軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百八十四話「アリエルの戦場」

パーティは王城にて行われる。

大規模なパーティ用に作られた広間の一つ。

長いテーブル。

どこに誰が座るか、全て決められた席。

たった10日で用意できたとは思えないほどの行き届いた会場がそこにあった。

準備が完全に終わって、開催を待つだけとなったパーティ会場というのは、実に心が踊るな。

スタッフの一人として現地入りした俺は、エリスと二人で待合室の入り口付近に立ちながら、参列者の顔を眺めた。

待合室と言っても、狭いわけではなく、こっちはこっちで立食パーティのような形をとっている。

期待の表情をする者。

不安の表情をする者。

そうした人々は早い段階で会場に到着していた。

彼らは待合室にて、本日アリエルがどのような話をするのか、

それを受けてグラーヴェル派がどのような対応をするのか。

といった話に興じている。

やや愉快そうに見えるのは、渦中の人物ではないからである。

どっちに転んでも影響が少ない彼らは、要するに小物だ。

最初の大物は、やや遅れて現れた。

ピレモン・ノトス・グレイラット。

彼は長男と護衛を従え、入り口にいる俺を忌々しそうな目で見てきた。

そして、吐き捨てるように言った。

「……ふん、いまさらノトス・グレイラット家に戻れるとでも思っているのか?」

いきなりの言葉だ。

「思ってませんけど」

「本来なら、グレイラットを名乗る事すら許されぬ身を心得ておけ」

「え、あ、はい」

見当違いな事を言って、ピレモンは待合室でひと通りの顔見せをした後、

上級貴族用に用意しておいた個室へと消えていった。

「なによあれ……」

エリスはご立腹だ。

そういえば。

昔、エリスの家にいた頃。

俺が肩身狭い思いをしているとかなんとか言われてた事があったな。

その時は、全然肩身狭い思いなんかしていなかったんだが、

もしパウロが頭を下げたのがボレアスではなくノトスだったら。

そして、家庭教師についたのがノトス家の誰かだったら。

ああいう人らの中で、肩身狭い思いをしてたんだろうなぁ……。

ま、そんなのはいいや。

ピレモンは確かに、パウロにとっては弟で、俺にとっては叔父に当たる人物だが、あとでギレーヌに斬られる人物だ。

俺にとって嫌なヤツであることに、越したことはない。

ピレモンを皮切りに、今回の『パーティ』で主演となる者達は続々と登場した。

従者二人の両親や、トリスの実家の者もきている。

それから四大地方領主。

エウロス、ゼピュロス。

そして、ボレアス。

ボレアスの当主……名前はなんて言ったか。

トーマスだか、ゴードンだか……。

機関車っぽい名前だったのは憶えているのだが。

ああ、そうだ。ジェイムズだ。

彼もまた、長男を引き連れてのご登場だった。

顔としては、フィリップよりもサウロスに似ているだろうか。

体つきもガッシリとしている。

だが、その顔はかなりやつれていた。

アリエルの話によると、彼は大臣職を辞し、一領主として動いているらしい。

領地を失った領主として、かなりの苦境に立たされていると聞く。

それでも、お家が取り潰しとなっていないのは、

領地を失っても土地が残っているせいか。

それとも、ジェイムズの頑張りのお陰か。

……頑張り、か。

フィットア領の復興は進んでいない。

だが、ジェイムズが何もしていなかったわけではないのは、その顔のやつれ具合を見ればわかる。

彼もまた、あの消失事件のアオリを受けて、

生き残るので必死だったのだ。

生き残るの意味が、転移事件に直接巻き込まれた者とは違うのだろうが……。

なんにせよ、俺に彼の気持ちがわからぬように、彼も転移した者の気持ちなどわからない。

「……」

彼は、俺に……というより、俺の隣に立っているエリスに一瞥をくれると、やはり個室の方へと戻っていった。

そして最後。

ダリウス上級大臣は誰よりも遅れてやってきた。

一人の護衛を従えて。

ダリウスは俺を見ると、戦慄した顔ですぐに目を逸らした。

護衛の人は、俺を見ると近づいてきた。

明るい所でまじまじと見ると、やはり頭のおかしい格好だと言わざるを得ない。

着流しに、きのこみたいな頭。

腰には四本の剣。

「 お初に(・・・) お目にかかります。

某は北帝、名はオーベール・コルベット。

巷では『孔雀剣』の名でまかり通っております」

ちらりと足元を見ると、二本の足でしっかりと立っていた。

引きずっている様子もない。

完治しているようだ。

アスラ王国ともなれば、あのぐらいの傷を治せる治癒術師もいるか。

「ご丁寧にどうも。名前は聞き及んでいます。ルーデウス・グレイラットです」

「『泥沼』の……いや、『龍の犬』とでも、呼んだ方がよろしいですかな?」

となると、オルステッドが『飼い主』か。

懐かしい名前だこと。

わんわんお。

しかし、龍の犬なんて言葉を出すあたり、

やはりオーベールがヒトガミの使徒なんかねぇ……。

「おっと失礼……道中、何度か襲撃を受けたと聞いております」

「……ええ、まあ」

「卑劣なる手を使う刺客を、鮮やかな手並みにて切り抜けられたとか」

自分で卑劣とか言うか……。

冗談めかした口調で、口元は笑っていた。

だが、オーベールの目は笑っていなかった。

「次回は、真っ向勝負にて」

オーベールは一瞬、その顔に似合わぬ真面目な顔をして、去っていった。

今のは、宣戦布告だろうか。

彼は、一度目も二度目も、俺を標的に据えていたように思う。

なら、やはり、三人目の使徒なのだろうか。

第一王子グラーヴェルは、このような待合室には来ない。

会場に直にやってくるそうだ。

これで、役者は揃った。

---

頃合いを見て、パーティが始まった。

貴族たちは順番に部屋へと入り、決められた席へと座っていく。

俺はそれを壁際、護衛達の立ち並ぶ場所にて見ていた。

今日は、アリエルの仕業で、このパーティ会場近辺の警備兵はほとんど居ない。

そのため、ほとんどの貴族が護衛を引き連れてきている。

俺の隣にはエリスとギレーヌが腕を組んで立っており、周囲を警戒している。

シルフィはいない。

彼女はこれから始まるセレモニーにおいて、ある重要な役割を担っているため、一旦外へと出ているのだ。

会場に貴族が入りきったのを見て、上座に立っていたアリエルが、一歩前へと出た。

「本日、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」

主催のアリエルが開幕の挨拶。

国王陛下の病気の話に始まり、昨今の国内情勢のあれこれ、

留学中にどのような思いでアスラ王国を思っていたかを語り……。

そして、攻撃が始まった。

「さて、本日、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。

二人ほど、皆様に紹介したい方がいるのです」

アリエルの言葉と同時に現れたのは、綺麗に着飾った、色気のある女性だった。

彼女は入り口から出てくると、ゆっくりと会場を横切り、

そしてアリエルの隣へと立った。

その顔を見て、ダリウスが目を見開いた。

貴族の中に、顔を青ざめて立ち上がる者がいる。

あれが、 紫馬(パープルホース) の一族か。

「旅の途中、偶然にもある場所で出会う事ができました。

パープルホース家次女、トリスティーナ嬢です」

紹介された淑女。

トリスはドレスをつまんで、エリスには到底真似できないであろう完璧な所作で一礼をした。

「ご紹介に預かりました、トリスティーナ・パープルホースでございます」

会場がざわめいた。

行方不明だったはずでは。

いや死んだと聞いたが。

生きていたのか。

美しく成長したものだ。

ざわめきは一定の法則と方向性を持ち、ある一点へと導かれた。

「しかし、なぜ、ここへ……?」

「私が見つけ、保護した時は、彼女は大変弱っておりました。

そんな彼女は、この場にいるある御方に、

幾つか言いたいことがあると、そう申しておりましたので、連れてまいりました」

その言葉に、トリスが前に出る。

上座に座るダリウスの、すぐ近く。

豚を見るような目で彼を見て……トリスは語り始めた。

普段の盗賊然としたしゃべり方ではない。

誰がどうみても貴族令嬢としか思えない、美しい言葉で。

家に裏切られ、ダリウス上級大臣に買われたこと。

ダリウス上級大臣に犬のように飼われたこと。

フィットア領消滅事件の裏で殺されそうになったこと。

運よく命を拾い、盗賊に拾われるも、大親分の慰みものになったこと。

そして、アリエルに助けだされたということ。

多少の脚色を加えながら作られたストーリーは、淡々と語られた。

聞くもの全てが涙するような、捏造された物語だ。

トリスが盗賊となっていた所は伏せられ、

ただ耐え忍んでいた所を、アリエル一行が偶然にも助けだしたとなっている。

感動の物語だ。

貴族の中には、露骨に涙を流す者がいるが……恐らくそれはアリエルの用意したサクラ貴族だろう。

それ以外の者、特にダリウスに与する者は、困惑の色を隠せない。

パープルホース家の者は、顔面蒼白で脂汗が浮いている。

主犯のダリウスは表面上は取り繕っているように見える。

このような窮地は幾度となく切り抜けてきたと言わんばかりの顔だ。

語りが終わった。

「さて……」

アリエルが前へと出た。

いつもどおりの涼やかな笑みを、浮かべて、口を開いた。

「これは驚きました。

ダリウス様。私も、いきなりこのような事が公になってしまうとは思いもよりませんでした。

いや、まさか。

まさかダリウス様が、その権力を振りかざし、貴族の子女を誘拐し、

あまつさえご自分の性奴隷として扱われるなど……」

そこでアリエルの口調は突如としてヒートアップした。

ダリウスを糾弾する、叩きつけるような口調へと変化する。

「しかも、それが政の要たる上級大臣の手において為されたなどと!

このアスラ王国において、あってはならぬ悪事!

何か弁明はあらんや!」

ダリウスは、ふんと鼻息を一つふいた。

ゆっくりと立ち上がる。

「本日のアリエル様は、ずいぶんとお戯れがすぎるようだ」

ダリウスは古狸のような目をそのまま、トリスへと向けた。

「そのようなどこの馬の骨ともわからぬ女を連れてきて、

パープルホース家の子女を騙らせるとは。

いや、このダリウス。

そうした噂の耐えぬ男ではありますが、

面と向かってそのような嘘を付かれたのは初めてでございます」

ダリウスはカラカラと笑いながら、周囲を見渡した。

トリスが偽物であると、周りに同意を求めんが如き所作で。

「ダリウス様は、今のお話が、狂言であると?」

「然り。

逆に問わせて頂きますが、アリエル様。

そのトリスティーナ殿が、本当にパープルホース家の子女であると、

証明できる物はありますかな?」

「トリスティーナ」

アリエルの言葉で、トリスティーナは胸元から、あるものを取り出した。

それは指輪だった。

綺麗な紫色の宝石を持つ指輪。

宝石の中に、馬の彫り物細工がなされている。

「紫水晶の馬彫物。確かにそれは、パープルホース家が己の身を証明する時に用いるもの」

ダリウスはそう言いつつも、余裕面に変化は無い。

むしろ、先ほどよりも嫌らしい笑みを浮かべている。

「なるほど、なるほど。

それを持っているという事は、確かにパープルホース家の子女……」

ダリウスは嫌らしい目で、アリエルと、そしてトリスを舐めまわすように見た。

「と、言いたい所ですが」

ダリウスはニタァと笑った。

「いやはや、なんと先日、パープルホース家次女トリスティーナ嬢は発見されていたのです」

「発見?」

アリエルが首をかしげる。

「皆の衆も覚えていようが、一月ほど前に王都で大捕り物がありましてな。

王都に巣食う盗賊団を一網打尽。

その時に、見つかったのですよ。

トリスティーナ嬢の、ご遺体が」

「!?」

ひと月前。

というと、既に手を打っていたという事か。

「無論、指輪の方はすでに市に流されていたらしく、身元の判別は難しい所。

ですが、トリスティーナ嬢の体には、ご家族しかしらないような特徴があります。

その特徴とは、胸元にある、三日月の形をした痣……」

これは嘘だ。

そんなはずはない。

トリスティーナにそんな痣は無い。

無いはずだ。

少なくとも、露出度の多い格好をしている時にチラチラと見ていた感じでは、無かった。

「そうですな?

パープルホース家、現当主。

フレイタス・パープルホース殿?」

だが、嘘だと、確かめるすべはない。

ここで、パープルホース家当主がそうだといえば、黒いものも白くなる。

そして、見せてみろと言われれば、トリスにそんな痣はない。

どうするんだ。

アリエル。

何か用意してあるのか?

予め胸に7つの傷をつけてあるとか。

先ほどから、ポーカーフェイスの微笑を崩していないが、

内心で焦ってるとかじゃないだろうな。

「……」

パープルホース家の当主と思わしき男が立ち上がった。

こうしてみると、なるほど、確かにその顔はトリスに似ているか。

顔面蒼白で口の端をピクピクと震わせているその姿は、ハスッぱなトリス姉さんとは似ても似つかないが。

「なあ、そうであろう、フレイタス・パープルホース殿。

そなたは、確かに、死体を確認したはずだ。

トリスティーナ嬢は行方不明ではなく、すでに死亡していると」

ダリウスは悪魔のようにささやきつつ、本人はニコヤカだと思っているであろう笑みを浮かべる。

「だから、この場にいるこの女は、トリスティーナを語る偽物であると。

そう、宣言していただけぬか?

この戯言を終わらせるためにも。

そうでなくば、このような人の多い場所で、

淑女に向かって肌を晒せを命じねばならなくなります」

ダリウスの余裕。

アリエルの微笑。

フレイタスの戦慄。

緊迫した空気が会場内を流れる。

見ているだけの俺ですら、口の中がカラカラに乾いている。

「わ、我が娘は……」

フレイタスはゆっくりと口を開いた。

「我が娘は、ダリウス上級大臣により、奪われました……」

「フレイタス殿! なにを!?」

「そちらにいるのは、間違いなく我が娘、トリスティーナでございます!

アリエル様、我が娘を攫い、監禁して辱めたダリウス上級大臣に裁きを!」

ダリウスが立ち上がる。

「馬鹿を言うなフレイタス!

貴様は持っているはずだ!

身元確認のために印を押した証文を!」

「……ダリウス様。そのようなものは、存在致しませぬ」

「……っっ!」

アリエルが薄く、薄く、笑う。

ああそうか。

そうだな。

そうだろうとも。

アリエルはすでに、パープルホース家を寝返らせていた。

ダリウスの手を読み、手を打っておいたのだ。

見習いたい、その手腕を。

「さて、ダリウス上級大臣。

何を隠そうパープルホース家当主にこう言われては……」

なんだか、アリエルの笑みも嫌らしいものに見えてきた。

「貴族の子女を誘拐し、監禁し、辱めるなど……。

いかに王国の重鎮といえど、罪は罪。

逃れうるものではありません。

あなたは王国の法により、裁かれることでしょう」

ダリウスの顔が歪む。

醜悪に歪み、ギョロギョロと周囲を見渡す。

すでに、場にダリウスの味方はいない。

ここまで完全に陥れられては、あとは落ちるだけ。

あるいは、誰かがダリウスを弁明すれば、助かるかもしれない。

だが、味方をして共犯者などと疑われる貧乏くじを引かされるのはまっぴら御免だと思う者が大半であった。

なぜならば。

彼らにとって現状、ダリウスがいなくなったとしても、第一王子グラーヴェルの勝利は揺るがないものだから。

グラーヴェルは、アリエルがいない間に、それだけの地盤を作ってきたのだから。

むしろ、ダリウスは目の上のたんこぶなのだ。

今後の、邪魔者なのだ。

ダリウスは、もう終わりだ。

アリエルは、ダリウスに勝利した。

あとは、何もせずとも、ダリウスは他の貴族たちに追い落とされていくだろう。

例え、法の結果が大したことは無くとも。

足を引っ張る材料があれば、引っ張るのがアスラ貴族だ。

この場で、ダリウスを失って困るのは、ただ一人。

強力な政治能力を持つダリウスの、上に立つ人物である。

「ずいぶんと騒がしいパーティだ」

頃合いを見計らっていたかのように。

そいつは現れた。

実務的な顔をした、金髪の中年王子。

第一王子グラーヴェル。

彼は上座より入ってきて、涼やかな顔でアリエルを睨みつけた。

第二ラウンドが始まる。

---

グラーヴェル・ザフィン・アスラ。

彼はまっすぐに、アリエルの目前へと移動した。

「アリエル。父上がご病気の時に、こんな騒ぎを起こして、どうするつもりだ?」

「騒ぎとは……私はただ、貴族の名誉を守ったに過ぎません」

「時と場合を考えろと言っているのだ」

グラーヴェルは不機嫌そうにかぶりを振った。

「父上が倒れた今、ダリウス上級大臣の手腕はアスラ王国にとって無くてはならぬものだ」

「例えそうであろうと、罪は罪です」

「例え罪だとしても、上級貴族であるダリウスと、中級貴族であるパープルホース。

国の大事においてどちらを取るかなど、言わずともわかることだろう」

あからさまに優劣をつけるその物言い。

人類平等を叫ぶ前世では、糾弾の声が上がっただろうが、ここはアスラ王国。

人に差があり、それを受け入れた人々の織りなす世界だ。

「ええ、もちろん。ですが兄上、繰り返しますが、罪は罪。

これを裁かなくては、国は立ち行きませぬ」

「罪か……なるほど。

確かに、その通りだ。

しかしアリエルよ。そのように罪を暴き、罰を与えられるべき人間は、

この場に数多くいる。そうした者を、全て罰するつもりかな?」

「はい、もちろん。必要とあらば」

言外に、『アリエルにとって不必要なら罪は罰しない』と言っている。

これがまかり通るアスラ王国は匂い立つほどに発酵してるね。

「ふっ。私はダリウスへの裁きは不要だと言い、お前は必要だと言う」

グラーヴェルは鼻で笑い、余裕の笑みをアリエルに向けた。

「それでは平行線ではないか」

「その通りですね」

グラーヴェルはやれやれとばかりに頭を振り、

周囲を見渡した。

「我ら二人では結論が出ないようだ。

こういう場で決断をしてくれる、ダリウス上級大臣も渦中……となれば」

と、グラーヴェルは周囲を見渡した。

どうするんだろう。

「慣例に従い、多数決にて決めようではないか。

せっかく、この場には、この国の重鎮のほとんどが勢揃いしているのだから。

決めようではないか、私とアリエル、どちらが正しいのかを」

民主的……。

と、思えなくもないが、違う。

これは周囲の貴族たちに問うているのだ。

アリエルにつくか、グラーヴェルに付くか。

お前たちは、どちらが勝つと思っているのだ、と。

そして言外に。

ここで味方をすれば良し。

敵とならば悪しとし、粛清すると言っているのだ。

「……」

貴族たちは、動揺などしなかった。

こうした時がいつか、それも近いうちに来ると思っていたのだろう。

あるいは、第二王子ハルファウスと第一王子グラーヴェルの間で、すでに一度、あったか。

なんにせよだ。

貴族たちは、決断する。

今、この場で、アリエルにつくか、グラーヴェルにつくか。

秘密裏にどちらに付いているかという話ではない。

面と向かってどちらを応援するかを。

この場の状況を見て、決断する。

ダリウスは沈んだ。

グラーヴェル派にとっては、大きな痛手である。

だが、しかし。

グラーヴェル派には、まだまだ数多くの有力者が残っている。

四大地方領主、ノトス、ボレアス。

それ以外にも、上級貴族たちの何人もが、グラーヴェルについている。

戦力比を見れば、グラーヴェルが勝つ事は、間違いあるまい。

「そうですね。兄上。

ですが、その前に。

もう 一人(・・) 、皆様にご紹介したい者がいます」

「何?」

アリエルがパチリと指を鳴らした。

テラスの外に控えていた従者エルモアが、指輪を使い合図を送る。

次の瞬間。

轟音と共に、城の一角から火柱が立ち上った。

中級火魔術『フレイムピラー』

無詠唱によって極大に増幅されたその炎は、城の壁を焦がしつつ、天へと立ち上る。

言うまでもない事だが、シルフィの手管である。

「何事……おぉ!?」

「……!」

「馬鹿な……!」

貴族たちは立ち上る火を見た。

だが、それに驚きはしなかった。

この程度の魔術など、王都でならいくらでも見れるからだ。

彼らが見たのは、その奥だ。

そこに、王都でいくらでも見れるわけではないものがあった。

フレイムピラーに照らされて、夜空に浮かんでいるのだ。

巨大な影が。

「空中城塞!?」

「いつのまにこんなに近く……!?」

空中城塞ケイオスブレイカー。

荘厳なる城は、畏れすら抱かせる速度でぐんぐんとこちらに迫ってくる。

ぶつかるのではないかと思えるほどの低空飛行。

おののく貴族たちの全てが窓の外を注視する中。

止まった。

真上。

空中城塞は、王城シルバーパレスの真上に、止まった。

「……」

沈黙が舞い降りる。

それにしても、ペルギウスは、どうやって降りてくるつもりなのだろうか。

まさか飛び降りるわけではあるまいに……。

いや、考えてみると、彼は転移・召喚魔術の権威だ。

真下に転移するぐらいは、できるか。

「まさか……おいでになるのか……」

「……」

「そんな、いや、しかし……」

と、誰かがつぶやいた。

他の貴族たちは、先ほどの緊張を吹き飛ばした興奮の面持ちで、窓の外を見ている。

従者エルモアが、下座の扉の前へと立った。

上座ではないのか。

と疑問に思う貴族もいたが、疑問に答える者はいない。

やがて、足音が聞こえた。

コツコツという音は、一人分の者。

だが、貴族の護衛の中には、気配が一人分ではないと察している者もいた。

13人。

気配の数に気づいたものは、震えた。

伝承の通りである、と。

足音は、扉の前で止まった。

「おいでになりました」

エルモアの言葉に、何人かが息を飲んだ。

そうして、扉は開けられた。

ざわりと、場の空気が変わった。

「……!」

白いマントを身につけた、銀髪金目の男。

肖像画とはやや違えども、しかし圧倒的な気配を持って、その男は現れた。

12人のしもべを引き連れて。

戦慄、畏れ、敬い、憧れ。

様々な視線を受けながら、彼は会場を割るように進んだ。

そして、アリエル、グラーヴェルの前へと。

12精霊は6・6に別れ、会場の端へと移動する。

片方のグループは、アリエルの護衛として立つ俺の隣に。

もう片方は、ダリウスの護衛として立つ、オーベールの隣に。

やや着飾ったシルヴァリルが、俺の隣にやってくる。

仮面で表情はわからないが、今日は機嫌が良さそうだ。

「本日は招待に預かり、恐悦至極。

アリエル・アネモイ・アスラよ。

……少し遅れてしまったか?」

「いいえ、主役は遅れて登場するものでございます」

ペルギウスはフッと笑った。

アリエルも満面の笑みを浮かべる。

あっけに取られているのはグラーヴェルだ。

長身のペルギウスを見上げ、目を見開いている。

「皆様、ご紹介しましょう。

『魔神殺しの三英雄』の一人。

『甲龍王』ペルギウス・ドーラ様でございます」

ペルギウスは頭を下げず、目線だけで周囲を睥睨した。

周囲の貴族たちが、慌てて立ち上がり、膝を追って頭を垂れた。

「ペルギウス・ドーラである」

王のような振る舞いは、滑稽なほど様になっていた。

ペルギウスは、偉いのだ。

あるいは、今代の王よりも……。

そう思わせるほど。

「さて、皆の者。顔を上げよ。

今宵は我も招かれたにすぎん。

一時ながらも共に席次を並べる仲だ。

そう畏まる必要は無い」

その言葉に、貴族たちは戸惑いつつも立ち上がり、席へと戻った。

そこでペルギウスは、おやと声を上げた。

貴族たちの座る席に、空席が3つ。

上座から並んで、3つ。

立っているのは三人。

アリエル、グラーヴェル、ペルギウスだ。

「おお、これは困った。空席が3つ。

さて、アリエル・アネモイ・アスラよ。

グラーヴェル・ザフィン・アスラよ。

我は、どこに座ればよろしいか」

「……!」

グラーヴェルが息を飲む。

貴族たちの生唾を飲み込むような声が聞こえる。

これは茶番だ。

俺だけではない、誰もが知っている。

ペルギウスは誰が呼んだのか。

どのタイミングで呼んだのか。

「それは……もちろん……最上位の席へと、お座りください」

グラーヴェルは震える声でそう言った。

そう言わざるを得なかった。

場の空気に飲まれていた。

ペルギウスに王を決める力など無いのに。

ペルギウスの席を決める力など無いのに。

なぜペルギウスに譲らねばならぬのか。

それを指摘できる冷静さを持った者は、本来なら、この場にいたのだ。

だが、今はいない。

いるにはいるが、彼は己の立場を考え、口を開くのを逡巡してしまった。

貴族たちは気づいただろう。

この茶番の直前。

なぜダリウスが糾弾されたのかを。

ペルギウスが、言った。

誰にも邪魔されることなく。

「いいや。我はすでにこの国を長く離れすぎた。次代の王の席を奪うわけにはゆくまい」

ペルギウスはアリエルの背を押した。

次代の王と言いながら、アリエルの背中を。

「アリエルよ。その席には貴様が座れ。我は隣に座らせていただくとしよう」

その時、この場にいる貴族たちは悟った。

次代の王はアリエルに決まったのだと。

---

アリエルは勝利した。

俺を使ってオーベールを抑え、

自分の力でルークを抑え、

トリスを使ってダリウスを抑え、

ペルギウスを使ってグラーヴェルを抑え。

まあ、これからもう少し彼女の戦いは続くだろうが、趨勢は決した。

ダリウスとグラーヴェルに、ペルギウスより強いカードは無い。

ダリウスと、グラーヴェルには。

「……ペルギウス様!」

シルヴァリルが叫んだ瞬間。

天井が落ちてきた。

シャンデリアに巻き込まれ、貴族の一人が押しつぶされる。

飛び散った瓦礫で、貴族の何人かが怪我をする。

規模は大きくない。

テーブルの中央を破壊するように、天井は落ちてきた。

いや。

天井ではない。

落ちてきたのは一人の人間だ。

天井を破り、彼女は落ちてきた。

小さな体躯に、深い皺の刻まれた肌。

美しき黄金色の剣を、杖のように床に突き立てて。

その老婆は立っていた。

「やれやれ、夢のお告げはこういう事かい……」

そうつぶやきつつ。

彼女は『場』に降り立った。

そして、周囲を睥睨して、言った。

「ほれ、助けにきてやったよ」

水神レイダ・リィア。

彼女はダリウスに向けて、そう言った。

ヒトガミの最後のカードが、切られた。