軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四十二話「スペルド族の村」

その村は、ミグルド族の村によく似ていた。

村全体は2メートル程度の高さを持つ柵に囲まれていて、中には粗末なログハウスが立ち並んでいる。

ログハウスの近くには、さして大きくもない畑がある。

作物はミグルド族のものと違って、様々な野菜がよく実っている。

土がいいのかもしれない。

さらに、ログハウスの裏では、獣が捌かれていた。

捌かれているのは、白っぽい毛皮を持つ四足獣である。

あれが、見えない魔物の正体だ。

奴らは死んでからしばらくすると、透明化が解除されるらしく、先ほど俺達に襲いかかった個体も、しばらくして色がついていた。

名前は『 透明狼(インビジブル・ウルフ) 』というらしい。

まんまだな。

村の中央には泉があり、その近くでは、大きな鍋を使って食事の用意をしている集団もいる。

やはり、ミグルド族と文化が似ている。

だが、一つだけ違う事がある。

ミグルド族の里では全員が、中学生ぐらいの見た目で青い髪の持ち主だったが……。

ここでは、全員が額に赤い宝石を付けており、エメラルドグリーンの髪を持っている。

そう、スペルド族だ。

全員が。

そして、俺はここで驚きの新事実を発見してしまった。

スペルド族はエメラルドグリーンの髪に、額に赤い宝石をつけているだけではない……。

美形なのだ。

全員が、例外なく、美形なのだ。

いや、この世界では、これよりもっと濃い目の顔が美形と言われるのだとは知っているが。

でも美形なのだ。

もちろん、いわゆる細めのイケメンタイプだけではないが、全員、顔立ちが整っている。

あっちの方にいる、若いショートカットの女の子なんて、すげぇ可愛い。

ほっそりしてて、背はそんなに高くないけど、肩の辺りにしっかり筋肉がついてて、目元は気が強そうで、胸もそこそこ大きくて、エリスとシルフィの良い所を足した感じというか……。

いや、違うの、浮気とかじゃなくて、客観的に見てね?

美男美女の村。

これは悪魔的だ。

森の民は悪魔だ。

「恐ろしい村だ」

「…………うす」

俺のつぶやきに、ドーガが同意するように声を上げた。

先ほどから、ドーガは俺の後ろに隠れるように縮こまっている。

どうやら、スペルド族が怖いらしい。

アスラ王国の出身だというし、彼もスペルド族が悪魔だと聞いて育ったのだろう。

そこは否定してやりたいが……。

種族的にスペルド族が悪者ではないとはいえ、この村が俺たちを歓迎してくれているかどうかは別問題だ。

今はまだ、気休めを言うのはやめておこう。

「さて、どこに連れて行かれるのでしょうね」

シャンドルは、あまり怖がっていない。

彼は紛争地帯の出身だから、あまりスペルド族のお伽話を知らないのかもしれない。

むしろ、大量のスペルド族を前にして、ワクワクしているようにも見える。

「どこも何も、ルイジェルドの所でしょう?」

「最初に目的の所に連れていってもらえるとは限りません」

「……なら、パターンとしては、村長の所じゃないですか?」

「パターンを言うなら、牢屋という形もありえますが……剣呑な感じはしていませんからね」

スペルド族の戦士は俺たちに向かって「ついてこい」と一言告げて、歩き出した。

俺たちは言われるがまま、のこのこと付いてきて、この村に到着した。

その間、会話らしい会話は行われていない。

「それにしても、村人に元気が無いようですね」

言われてみると、確かに、スペルド族たちは元気がなさそうだ。

食事の用意をしつつも、咳をしている奴もいる。

もっとも、子供は元気だ。

尻尾を持つ子供たちが、はしゃぎながら追いかけっこをしていた。

そういえば、スペルド族の子供は尻尾があるんだったか……。

「村の規模に対して、やや数も少ないようですし」

「それは、狩りに出ているのでは?」

「獲物を捌いているのに、狩りに出ているわけがないでしょう?」

「ああ、それもそうか」

今しがた、四足獣を捌いていた。

ってことは、狩りから帰ってきているということだ。

村総出ではなく、個別に出ているのかもしれないし、あの獣も保存してあったものかもしれないが……。

「やはり、病ですかね」

なんとなくだが、風邪っぽい匂いが蔓延している気がする。

薬を買いに来た、という情報の先入観もあるが……病気らしい何かはありそうだ。

大丈夫だとは思うが、マスクとかしといた方がいいかな?

「こっちだ、早くしろ」

先を行くスペルド族にせっつかされつつ、俺達は一軒の家に案内された。

集落の中では、最も古い家だ。

しかし、この村の中で一番大きい。

やはり村長パターンか。

「族長、入るぞ。ルイジェルドの客人を連れてきた」

スペルド族の男は一言そう告げると、家の扉を開けた。

家の中は広間になっていた。

族長の家というより、講堂か会議場のような感じなのだろうか。

ともあれ、そこには5人のスペルド族がいた。

恐らく、5人とも老人なのだろう。

俺をここに連れて来たスペルド族よりも、落ち着いた雰囲気を感じる。

もっとも、誰もが皆、緑の髪に白い肌で、美形だ。

年齢はわかりにくい。

「む」

そして、そんな五人の内の一人。

彼は俺が室内に入った瞬間、すぐに立ち上がった。

見覚えのある民族衣装。

顔の傷。

白い槍。

見覚えのある鉢金。

髪は伸びた。もうスキンヘッドではない。

今度こそ間違いない。

「ルイジェルドさん!」

自然と笑みが溢れる。

懐かしさに、思わず駆け寄りたくなるが、ぐっと我慢して、数歩前に出るにとどまる。

だが、俺の顔を見た彼は、怪訝そうな顔をした。

「ルーデウス……か?」

もしかして、忘れられているのだろうか。

それはとても悲しいのだが。

「……忘れてしまったんですか?」

「いや、俺の記憶にある顔と違ったのでな」

「ああ! なるほど、これはちょっと、変装中だったものでしてね」

俺は指輪をはずし、元の顔を出して見せると、族長たちの中でざわめきが起こった。

しかし、あの顔でよくわかったな……と言いたい所だが、スペルド族の第三の眼のおかげか。

「そうか、久しいな」

「ええ、本当に」

ああ、懐かしい。

言いたいことがたくさんある。

伝えたいことがたくさんある。

エリスとの事とか、パウロの事とか。

聞きたいこともたくさんある。

この村の事とか、今まで何をやっていたのか、とか。

いや、この村の事は見ればわかる。

ルイジェルドは、見つけたのだ。

ずっと探し求めていたものを、とうとう見つけたのだ。

「ルイジェルドさん……」

思わず涙が零れそうになる。

彼との思い出が蘇る。

ルイジェルドと初めて出会った時の事。

出会った時、彼は一人だった。ミグルド族の所にいたり、俺達と旅をしたり、一見すると一人には見えなかったが、一人だった。

でも、もうルイジェルドは、一人ではない。

「その、おめでとうございます。スペルド族、見つけることが出来て」

「ああ」

ルイジェルドは頷きながら、目を細め、笑みを浮かべた。

たくさんの仲間に囲まれるルイジェルド。

……周囲にいる五人はかなりいかついが、しかし囲まれるルイジェルドは幸せそうに見える。

「だがルーデウス……なぜ、ここにいる?」

おお、そうだ。

感傷に浸っている場合ではない。

今すべきは思い出話ではないのだ。

「話せば長くなります。聞きたいこともたくさんあります。少しお時間、よろしいですか?」

俺は会議場に座りつつ、真面目な顔でそう告げた。

「……族長、いいか?」

一番奥に座るのは、他の四人より服装の模様が豪華に見えた。

彼が族長なのだろう。

彼はルイジェルドの問いに、難しい顔をした。

「その人族は、信用できるのかね?」

「できる」

「ならば、聞こうではないか」

族長の許可を得て、情報交換が始まった。

---

俺の事を話す前に、ルイジェルドはここに辿り着いた経緯について話してくれた。

ノルンとアイシャを俺の元に届けた後の話からだ。

ルイジェルドはあの後、生き残っているスペルド族を探す旅に出た。

彼は幾つかの国を転々としつつ、中央大陸北部を捜索するつもりだった。

しかし、町を出てすぐにバーディガーディに追いつかれたという。

「奴は言った、自分はスペルド族の生き残りがどこにいるのか知っている、とな」

ルイジェルドはその言葉に半信半疑だった。

だが、行く宛もなかったため、ひとまずその言葉に従った。

それから数年、バーディガーディとの二人旅の末、ビヘイリル王国へとたどり着いた。

そして、帰らずの森、地竜の谷の奥地。

ここで暮らしていた、スペルド族の所に案内されたという。

ルイジェルドはスペルド族たちに快く迎えられた。

過去の戦争についての事で、あれこれと話し合いや謝罪があったようだが、それも含めて、快く、だ。

ルイジェルドはこの村で生活を始め、安寧を手に入れた。

「しかし、村を疫病が襲った」

原因不明の疫病。

初期症状は風邪に似ているが、体から力が抜け、原因不明の震えが襲い、額の目は曇り、やがて死に至る。

ルイジェルドは次々と倒れる村人を見て、治療法を探すために奔走した。

ルイジェルド自身も罹患していたが、しかし村を助けるために、震える体にムチを打って第二都市イレルまで足を伸ばしたという。

そして、運よく行商人から薬を購入することに成功。

現在、村はなんとか快復に向かっているという。

「でも、森の外では、この森の悪魔が調査に来た者を皆殺しにした、なんて噂が広まっていますよ?」

「疫病が蔓延していた時、魔物が森の外へと出てしまったのだろう」

そもそも。

なぜスペルド族がこんな所に村を作ったのか。

それは、地竜谷の村の老婆が話してくれたのと、ほぼ同じであった。

数百年前。

魔大陸から追われたスペルド族は、世界各地を転々としていた。

どこにいっても迫害され、時には騎士団や軍隊にまで追い回される日々。

スペルド族の難民は、平地を避け、森や山の麓を伝って、楽園を求めた。

人族がまず立ち入らない地、スペルド族が暮らしていける土地。

そんな土地を求めて、どこまでも、どこまでも。

そして、見つけたのが、ここ、地竜の谷を超えた場所にある『帰らずの森』だった。

地竜の存在によって大型の魔物は近づかず、『見えない魔物』だけが生息する森。

無論、『 透明狼(インビジブルウルフ) 』は、一般的な魔物と同じ程度には強い魔物ではある。

透明化という最大の利点もあって、3匹もいれば並の冒険者パーティなら軽く全滅する。

だが、見えない魔物はスペルド族の『眼』なら、簡単に見ることが出来た。

そして、強いとは言っても、その強さは魔大陸で生きてきたスペルド族に遠く及ばない。

家畜も同然であった。

かくして、スペルド族は帰らずの森に定住した。

無論、トラブルはあった。

いくら人が入ってこないような森といえども、近くに人里がある以上、絶対ではないのだ。

スペルド族が暮らし始めてしばらくして、森の近くに村が出来た。

村人は頻繁に森に出入りするようになり、時に集落の近くまでやってくるようになった。

その時、スペルド族の族長は、森の魔物を減らして村の方には行かないようにすると同時に、森で迷っている村人がいたら保護する、といった約束を取り付けたという。

村の言い伝えだと、先に住んでいたのが村人だという話だが……。

これが2、300年ほど前の話だとすると、村の言い伝えの方が間違っているんだろう。

なにせ、こっちは約束を取り付けた人間が生きているわけだし。

とにかく、スペルド族は、村と適度な距離を保ちつつ、うまくやってきたという。

しかし、この疫病の騒動によって、均衡が破れた。

「国はこの村を滅ぼすつもりです」

その話を聞いて、俺はビヘイリル王国で流れている噂と、国がどうしようとしているかを伝えた。

「そうか……」

それを聞いた族長たちの顔に浮かんだのは、落胆の色だった。

滅ぼすなら戦うまでだ、という闘志の表情ではなく、落胆。

疲れきったようにうなだれ、諦めを口にした。

「ここにも住めなくなるのか……」

「俺たちは、どこに住めばいいというんだ……」

「あんな戦争がなければ……」

鎮痛な面持ちの族長たちに、ルイジェルドが済まなさそうな顔をする。

「すまん……」

ルイジェルドの謝罪に、族長たちは慌てたように首を振った。

「お前を責めているのではないのだよ、ルイジェルド。我々とて、当時ラプラスに付くのには賛成したのだ」

「恨んだ事もあったが、あの頃は、誰もがお前たち戦士団を誇りに思い、戦いへと送り出していた。同罪だ」

「……だが、なぜ我々だけが、こんな目に合わねばならん」

「ラプラスは、なぜスペルド族にこのような仕打ちをしたのだ……」

やるせなさの伝わる声音は、誰を責めているわけでも、

何かを悔やんでいるわけでもなかった。

ただ、自分たちの現状に諦めを抱いている男の声だった。

もうどうしようもない。

逃げるしかない。

そんな気持ちが、声から、態度から、伝わってくる。

400年前の戦争。

それは人族にとって、大昔の出来事だ。

だが、転移事件が俺にとって長く尾を引く事件となったと同様、

スペルド族にとってラプラス戦役は、未だ終わること無く続いている悪夢なのかもしれない。

「もしよろしければ、俺がビヘイリル王国と交渉しましょうか?」

思わず、そんな言葉が漏れていた。

「え?」

「俺は人族ですし、それなりに権威も持っています。

スペルド族は今まで、森にいる危険な魔物を狩り、人族の村を守ってきました。

それは、国に利することです。

きちんと話し、説明すれば、森の片隅に住むぐらいは、許していただけるかと思います」

今、何をすべきかはわかっている。

ギースを打倒するのが、俺の仕事だ。

ルイジェルドを仲間にするのは計画通りだが、せっかくギースに見つからないように行動しているのに、見つかるような行動をしていいのか。

そう思う所もある。

だが、じゃあ、スペルド族を見殺しにするのか?

俺は今まで、ルイジェルド人形や絵本を販売していた。

何のために。

ルイジェルドを探すためだ。

だが、なぜ人形や絵本だった?

スペルド族の名誉回復に役立つと思ってだ。

俺はずっと、スペルド族を、ルイジェルドを、助けようとしてきたのだ。

優先順位を間違えているかもしれない。

でも、俺以外の誰が、今の状況からスペルド族を救えるというのだろうか。

「人族は我らを嫌っている。受け入れなどするものか」

「人族の中では、すでにスペルド族に対する嫌悪感は、薄れつつあります。

ビヘイリル王国では、人族と明らかに姿の違う鬼族も受け入れていますので、抵抗は少ないかと思います。

このあたりでは、ミリス教もあまり影響力を持っていないでしょうし、

俺の手勢で国内にスペルド族の良い噂を広めつつ、

実際にスペルド族の方にも協力してもらえば、受け入れてもらえるかと思います」

矢継ぎ早にそう口にする。

少なくとも、ビヘイリル王国には、スペルド族を滅ぼす意味はない。

スペルド族がいなくなれば、透明狼が森から溢れだし、村が一つ滅ぶ。

透明狼の移動範囲はわからないが、場合によっては第二都市イレル周辺にも被害は出るだろう。

なんだったら、スペルド族を見てみぬ振りをしてもらう、という形でもいい。

滅ぼすより、メリットはあるはずだ。

「もし、ビヘイリル王国がダメだというのなら、俺の知り合いの国に移住して貰う形でもいい」

アスラ王国は……厳しいだろう。

あの国では、なんだかんだ言って、ミリス教が盛んだ。

だが、例えばアスラ王国の北の国境の外には広い森が広がっている。

あそこは、どこの国の領地でもない。

国内に住むわけでも、実害が出るわけでもないなら、国内のミリス教団も強くは言えまい。

さらにいえば、北の森にはアリエルとつながりのある盗賊の集団もいる。仲良くシェアしてもらうのもいいだろう。

アリエルの事だから、スペルド族をうまい具合に利用しようとするかもしれないが……。

「大丈夫、なのか?」

「そもそも、この男は信用できるのか?」

「ルイジェルドの知り合いならば……」

「しかし、言っている事は信じられん」

族長の周囲にいる者達は口々に言い合いを始めた。

ルイジェルドと同じ種族とは思えないほど賑やかだ。

種族柄若くみえるので、青年団の会議にも見える。

こういう風景をビデオに撮って人族の社会に流布させれば、少なくとも悪魔なんかではないとわかってもらえると思うのだが……。

「今すぐに決められる事ではない」

話し合いの末、族長はそう言った。

確かに、いきなり現れた男が、いきなりそんな事を言い始めては、混乱もするし、決定もできないだろう。

「わかりました。

人族は、今から16、7日後には攻めてくると思います。

交渉の時間もありますので、出来る限り、お早めにお願いします」

もし、ここで交渉決裂となったとしても、俺がスペルド族の村を守ればいい。

「……わかった。数日中には結論を出そう」

族長たちはそう言うと、難しい顔で立ち上がった。

「あれ? まだ、俺が来た理由は話せてないんですが」

「我らも今の話を聞いて混乱している。そのうえ、もうすぐ日も落ちる。ひとまずは会議を終わりにし、整理を付けたい」

定時だったか。

優良企業だ。

「客人に、寝床と食事を用意しろ」

「俺がやろう」

まぁ、俺が来た理由を話すのは、明日でも問題は無いか。

どのみち、村の問題が解決しなければ、ギースやヒトガミと戦うことなんてできやしない。

順番だ。

明日になって、なぜ俺がそんな提案をするのか、という話になった時に、改めて説明してもいい。

そう思い、俺は族長たちとの会合を終えた。

---

その晩、俺達には村の空き家が一つ貸し与えられた。

ドーガはその家に引込み、シャンドルは物珍しそうに夕暮れ時の村を見物し始めた。

俺はというと、ルイジェルドの家にお邪魔させてもらった。

彼はこの村で相談役のような立場についているらしく、村の奥まった所にある家に住んでいた。

家、ルイジェルドの家。

見ていると、なんだか胸が熱くなる。

もう、あてのない旅を続けながら、迫害されつづける日々を送らなくていいのだ。

ルイジェルドの居場所がここにあるのだ、

たとえ、少しの間、留守にしたとしても、

ここに帰ってくれば、暖かい寝床と、笑いかけてくる家族がいるのだ。

家ってのは、いいよな……。

あ、いかん、涙が溢れそう。

「そこに座れ」

「はいっ!」

家の中は簡素だった。

構造はやはり、ミグルド族の家に似ているか。

囲炉裏のようなものを中心に毛皮が敷かれ、壁には衣類などが下がっている。

家の中は三つに区切られており、ルイジェルドは物置と思わしき場所に入っていった。

チャプリと水の音がする所を聞くと、水瓶や食料などが置いてあるのだろう。

もう片方はなんだろうか、寝室かな?

しかし、飾り気が無いな。

床には毛皮が敷き詰められているものの、壁は木目がむき出しだ。

壁に例の透明狼のトロフィーでも飾ればいいのに……。

あ、あの壁に掛かっているのは、俺があげたロキシーペンダントだ。

懐かしいな、まだ持っていてくれたのか。

しかし……広いな。

「あの、ルイジェルドさん」

「どうした?」

「この家に、お一人で住んでいるんですか?」

「ああ」

この大きな家に、一人暮らし。

ふと、俺は今の家に一人で暮らしている事を考えてみた。

寝室は今と同じ。

地下室には、今と同じようにいらないものを詰め込む。

台所と食堂、風呂は使うだろうが……リビングは、使わないだろう。

それ以外の部屋も使うまい。

今は、部屋の主が好きなようにレイアウトしてある我が家の個室。

その全てがガランと寒々しい部屋に変貌するのだ。

以前の俺なら、それでもいいと思っただろうが、今の俺には耐えられない。

「……結婚とか、しないんですか?」

「出来ると思っているのか?」

あ。

しまった。

そういえば、ルイジェルドは妻と子供を自分の手で……。

そりゃ、しないよね。

「すいません」

「謝るな。単に相手がいないだけだ。昔の事を引きずっているわけではない」

ルイジェルドは微笑みつつ、俺の前に座った。

「お前はどうしていた?」

ルイジェルドは、リラックスしているようだ。

この距離感。

こうなるのであれば、エリスを連れてくれば……。

いや、終わった後でいいのだ。

生きていれば、いつだって会える。

そして、全員で生き残るために、全員で行動中だ。

「長くなりますけど、いいですか?」

明日でもいい、とは思ったが、ルイジェルドにだけは先に話しておくか。

俺も、話したくてしょうがない。

「聞かせてくれ」

「はい」

俺は、ルイジェルドと別れた後の事を話した。

妹たちの事、パウロが死んだ事、ロキシーとも結婚した事。

エリスと再会し、彼女ともよりを戻した事。

そこまで、ルイジェルドは和やかに聞いていた。

パウロの死については、少しだけ表情を曇らせたが、俺が特別悲しい表情をしなかったせいか、触れては来なかった。

むしろ、触れてきたのはエリスについてのことだ。

「やはり、エリスは戦士の病だったか?」

「……あ~、どうでしょうね。未だに、それに罹っている気もします」

「それにしても、三人とも妻に娶るとは、お前らしいな。もう、子供もいるのか?」

「はい。四人ほど」

「そうか」

見てみたい、とは言わなかった。

だが、今度ちゃんと連れてこよう。

特に、アルスだ。

ルイジェルドには、俺とエリスの子供は見てほしい。

まぁ、それもこれも、ギースを倒してから、だな。

「ルイジェルドさん」

と、そこで俺は居住まいを正す。

順番は前後したが、ここからが本題だ。

「俺は今、龍神オルステッドの配下になっています」

俺は、現状について話した。

龍神オルステッドは、大昔からヒトガミと敵対していた事。

俺は最初、ヒトガミの側についていたが、ヒトガミは最初から俺をだますつもりだったということ。

ヒトガミは俺の子孫が邪魔らしく、俺の家族を殺そうとしたこと。

だが、未来から俺がきて、すんでの所でそれが防がれた事。

怒ったヒトガミにオルステッドと戦う事を提案され、それに乗った事。

オルステッドには敗北したが、彼は意外にいいやつで、ヒトガミの手を逃れることができた事。

それ以後、オルステッドの配下として、ヒトガミに対抗すべく戦いを続けている事。

現在は80年後に復活する魔神ラプラスを倒すべく、人材を集めている最中だという事。

戦い自体は順調だったが、ギースがヒトガミの側についてしまった事。

ギースの手紙。ギースがビヘイリル王国にいるらしいという事。

ギースを止めるべく、ビヘイリル王国の全土に、信頼できる仲間を送り込んだ事。

その辺りを、包み隠さず伝え、最後に言った。

「ルイジェルドさん。

将来、ラプラスと戦うと決まってから、ずっと探していました。

俺に力を……いえ、俺と一緒に戦ってください」

頭を下げ、願う。

ルイジェルドも、ラプラスに恨みを持つ人物だ。

「……」

ゆえに、俺は、当然のように。

心よい返事が来るものと、夢想していた。

「…………」

だが、ルイジェルドは答えなかった。

ただ苦々しい表情を作り、目を逸らした。

「え?」

断られる可能性なんて、考慮していなかった。

ラプラスの名前を出せば、ルイジェルドはいつものように無表情ながらも、時は来たとでも言わんばかりに「わかった」と頷いてくれると思っていた。

でも、違った。

彼は、目を、逸らしたのだ。

それは、拒絶を示していた。

態度がノーと言っていた。

嘘だろ、と思う気持ちがある。

だが、そりゃそうか、と納得する気持ちもある。

だってそうだろう。

彼は、スペルド族を、同胞を見つけたのだ。

ラプラスに対する恨みはあろう。

怒りも残っているだろう。

しかし、彼の戦いは、終わったのだ。

ラプラス戦役の最終決戦に参加し、恨みの一撃を放った時に、終わったのだ。

ついでに言えば、今、スペルド族の村は大変だ。

それを解決する前に、安請け合いしてくれるはずもない。

「スペルド族の村の事ですか? それなら、俺にまかせてください。ルイジェルドさんと別れてから数年、俺も顔は広くなり、無茶も出来るようになったんです」

「違う」

違うらしい。

だが、俺は諦めきれなかった。

今すぐ返事が欲しいと思い、彼を説得するための材料を探した。

ラプラスがいなくなった後の彼の人生は、なんだったか。

ルイジェルドが目指しているものは、なんだったか。

生き残ったスペルド族を守る?

ようやく見つけた同胞を守る?

それもある。

だが、もう一つ、大きなものがある。

「なら、スペルド族の名誉回復の事ですか? ラプラスとの戦いには、アスラ国王や、ミリスの神子も参加しています。彼女らと肩を並べた、という事実があれば、スペルド族の名誉回復も――」

「違う」

そこだろう、と思った俺の言葉は、いとも簡単に否定された。

ルイジェルドは、立ち上がった。

殺気すら感じられる表情には、困惑と迷いが見える。

もしかして、俺の知らない、別の理由でもあるのだろうか。

「ルーデウス、ついて来い」

ルイジェルドは壁際に立てかけてあった槍を手に取り、入り口の方へと歩いていく。

俺は慌てて立ち上がり、それに付き従った。

---

長いこと話をしていたせいか、外はすでに真っ暗だ。

木々の隙間から月が覗いているものの、足元すら見えない。

ルイジェルドは村の外へと出た。

俺は手持ちのスクロールから灯火の精霊を取り出し、周囲を照らした。

ルイジェルドは明かりなど必要ないと言わんばかりに数分歩き、森の中にぽっかりと開いた広場で立ち止まった。

「ルーデウス」

「はい」

これから、きっと聞きたくない話を聞かされる。

そんな予感はあった。

もしかすると、と頭の隅を不安な予感がよぎっている。

「先ほどの会議にて、一つ、嘘がある」

「……」

「族長も、戦士長も、嘘を真実だと信じている」

嘘。

「疫病は治ってなどいない。薬は効かなかった。快復などには向かっていない」

村の中で咳をしていた女性の姿が思い浮かぶ。

村全体から感じられる、病の気配。

シャンドルがやけに少ないと言った村人の数も。

「今は、進行を抑えているだけだ」

「……どうやって?」

そう聞くと、ルイジェルドは額を覆う鉢金へと手をかけた。

「これだ」

鉢金の下から現れたもの。

それは、赤い宝石……ではなかった。

赤色だったはずの宝石が、真っ青に変化している。

さらにその周囲は、黒い文様で覆われていた。

なんかこう、14歳ぐらいの子が左手に描いてしまいそうな、そんな文様だ。

「それ、は?」

茶化す気になれないのは、ルイジェルドの雰囲気と、その文様から発せられる不気味な気配に気づいたからだろうか。

俺も昔に比べて強くなったせいか、他者の強さや危険さには敏感になった気がする……。

「今、俺の体には『冥王』ビタが憑依している」

冥王ビタ。

天大陸の迷宮『地獄』に住むという、ヒトガミの使徒候補の一人。

「冥王ビタは、己の分体を村の感染者に分け与えた。ビタの分体の力により、疫病の進行は抑えられている」

「ひょ、憑依って……大丈夫なんですか?」

「異常は無い。ただ病気の進行と症状が抑えられただけだ」

「何か、言ってきたりとかは?」

「無い」

俺がオルステッドに聞いたのは、名前だけだ。

どんな姿をしているのか、どんな思想を持っているのか、聞いていなかった。

憑依とかするタイプだったのか。

分体、ということは、分かれることが出来る生命体なのだろうか。

あるいは細菌タイプなのか?

「でも、『冥王』ビタは、天大陸の迷宮『地獄』に住んでいるはず……なぜ?」

「村が窮地に陥った時、一人の男がビタの入った瓶を持って、俺の前に現れた」

「一人の男って……まさか」

「ギースだ」

そのまさかだった。

「ギースは、この先この国で大きな戦いがある。その時に力を貸してほしいと言った」

「……」

「俺は了承した。

冥王ビタなどという、得体の知れないものに頼る事には半信半疑だったが、もはや打つ手は無かった。そして実際に病の進行は食い止められ、皆は助かった」

そして、ルイジェルドは自嘲げな笑みを浮かべた。

「まさか、その戦いにおけるギースの敵がお前とは、思わなかったがな……」

心臓がバクバクいっている。

ルイジェルドが敵に回る可能性、少しは考えていたはずなのに。

実際にそうなってしまうと、鼓動が止まらない。

「疫病は完治したわけではない。

冥王ビタが死ねば、分体も死ぬと聞いている。

そうなれば、村はまた、病に飲まれるだろう」

「……」

「俺は、お前と戦わなければならない」

ルイジェルドはいつものように、真面目くさった無表情で言った。

「無論、俺とてお前と戦いたいわけではない。お前がいなければ、俺はここまで辿りつけなかった。愚かな考えを持ったまま、魔大陸をさまよっていただろう」

「……俺だって、ルイジェルドさんには恩を感じています。戦いたくはない」

「戦わねばならん。こうした事は、昔からあった」

「……でしょうね」

恩義を感じている者同士が敵になる。

やるせない気持ちのまま戦い、片方が死に、生き残った方は心に大きなキズを作る。

そんなことは、戦争の度にあっただろう。

でも、このケースは違うはずだ。

どうしてもってことはないはずだ。

例外。そう、例外なはず。

戦いを避ける、方法があるはずだ。

戦いを避けるには、戦う原因がなければいいはず。

そう、原因が取り除ければ……。

原因はなんだ……?

オルステッドとヒトガミ?

確かにそうだが、もう俺はオルステッドを裏切れない所まで来ている。

今は、ルイジェルドと俺との間の事だ。

ルイジェルドが俺と戦わなければいけない理由。

それは仲間、同胞のスペルド族だ。

そのスペルド族がいなくなれば……いや違う。

疫病だ。

スペルド族を蝕む疫病。

それを治す方法がわかれば、スペルド族ごと仲間になるはず。

「もし、疫病を完治させる方法がわかったら、裏切って俺の側についてはくれませんか?」

裏切って。

その言葉に、ルイジェルドは少しだけ厳しい顔をして、強い視線を向けてくる。

だが、俺はルイジェルドの視線からは逃げない。

ギースが先にルイジェルドに唾をつけた。

でも、ルイジェルドはそのことを俺に教えてくれた。

本当にギースの側についたなら、何も言わず、俺を殺せばいいのに、だ。

ルイジェルドも揺れているからこそ、こんな所に俺を連れてきて、話をしたのだ。

「……」

ルイジェルドは、口元を歪め、眉根を寄せて考えている。

俺は、彼とは仲間のつもりだ。

彼も、そう思ってくれているはずだ。

しかし、同胞をたすけてくれたギース、並びにそれを指示したであろうヒトガミへの恩義もあるだろう。

律儀なルイジェルドの事だから。

「先ほども言いましたが、俺はヒトガミに裏切られました。スペルド族もそうならないとは、言い切れません。ギースも一度は裏切られ、自分の一族を皆殺しにされたと言っていました。その上で従っている、と。戦いが終われば、冥王ビタが勝手に離れて、どのみちスペルド族が滅ぶ、なんてケースもありえます」

だが、恩義を感じても、最終的にヒトガミが裏切る可能性は高い。

ヒトガミは、そういうヤツだ。

もちろん悪意のある憶測にすぎない。

しかし、前例があることは言っておかねばなるまい。

「……」

ルイジェルドは黙っている。

黙って、俺を見続けている。

俺も彼を見続ける。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「もし、本当にそんな方法があるなら。いいだろう。俺もお前と共に戦いたい気持ちはある」

「ルイジェルドさん……!」

ほっと、息が漏れる。

よかった。

このまま殺し合いにならなくて、よかった。

「だが、そんな方法があるのか?」

「オルステッドは、この世界の事には詳しいんです。彼に聞けば、あるいは」

でも、オルステッドは、教えてくれるのだろうか。

今まで、教えてくれなかった。

ここにスペルド族がいることすら、教えてくれなかった。

いや、その辺りも踏まえて、ちゃんと聞こう。

ルイジェルドと戦うかどうかは、その後に決めてもいい。

「とにかく、対策はあるはずです。

それまで、敵になるなんて言わず、待ってください」

問題は先延ばしにする。

だが、対策が無い、とわかってからでも遅くはない。

「オルステッドは、ギースが来る前に、一度来たことがある」

「え?」

唐突に言われた言葉に、俺は首をかしげる。

オルステッドが来た?

「いつ?」

「2年ほど前、最初の患者が出た頃だ」

「……」

「だが、ヤツは何もしなかった。無論、俺達はヤツがお前と繋がりがあると知らず、ヤツを追い払ったが……お前の話が本当なら、その時には、すでにオルステッドはお前の味方だったはずだ」

どういうことだ。

どういうことだ?

「オルステッドは、本当に、信用できるのか?」

オルステッドは、スペルド族の事を言わなかった。

わずかに、知らなかったという可能性もあったが、今の話が本当なら、その線は消えた。

信用。

治す方法。

できない、わからない。

「できます」

でも、俺はそう言った。

オルステッドは、今まで、ずっと俺によくしてくれた。

もしかすると、今回の事も、理由があるのかもしれない。

例えば、将来的にスペルド族がオルステッドの邪魔になるとか、だ。

だが、それも話しあえば解消可能なはず。

少なくとも、オルステッドは村にきたのに、スペルド族を皆殺しにしているわけではない。

もしかすると、そのつもりでやってきたが、そうしなかった。

そこには何か、思う所があるのだ。

「オルステッドは、信用できます」

今まで、オルステッドと一緒にやってきて、それは間違いない。

確かに、ちょっと言葉足らずだったり、連絡が来ない事もあるが、ヒトガミを打倒するという目標に向かって動いているうちは、信用できる。

「あまりこういう言い方は好きじゃありませんが、オルステッドではなく、俺を信じてください。決して、スペルド族の悪いようにはしません」

「……」

ルイジェルドは後ろを向いた。

考えるように腕を組んで、数秒。

ふと、何かに気づいたかのように、顔を上に上げた。

空には、大きな月が見えていた。

「……ぐっ!」

次の瞬間、彼は唐突に胸のあたりを押さえて、しゃがみこんだ。

「ルイジェルドさん!?」

いったい何が。

そう思って駆け寄った次の瞬間。

突然ルイジェルドが顔を上げ、俺の肩を掴んだ。

「……!」

異様だった。

ルイジェルドの顔が異様に変化していた。

目が真っ青に染まっていたのだ。

白目も黒目も、濃い色の青に変化していた。

口は半開きで、とても理性のある顔には見えない。

額の宝石は赤に戻っていたが、周囲の文様は不気味な輝きを放っている。

それを見て、理解した。

「操られているのか!?」

しまった。

いくら今まで何もしてこなかったと聞いたからといって、あんな話をすぐにすべきではなかった。

ちゃんと、憑依されていると聞いていたはずなのに。

そう思った時にはもう遅い、ルイジェルドは俺に顔を近づけて。

キスされた。

同時に、何か液体のようなものが、俺の口の中へと侵入し、生き物のように動いて喉の奥へと潜り込んでいった。