軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十九話「ミリシオンでの一週間」

予定が決まったので、パウロの滞在する宿を訪れた。

が、留守であるらしい。

その場にいた人に捜索隊の本部らしき所を教えてもらい移動する。

何の変哲もない二階建ての建物。

そこの会議室のような場所で、パウロは実に真面目に働いていた。

十数人の男たちの中で、何やら話し合いをしている。

耳をそばだててみると、大きなプロジェクトが動いているらしい。

ミリシオンに来てからは酔っ払っているか二日酔いかの2パターンしか見ていなかったが、こうして仕事をしている所を見ると、我が父上は中々逞しくカッコよく見える。

出会ったタイミングが悪かっただけで、

別に毎日飲んだくれてくだを巻いていたわけではなかったのだ。

と思ったが、話の内容を拾ってみると、

なんでもここ一ヶ月ほどは酒浸りで、

ロクに仕事をしていなかったらしい。

それが、昨日から急にやる気を出し、昔のように戻ったのだそうだ。

きっと、俺にいいところを見せたいのだろう。

つまり、奴が働くのは俺のおかげだ。

はぁやれやれ、アテクシったら罪な男だワ。

とりあえず、パウロに暇な時間が来るまで待つことにする。

じっとしているのも何なので、建物内を探索。

ある部屋で、遊んでいるノルンを見かけた。

周囲には、ノルンと同じぐらいの年恰好の子供たちもいる。

彼らは楽しそうに積み木のようなもので遊んでいた。

恐らく、ここは託児所か何かだ。

「やぁ」

ノルンと目が合ったので、気軽に手を上げて声を掛けてみる。

すると、彼女はびっくりした顔になったが、

すぐに俺をにらみつけて、手に持った積み木を投げつけてきた。

パシリとキャッチ。

「あっち行って!」

はっきりとした拒絶である。

はて。

俺は彼女に嫌われることをしただろうか。

心当たりといえば、パウロをぶん殴った事ぐらいである。

うん。まさにそれであろう。

「えっと、父様とはちゃんと仲直りしたんですよ?」

弁明をしてみたが、

「うそ!」

ノルンは大きな声でそう言って、スルリと逃げてしまった。

どうやら、かなり嫌われてしまっているらしい。

ちとショックだ。

待合所のような場所に戻り、しばらくパウロを待つことにする。

隅の方に座っていると、チラチラと俺を見てくる視線がある。

中には、先日、人攫いをした連中も混ざっていた。

やはり、俺はここでは嫌われているのだろうか。

居心地の悪さを感じていると、やたら肌色の目立つ人物が入ってきた。

彼女は昨日の地味さはなんだったのかと思うビキニアーマーで、

周囲の目線を集めつつ、ふと俺に気づいた。

そして、俺の方へと歩いてくる。

「おはようございます」

「おはようございます、今日はどうしました?」

ビキニさんはにこやかな笑みを浮かべつつ、小首をかしげた。

「はい、父に会いにきました、ええと」

ええと、この人名前なんだっけか。

まだ聞いてなかったよな。

「失礼、自己紹介がまだでしたね。

ルーデウス・グレイラットと申します」

立ち上がり、胸に手を当てて、貴族流の挨拶。

すると、ヴェラは慌てた様子で手をわたわたさせて、

「あっと、えっと……わ、私はヴェラです。

パウロ団長の部下の一人です」

どもりながら答えた。

頭を下げると、必然的に深淵の奥底がかいま見える。

目の毒だ。そして毒は時に薬となり、薬は保養となる。

控えめと決めた手前、あまり見たくはないが、

目にはいるとどうしても追ってしまう。

どれだけ心の中で何かを決めていようと、

俺の目線は追い立てられた狐のように、

ある一点へと引きずりだされてしまう。

卑怯だ。

「先日は失礼しました。

父は女癖がやや悪いので、少々勘違いしてしまいました」

「い、いえいえ、いいんです。私もこういう格好をしていますので仕方ありません」

取り繕いつつ答えると、ヴェラはぶんぶんと首を振った。

すると、ある部分もプルプルと揺れる。

ビキニアーマーとはいえ、一応は固定されているようだが、

しかし振動があると、それが伝わって波打つのだ。

大きいから。

いやいや……。

……なんとかして視線を引き剥がす。

「あまりそういう格好で男の前をうろつかない方がいいと思います。

他の方にとっても目の毒でしょう。せめて外套を羽織ってはどうでしょうか」

「……理由あっての事ですから」

ヴェラは苦笑して、そう言った。

気のせいか、他の団員の目線が集まっている気がする。

何か悪いことを言っただろうか……。

わからん。あとでパウロにでも聞いておこう。

「父様はいつごろ終わりますか?」

話を変えると、ヴェラは首を捻った。

「ええと、ここ一ヶ月ほどの仕事が溜まっているので、

しばらくは忙しいと思います」

「そうですか……とりあえず、僕は7日後にミリシオンを発つつもりだと、

そう伝えていただけますか?」

「7日ですか? 随分と急なんですね」

「僕らにとっては、普段通りです」

「そうですか……わかりました、今シェラを呼んできます。

少し待っていてください」

そういうと、彼女はパタパタと建物の奥へと走っていった。

しばらくして、ローブ姿の治癒術師を連れて戻ってくる。

彼女は俺の視線を受けると、ウッと一声漏らして、ヴェラの後ろに隠れた。

「団長の予定は詰まっていますが、

四日後の夜に時間が取れます。お食事でしたら、その時にお願いします」

「無理にとは言いませんが?」

「あなたと話す時の団長はいきいきとしています。

なので、無理にでもお願いします」

シェラは後ろに隠れつつも、淡々とした口調で答えた。

随分と嫌われているな、いや、恐れられているのだろうか。

不本意だが……まあいい。

「四日後の夜ですね、分かりました。

宿の方に行けばいいでしょうか?」

「普段から団が使うレストランを予約しておきますので、

そちらに直接お越しください、場所は――」

と、シェラは淡々と場所と時間を伝えてくれた。

『レイジ・ミリス』という、商業区にあるレストランだそうだ。

一応聞いてみたが、ドレスコードは無いらしい。

しかし、なんだな、まるで大企業の社長との会食のセッティングをしている気分だ。

秘書にスケジュールを管理させるとは、パウロも偉くなったものだよ。

「お連れ様はいますか?」

最後にそう聞かれ、ふとエリスの顔が浮かんだが、

同時に「ぶっ殺してやるわ」というセリフも思い出した。

「いえ、一人でいきます」

それで打ち合わせは終了、俺は建物を出た。

---

さて、一週間は短い、有意義に使わなければいけない。

そう思い、ミリシオンの冒険者ギルドへとやってきた。

本部というだけあって、かなりの巨大建築物であった。

2階建てで、今まで見たギルドの中では一番大きい。

とはいえ、俺も巨大建築物はいくつか見てきているため、さほど感動は覚えない。

まずは情報収集である。

さしあたっては、主にフィットア領の事について。

しかしながら、パウロから聞いた以上の情報は得られなかった。

このあたりで一番詳しいのは、やはりパウロ達捜索団という事だろう。

次に調べたのは、ミリシオン周囲の魔物の情報。

魔大陸に比べると脅威度が大きく違うようだ。

ジャイアントローカスト。という名前のでかいだけのバッタ、

ミートカットラビット、という名の肉食のウサギ、

ロックワーム、という名の大きなミミズ。

等など。

極めて危険性の低い生き物が多い。

魔大陸に比べると、サイズも小さい。

かの試される大地では、魔物の大きさは人の背丈の数倍がざらである。

俺たちが絶滅寸前に追い込んだ(誇張)あのパクスコヨーテですら、

体長は2メートル以上。

アシッドウルフなど、3メートル以上の大きさだ。

大王陸亀ともなれば、平均で8メートル前後、最大で20メートル以上である。

大森林の雨期に見た魔物も、人と同じぐらいの大きさを持つ魔物が多かった。

それに比べるとミリシオン周辺の魔物の大きさは、人の膝ぐらいしか無いような生き物が多い。

大きければ強いというわけではないようだが、

大きさというのはそれだけで武器になる。

要するに、ミリシオン周辺の魔物は弱い。

安全なのはいいことだ。

次に、スペルド族の名誉回復について、考える。

だが、これに関しては難しい。

というのも、ミリシオンには魔族を排斥しようとする派閥があるらしい。

それを先導しているのがミリス聖騎士団の一つ、神殿騎士団である。

彼らはミリス大陸からの魔族の排斥を声高に主張している。

とはいえ、現在ミリシオンで最も強い勢力を持っているのはその派閥ではない。

魔族との共存を主張する一派で。

その長が現在の教皇であるゆえ、

神殿騎士団も表立って魔族を排斥する事はない。

が、魔族が町中で問題を起こせば、すぐにでも飛んできて難癖をつけるらしい。

大義名分を得れば、立場が弱くとも強く出るというわけだ。

ルイジェルドが『スペルド族』だと主張し、堂々と活動すれば、

すぐに神殿騎士団に眼をつけられるだろう。

町中には、常に神殿騎士団の目が光っている。

ならば、町の外でならどうだろう。

そう思った俺は、ある依頼を受けてみた。

丁度貼りだされたばかりのBランク依頼。

近隣の村で一匹の魔物が暴れているらしい。

距離的には日帰りで行ける場所である。

討伐対象は、緑色をした虎。

緑葉虎(リーフタイガー) 。

本来なら大森林の南部に生息する魔物である。

なんらかの理由で大森林から南下してきて、この近くに住み着いてしまったらしい。

斑模様の緑を下地に、茶色の模様が入っているため、

森の中に潜まれると風景に完全に隠れてしまう。

その隠密性の高さと、数匹の群れで行動することから、

Bランクに相当する魔物と言われている。

だが今回の対象は一匹であり、かつ平地にいるので、

アシッドウルフよりも危険性は低いといえる。

危険度でランク付けするなら、せいぜいDランクといった所だろう。

魔大陸にいた頃は、こういう依頼を見つけると歓喜したものだ。

早速行ってみると、丁度緑色の虎が鶏を咥えて、悠々と村を出て行く所だった。

こちらに気づくと、獲物を置いて唸り声を上げたが、

エリスが「任せて」と一言、タッと走りだし、あっという間に真っ二つにした。

依頼完了、あっけないものである。

村の人々には、大層感謝された。

この虎は最近、このへんで暴れまわっており、

家畜や村人にも少なからぬ被害が出ていたそうだ。

いつもなら、この村の警護にはいずれかの聖騎士団が来てくれるらしい。

だが、なんでも先日、この近隣で神子が襲撃を受けるという大事件があったらしい。

神殿騎士団の護衛は部隊長を残して全滅。

神子はギリギリの所で助かったが、

部隊員を全滅させた部隊長は責任を取らされ、更迭されたそうだ。

元々、最近は奴隷の誘拐といったきな臭い事件も多く、

騎士団もピリピリしていた所に、そんな事件が勃発。

そのせいで、教団も騎士団も大わらわ。

ゆえに、Bランクという危険度の高い魔物が野放しになってしまい、

仕方なく冒険者ギルドに依頼を出したそうだ。

まあ、騎士団云々は俺達には関係のない話だろう。

さて、情報を得た所で実験開始だ。

彼らに対してスペルド族の宣伝をする。

実はルイジェルドはスペルド族であり、

スペルド族は世界中の人々と仲良くするために善行を積んで歩いている。

スペルド族は一見すると取っ付きにくい種族である。

そこで、この石像。

これを見せてルイジェルドの名前を出せば、

どんな恐ろしい外見をしたスペルド族であっても、

あっという間に態度が軟化、孫を見た頑固ジジイのように頬を緩める。

数分後には百年来のソウルブラザーになるだろう。

そう説明した。

我ながら完璧なセールストークだったと思う。

だが、村長には微妙な顔をされた。

ルイジェルド個人には感謝はしているが、

この程度では魔族全体に対する偏見は消えないし、

ミリス教徒である自分達が魔族の像を持っている事には抵抗がある。

そう言われて像を突き返された。

実験はうまくいかなかった。

やはり、一足飛びにうまくいくものではないらしい。

それとも、やはり美少女フィギュアでなければダメなのだろうか。

今からでもルイジェルドフィギュアの女体化を検討に入れてみるか。

いや、それだと意味がないか。

「こんなものを作っていたのか……」

ミリシオンに帰る途中、ルイジェルドがフィギュアをまじまじと見てしきりに感心していた。

「そうよ、ルーデウスはこういうのを作るのがうまいんだから!」

そして、それを見てなぜかエリスが自慢気にしていた。

今回は突き返されたが、俺のフィギュアは結構な値段で売れるのだ。

獣族の剣王様や、どこぞの国の王子の目にも止まる逸品だしな。

王室御用達と言っても過言ではない。

などと考えて鼻を高くしていたのだが、

「しかし、この構えは隙だらけだな」

「そうね、構えはよくないわね。もっと低くないと……」

最後にはダメ出しされた。

にょ○ーん。

---

3日後、会食の前日。

家族との会食であるが、着ていく服がない。

ドレスコードは無いらしいが、

魔大陸で購入した服はこの辺りでは少々みすぼらしく見える。

という事で、エリスを伴って服屋を見てまわった。

いわばデートである。

といっても、それほど色気のあるものではない。

エリスは服を買うという点においてはそれほど積極的ではなく、

どれでもいいじゃないか、という感じだ。

そんな彼女の分の服も購入しておく。

ここから先は人族の領域。

先入観は見た目から。

せめて、一目みて侮られない程度の格好はしておきたい。

この場に誰か、最近の服飾について詳しい人でもいれば、アドバイスを求めるのだが。

俺の知り合いでというと、サル顔の新入りかヴェラくらいだが、

サル顔の新入りはどこにいるかわからないし、ヴェラに何かを頼める程親しくはない。

一着が高い店であるなら、店員があれこれとアドバイスしてくれるだろうが、

そうした店は冒険者向けの服飾は取り扱っていないだろう。

アドバイスだけ受けて何も買わずに出るというのも気が引ける。

そうした服を一着ぐらい持っていれば何かの役には立つかもしれないが、

使わないかもしれない、と考えるとどうにも気が引ける。

パウロの援助のおかげで金は余っているが、

あまり無駄遣いしたくもない。

なので、道行く人を見て、その格好で判断する事にした。

エリスと二人で道端に座り込み、趣味は人間観察ですと言わんばかりに人を見る。

若干だが、青い色を着た人が多い。

その上に、上着を着たり着なかったり。

気候がいいため、上着も薄手である。

「最近の流行は青みたいですね」

「ルーデウスに青は似合わないわ」

エリスにはそう切って捨てられた。

まあ、流行の最先端を追う気はさらさら無いのだが。

「じゃあどういうのが似合うって言うんですか」

「ギースにもらったのがあるじゃない。あれでいいわよ」

あの毛皮のベストか。

ただ、あれはちょっとサイズがデカイのだ。

丈が余って、コートみたいになっている。

とはいえ、着心地は悪くないので、

ちょっと肌寒い日は着ているのだが……。

「あれも悪くはないですけど、ちょっと丈が余ってますからね」

「そうね、確かにちょっと長いわよね。切ったら?」

「それはもったいないですよ。背も伸びてますし」

なんて会話をしつつ、買うものを決めた。

さほど時間が掛からなかったのは、やはり俺とエリスの服飾に関する関心の無さの現れであろう。

と、思ったが、エリスは最後に黒いワンピースを買っていた。

結構オシャレな感じのする品で、黒い生地に、白い薔薇の刺繍が入っている。

「エリス、それ買うんですか?」

「……なによ、悪いの?」

「いいえ。似合うとおもいますよ」

「ふん、別にお世辞なんていらないわ」

そんな会話で、その日の買い物は終了した。

---

会食の日。

今日の夜はパウロと家族でご飯を食べて来るというと、

エリスが自分も行くと言い出した。

先日の事が無ければ、どうぞどうぞと言う所だが、

エリスは未だ、パウロに敵意を抱いている。

殺意と言い換えてもいいぐらい、強いものだ。

気持ちを理解できなくはないが、俺はパウロと仲良くしようと決めている。

それだけなら、エリスとパウロを仲良くさせるためにあれこれ動くが、

今回は一応、数年ぶりの家族水入らず。

俺とノルンの仲も改善されていない。

なので、エリスにはご遠慮してもらう事にした。

おろしたての服を来て、新しい俺、ニューデウスとなってレストランへと赴く。

なるべく裏路地は通らない。

裏路地には人攫いが多く、所により血の雨が降るからだ。

血で服が汚れたら大変だ。

表通りも危険がいっぱいだ。

飯時という事もあって、露天で焼き鳥のようなものを買った連中が歩いている。

ドンとぶつかればベチャリ。

自明の理である。

ゆえに、俺は魔眼の封印を解いた。

一秒先を見据えながら、人混みを華麗に回避する。

到着。

予約などというから身構えていたが、

ごくごく普通の店だった。

宿屋に併設されていない酒場で、

町人が多いらしく、客層に物騒な感じがしない。

店に入り、給仕係の人に名前を告げると、席に案内された。

そこには、苦笑したパウロと、ムスッとしたノルンが座っていた。

「すいません、少々遅れましたか?」

「いいや……悪かったな、シェラがなんか張り切っててよ。

別にいつもの酒場でいいって言ったんだがな……」

「たまにはいいじゃないですか」

そう言いつつ、俺も席についた。

ノルンはそっぽを向いたままだ。

「ほら、ノルン、お兄ちゃんだぞ。挨拶しなさい」

「やだ。お父さんを殴る人とご飯なんて食べたくない」

「こら、そんな事言っちゃだめだろ。

お父さんだって悪いことをしたら殴られるんだ」

「お父さん、悪くないもん」

ノルンは頬をぷくりと膨れさせて、実に可愛らしく拗ねていた。

「お父さんとお兄ちゃんはもう仲直りしたんだ。なあルディ」

「もちろんですとも。なんならキスだってできますよ」

「えっ?」

「えっ?」

息子とのキスは嫌と申すか。

と思ったが、俺も親父とのキスは嫌だな。

失言である。

「お父さんとお兄ちゃんは仲良くするから。

ノルンもお兄ちゃんと仲良くしよう、なっ?」

「やだ」

パウロがノルンの頭をぽふぽふと撫でる。

ノルンの髪は綺麗な金髪。

この髪を見ているとゼニスのことを思い出す。

ゼニスもまた、気に食わない事があると、こうやって拗ねてパウロを困らせていた。

こういう所は親の血を継いでいるのかもしれない。

ノルンはしばらくパウロのなすがまま撫でられていたが、

キッと俺を睨んできた。

やや上目遣いで。

凄んでいるつもりなのかもしれないが、ただ可愛いだけである。

「お父さんは、すごくがんばってるんだもん」

「ええ、承知しています」

「女の人と遊んでなんかいないもん」

「聞き及びました。疑って申し訳ないと思っています」

「あたしにも、優しくしてくれるもん」

ノルンの目に、じわじわと涙が浮かんできている。

まずい。

何かひどいことを言っただろうか。

泣かれるのはちょっと。

「お父さん、いっつも泣きそうになってるんだもん!」

「……そうなんですか?」

「いや、まぁ、最近はな……」

泣きそうなノルンに、俺とパウロはしどろもどろと問答する。

「お父さんは、可哀想なんだもん!」

「……」「……」

「殴るなんて、酷いんだもん!」

俺はそれを見て、心の中で深い溜息をついた。

パウロとノルンは一緒に転移した。

その経緯については聞いた。

途中で、ノルンが病気にもなったし、魔物にも襲われたそうだ。

それを守ってきたのは、パウロだ。

母と離れ、メイドと離れ、妹と離れ、

不安が胸を締め付ける中、

パウロはたった一人の味方であり、

そしてたった一人の頼れる家族だったのだ。

それを、いきなり現れた男が、馬乗りになってぶん殴る。

トラウマになりかねない状況だ。

「ノルン、あれは、父さんが……」

「父様、仕方ありませんよ」

せめて、もう少し大きければ、話し合いでなんとかなったかもしれない。

が、この年では難しいだろう。

互いに悪い部分があり、悪い部分を認め合って納得した。

という事を理解させるには、まだ幼すぎる。

「ノルンはまだ幼いですし、

それに、もし、僕が逆の立場だったら、

父親をぶん殴った奴を許したりはしませんから」

ここでノルンに嫌われるのは仕方がない。

もう何年かしてから、ゆっくりと話しあえばいいのだ。

その時には、ノルンだってきっとわかってくれるはず。

時間は有限だが、物事を落ち着かせる力があるのだから。

だが、パウロはそうは思わなかったらしい。

「いや、もしかすると、もうたった二人の兄妹かもしれないんだ。仲良くしないと」

たった二人の兄弟かもしれない。

その意味に思い至り、俺は眉をひそめた。

「父様がそんな不吉な事を言わないでください」

「…………そうだな、すまん」

おっといかん。

空気が重くなってしまった。

よし話題を変えよう。

「ところで父様、この店の名物はなんなんですか?

今日はお昼を抜いたので、もうお腹がペコペコで」

露骨な話題変更だったが、パウロも察してくれたようだ。

ぎこちない笑いを浮かべつつも、答えてくれた。

「ん、そうだな。南の海の方で取れる魚介類のシチューがうまい。

それから、牛だな。このへんでは牛を飼っている農家が多いんだ。

アスラの牛肉とはまた違った味わいで、煮込む事が多いんだが……」

「それは楽しみですね。魔大陸では肉がまずくてまずくて」

「大王陸亀だったか? 魔物の肉ってなぁ、大概まずいもんだ」

そんな感じで、パウロとの会話は弾んだが、ノルンはそっぽを向いたままだった。

パウロが声をかけると返事はするものの、俺の方は決して見ない。

仕方ない、仕方ないとは思っていても、

ちょっとクルものがあるな。

この間、俺がパウロ相手にやった事だ。

胸が痛む。

パウロには悪いことをした。

「そういえば父様、一つお尋ねしたい事があるのですが」

「なんだ?」

「ガッシュ・ブラッシュという人物を知っていますか?」

「……いや、知らんな。どこで聞いた名前なんだ?」

と、俺はルイジェルドが持ってきた手紙について聞いてみる事にした。

一応、紋章の写しもとってあるので、それも見せる。

「羊、鷹、剣か。守護騎士の家系だな。

だが、ガッシュ・ブラッシュという名前には聞き覚えがない。

オレもミリスの貴族に関してはそう詳しくないからな……」

「そうですか……シェラさんに聞けばわかりますかね」

「どうだろうな。後で聞いてみよう」

ルイジェルドの持ってきた手紙に、一抹の不安を覚えつつも、その話はそこで終わる。

その後は、また他愛無い話だ。

誕生日の事。

俺の10歳の誕生日の一ヶ月ほど前から、

森の魔物が活性化していたらしい。

パウロとゼニスはその対応に追われ、

誕生日プレゼントを送る暇がなかったそうだ。

魔物の活性化自体は誕生日の前日に収まったらしいが、

そろそろ品を送ろうかと思っていた頃、転移されたのだとか。

「ちなみに、何をくださるつもりだったんですか?」

「オレからは篭手だな。倉庫の奥で見つけたもので悪いと思ったが、一応は迷宮の奥で見つけた 魔力付与品(マジックアイテム) だ。羽のように軽いやつで、オレにはサイズが合わなかったが、ルディには合うかと思ってな」

「へぇ、そういうのもあるんですね」

「ああ。ゼニスの方はナイショだって話だったが、リーリャは、鍵の掛かった小さな箱を満足そうに見ていたから、それだろうな」

「箱ですか」

何だったのだろうか、少々気になる話だ。

ま、手に入らなかったものをとやかく言っても仕方あるまい。

それから話はゼニスの実家の話題に及んだ。

ゼニスの実家は優秀な騎士を何人も輩出している名家だそうだ。

ゼニスは勘当同然で、俺の祖父母に当たる人物は捜索に乗り気ではなかったらしい。

だが、ノルンを見て態度を一変させたらしい。

どこの世界でも、祖父母は孫に弱いのだ。

「僕が顔を出せば、もっと資金とか貰えたりしますかね」

「いや、お前だと逆効果だろうな……」

「……でしょうね」

孫の可愛らしさを演技する事はできるが、墓穴を掘りそうだ。

やめておこう。

なんて話をしながら、楽しく食事をし、パウロと別れた。

結局、ノルンには最後までそっぽを向かれたままだったが、

有意義な食事会だったといえよう。

---

あっという間に一週間が経過した。

旅立ちの日、場所は冒険者区の入り口。

馬車に乗って、さぁ出発しようと思っていたところ、パウロが見送りにきた。

「ルディ。もう少しだけ滞在してもいいんだぞ?」

パウロが何やら甘いことを言い出したが、今更だ。

「もう少し、もう少し、そう言ってダラダラと一年ぐらい滞在してしまいそうです」

「ノルンとだって仲直り出来てないんだし」

「ノルンとの仲については、あと三人を見つけてからでも遅くはありません」

それに、と俺はエリスをチラ見する。

エリスはルイジェルドに首根っこを掴まれつつ、

悪鬼のような顔でパウロをにらんでいた。

切り替えが早いと思ったが、そんな事はないらしい。

「家族に会いたいのは、僕だけじゃありませんしね」

「そうか、だがボレアス家はおそらく……」

「やめてください」

難しそうな顔をするパウロの言葉を、俺は手でさえぎった。

「情報が届いていないだけで、僕らがフィットア領に付く頃には、

フィリップ様やサウロス様も帰り着いているかもしれません」

「……そうか。そうだな。けどなルディ」

パウロは真剣な顔で言った。

「あまり、楽観視するなよ。

もしフィリップ達が無事に帰りついたって、

あの災害の規模じゃ、どうなるかわからない」

「どういう意味ですか?」

パウロは少しだけ声を潜めて、

「フィリップの兄貴が、保身のためにどっちかに全部の責任をおっかぶせる可能性が高いって話だよ」

と、言った。

言われてみると確かに起こりうる話だ。

領主のサウロスと、町長のフィリップ。

彼らは、領地の責任者だ。

無事に帰っても、領土・領民を失った責任はついて回る。

アスラ王国の法における、貴族の責任の取り方がどうなっているのかはわからない。

だが、少なくとも、二人が無事故郷に帰り着いた所で、そのまま領主としての辣腕を振るう事はないだろう。

あるいは、フィリップの兄の逃げ場を塞ぎ、政治的に叩き潰すため、

混乱に乗じて謀殺される可能性だって多いにある。

「何かあるようなら、お嬢様はお前が守ってやれ。 貴族の義務(ノブレスオブリージュ) を持ちだして来る奴もいるかもしれねえが、構うことなんてないからな」

「はい。肝に銘じておきます」

俺は顔を引き締め、頷いた。

パウロも誇らしげな顔になり、頷く。

「それから、あの手紙の主についてだが、シェラもわからんらしい」

「そうですか……」

「危険人物ではないだろう、とは言っていたがな」

「わかりました。お礼を言っておいてください」

パウロはこくりと頷いた。

そして、後ろを振り向くと、そこにいる少女に声を掛ける。

「ほら、ノルン、お兄ちゃんにお別れの挨拶をしろ」

「……やだ」

ノルンはパウロの後ろに隠れていた。

半分だけ顔を覗かせているのが、実に可愛い。

将来はゼニスに似た美人になることだろう。

「ノルン、何年後かわかりませんが、また会いましょう」

「…………やだ」

ノルンは最後まで、俺と顔を合わせてくれなかった。

俺は苦笑しつつ、馬車へと戻った。

こうして、俺はミリシオンから旅立った。

--- パウロ視点 ---

ルーデウスが旅立った。

相変わらず優秀な奴だ。

次から次へとポンポン決めて、どんどん行動している。

エリナリーゼは俺を生き急いでいるなんて言ったが、

ルーデウスを見たらなんて思うだろうか。

会わせてみたい所だが……。

いや、会わせない方がいいな。

オレはエリナリーゼのパパになんざなりたくねえ。

などと考えていると、ポンと肩を叩かれた。

みると、サル顔の男がニヤニヤと笑っていた。

「よぉパウロ。息子とのお別れは済んだのか?」

「ギース……」

このサル顔の男には、感謝してもしきれない。

コイツがいなければ、オレはルーデウスと仲たがいしたままだっただろう。

「お前には世話になったな」

「いいってことよ」

と、そこでオレは、ギースが旅装している事に気づいた。

「なんだギース、どこにいくつもりなんだ?」

「決めてねえが、まだ探してねえ所は多いんだろ?」

その言葉で、オレはギースが捜索を続けてくれるという事に気づいた。

衝撃だった。

ギースはパーティ解散で一番苦労した男のはずだ。

戦う力はなく、何でもできるが何にもできない、

他のパーティにも入れてもらえず、単独で依頼もこなせず、

冒険者を断念せざるをえなかった奴だ。

オレのことを、一番恨んでいてもおかしくない、そんな奴だ。

「おまえ、なんで、そこまで親身になって探してくれんだ?」

そう聞くと、サル顔は口の端を歪め、いつものようにニヒルに笑った。

「ジンクスだよ」

いつものように言って、サル顔は背を向けた。

オレは腰に手を当てて、苦笑する。

あいつのジンクスは、多すぎてわからない。

だが、何か心地良いものを感じ、ギースの背中が見えなくなるまで見送った。

「よし」

オレは一声気合を上げると、ノルンを肩車した。

やる気が満ち溢れていた。

まずは、難民の大移動を成功させる。

その後、必ず家族を見つけ出して見せる。

そう決意し、町へと戻ったのだ。