軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十話「魔法大学での一日」

魔法大学に入り、もうすぐ一年が経過する。

俺は16歳になっていた。

この世界には5歳、10歳、15歳以外で祝う習慣は無いので、

俺も自分の誕生日がいつだったか、さっぱり思い出せなくなっている。

冒険者カードを毎日見ていればわかるのだろうが、毎日眺めるようなものでもないしな。

ま、年齢なんざどうでもいい。

---

ナナホシに会ってから、一日の流れに変化が起きた。

まず、朝起きてトレーニング。

ここは大体いつもと一緒だ。

だが、剣の素振りをしていると、たまにバーディガーディが現れる。

彼は、大抵は黙ってみているだけだ。

別に稽古を付けてくれるというわけでもなく、

アドバイスをくれるというわけでもなく、

六本の腕を組んだり腰に当てたりしながら、うんうんと頷いているだけだ。

何を納得しているのだろうか。

彼は特に何も言わない。

口を開けば早朝から大声で笑いだして近所迷惑なので、俺も聞かない。

彼とはどう接していいのかわからない。

気のいい人物ではあるが、何考えてるかもわからない。

一応は魔王だし、機嫌を損ねたらまずい気がする。

しかし、ある日、バーディガーディは口を開いた。

「ふむ、興味深い訓練だが、何か意味があるのか?」

何か意味があるのか、と。

少しばかり心にグサリと来る。

「無駄な事はないはずです」

と反論すれば。

「貴様は無駄に魔力が多い、ならば闘気をまとわず訓練した所で意味はないだろう」

と、返ってくる。

闘気。

闘気だ。

思えば、この闘気という単語はちょくちょく聞いた。

しかし、どうやって纏うか、という点に関しては曖昧だ。

いい機会だ。聞いてみるとしよう。

「闘気とはなんですか?」

「闘気とはすなわち魔力である!」

バーディガーディ曰く。

闘気とは、体内の魔力を使い、身体能力を爆発的に上昇させる技術、だそうだ。

要するに身体強化。

このへんは俺の予想通り。

「どうやって纏うのですか?」

「体を作る肉片の一つ一つを魔力で覆い、押し固めよ!」

「おお」

素晴らしいアドバイスをもらった。

これが魔王の叡智というやつか。

これで俺も強くなれる。

一歩上の存在になれる。

というわけで、ドラゴ○ボールのように魔力を放出してみたり、

念○力のように体の周囲で揺らいでいる感じを意識してみたりと、

あれこれやってみたが、しかし俺の身体能力には差異はなかった。

強くなれる気がしただけだった。

「貴様はあれだな! 才能がないな!」

できない理由をズバッと解説。

普通、闘気というものは、体を鍛えれば自然とその纏い方がわかってくるのだそうだ。

俺もそこそこトレーニングは積んでいるつもりだが、

しかし未だに闘気を纏えない。

ゆえに、才能がない。

たまにそういう奴もいるらしい。

どれだけ鍛えても闘気を纏えない奴が。

「フハハハハ! しかし貴様には必要なかろう!

かのラプラスも、闘気なんぞまとっておらなんだが、強かったぞ!」

バーディガーディは俺を比較して、よくラプラスの名前を出す。

莫大な魔力持ち、という事で共通点があるからだろうか。

「バーディ様はラプラスと会ったことがあるのですか?」

「うむ、一撃で体のほとんどを消滅させられ、復活にかなりの時間を要した!

あの時は死ぬかと思ったな! フハハハハ!」

自慢気に言うことなのだろうか。

まあ、凄い相手と戦って生きていた、というだけでも十分自慢になるのだろう。

バーディガーディ曰く。

ラプラスは謎が多い胡散臭い男だが、魔力の使い方だけはうまかったのだそうだ。

「僕もラプラスみたいな戦い方をすれば強くなれますかね」

「やめておけ、奴のような魔力の使い方をすれば、貴様の体は数瞬で砕け散るであろう。

そもそも、人族の身でその魔力を持ち得ている事自体が異常なのだからな!」

強大な魔力は身を滅ぼす。

俺もその事についてはなんとなくわかる。

魔力を込めるという作業は、腕を限界まで伸ばす作業だ。

逆に曲がるまで伸ばせば、当然ながら腕が折れる。

ラプラスとやらは、膨大な魔力に見合った肉体と技術を持っていた。

俺は肉体も技術も持っていない。

人族の体では、いくら鍛えてもラプラスのようにはなれない。

ということだそうだ。

「第一、強くなってどうするというのだ」

「どう、と言われましても」

一度死にかければ、次を避けようと思うのは、当然の事だろうに。

「我輩は強さと名声を追い求めすぎた男を何人か知っておるが、ロクなものではなかったぞ。

我輩の甥など、鼻っ柱ばかり強くてな。

今は丸くなったが、死にかけるまで世界最強の英雄になりたいなどと宣っておったぞ。

そんなものより、大切なものはいくらでもあるのになぁ」

「大切なもの? たとえば」

「例えば女であるな! 貴様も一人見つければわかろうものだ! フハハハ!」

と、バーディはしたり顔で言ったのである。

生前の漫画なんかでも、強さばかりを追い求める奴にはロクなのがいなかったな。

俺も別にそこまで強さを追い求めるつもりもない。

この世界でも強い奴はでかい顔を出来るが、力こそが正義というわけではないしな。

強さを追い求めるより女を追い求める。

その享楽的な思考の方が理解できる。

しかし、病のせいで女に対してガツガツいけない俺はどうすりゃいいんだ。

「魔王さま」

「なんだ」

「不能の治し方って知りませんか?」

「……………………知らぬ」

俺にとっては、魔王の叡智はあまり役に立たないようだ。

---

朝食を取り、授業へと赴く。

最近、午前中は解毒魔術について学んでいる。

中級の解毒魔術だ。

解毒魔術というのは、初級でほとんどの症状に対応している。

だが特定の病気や、ランクの高い魔物が使ってくる毒、病状が進行した状態に関しては、ピンポイントの詠唱と膨大な魔力が必要になる。

中級以上の解毒魔術では、そうしたピンポイントの術を学んでいく。

その詠唱がまた長い。

中級の時点で攻撃魔術の数倍はある。

詠唱というものは、昔の偉い人が長かったのを短くしたという話だそうだが、

中級以上の解毒魔術にはそれが適用されていないのだろう。

種類も多い。

中級で50以上の詠唱を覚えなければいけない。

中には、毒を作り出す魔術も存在している。

毒は薬にもなる、とはよく言ったものだ。

上級は100以上。

ここまでくると、わりと半端ない暗記力が必要となってくる。

聖級以上になると暗記する必要性もどんどん減っていくのだが、代わりに消費魔力が上がる。

また、王級以上は各国で研究され、秘匿されていたりする。

治癒魔術の効かない毒を作って他国を脅かし、それを治す術式を作る。

どこの世界もウィルスとワクチンはイタチごっこというわけだ。

ちなみに神級の解毒魔術は、ある奇病を直す魔術だそうだ。

確か、魔石病とか言ったか。

体内の魔力が次第に魔石と化していく病気だそうだ。

歴代では、ただ一人しか使えなかったと言う。

その詠唱呪文に関しては、ミリシオンの大聖堂に大切に保管されているらしい。

ちなみに、中級、上級、聖級と、ランクが上がるにつれて詠唱が長くなる。

王級ともなれば本を一冊読むレベルではないのだろうか。

いくらこの体の暗記力が高いとはいえ、さすがに全てを暗記しきるのは時間が掛かりそうだ。

お経を暗記しなければならないとは、どこの世界も僧侶は大変だ。

まあ、俺だったら詠唱術を書いた本を持ち歩くがね。

もしかすると、解毒魔術を習得すれば、俺の病も直せるのかもしれない。

そう考えて取った授業であったが、教師に聞いた所、少なくとも上級までのレベルでEDを治す術は存在しないようだ。

当然か。

これも精神的なものだしな。

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昼食。

今まで外で食べてきたが、そろそろ寒くなってきた。

なので建物を作ることにした。

土魔術を使って、テーブルを屋根と壁で囲む。

テーブルの真ん中に穴を開け、そこに火を燃やす。

天井に空気穴を開ければ、あっという間にカマクラの出来上がりだ。

火で熱せられた石のテーブルはかなり暖かい。

と、そこまでやったら、ジーナス教頭がやってきて怒られた。

外に建物を作るぐらいなら中で食べろだと。

仕方ないので1階で食べることにした。

ザノバが嫌がるかと思ったが、意外にも何も言わなかった。

「3階だとジュリが席につけませんからな」

3階だと、奴隷の身分の者に椅子は無いらしい。

もちろんローカルルールだ。

ザノバはジュリを奴隷扱いしていない。

あくまで、自分の弟弟子、生徒として扱っている。

とはいえ、立場は自分より下なようで、あれこれと顎で使っている場面も見る。

奴隷の扱いは千差万別だ。

ザノバの扱い方がいいのか悪いのか、俺にはわからん。

だが、あからさまに奴隷扱いするよりは、気分は悪くない。

食堂内に入ると、なぜか人混みが割れた。

「お、おい、ルーデウスだぜ……」

「すげぇよな、たった1年で特別生全員をシメちまうなんて」

「俺、魔王倒す所みてたんだぜ、一撃だよ一撃……」

ゴニョゴニョと噂をされている。

全員をシメた覚えなど無いし、魔王は一撃当てて三発で殴り倒されたのだが。

しかし気分は悪くない。

あまり調子に乗らないようにはしたい所だが……。

割れた人混みは、一番奥にあるテーブルへと続いている。

「フハハハハ! さすがの貴様も寒いのは苦手か」

なぜかそこにはバーディガーディが座り、学食のメニューにはないはずのアルコールをガバガバと飲んでいた。

肌が黒から赤黒い色へと変色している。

酔っているんだろうか。

奴の筋肉は謎肉だ。

周囲の学生たちは、はやく座れよという感じで遠巻きに見ている。

飯を食うときは常にここを使えという事なのだろうか。

まあ、それならそれで問題は無いが。

ちなみに、2階にはエリナリーゼとクリフがいる。

一度だけその光景を見てみたことがあるが、まさにバカップルだ。

あーんして食べさせあったり、人目を気にせずキスをしたり。

見てると虚しくなるので、なるべく近寄りたくない。

「ますた、まおー様の飲んでるの、とても美味しそう」

「フハハハハ! さすが炭鉱族であるな!

一目みただけでこの酒の良さがわかるとは!

そうとも、これは頭に毛玉を乗せた男が隠し持っていた逸品よ!」

ジュリはザノバの裾を引っ張りながら、そんな事を言い出した。

頭に毛玉とはゲオルグ校長の事だろうか。

炭鉱族(ドワーフ) は酒好きだと聞くが、やはりジュリもそうなのだろうか。

しかし、いくらなんでも若すぎるだろう。

と、思ったのは俺だけだったようだ。

「ふむ、魔王様、一つ頂いてもよろしいですか?」

「無論である。酒は一人で飲んでいてもつまらんからな! フハハハハ!」

ザノバが聞き、ジュリはコップを受け取ると、クピクピと飲んでいた。

大丈夫なんだろうか。

さすがに幼すぎやしないだろうか。

あとで解毒でなんとかすればいいといえばその通りだが。

まあ、俺もこの世界では七歳の時にちょびっと飲んでたし、人のことは言えないな。

「さて、では余も一杯」

「お前は授業あるからやめとけよ」

「師匠がそう言うのでしたら、バーディ様、申し訳ありませんが」

「フハハハハ! 自由に酒も飲めんとは、学生とは大変であるな!」

なんて会話をしつつ、その日の昼食を終えた。

俺? 飲んでないよ。

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昼食を終えると、また授業だ。

治癒魔術の上級を習う。

五年の教室だ。

意外な事に、ここでプルセナと同じ教室となった。

何が意外かというと、プルセナがピンなのだ。

リニアは別の授業を取っているのだ。

プルセナは主に治癒魔術方面を、リニアは攻撃魔術方面を取っているらしい。

普段から不真面目そうなプルセナ。

しかし、授業は干し肉をかじりながらだが、真面目に受けている。

もっとも、特別生かつ元不良ということで恐れられ、最近はボッチ気味。

実技の授業の時も二人組を作れなくて困っていたらしい。

なので、俺の存在を結構ありがたがっていた。

「ボスになら、私の大切なものを上げてもいいの」

と、食べかけの干し肉をくれたぐらいだ。

俺はありがたくそいつを頂戴し、ペロペロとよく舐めてから味わった。

プルセナは凄い嫌そうな顔していた。

自分で上げたくせに……。

リニアはというと、最近、俺に攻撃魔術についてあれこれと聞いてくる。

主に混合魔術のことがわからないんだそうだ。

攻撃魔術師が詰まるのは大抵の場合、混合魔術なのだそうだ。

シルフィはあまり詰まっていた印象は無いのだが、これも大人と子供の頭の柔らかさの違いかね。

今日は水と火の混合魔術について。

懐かしいことだ。

蒸発と凝固、融解といった相転移について『雨のメカニズム』で説明する。

が、リニアは首をかしげていた。

海の水が蒸発して雲になり、雲の中で雨粒が成長し、やがて落ちてくる。

という事を理解できれば、ある程度の応用は効くのだが、

「海がぜんぶ雨になったら海がなくなっちゃうじゃニャいか」と、疑問を持たれる。

「雨になったら今度は海に流れ込むので総量は一緒です」そう教えれば、

「嘘ニャ、だって大森林の水は地面に染みこむんだからニャ」と、ドヤ顔で返される。

そこから「地面に染み込んだ水は木によって吸い上げられるか、あるいは地下水になり……」。

と、順番に説明していったが首をかしげていた。

とはいえ、ギレーヌほど理解力が無いわけではないので、そのうち理解するだろう。

攻撃魔術と言えば、土属性の聖級魔術を習得した。

『 砂嵐(サンドストーム) 』。

上級魔術『 砂塵嵐(ダストストーム) 』の上位互換だ。

字面にすると大した事がないが、実際に使ってみると、凄まじい量の強風と砂が辺り一帯を覆う。

視界は塞がれ、息をするのも困難となる。

効果時間が終わっても、広範囲に渡って崩れやすい砂が残る。

水聖級の『 豪雷積層雲(キュムロニンバス) 』が雨と暴風の魔術であるなら、

『 砂嵐(サンドストーム) 』は砂と暴風の魔術だ。

聖級は天候に作用するものが多いのだろう。

教えてくれた教師には、「作物などに被害が出るから町中では使わないように」と言われた。

聖級を教えるときには、そう言っておくのがしきたりなのだろうか。

ともあれ、これで俺も土聖級魔術師というわけだ。

どっせーい。

なんちゃって。

他の2つに関しても、暇があったら教師を見つけて習ってみるとしよう。

ちなみに、その土聖級の教師は「君が聖級を知らないとは思わなかったよ」なんて言われた。

バーディガーディ曰く、俺の無詠唱魔術による攻撃はすでに王級の域に達しているそうだし、すでに聖級ぐらいは覚えていて当然ぐらいに思っていたらしい。

かの魔王様は、自分に放った岩砲弾は帝級並の威力があると教えてくれた。

ピンポイントであれだけの破壊力を持つ魔術は、

ラプラスが使う以外では他に見たことがないそうだ。

じゃあ土帝級を名乗ってもいいのかと聞いたら、名乗るのは勝手だと言われた。

何か含みがある言い方だったので、やめておくことにする。

理由もなく俺は凄いんだぜと喧伝してもロクなことはないだろうしな。

---

昼下がりになる頃には、ナナホシの研究室へと向かう。

彼女の研究室は広い。

入ってすぐは、モノがごちゃごちゃとおいてある物置のような印象を受ける。

物置のような部屋から隣の部屋へ。

そこは耐魔レンガで覆われた実験室となっている。

さらにそこから隣の教室に行けば、ナナホシの寝室だ。

寝室の一角が食料倉庫のようになっているらしい。

食べ物と一緒に寝ていてネズミとかゴキブリとか出ないんだろうか。

ざっと部屋の状況を聞いて分かったが、彼女には引きこもりになる才能がある。

俺が言うんだから間違いない。

ちなみに、寝室への出入りは禁止された。

基本的に行うのは、召喚魔術に関する実験だ。

実験室で、彼女が独自に描いた魔法陣に魔力を注ぐ。

それだけの作業だが、量が多い。

「恐らく失敗すると思われる魔法陣」へのアプローチも行なっているからだ。

いくら金が余っているとは言っても、魔力結晶が常に仕入れられるわけでもなく、

また、魔力結晶の市場の量にも限りがあり、買い占めを行えば各所から恨みを買う。

という事で、二の足を踏んでいた実験だそうだ。

ただひたすら魔法陣に魔力を注ぐだけ。

大抵は何も出てこない。塗料が消え、下書きだけが残る。

が、たまに割りとハンパない量の魔力がギュンギュンと吸い取られ、変なものがちょろっと出てくる。

汚れた黒い羽とか、虫の足とかな。

成功したのかと聞くと、もちろん失敗だと返される。

しかし、何をしているのかわからないとなると、少々ストレスが溜まるな。

「ていうか、一体、何の実験をしているんですか?」

「私達の世界から人間を召喚するための……前の前の前の前段階の理論のための実験ね」

人間を召喚する魔法陣が完成すれば、逆に送り返す魔法陣も作れる……かもしれないんだそうだ。

とはいえ、前の前の前の前か。

まだまだ先は長そうだな。

しかし、それはいいとして。

「人間を召喚って、同じ事をしたら、またあの災害が起きるんじゃないですか?」

「もちろん、災害を引き起こすつもりはないわ。けど、このあと二つの理論が実証できれば、あの災害が起きた理由の仮説が立てられるわ」

という事だそうだ。

「実験に失敗はつきもの、なんて言葉もありますので、あまり軽く考えないでくださいよ。あの災害では、結構な死人が出てるんですから」

「それを言うなら『人生に』よ。言われなくてもわかってるわよ。だから、こうして足場固めからやってるんでしょう」

足場固めなのか、これは。

よくわからんな。

これは、俺も召喚術を学んだ方がいいのかもしれない。

「僕も召喚魔術について学びたいのですが」

「召喚術は私の生命線よ。おいそれとは教えられないわ」

「なんでも教えてくれるって言ったじゃないですか」

そう言うと、ナナホシはチッと舌打ちした。

「今の実験が終わったら、一つ、質問に答えてあげるわ」

「一つ? 割に合わないんじゃないですかね」

「全ての実験が終わって私が帰る時には、実験成果とか情報とかコネは全部まとめてあなたに上げるんだから、今は少し我慢しなさいよ」

ナナホシはイライラしていた。

まあ、まだ何も成果が出てないうちからのクレクレはみっともないか。

などと思っていたら、一冊の本を渡された。

『シグの召喚術』と書かれた本だ。

「そんなに知りたければ、自分で調べなさい」

どこかで見たことがあるが、読んだ記憶がない。

ありがたく読ませてもらうとしよう。

実験は、今のところ、そんな感じだ。

ナナホシは何千万通りもの魔法陣のパターンから、総当りで法則性を見つけようとしているらしい。

気が長い作業だ。

---

図書館に行くことはなくなった。

だが、フィッツ先輩はたまに実験に付いてくる。

彼を見ていると、俺がやっている作業が過酷であることがわかる。

なにせ、彼はスクロールを20枚ぐらい励起させただけで魔力切れを起こすのだから。

「ルーデウス君、これ、一枚で上級魔術と同じぐらい、消費するよ」

とは、フィッツ先輩の言である。

フィッツ先輩は無詠唱魔術の使い手であるが、しかし魔力総量はそれほど多くはないらしい。

いや、一般的なレベルから見ればかなり多い方らしいが、やはり俺が規格外という事か。

誰か数字で表してほしいものである。

しかし、実力者であるフィッツ先輩ですらこれだ。

ナナホシがどういう魔法陣を描いているのかわからないが、

召喚魔術というのは、それほど魔力をバカ食いするものなのだろうか。

攻撃魔術と違って戦闘中に何発も撃つものではないし、多少多くてもおかしくはない。

しかし、明らかに失敗しているスクロールですら、フィッツ先輩が魔力切れを起こすのだ。

いや、異世界からの召喚だからこそ、それほどまでに魔力を消費する、という事なのかもしれない。

「ごめん、ボクは護衛の事もあるから、これを手伝うことはできないよ……何かあった時に魔力を残しておかないと……」

「仕方ありませんね」

フィッツ先輩は最近暗い。

ちょっと傷ついているらしい。

魔術に関しては、少々プライドがあったのだろう。

誰にだってプライドはある。

「……」

ナナホシはフィッツ先輩に話しかける事はない。

フィッツ先輩も、ナナホシを少々苦手に思っているらしい。

「ボク……役立たずだよね」

寂しそうに言うフィッツ先輩だったが、俺は首を振った。

「そんな事はありません」

「そうかな?」

「ええ、フィッツ先輩がいてくれると、心強いので」

この一年間、俺はフィッツ先輩にはかなりお世話になった。

いまさら、役立たずだからさようならなんて言いたくはない。

フィッツ先輩がどうしても無理だというのなら、引き止めはしないが、

しかし、力不足で身を引く、というのなら「待った」をかけたい。

「時間がある時でいいので、来てください。今まで一緒に調べてきた仲じゃないですか。一緒に真相に迫りましょう」

「……そっか、ありがとう」

フィッツ先輩は、そうやってはにかんで笑う。

俺はどうにも、この笑顔に弱い。

フィッツ先輩、今は13歳ぐらいだと思うけど、

もうあと数年もすれば、女泣かせの美男子になるんだろうな。

いやまぁ、なんていうか。

正直最近、フィッツ先輩が女にしか見えないんだけど。

俺の目はおかしいんだろうか。

もしかして、俺はそっちの道に目覚めてしまったのだろうか。

---

日が落ちたらフィッツ先輩と共に寮へと戻る。

女子寮の前でお別れだ。

「あ、そうだルーデウス君」

「なんですか?」

「君、もうこの道を通っても大丈夫だと思うよ?」

フィッツ先輩はそう言って、目の前にある道を示した。

この学校に入ってすぐ、下着ドロ冤罪をつきつけられたあの道だ。

俺はあの日以来、この道には近づいていない。

「またまたそんな事言って、ここ歩いたらキャーって叫ばれるんでしょう?」

「んふふ、君、女子寮だと、結構人気になってるんだよ」

「え? マジすか。テニサーでモテモテの王子様すか?」

「テニ……?」

フィッツ先輩はきょとんとした顔をしていた。

「えっとね、悪い奴は懲らしめるけど、普通の生徒には手を出さない紳士だって。

だって、獣族の戦士をみんなやっつけた魔王を一撃で倒せるぐらい強いのに、

あんなに囲まれて恫喝されても、何もやり返さなかったって」

嘘つけぇ。

この間、噂されてたんだぞ。

ちゃんと聞いてんだぞ。

人気とかねーわ。

マジねーわ。

「ふふ、最初は怖がられてたんだけど、

リニアとプルセナがね、そう言って回ってたんだよ。

ボスは寛大な紳士だから弱い者には手を出さないニャ、って」

フィッツ先輩はそう言って、耳の当たりにちょんと手を載せて、リニアの真似をした。

なんていうか。

ああ。

可愛い。

腰の上あたりまで何かが降りてきそうだ。

「そしたら、皆もようやくルーデウス君の魅力に気付いたみたいでね。

ちょっと格好は貧乏臭いけど、よく見ると顔は悪くないし、

影のある部分もステキだし、強いのに自分勝手じゃないのもいいよねって」

ほほう。

あの二人、中々いい事をしてくれるな。

話からすると不能については黙ってくれているようだし。

プルセナには高い肉でもおごってやろう。

リニアは何が好きなんだろうか。地位とか名誉とか現金だろうか。

「まだ怖がってる人もいるけどね、ゴリアーデさんとか」

「あー、彼女は仕方がないでしょう。先頭に立ってたわけですし。この間もちょっと絡んだみたいになってしまいましてね」

「そうなんだ。リニアとプルセナもね、ゴリアーデさんを見かける度に、あの日の事で絡みに行くんだよ」

絡みに行く。

という言葉で、俺は先日の、怯えたゴリラの様子を思い出した。

イジメの現場だ。

「フィッツ先輩は止めないんですか?」

「止めないよ。だって、あれはゴリアーデさんが悪かったもん、一方的にルーデウス君の事を悪いって決めつけてさ。いい薬だよ」

フィッツ先輩もなかなかえぐいな。

しかし、イジメはよくない。

「彼女も悪気があったわけじゃないから、あんまり追い込まないであげてください……。リニアとプルセナにもそう伝えておいてくれませんか」

少々声音が硬くなってしまった。

フィッツ先輩が慌てたように掌を向けてきた。

「あ、違うよ。別に追い込んでるわけじゃないんだ。なんていうか和気あいあいというか、ゴリアーデさんも『もー、いい加減勘弁してくださいよー』みたいな感じというかね」

ゴリアーデさん、あんなナリして弄られキャラなのだろうか。

イジメと弄られは、紙一重だから、そこんとこ気をつけんと危ない。

「そうですか、じゃれ合いの範囲ならいいんですが……とにかく僕はもう気にしてませんので、あんまりやり過ぎないようにフィッツ先輩の方で見ておいて上げてください」

「ルーデウス君は優しいね。うん。ゴリアーデさんにも伝えておくよ」

ゴリアーデさんには別に伝えんでよろしい。

感謝の印にパンツとか送られてきても処分に困るしな。

「えへへ……」

フィッツ先輩ははにかんで笑いつつ、道を行く。

俺はその場に残った。

三歩ほど歩いて、フィッツ先輩が振り返った。

「えっと、そういうわけだから、大丈夫、だよ?」

「いえ、せっかくいいイメージが付いているのですから、我が物顔で歩くのはやめておきます」

俺はキメ顔でそう言った。

「そ、そう? ルーデウス君らしいね」

フィッツ先輩はどもりながら、口元を抑えていた。

笑っているんだろうか。

やはり俺はキメ顔なんぞしない方がいいか。

笑い顔、キモイといわれて、幾星霜。

字余り。

「うん。じゃあね、ルーデウス君、また今度」

「はい、また会いましょう」

そうして、俺はフィッツ先輩と別れた。

---

夕食後、ザノバルームにてジュリに魔術の授業を行う。

ジュリは勤勉で、賢く、スポンジのように物事を吸収する。

手先も器用で、魔術でできないことは手で行える。

こういう言い方をするのはよくないのかもしれないが、いい買い物だったと思う。

まさに彼女みたいなのが、掘り出し物の奴隷、なのだろう。

とはいえ、まだ一年目。

まだ絶対的に魔力総量が足りないし、精密性も全然だ。

手先は器用といっても、彫り物用の道具は使い始めたばかりでぎこちなさが残っている。

長い目で見ていく必要があるだろう。

俺は彼女に教えつつ、自分の人形を作る。

最近は、『1/8フィッツ先輩』を作り始めた。

とはいえ、フィッツ先輩はいつもダボついた服を来ているので、体のラインがわからない。

長耳族は脂肪が殆ど無いので痩せているとは思うのだが……。

問題は、付けるか、付けないかだ。

服を着脱式にしなければどっちでもいいのだが。

しかし、迷う。

俺の脳みそは付けたくないと言っているが、しかし本人に見られたら怒られるかもしれない。

完成したら本人にも見せたいし、迷う……。

「なんでしたら、余が不意をついて剥いできましょうか?」

「やめなさい」

迷う俺に対してザノバがそんな事を言ってきたが却下した。

ちなみにザノバはというと、俺の指揮の元、赤竜フィギュアの製作を続けている。

赤竜は一つのパーツがでかいので、ザノバ向けだろう。

もっとも、ザノバは相変わらず手先が不器用なので、進行は遅い。

ゆっくりやればいい。

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寝る前に『シグの召喚術』を読む。

シグという魔女が次々と魔獣を召喚する話だ。

そして、最終的には大量の供物から巨大な魔力を消費して自分より強い魔獣を召喚し、食い殺されてしまう。

弟子はそれを嘆き悲しみ、自分の力量に見合わない魔獣は召喚しない、と心に誓う。

教訓があるあたり、童話に近いな。

俺のような魔力ばかり大きな素人が大量に魔力を消費して召喚獣を呼び出せば、制御しきれないヤバイのが出てくる可能性もある、という事は容易に想像できた。

学ぶなら、そこらへんのメリット・デメリットはきちんと押さえてからにした方がいいだろうな。

しかし、本には召喚の具体的な方法や魔法陣については書かれていなかった。

これで何を調べろというのだろうか。

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こうして、俺の一日は過ぎていく。

病を治す手立ては見つからない。

見つからないうちに、次のステップに来てしまった気がする。

あるいは、助言があったからと楽観的にならず、もっと色んな方向から必死に模索していくべきだったのだろうか。

そんな事を思い初めていたある日。

俺の悩みは一気に解決へと向かい出す。