書類を一時的に留め、分類するための器具。捺印の際に下に敷くマット、乾燥した指先でも紙をめくれる指サック。書類の要点を示す付箋、不要部分を切り落とすための刃物――。
ヴィクター様の説明は、丁寧で、理路整然としていて、実にわかりやすい。
一つ話すたびに、お父様のペンが走る。
……こんなにも種類がありますのね。
気づけばメモ用紙はすでに何枚も重なり、机の端に整然と並べられていた。インクの匂いと紅茶の香りが混じり合い、執務室はすっかり“仕事場”の空気に染まっている。
……そろそろ、ディナーの時間ではなくて?
ちらりと壁時計を確認する。針はとっくに約束の時間を過ぎていた。それでも、ヴィクター様は話を切り上げるどころか、ふと困ったように眉を下げた。
「でも、伯爵、この世界にゴムやら粘着素材やらは少し難しいですかね。あまりお役に立てなかったかもしれません……」
自分の知識が、現実に適応できるかを真剣に気にしている声音。その誠実さに、思わず溜め息が出そうになる。
「ヴィクター君」
お父様は、待っていましたと言わんばかりに笑った。
「隣国の我が商会の開発部には、なんと錬金術師がいるんだよ。大抵のことは彼がなんとかしてくれる。ああ、明日から寝る暇がないな、あははは」
……でしょうね。
「錬金術師! それは、すごいです!!」
ヴィクター様の目が輝く。未知の技術への純粋な興味と、誰かの役に立つ可能性への期待。その無垢な反応が、かえってお父様の火に油を注いだ。
「ヴィクター君、君の話は実に有意義だった。時を忘れてしまうほどに。また良ければ、私と話す時間を作ってはくれないだろうか」
「もちろんです。私の話を否定せず、じっくり聞いてくれて嬉しかったです。是非」
二人の間に、完全に“同志”の空気が出来上がる。
「そうか! ああ、君が息子になる日が待ち遠しい」
そろそろ、ヴィクター様を返してほしいのですが。
……本当に。お父様も、レティシアに諭されればいいのに。
*****
「血は争えないわね、セレナ」
……。
言葉を返さずにいると、レティシアは苦笑混じりに肩をすくめた。
「それにしても、欄外から5位ってすごいわね。あなたの婚約者様」
「そうでしょう!」
思わず胸を張る。
「でも当然よ。何に対しても無関心で無気力だったヴィクター様は、Cクラス。いえ、無関心で無気力だったのにCクラス。やる気をだしたらAクラスなのは、当然と言えば当然よ」
――元々の頭の出来が、あの人たちとは違う。
「……やる気を出しても、駄目だったあの人たち。二人とも、気付いていなかったのでしょうね。自分の力を正しく認識できず、過大評価していたから……今まで楽しく過ごせていた、ということに」
声は責めるでも、嘲るでもない。ただ、淡々と事実を述べる調子だった。