軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十話「中央大陸へ」

二ヶ月経過した。

港町ウェストポートに到着した。

ザントポートにそっくりな町並みだ。

だが、町の規模は大きい。

当然だ。

ミリス神聖国首都からアスラ王国の首都までの道は、この世界におけるシルクロード。

各所に交易の拠点となりうる町がある。

ウェストポートもその内の一つ。

ミリシオンの商業地区ほどではないが、

いくつかの商会の本部があり、

その傘下にいる商人たちがひしめき合っている。

町の外からでも、港の端に巨大な倉庫が立ち並んでいるのが見える。

倉庫の付近では奴隷か丁稚のような者達があくせくと働いている。

彼らが巨大な魚を荷車に載せてゴロゴロと運び、

ローブ姿の人影がそれに水魔術を掛けて凍らせている。

そうして魚は倉庫へ。

あの後、魚は氷漬けか塩漬けか、

あるいは燻製にでもされて各地へと送られていくのだろう。

---

さて、

馬車はここまでだ。

この世界は生前のフェリーと違い、

馬車を積載して運ぶようなことは出来ない。

なので、トカゲ同様売っぱらい、海を渡った後に買い直すのだ。

馬屋に馬車を売る。

トカゲの時と違ってあまり情も移っていないので、名前をつけてやろう。

さようなら、ハル○ララ。

その後、俺たちは関所へと赴いた。

ウェンポートと違い、大きな建物である。

入り口には甲冑姿の衛兵が立っている。

甲冑姿の騎士はミリシオンの町中でもよく見かけた。

エリスやルイジェルドを見ていると、あんな鎧で身を守れるのかと不安になる。

この世界の生物は攻撃力が高い。

甲冑なんか着ていた所で、一発攻撃を食らえばパカンと下着姿になってしまう事だってありうる。

攻撃を受けた反動で穴に落ちればジエンドである。

冗談はさておき。

関所に入ってみると、中は人でごった返していた。

冒険者風の人々、商人風の人々。

彼らを精力的な表情をした職員がテキパキと対応している。

閑散とし、職員のやる気もなかったウェンポートとは大違いである。

俺はとりあえず、カウンターの一つに向かい、係員に話しかける。

ここの受付の人も巨乳である。

この世界には、受付は巨乳でなければいけないという不文律でもあるのだろうか。

あるのかもしれない。

と、そんなことを考えつつも、おくびにも出さない。

「あの、渡航の申請をしたいのですが」

「はい、それではこちらをお持ちになってお待ちください」

と、渡されたのは木製の番号札である。

34という数字が書かれている。

実にお役所仕事という感じだ。

待合所に戻り、椅子の一つに座る。

すぐにエリスが隣にちょこんと座った。

ルイジェルドは立っている。

周囲を見ると、俺達と同じように待っている人が多いようだ。

「しばらく掛かりそうですね」

「書状は渡さないのか?」

ルイジェルドの問いに、俺は首を振った。

「番号が呼ばれてからですよ」

「そういうものか……」

エリスは、なにやらそわそわしている。

彼女は、あまり待つということに慣れていない。

仕方がないのかもしれない。

「ルーデウス。なんか見られてるわ……」

エリスにいわれ、彼女に視線を送る存在を探す。

彼女を見ていたのは、衛兵であった。

衛兵たちはエリスの方をチラチラと見ていた。

エリスはその視線を受けて、ムッとした顔で睨み返している。

「喧嘩しちゃダメですよ」

「しないわよ」

信用ならん。

が、さて、衛兵がエリスを見る理由はなんだろうか。

心当たりがない。

彼女の美しさに眼を奪われているのだろうか。

エリスは最近、結構美人になってきている。

けど、まだまだ子供の範疇だ。

騎士たちが全員ロリコンというわけでもなければ、ありえまい。

「34番の方、どうぞ」

呼ばれたので、立ち上がってカウンターへ。

受付嬢に書状を渡し、渡航したい旨を告げる。

受付嬢は笑顔で書状を受け取り、

裏面の宛先の名前を見た瞬間、怪訝そうな顔をした。

「少々お待ちください」

そして、立ち上がると事務所の奥へと消えていった。

しばらくすると、事務所の奥で何か大きな音がした。

同時に、誰かの怒鳴り声。

事務所の奥から衛兵が走り出てきて、別の衛兵に何か耳打ちをする。

険しい面持ちのまま、耳打ちされた衛兵が外へと走っていく。

なにやらきな臭い雰囲気である。

ルイジェルドを信用して書状を出してはみたものの、

やはりガッシュ・ブラッシュという人物について、

もっとくわしく調べた方が良かったかもしれない。

先ほどの受付嬢が戻ってきた。

緊張の面持ちを隠せていない。

「申し訳ありません、おまたせしました。

バクシール公爵がお会いになるそうです」

嫌な予感しかしなかった。

---

「ミリス大陸税関所長、バクシール・フォン・ヴィーザー公爵である」

その豚は豚にそっくりだった。

間違えた。

その人物は豚にそっくりだった。

首周りは脂肪で覆われ、顎は完全に埋もれている。

ペタリと額に張り付いた淡い金髪。

目の下にはクマがあり、さながらたぬきのような印象も受ける。

豚でたぬきで、不機嫌そうな表情を隠さない。

昔、あんな感じの男を見たことがある。

鏡の前で。

「ふん、薄汚い魔族がこんな書状を持ってこようとはな」

バクシールは豪華そうな革張りの椅子に座っている。

立つことなく、手に持った紙を、パンと叩いた。

そして、椅子をギシギシと鳴らしながらこちらを睥睨する。

高級そうな執務机の上には、大量の書類と共に、封の破られた便箋が見える。

となれば、あの紙が手紙の中身だろう。

「すごい名前を出したものだ。

封もまた本物によく似ておる。

だが、儂は騙されんぞ。

これは偽物だ」

バクシールはバッと紙を放り投げた。

反射的につかみとる。

==========

この者、スペルド族なれど、我が大恩を受けた者也。

言葉少ななれど、心意気や天晴。

渡航費用を無料にし、丁重に中央大陸へと送り届けるべし。

教導騎士団団長・ガルガード・ナッシュ・ヴェニク

==========

俺はその名前を見て、めまいがしそうになった。

ガッシュ・ブラッシュという名前はどこにいったのか。

ガルガード・ナッシュ・ヴェニク。

あ、略してガッシュなのか。

あるいは気さくな人物なら、

「自分のことをガッシュと呼んでくれ」とでも言うかもしれない。

ルイジェルドがそれを真に受け、

ガッシュという名前だと思い込んだのかもしれない。

しかしブラッシュとはどこから出てきたのか。

しかも、その役職。

教導騎士団団長。

ミリス三騎士の一つ、その団長。

頭が痛くなる。

なんでそんなのがルイジェルドの知り合いなんだ……。

いや、予想はできる。

例えばそう……立場。

教導騎士団団長ともなれば、それなりに高い地位にいる人物であろう。

それがスペルド族と仲良くしていると吹聴されるのはまずい。

だから偽名を使った、とか。

もっと単純に考えてもいい。

ルイジェルドと出会ったのは40年前だというし、

その間に結婚やらで改名した、とか。

「大体、あの無口な男が手紙など書くわけがない。

儂はあの男をよく知っておる。

筆不精どころか、必要な書面すら書かない男だ。

それがお前のような魔族のために儂に書状?

冗談もほどほどにするがいい」

ルイジェルドはというと、難しい顔をしている。

自分の持ってきた手紙が偽物だと断じられた。

その理由は彼にしてみれば、自分がスペルド族だから。

そう思ってしまうかもしれない。

実際、パウロの話によると、

このバクシールという男は魔族嫌いで有名だそうだしな。

あながち間違ってもいないかもしれない。

しかし、有名だというのなら、

ガッシュだかガルガードだかわからないが、

彼もこのバクシールという男がどういう男か知っていたのだろう。

なら、もう少し説得するような文面にしてほしいものである。

あるいは、本当は偽物なのか?

いや。

ルイジェルドの話を思い出せ。

ガッシュがいたのは大きな建物だと言う話だ。

キシリス城と比べられる程に大きな建物。

個人の家にしてはかなり大きいと言えよう。

だが、それが騎士団の本部か何かであったなら。

建物は大きく、中には騎士も大勢いただろう。

団長ともなれば、その場にいる騎士は全員が部下であるはずだ。

ルイジェルドの言う、「配下がたくさんいた」という言葉とも合致する。

とはいえ、それがわかった所で意味はない。

バクシールはすでに書状を偽物だと断じている。

そしてここまで来れば、

偽物でしたか失礼しましたさようなら、とは行くまい。

俺は一歩前へと出た。

「つまり、公爵閣下はこの書類が偽物であると?」

「なんだ貴様は……子供は引っ込んでいろ」

バクシール公爵は怪訝そうな顔をした。

子供扱いされるのは久しぶりな気がする。

新鮮な気分だ。

子供扱いされたいときには子供扱いされず、

大人扱いされたいときには子供扱いされる。

ままならん。

そう思いつつ、とりあえず俺は右手を胸に手を当て、

貴族風の挨拶をする。

「申し遅れました。私はルーデウス・グレイラットと申します」

そう言うと、バクシールはぴくりと眉を動かした。

「グレイラット……だと?」

「はい。恥ずかしながら、アスラの上級貴族、グレイラット家の末席に名を連ねる者でございます」

「ふむ……だが、グレイラットには太古の風神の名が付くはずだ」

「はい。私は分家ですので、その名を名乗る事は許されておりません」

分家。

そう聞いたバクシールの目が俺を見下すものへと変わりかける。

その瞬間、俺はエリスを手のひらで示す。

「ですが、こちらのエリスお嬢様は、正真正銘ボレアス・グレイラットの名を持つ者でございます」

ぽんと背中を叩くと、エリスが一歩前にでた。

彼女はびっくりした顔で俺を見て、

しかしそれ以上は動じない。

腕を組んで足を肩幅に開き。

いやいや、そうじゃないと、腕を外し、

スカートの端をちょこっと摘んだ淑女挨拶をしようとして、

しかしスカートでないことを思い出し、

俺と同じような、胸に手を当てた挨拶をする。

「フィリップ・ボレアス・グレイラットが娘。

エリス・ボレアス・グレイラットと申しますワ」

なんか固い上、ちょっと間違っている気がする。

バクシールの顔色を伺う。

ちょっと判別しがたい。

まあいい。

ここはエリスの家の威光に頼ろう。

「ふん、なぜアスラ貴族の娘がここにいる」

当然の疑問。

ここで嘘は必要ない。

「公爵閣下は、二年ほど前にフィットア領で起こった魔力災害をご存知ですか?」

「知っておる。大量の人間が転移したそうだな」

「はい。我々もそれに巻き込まれました」

そこから、俺はお嬢様を守るため、

ルイジェルドを護衛にして魔大陸を縦断。

ミリス大陸への関税ではなんとか手持ちの財産を売ってなんとかしたが、

ミリスから中央大陸に渡るには資金が足りない。

特にルイジェルドの渡航費用は高すぎる。

なので、グレイラット家の知己であり、

ルイジェルドの親友でもあるガルガード卿を頼った。

ガルガード卿は快く書状を書いてくれた。

そういうストーリーをでっち上げた。

「お嬢様はこのように冒険者の格好をしていますが、

それは高貴の出だと気付かれて良からぬ輩に目を付けられぬため。

公爵閣下もお分かりでしょう」

「なるほど」

バクシールの顔は渋いままである。

「つまり貴様らは、最近ミリシオンで暴れている、

奴隷を無理矢理にでも奪い取る『フィットア領捜索団』の一味であると、そういうわけか」

「ち……違いますよ、何を言ってるんですか」

「儂はエリス・ボレアス・グレイラットなどという名は知らん」

ブタのように鼻を鳴らし、バクシールは「だが」と続ける。

「パウロ・グレイラットとかいう小悪党の名前は知っておる。

最近、奴隷を無理矢理に攫うという、噂のな」

パパの悪名が酷い。

「つまり、公爵はこう仰りたいわけですね。

ガルガード様の書状は偽物、エリス様もアスラ貴族などではない。

そして我々はそのパウロ・グレイラットとかいう、女にだらしなく、足が臭く、酒ばかりのんで息子に当たり散らし、娘に苦労をさせているダメ人間の一味だと」

「うむ」

なんてひどい奴だろうか。

パウロはあいつなりに頑張っているんだ。

確かに至らない所もあるし、方法も間違っているかもしれない。

けど、それをダメ人間だなどと切って捨てるとは、まったく許せない。

「なぜ書状にされていた封印も偽物だと?」

そう言って俺は机の上、便箋を指さす。

バクシールは少しばかり眉を潜め、そして頷く。

「教導騎士団の印は偽造品が出回りやすいのだ」

そうなのか。

それは初耳だな。

「なぜ私の雇い主であるお嬢様が偽物であると?」

「アスラ貴族の令嬢がそんな山出しの剣士みたいであってたまるものか」

エリスを見ると、彼女は腕を組んでのいつものポーズ。

その腕は傷こそ無いものの、

令嬢とは思えないほど日焼けしており、

そこらの若手冒険者よりも、引き締まった筋肉が見える。

「なるほど。公爵閣下はサウロス様をご存知ないようだ」

俺はフッと笑う。

バクシールはすぐに食いついた。

「サウロス……だと?

フィットア領の領主のか?」

エリスの名前は知らずとも、サウロス爺さんの名前は知っているらしい。

「そして、エリス様の祖父の、です。

あのお方はエリス様に剣士としての英才教育を施したのです」

「なぜそんな事を……」

「これは内密な話となりますが……。

エリス様はノトス家に嫁ぐことが決まっているのです。

そして、サウロス様はノトス家の当主様がお嫌いでして……」

「なるほど」

要約すると、

エリスがこんな山猿みたいに育ってるのは、ノトス家の当主を寝室でぶっ殺すために鍛えたからだよ、って意味である。

エリスは首を傾げている。

意味がわかったら俺の顔が陥没するだろう。

「ゆえに、お嬢様はアスラへと戻らねばなりません。

そんなお嬢様を偽物と断じるのであれば、

我々はミリシオンへと戻り、然るべき所に願い出るまでです」

そのしかるべき所がどこになるかはわからない。

調べてないからな。

「ふん、本物だというのであれば、ここで証明してみせよ」

「ガルガード様の書状が何よりの証拠」

「くだらん。水掛け論だ」

「水掛け論でも結構。あなたにアスラのグレイラットと対立する気がおありか?」

やばい。

自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。

しかし、とりあえず通じているらしい。

バクシールはギロリとした目で俺を睨んでいる。

「よかろう。ならば、お前とそのお嬢様、二人の通行を許そう」

「しかし、護衛は」

「バクシール公爵の名において、騎士を数名つけよう。

魔族などに頼るよりは、そちらの方が安全であろう?」

なるほど、魔族を通すぐらいなら、手すきの騎士を二人、つけるということか。

とにかくバクシールはルイジェルドを渡航させるつもりは無いらしい。

ここまで意固地とは。

目の当たりするのは初めてだが、

思った以上に魔族に対する差別意識が強い。

さて、どうしたものか。

ルイジェルドだけ、別で運ぶべきか。

それでまた密輸人と喧嘩か?

ありうる話だ。

どうする……。

コンコン。

と、その時、不意に部屋がノックされた。

「なんだ、今は取り込み中だぞ?」

バクシールが怪訝そうな顔をするが、

扉は返事を待たずに開いていた。

そこには、青色の甲冑に身を包んだ、金髪の女性が立っていた。

「失礼、こちらに『デッドエンドのルイジェルド』がいると聞いたのだが」

「……母様?」

ゼニスだった。

---

俺が母様とつぶやいた事で、

その場にいた全員の視線が女性へと向かった。

彼女はムッとした顔で俺を睨みつけた。

「私は独身だ。君のような大きな子供はいない」

ちょ、ゼニスさん?

俺の知らないうちに記憶をなくしたんですか?

それともパウロに愛想を尽かしたんですか?

そう、思いつつ、まじまじと見つめる。

すると、ゼニスと少しばかり違う部分が明らかになった。

数年別れていた事もあってゼニスの顔はあまり覚えていないのだが、

ほくろの位置も違うし、髪の色も少し違う。

別人だ。

「失礼。行方不明の母に似ていたもので」

「……そうか」

憐憫の眼差しで見られた。

母親と生き別れた子供に見られたのかもしれない。

最近はあまり子供扱いされないが、

俺も見た目は子供だからな。

「これはこれは……左遷されたばかりの神殿騎士殿が、いかなる用だ?」

バクシールはフンと鼻息一つ、ゼニス似の騎士を睨みつけた。

「ミリス国内にスペルド族が現れたのだ。仕事熱心な私がここにくるのは当然だろう?」

「お前の着任は10日後からだ。首を突っ込むな」

「首を突っ込むな?

おかしな話だ公爵。

確かに私はまだ正式には着任していない。

しかし、前任はすでにミリシオンへと発ち、この場にはいない。

税関にて問題が起きた時は神殿騎士が事を運ぶはず。

だというのに、この場には私以外の神殿騎士の姿が見当たらない。

一体これはどういうことか?」

ゼニス似の騎士がそうまくし立てる。

バクシールは「ウッ」と顔色を悪くした。

「税関の守護は二つの頭にて行われるべし。

それはミリス教団の定めた絶対の鉄則。

よもやバクシール卿。ミリス教団に弓引くつもりではあるまいな」

「まさか、そんな事はない。

ただ、そなたもまだこの町にきて間もない。

ゆっくりと羽を伸ばされてはどうかとだな……?」

「必要ない」

ブタ公爵の顔が屠殺される寸前みたいになっていた。

こりゃ次に豚肉を食べるときは美味しく食べられそうだ。

「それで、どんな話になっているのか?」

この騎士は、どうやら公爵と同じぐらい偉いらしい。

普通なら、公爵といえば貴族でも最上級であるはずだが……。

ミリス神聖国は宗教色が強いから、そのへんが関係しているのだろう。

「実は……」

と、バクシールが説明する。

時折バクシールの思い込み発言があったので、

俺が適当に補足しつつ説明。

女騎士は、それを黙って最後まで聞くと、こちらを一瞥。

「ふむ……確かに魔族だな……」

特に、ルイジェルドには強い目を向ける。

だが、エリスを見た瞬間、その目線が緩んだ。

そして最後に、俺と目が合い、はたと考えるように顎に手を当てた。

「……君、先ほど私と母親を間違えたと言ったな。

母親の名前を聞いても?」

「ゼニスです。ゼニス・グレイラット」

「父親の名前は?」

俺はチラリとバクシールの方を見る。

うーむ。

言いたくないなぁ……。

「パウロ・グレイラットです」

一応、正直に言ってみた。

バクシールの眼が見開かれる。

俺の父親は例のクズ人間とは別人。

そう言い張ろう。

俺の父親は神様みたいな人だよ。

ちょっと叩けば金だってくれる。

「そうか」

女騎士はそう言うと、しゃがみこんで俺をギュっと抱きしめた。

「……えっ!」

驚いた。

いきなりの抱擁であった。

「大変だったな……」

そう言いながら、彼女は俺の頭を撫でた。

ごつい甲冑なのであまり感触的にはよろしくない。

だが、フワリと芳しい女の香りがした。

自然と俺の下半身がおっき……。

しない。

おかしい。

なぜだ、息子よ、どうしたというのだ。

お前の大好きな女の汗っぽいスメルだというのに。

この間だってエリスので……。

と、エリスの方を見ると、眼を見開いて拳を握り締めていた。

怖い。

「えっと……あの?」

女騎士はぽんぽんと俺の頭を撫でてから、すっくと立ち上がった。

そして、俺の方を見ず、バクシールに宣言した。

「彼らの身柄は私が保証しよう」

「なに! 魔族もいるのだぞ!」

慌てるバクシール。

女騎士は俺の手から書状を奪い取ると、サッと目を通す。

「書状も問題ない。ガルガード殿の筆跡だ」

「まさか、神殿騎士がミリス教団の教えに逆らうというのか……」

そこで、エリスが「あっ」と声を上げた。

女騎士がエリスに向かい、ウインクする。

なんだ?

「神殿騎士団『盾グループ』の 中隊長(ミドルリーダー) であるこの私が言っているのだ」

「くっ、部下を失ってこんな所に左遷されてきた分際で」

「ふん。その言葉、そっくりそのままお返ししよう。

もっとも、任務を果たした私と、途中で断念したあなたとでは、随分と立場が違うがな」

バクシールは、ぐぬぬと歯噛みをした。

どうやら、彼も左遷されてここにいるらしい。

そう考えると、公爵という地位でも矮小に思えてくるから不思議だ。

バクシールの目が、憎悪に染まっていく。

「貴様、いくら高貴なる出自だといっても、あまり図に乗ると……」

バクシールの文言は最後までは発せられなかった。

女騎士がぺこりと頭を下げたのだ。

「いや、すまん。言い過ぎたな。

こんな所にきた以上、私もお前と仲たがいするつもりは無いのだ。

今回は、私的な件も絡んでいるのだ。許してほしい」

うまいタイミングだと思った。

言いたい放題言ったのち、あっさりと謝る。

バクシールの怒気も、今の一言でスルリと抜けた。

今度誰かを怒らせた時に真似しよう。

「私的な件だと?」

「うむ」

バクシールの怪訝そうな顔に、女騎士はこくりと頷いた。

そして、俺の肩にポンと手を置く。

「この子は私の甥なのだ」

なんだってぇ!?

---

テレーズ・ラトレイア。

彼女はミリス貴族であるラトレイア家の四女であり、

若くして神殿騎士団の中隊長に成った新進気鋭の騎士である。

実家はラトレイア伯爵家。

ゼニスの実家もラトレイア伯爵家。

俺が彼女の身内であると知ると、

バクシールは何かを諦めたような顔になり、

大きなため息をついて、俺達の渡航費用をタダにしてくれた。

---

現在、俺はウェストポートの宿屋で、テレーズに抱きかかえられている。

部屋にいるのは、俺とテレーズとエリスだ。

ルイジェルドは空気でも読んだのか、この場にはいない。

「ルーデウス君。君の事は姉様からの手紙で知っていた」

「そうですか。母はなんと?」

「すごく可愛いと

実物を見て、まさかと思ったが、確かにこれはすごい可愛い」

テレーズはそう言いながら、俺の首筋に顔を埋めてくる。

思えば、約12年間、生意気だの胡散臭いだの気持ち悪いだのとは言われてきたが、可愛いと言ってくれたのはゼニスだけだったように思う。

しかし、巨乳美人な人に抱えられているというのに、

なぜか俺の股間のレールガンは超電磁な何かをコイントスしない。

そういえば、ゼニス相手にも俺のヴィクトリーはスタンダップしなかった。

考えてみれば、ノルンとも必要以上に仲良くしようとは思わなかった。

……血がつながっているからだろうか。

「テレーズ。そろそろルーデウスを離しなさい」

エリスは頬杖を付いて、テーブルをトントンと叩く。

機嫌が悪そうだ。

嫉妬しているのかもしれない。

俺は罪な男だ。

「エリス様。お気持ちはわかりますが、

いつまたルーデウス君と会えるかわかりません。

そして、きっと次に会う時はこの可愛らしさは失われているでしょう。

ほんのひと時の思い出なのです。どうかご容赦を」

テレーズは悪びれもせず、俺の身体を撫で回してくる。

「テレーズさん、なぜエリスに対しては敬語を?」

「命の恩人だからだ」

そこを掘り下げて聞いてみる。

エリスがゴブリン討伐に出かけて、

敵性勢力に襲われて絶体絶命だったテレーズを助けた。

テレーズはその時、ある要人の護衛中であり、

エリスがいなければ、要人も含めて命を奪われていた、という事らしい。

まったく聞いていない話だ。

エリスを見ると、彼女はバツの悪そうな顔をした。

「ごめんなさいルーデウス。

言うの、忘れてたわ……」

エリスいわく、俺が落ち込んでいるのを見て、

ゴブリン討伐の事はすっかり記憶の彼方に消え去ってしまったらしい。

俺のせいか。

じゃあしょうがないな。

テレーズは、(背後から抱きしめられているのでわからないが)恐らく恍惚とした表情で、俺の身体をまさぐっている。

気持ち悪いとまではいかないが、

なんだか居心地が悪い。

なにせ、背中におっぱいを押し付けられた状態で身体を弄られても興奮しないのだ。

新感覚といえる。

「ああ、それにしてもルーデウス君は可愛いな。食べてしまいたいくらいだ」

「食べるとは、性的な意味でですか?」

適当に軽口を叩いてみると、口を手で塞がれた。

「……君は喋らないほうが可愛いな。

喋ると、あのパウロの顔を思い出す」

どうやら、テレーズはパウロの事があまり好きではないらしい。

「しかし、ガッシュ団長は相変わらずだな」

と、俺をなでなでしながら、テレーズは話題を変えた。

「バクシールにあんな手紙を出せば、ああなることはわかりきっていただろうに」

テレーズの話によると。

ガルガード・ナッシュ・ヴェニクとは、教導騎士団の団長である。

教導騎士団とは、紛争地帯に若い騎士を送り込んで戦場を経験させると同時に、

各地にミリス教団の教えを広めるという役割を持った、傭兵部隊である。

現在は遠征と遠征の合間の募集期間であり、団員を募集するために国内に戻ってきているのだそうだ。

ガッシュはその団長だ。

かつて魔大陸に遠征した際に戻ってきた生き残りで、

この数十年で教導騎士団を歴代最強といわれるまでに引き上げた立役者。

無口で無骨な人物であり、滅多に笑わない。

どんな悪人に対してでも平等に接するできた人物と噂される。

ミリス騎士は、教導騎士団の遠征に参加することで騎士として一人前になる。

ガッシュが団長になってから、教導騎士団の生還率は90%を超えている。

故に、現在の教導騎士団は歴代最強の呼び名が高い。

ガッシュに命を救われた者も数多く存在しており、

現在の騎士で、ガッシュを尊敬していない者は存在しない。

「そして、筆不精かつ言葉足らずというのも有名なのだ」

戦場ではテキパキと指示をだすが、

普段は気が抜けていて、ロクすっぽ挨拶も返さないのだとか。

手紙を出すこともほとんど無く、

書類も基本的には印鑑のみ。

その筆跡を見たことのある人物はほとんど存在しない。

ルイジェルドの話では、饒舌で激情家という感じだった。

もっとも、ルイジェルドもあまり饒舌では無い方だからな。

基準が違うのだろう。

それとも、ルイジェルド相手だけは別なのだろうか。

「ねえ、いつまでくっついているのよ……」

エリスがだんだんとマジギレ五秒前な感じになってきたので、

俺はテレーズから離れた。

「あぁ……ルーデウス君の温もりが……」

テレーズが名残惜しそうな顔をするが、

俺は抱きまくらじゃない。

抱かれていても嬉しくないしな。

「ルーデウス、こっちにきなさい」

そう言われ、隣に座る。

すると、キュっと手を握られた。

「…………」

エリスの顔を見れば、耳まで真っ赤になっている。

その横顔を見ているだけで、俺の口元もゆるもうというものだ。

見れば、テレーズが枕をボスボスと殴っていた。

壁でも殴ればいいのに。

筋肉が足りなさそうだけど。

テレーズはため息を一つついて、

真面目な顔をした。

「そうだ、ルーデウス君。一つだけ忠告をさせてもらおう。

もうすぐミリスを発つ君には意味のない忠告になるかもしれないが……」

と、前置きをしてから、テレーズは口を開いた。

「国内でスペルド族の名前は出さない方がいい」

「どうして?」

「ミリス教団の古い教えには、魔族は完全に排斥すべし、というものがある」

魔族は全てミリス大陸から叩きだすべし。

それがミリスの教えである。

現在は形骸化されているが、

神殿騎士団はそれを従順に守っている。

スペルド族のように有名な種族は、例え偽物であっても全力を持って排除しなければならないらしい。

「ルーデウス君が世話になったとあっては私も見逃さざるをえない。

だが、本来なら絶対に見逃さないところだ」

「無理ね」

真面目な顔のテレーズに答えたのは、

冷めた顔をしたエリスである。

「あなた達では、何人で掛かってもルイジェルドには勝てないわ」

「そうですね。エリス様の言うとおりです」

当然と言わんばかりの口調に、テレーズが苦笑した。

「けれども、私も含め、神殿騎士団とは狂信者の集まりですから。

たとえ勝てないとわかっていても、戦わざるをえないのです」

ミリス騎士団には、そうした者達が何人もいる。

だから、もし将来、ミリス大陸に戻ってくることがあったら気をつけろ。

と、念をおされた。

今回の一件は魔族に対する差別の根深さを再認識する事となった。

これからの旅でスペルド族の名誉を回復していくのは難しいかもしれない。

あと、もし俺がロキシーを神として信仰していると知られれば、

異端審問に掛けられて、ひどい目に会うかもしれない。

なので、俺の宗派は黙っておくとしよう。

---

船旅は順調に終わった。

テレーズは船旅に必要なものを全て用意してくれた。

旅の途中の食料から、船酔いの薬までだ。

この世界は薬学はあまり発達していないと思ったが、

治癒魔術だけがこの世界の医療というわけではないらしい。

船酔いの薬ぐらいはあるようだ。

もっとも、かなり高価であるらしい。

親戚のコネというのは素晴らしい。

テレーズはエリスに対しては最大限の便宜を図ってくれた。

ルイジェルドに対する目には厳しいものがあったが……。

仕方あるまい。

物事はなんでも割り切れるものではないのだ。

エリスは船酔いの薬のおかげで、やや不快そうではあるものの、

俺のヒーリングをねだらない程度には、元気であった。

本音をいうと、しおらしいエリスが見れなくて残念である。

もっとも、その御蔭で、俺のゲージは溜まらず、

バスターウルフは暴走せず、

エリスのサニーパンチをもらう事もない。

平常通りである。

しかし、エリスは前回の事で不安なのか、

船の中では常に俺にくっついていた。

しおらしくは無い。

が、海を見てはしゃいでいるエリスを見ることが出来て、俺も満足である。

「ようお二人さん、お熱いねえ!

王竜王国で結婚式かい?」

二人で海を見ていると、船員がヒューヒューと冷やかしてきた。

「ええ、盛大なやつをね」

なので調子にのってエリスの肩を抱いたら、殴られた。

「け、結婚なんてまだ早いわよ!」

エリスは俺を殴りつつも、満更でもないらしく、ややもじもじしていた。

人に冷やかされるのは嫌いらしい。

そういう事は二人っきりで、人気のない、ムードのある場所で。

という事だ。

剣を持てば阿修羅なエリスも、色恋沙汰に関しては乙女なのだ。

しかし、結婚か。

俺とエリスをくっつけようとしていたフィリップ達はどうなっているのだろうか。

パウロは、楽観視するなと言っていたが……。

彼らだけじゃない。

ゼニスとリーリャは行方不明。

アイシャだってどこにいるのかわからない。

シルフィも情報がない。

ギレーヌだって生きているかわからない。

不安だらけだ。

いや、あまり悪い方へと考えるのはよそう。

案外、フィットア領に帰ってみると、皆元気で帰還しているかもしれない。

楽観的な考えだ。

絶対にそんなはずがないとわかっている。

けど、少なくとも、今、不安に思いすぎる事はない。

そう思う事にしよう。

---

こうして、俺達はミリス大陸を後にしたのだった。