軽量なろうリーダー

悪役令嬢の父は、家族の死亡フラグをすべて叩き潰すことにした

作者: 霜月零@6/6発売✨『恋愛不適合な二人ですが』

本文

「うわ……最悪……」

頭の中に流れてきた映像に、俺は小さく呟いた。

手にした王家からの手紙を、破り捨てたい衝動に駆られる。

「お父様?」

可愛らしく小首をかしげた愛娘のレフィアに、慌てて首を振る。

「あぁ、いや、何でもないよ。古傷、そう、古傷が痛んでね、ははっ……」

そう、古すぎる傷だこれは。

前世の記憶などという、最悪のもの。

「お父様、どこかが痛むのですか? お医者様をいますぐお呼びしますわっ」

「大丈夫、もう治まったからね。さぁ、可愛い私のお姫様。お父様はこれから少しばかり仕事をしなくてはならなくてね。お母様と過ごしてくれるかい?」

「本当に、大丈夫なのですか……?」

うるうると、心配げに見上げてくる俺の娘、最高に可愛すぎだろう!

本当に大丈夫だよと言って頭をなでてやると、泣きそうだった琥珀色の瞳をふにゃっと細めて笑った。

侍女に手を引かれて去って行く娘を見送って、俺は執務室にはいる。

きっちり、鍵はかけて。

「いや、これ、最悪だろ……」

俺は、理性で投げ捨てなかった王家からの手紙を渋々開く。

そこには、案の定、現王家からのレフィアへの婚約打診。

いや、絶対に受けないけどな?

前世の記憶、がっつりしっかり取り戻したんでね。

まさか俺が、前世で流行ってた異世界転生当事者になるとは思わなかったが。

なっちまったもんはしょうがないっていうか、いま思いだせたのは、割と奇跡。

王子の名前が変わってて、アイゼンヘルム・ヴェイファムディ第一王子。

あんまり聞かない名前だから、前世の記憶を呼び起こすきっかけになったんだろうな。

お約束の事故だったり生死の境を踏まえずにあっさり思いだせたのも、わりと運がいい。

そうでなかったから、娘の不幸な未来を止められなかった可能性もあるしな。

この世界は、おそらくというか、ほぼ100%前世でアニメ化されたweb小説の世界だと思う。

『悪役令嬢の父マジェスタ・ダングリードは王家に復讐を誓う』

ざっくりと、どんな物語かを説明するとだ。

悪役令嬢の父こと俺、マジェスタ・ダングリード公爵は、最愛の家族を失う不遇の人。

愛する妻は、娘が12歳の時に亡くなってしまう。

その時の妻との約束で、娘のレフィアを世界一幸せにして欲しいと願われる。

娘は王子を好いていたので、マジェスタ・ダングリード公爵は婚約者に選ばれるように徹底的に厳しく躾け、礼儀作法も知識も詰め込んだ。

亡き妻にそっくりな娘は、親の眼から見ても美しく、公爵令嬢という身分も伴って、完璧だった。

完璧、過ぎた。

側妃の息子であるアイゼンヘルム・ヴェイファムディ第一王子は、もとは公爵令嬢だった正妃に、自身の母親である伯爵家出身の側妃ともども虐められて育った。

だから、公爵令嬢という身分にまず嫌悪感。

そして、王妃と同じように完璧な所作。

諸外国の知識を有し、自分よりも教養豊かな婚約者に、劣等感。

最悪の相性だった。

けれど、公爵令嬢である婚約者といれば正妃の攻撃が和らぐし、娘を表立って虐げるような愚か者ではなかった。

なので、娘の前では至極優しい理想の婚約者を演じ続けていた。

それが壊れるのは、伯爵令嬢ルールフィルと出会ってからだ。

堂々と浮気をしたりはしなかったが、娘に隠れて逢瀬をし続けた。

そしてついに娘に知られた王子は、娘を毒殺。

あくまで、狙われたのは自分であり、娘は巻き込まれた事故死として処理された。

それを知ったマジェスタ・ダングリードは、復讐を誓い、王族すべてを根絶やしにするべく暗躍する、というストーリー。

あれだよ。

前世では、web小説で悪役令嬢だのご令嬢だの、中世風異世界ファンタジーが流行ってたわけ。

なので、そのブームに乗っかって、女性向けのガワを被った男性向けハイファンタジーがこの話『悪役令嬢の父マジェスタ・ダングリードは王家に復讐を誓う』

ぱっとみ、女性向けで、イラストレーターも異世界恋愛に大人気の絵師を起用してたっけ。

でも中身は復讐覇王もの。

出だしで女性人気を得つつ、中盤以降は男性読者に刺さる内容で、まぁ、それで前世の俺も知ってたわけだ。

つまり、王子と婚約した時点で、俺の娘は高確率で毒殺されるわけで。

いやこれ、絶対に防がなきゃダメだろう。

なので、王家からの婚約打診は、さくっとお断り。

理由はまぁ、適当で。

問題は、レフィアなんだけど。

アニメで見た限りだと、王子に一目ぼれした風に描かれてたんだけど、現実ではどうだろう。

さっき俺が前世を思いだすきっかけになったのは、王家からの手紙じゃない。

最愛のレフィアが「素敵な方がいたの。アイゼンヘルムさまといって」と、娘を破滅に導くクソ王子の名を口にしたからだ。

既に出会ってしまっているのは仕方がないとして、むしろ今まで会わずにいられた方が奇跡に近い。

公爵令嬢だからね、うちの子。

王城のお茶会に招かれる回数もそれなりに多かった。

それでも、10歳になるいままでアイゼンヘルム王子に会わなくて済んでいたのは、おそらく正妃様の差し金だろうなぁ。

正妃様のお子様は、いまのところミリエッタ王女のみ。

第一王子のほかにも王子は数人いるんだけど、全員母親ちがうんだよね。

そういえば王女も、アニメではうちの子をいびってたなぁ。

その後、王位簒奪した俺に、娼館にぶち込まれてたっけ。

やだやだ、性格の悪い王女のいるところにうちの可愛い娘をやれるかっての。

見た目はうちの子にちょっと劣る程度の容姿で、まぁま可愛くはあったんだけど、うちの子をいびってたからね、性格ブスだね、うん。

……あー、でもまてよ?

ミリエッタ王女、今現在のリアルだと、うちの子と仲いい。

うちの子を義妹みたいに可愛がってる。

この間も、うちの子のために、王宮シェフの新作焼き菓子を持って遊びに来てたし。

うちの子とお揃いのドレスも仕立ててたよな?

「レフィアとお揃いでうれしいわ♪」

って、二人でお茶会で嬉しそうに寄り添ってたし、「レフィアはわたくしの親友ですわ!」って抱きしめてたな?

……全く性格悪くない。

見た目も、アニメだとわりと変顔多くて本当に美人設定なのかと疑問に思う作画だったんだけど、現実の王女は、娘と並んでも見劣りしないぐらい、笑顔が可愛い。

なんでアニメだとうちの子をいびり倒してたんだ?

あれか。

第一王子と婚約して、正妃様の敵になったからか。

やっぱり、拗らせアイゼンヘルム王子が全部元凶じゃん。

レフィアは、まだ完全に惚れきってはいないはず。

だって、ちらっと見て素敵だと思っただけだから。

美貌の側妃に似て、アイゼンヘルム王子は見目いいからね。

この国では珍しい艶やかな黒髪に、緑の瞳。

前世だったら黒髪はありきたりにあふれていたんだけど、この世界では漆黒は珍しい。

俺の赤い髪もまぁ珍しい部類ではあるんだが、漆黒に比べたらまだいる。

でも漆黒は、現在確認されているのは側妃とその実家、あとはアイゼンヘルム王子だけ。

まぁ、目にしたら印象に残るよな。

たしかアニメでは、娘が王子に完全に惚れるのは、婚約者になって二年後。

母親、つまり俺にとっての最愛の妻が亡くなった時だったはず。

『僕が君を守るよ。公爵夫人の分まで愛してる』

などというありきたりな言葉に、娘はコロッと騙された。

そう、騙されたといえる。

最初から、王子は公爵令嬢という身分ある娘を嫌っていたわけだしね。

娘自身を見ずに、身分でだ。

そして物語の中では、俺に殺される時に王子が独白する。

毒は、娘に無理やり飲ませたのだと。

伯爵令嬢という自分よりも劣る身分の者に、愛する婚約者を奪われる屈辱。

それを味あわせて、深く傷つけた後、殺したのだと。

王妃を憎んでたアイゼンヘルム王子は、王妃には手出しができないから、婚約者で公爵令嬢のレフィアにすべての憎しみを代わりにぶつけたわけで。

本気で、最悪過ぎる。

つまり、現実であるいまは、王子の婚約者になる事を拒否。

これは、さっさと断りの手紙を書いて、送りつけよう。

◇◇◇◇◇◇

「……なんで、しつこく手紙がくるんだかねぇ」

俺は、執務室でため息をつく。

手には、王家からの手紙。

差出人は拗らせクソ王子。

俺はね?

きっちり婚約を断ってるわけですよ。

王家の権力に屈しないで済むだけの権力があるからね、ダングリード公爵家。

だというのに、ことある毎に娘と会おうとあの手この手で手紙を送ってくるんですよ。

やれ「王宮の薔薇が美しく咲いたから見に来ないか」だの、「異国の珍しい紅茶を手に入れたから、ぜひ貴方にも」だの。

当然、娘の耳には入れてないけれどね。

俺の手元で握りつぶしてる。

代筆だとわかるようにして、慇懃無礼に丁寧にオブラートに包んで『誘ってくれなくて結構です』っていう返事を送ってある。

何度お茶会に招かれても、娘は出さないよ。

拒否拒否拒否。

実は娘の事を思ってくれてる人、身近にいるんだよ。

公爵家の次男で、娘の幼馴染。

ジーニアス・クロイド公爵子息。

昔から仲良くて、お互いの家に遊びに行く間柄。

ジーニアスはミルクティー色のふわふわの癖っ毛に、チョコレートブラウンの優しげな瞳の少年で、見た目通り性格も穏やか。

前世のアニメでは、娘が王子を想っていることを知っていたから、王子との出会いを増やしてあげたり、情報を流してあげたりしていた。

そして娘が毒殺されたことを知ると、俺と一緒に王家に復讐してくれる。

現実のジーニアスくんもほんといい子でね。

娘もまんざらじゃない雰囲気なんだよなぁ。

なので、俺はせっせと幼馴染くんと娘をくっつけるべく、なるべく二人でいられるように画策。

王子の邪魔が入らないよう、領地の避暑地へ遊びに行かせたりね。

その結果。

パンパカパーン!

十二歳になったいま、レフィアとジーニアスくん、婚約しました。

やったぜ!

アニメでは十二歳で王子と婚約してしまったけれど、現実ではジーニアスくんとらっぶらぶ。

まぁ?

まだ前世で言えば小学生だし?

ラブラブといっても手をつなぐ程度だけれどさ。

いやー、もう、幸せオーラが溢れ出ていて、お父さんは嬉しい限り。

それに、愛する妻の死亡フラグもさくっと回避。

死因を知っていたからね。

アニメだと孤児院の慈善事業の帰りに、暴漢に襲われて帰らぬ人になったわけだけど、それ、事前に防いだ。

どうやったかというと、まぁ、まずは妻をその日に孤児院にはいかせない。

これは当然だよね。

花月の紫日っていう、わかりやすい日が命日だったから、よく覚えてた。

オブラージュっていう、前世で言う藤の花が満開の季節で、アニメだと眠っているように美しい妻の棺に、薄紫の藤の花が舞い散るんだよ。

なので完璧に覚えていたから、その日は妻には屋敷にいてもらった。

当然、俺も隣に引っ付いて、離れなかった。

家の周囲も公爵家の護衛騎士達を全集合させたよね。

非番をあらかじめ先にとっておいてもらってさ。

陛下から、「……俺、何かやったか?」っていうお伺いの手紙が来るほどに、厳重に包囲してたぐらい。

いやいや、まだ何もしてないよ、陛下はね。

ついでに、妻を襲った暴漢の動機が、空腹で発狂して襲い掛かかっただったんだよね。

前世で言う、誰でもよかったってやつ。

そいつを見つけ出して先に対処しようにも、『通りすがりA』みたいな貧民モブだから探しようもなくて。

なので俺は、記憶を取り戻してから二年間で貧民街、特に妻が通う孤児院周辺を重点的に、炊き出しを開始。

貧民でも働けるように、パン工房も設立。

賄いでパンを持たせられるし、空腹で発狂する確率減らせるじゃん?

ついでに、前世の記憶持ちを活かして、いまこの王国で流行ってないパンを作らせたよね。

菓子パンとかさぁ、俺、大好き。

莫大な費用が掛かったけれど、何様俺様公爵様。

お金持ち万歳!

あと衛生管理。

これはもう徹底した。

前世日本人の感覚だと、汚いのマジで無理。

おかげさまで、王都の孤児院周辺の貧民街は、二年で貧民街とは思えないぐらい美麗に変身。

腐敗臭漂ってた路地裏も、今ではベランダに花が飾られてるぐらい。

最初は「貧民街のパン屋なんて……」って眉をひそめていた貴族のお嬢様も、いまでは普通に侍女に買いにこさせるぐらい大繁盛。

だってうちのパン、美味しいだけじゃなくて可愛いからね。

この世界、クッキーは花型だのなんだのあっても、パンはなぜか丸かったり長細かったりするだけだったんだよ。

なので、前世であった動物を模した形のパンや、三日月形のバターたっぷりクロワッサン、とどめに蒸しパンまで作ったよね。

まぁ、実際に最初のサンプルを作ったのはうちのお抱えシェフで、俺じゃないけれどね。

俺は前世もいまも料理なんて無理。

記憶を頼りにシェフにこんな感じであんな感じでって伝えたら、ばっちり再現してくれたの。

あ、さくっと給料倍にしました。

うちの子にも大人気で「お父様、このパン大好きです」って言ってもらえてる。

最高に気分がいい。

◇◇◇◇◇◇

妻の死亡フラグをへし折って、娘がジーニアスくんと婚約して早三年。

破滅フラグはなくなりそうなんだけど。

……なーぜーか、王子がいまっだに邪魔してくるんだよなぁ!

うちの子、もうジーニアスくんと婚約してるんだよ?

どこぞの馬の骨の下位貴族じゃなくてさ、正真正銘の公爵子息。

うちほど激しく権力持っていなくても、公爵子息を押しのけようっていうのはあり得ないだろう?

でもそのありえないことを、アイゼンヘルム王子はやってきてるんだよなぁ。

今日も娘が困惑した表情で相談してきたんだよ。

「ジーニアス様と観劇をしていましたら、アイゼンヘルム様が……」

って。

何か月も前から楽しみにしていて、ちゃんと予約してボックス席で見ていたら、何故か王子がやってきたんだと。

「よかったら、あちらの席で一緒に見ないか? ここの席よりもずっとよく見えるから」

ってさ。

隣に座ってたジーニアスくんのことはガン無視で。

即座にジーニアスくんが娘を庇って王子との間に入って、やんわりとお断りしたらしいけれど。

観劇終った後も、二人にまとわりついて来てたらしくて。

いやもう、何考えてんの?

娘のこと嫌いだろ?

知ってるんだぞ。

俺もさ、俺っていうイレギュラーな存在があるし、アニメとは色々現実は変わってきているわけで、元凶王子も性格変わってる可能性を考えてはみたわけよ。

でも、ダングリード公爵家の影に調べさせた結果、やっぱり王妃のことを憎んでる奴なんだよね。

そもそも王妃に側妃がいびられまくってんの、伯爵令嬢だったくせに礼儀がからっきしなせいだし。

良いのは見た目だけ。

そんな駄目な側妃を庇いまくって王妃に盾突くから、反撃されてるだけ。

その証拠に、第一王子以外の他の王子達は別段いびられてないからね。

婚約者でもないうちの子に絡んでくる理由だけが、本気で分からない。

これはあれか。

どうやっても公爵令嬢という存在を踏みにじりたいからか。

うち以外の公爵家にも令嬢は何人かいるけれど、王妃の実家よりも権力持ってるのはうちだけだし。

うちの子、なんも悪くないのに。

王子のことは苦手なのに、それでも当たり障りなく令嬢らしい笑顔で対応しててさ。

俺はね、はっきり言っていいよって言ってあげたんだよ。

大っ嫌いとも、絡んでくんなとも言ってしまえと。

それを言っても大丈夫な権力があるからね。

でも、うちの子優しいからさぁ。

「王子を、傷つけてしまうと思うのです……」

って。

天使か。

俺が妻とのデートを邪魔されたら、邪魔した相手は次の日には路地裏で冷たくなってるぞ?

や、妻が知ったら泣くから、ほんとにやったりはしないけどさ。

でもこれはもう、俺が動いていいよね?

妻と娘の破滅フラグさえ回避できれば、特にアイゼンヘルム王子に何もする気はなかったよ。

娘が殺されたのはあくまで物語の中で、現実の娘は幸せそのものだからね。

でもこの幸せを壊そうとするなら――あとは、わかるな?

物語では妻と娘を失ってから王位を簒奪したけれど、言い換えれば、いつでもできるわけで。

俺の隣には、やはり王子うぜーと思っているジーニアスくんがいて。

いやー、心強いよねぇ。

さくっと、国家転覆しましょうか。

や、まぁ、それは冗談だけれども。

それを匂わせつつ、陛下に手紙を送ったよね。

おたくの王子、うちの子にいらんちょっかいかけまくりなんだけど、それ、迷惑だよと。

オブラートに包んだ手紙を送ったら、即座に陛下から謝罪が来たよね。

でだ。

謎だった王子のうざがらみの理由が分かったんだけど。

王子のやつ、娘に惚れられていると思い込んでたよ!

なんなら、本当は王子を好きなのに、幼馴染のジーニアスくんを無下に出来ないから、仕方なく婚約してると思ってたらしい。

陛下にもそう伝えていて、だから陛下も特に邪魔をしなかったのだと。

この王子、やばいな?

アニメよりも思い込み激しいってどうなんだ。

やばいと思ったのは俺だけじゃなくて、陛下も同じだったらしくて、さくっとアイゼンヘイム王子を隣国へ留学させて俺の娘から引き離してくれた。

ほっっと一息ついたよね。

◇◇◇◇◇◇

――数年後。

アイゼンヘルム王子が結婚式に乗り込んできて、大暴れし腐った。

「迎えに来たよ、レフィア! さぁ、意に添わぬ結婚からいま救い出して見せよう。私の手を取って!」

いやー、呆れたよね。

でもさ、俺は怒んないわけ。

王子は開け放った扉から、堂々とした足取りで、いま誓いをかわそうとしている花嫁に手を差し出した。

花嫁が振り返り、にこりと微笑む。

「あら、お兄様。どなたと間違えていらっしゃいますの?」

「は!? ミリエッタ!? なんでお前がこんなところにっ」

「今日はわたくしとガイ・クロイド公爵子息の結婚式なのですもの。いて当然ではなくて?」

いままで王子に背を向けていた新郎もゆっくりと振り返る。

ジーニアスくんとそっくりな、でも幾分か大人びた顔立ちの彼は、クロイド公爵家長男。ガイ・クロイド。

ジーニアスくんの二つ上の兄だ。

柔らかそうなミルクティー色の癖っ毛はジーニアスくんによく似ている。

「は、え、だって、クロイド公爵子息って、ジーニアスとレフィアじゃ……」

狼狽える王子に俺はにんまり。

ふっふっふ、この結婚式、偽の結婚式なんだよね。

だって、隣国に送られたこの勘違い王子が、いまだにレフィアを諦めずにいるって知ってたからね。

しかも。

うちの子が結婚すると知って、急いでこっちに戻ってくるって情報をばっちり掴んでいたわけで。

本物の俺の娘は、一週間前に挙式を終えて、いまはジーニアスくんと新婚旅行に旅立ってます。

王子が今日乗り込んできたのは、事前に王子にだけ偽情報を送っておいたから。

まぁ、本当はね。

アイゼンヘルム王子にはレフィアの結婚式を邪魔されなければいいだけなんだから、偽の結婚式を用意する必要はなかったんだけれどね。

王子が、いまだにレフィアに執着していることを知ったミリエッタ姫が、一肌脱いでくれたんだよ。

『わたくしの可愛い義妹を、顔だけ王子の兄の毒牙にはかけさせませんわ』

ってね。

いや、ほんと、ミリエッタ姫はうちの子と幼少期から仲が良かったけれど、いまもずっと仲いいんだよ。

髪の色もうちの子は赤みがかった金髪で、ミリエッタ姫はオレンジがかった金髪。

二人ともサラサラのストレートだから、ヴェールで覆われていると、まぁ、どっちかわからなかったよな。

式場のものにもクロイド公爵家の挙式だと伝えてあるし、うちの子の結婚式だと思い込んでいるアイゼンヘルム王子には勘違いに気づく要素がなかったよね。

陛下もさ、美貌の側妃によく似た容姿のアイゼンヘルム王子にはちょっと甘いところがあったんだけれど、こんな騒ぎを起こしたなら、それなりに処罰しなくちゃならなくなったよね。

――数日後。

アイゼンヘルム王子の処罰が決定した。

側妃の後ろ盾が弱いから、もともと王太子ではなかったけれど、正式に、第二王子が王太子に。

第一王子であるアイゼンヘルム王子は、王族籍を剥奪。

神に仕えるべく神官として、教会に入れられることになった。

還俗はまぁ、出来ないだろうな。

これでもう、王子は俺の愛娘に近づく手段はなくなったわけだ。

俺が、前世の記憶を取り戻してから早7年。

破滅フラグは全てへし折った。

あとはもう、幸せになってもらうばかりだ。

俺は、愛娘が淹れてくれた紅茶を飲み干して、幸せをかみしめた。