軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話「お嬢様は十歳」

一年が経過した。

エリスの教育は順調に進んでいる。

剣術は筋がいいらしく、彼女は10歳になる前に中級へと上がった。

中級ということは一般的な騎士と渡り合える力がある、ということだ。

ギレーヌいわく、数年中には上級に上がれるらしい。

まだ9歳なのに……うちのお嬢様は天才じゃなかろうか。

俺は? と聞くと、目を逸らされた。

エリスは読み書きも、まあ出来た。

特にギレーヌが文字が読めない事の大変さを語ったからだ。

文字が読めなければ何も出来ない、

色んなヤツに騙され、挙句は奴隷として売られてしまう。

そう言われれば、必死に憶えもしよう。

算術の成長は遅かった。

エリスが将来どんな事をするようになるのかはわからないが、この世界では高度な数学は必要ないようなので、ゆっくりでいいと考えている。

五年で四則演算をマスター。それが目標だ。

魔術も順調だが、やや行き詰まりを感じている。

詠唱による初級魔術はだいたい出来るようになった。

エリスが土以外の系統をほぼマスターしたのに対し、ギレーヌは火だけだ。

同じ授業をしているのに差があるのは何故だろうか。

水、風、土がギレーヌの苦手系統なのか。

苦手となりそうなエピソードがありすぎてわからない。

とにかく、魔術教本に書いてあるものを詠唱すれば出来るというものではないらしい。

その部分に関しては、俺も努力して覚えたわけではない。

なのでわからない。

また、最近は無詠唱を練習させているが、芳しくない。

シルフィはすぐにできたのだが、年齢の問題だろうか。

それとも、シルフィは特別才能があったんだろうか。

わからない。

無駄なことを教えているのかもしれない。

さっさと中級に進んだほうがいいのか。

でも、ギレーヌもエリスも剣士だ。

雑事に使える初級をマスターした方が有効だろう。

なら、今のままでいい。

きっといつか出来るようになる、と信じたい。

どの教科も順調……に思えたが、

礼儀作法で問題が発生していた。

---

もうすぐ、エリスは10歳の誕生日を迎える。

10歳の誕生日は特別だ。

5歳、10歳、15歳の誕生日は、

大規模なパーティを開催し、盛大に祝うのが貴族の風習だ。

館の大広間と、それに続く中庭が開放される。

領民中から贈り物が届けられ、町中の貴族が招かれる。

サウロスが無骨な武官であるため、当初は無頼な立食酒飲みパーティという形で計画が進んでいた。

が、フィリップが口出しして、近隣の中級貴族も参加しやすいようにと、ダンスパーティへと形を変えた。

ダンスパーティ。

これに一番迷惑したのは、エリスである。

なにしろ、彼女はダンスを踊れない。

一番簡単なステップも踏めないのだ。

「主役であるお嬢様がダンスを踊れないのは問題です」

月初めの職員会議にてエドナがそう進言した。

5歳の時はどうしていたのか、と聞くと、

アスラ王国貴族でダンスが必修とされるのは10歳からだそうで、つまり踊る必要はなかったらしい。

急遽、剣術と魔術を除く全ての授業を全て礼儀作法へと変更した。

特訓である。

朝の剣術は変わらず、

昼食後、腹ごなしに魔術をちょこっとやって、それ以降は全てダンスである。

エリスが見る間に元気と自信を失ってカリカリしていくのがわかった。

「失礼ですが、ルーデウス様は、ダンスの方はお出来になるのですか?」

ある日、

魔術が終わるぐらいの時間にやってきたエドナにそう言われた。

「いえ、出来ませんよ?」

「でしたら、ご一緒にお習いください。

ルーデウス様もパーティにはご出席なさるのでしょう?」

「あ、あー。出る、の、かな?」

エリスを見ると、彼女は当然とばかりに頷いた。

「ルーデウスもデますワ」

礼儀作法の授業中だからか、エリスは言葉遣いがおかしい。

が、気にしない事にする。

「出るそうです」

「でしたら、ダンスが出来ないのは困るでしょう」

「いえ、何もできない子供の振りをして端のほうにいますので大丈夫です」

エドナは苦笑すらしない。

いつも通り柔らかい笑みを崩さない。

気づいたけど、この人はこれ以外の表情を浮かべる事がほとんどない。

ある意味、ポーカーフェイスだ。

「初めての舞踏会は、思った以上に緊張してしまいます。

御相手のおみ足を踏んでしまうやもしれませんし、

まだまだ幼いお嬢様を見て、御相手が遠慮してしまうかもしれません。

なので緊張をほぐすためにも、出来れば、最初のお相手をと思ったのですが……」

チラチラとコチラをみて、しかし柔らかい笑みを崩さず。

要は手伝えって話だ。

それほど、エリスのダンス習得は難航しているらしい。

仕方ない。

分野外だから口出しはしないつもりだったが、頼まれればノーとは言うまい。

俺は学年主任だからな。

「そういう事ならわかりました。

でも、授業料は出せませんよ?」

「もちろんですよ。ルーデウス様。こちらがお願いしているのですから」

というわけで、俺もダンスの授業に参加する事になった。

---

エドナは教え方がヘタだった。

いや、教師としてはこれぐらいが普通だろう。

これはこういうもの、あれはああいうもの。

だからとにかく覚えなさい、という感じだ。

なぜ重要だとか、何かポイントだとか、

そういった部分には一切触れない。

俺の中学時代にも、こういう教師はいた。

まあ、わからない部分は自分で考えればいい。

子供じゃないんだから。

「なるほど」

三日もすると、俺はいくつかのステップを踏めるようになった。

ダンスとは言っても、ようはリズムに合わせて決められたステップを踏むだけだ。

一番簡単なものなら特に練習もいらなかった。

中学時代にゲーセンでダン○ダン○レボリュー○ョンをちょこっとだけやった経験が生きたのかもしれない。

あんま関係ないか。

「素晴らしいです。ルーデウス様は才能がおありです」

エドナにほめられると、エリスがムスッとしていた。

自分が何ヶ月か掛かって出来なかったことがあっさり出来たのだ。

心中穏やかではいられまい。

しかし、別に俺はこの三日、ただ漫然とステップを覚えたわけではない。

エリスの弱点を探っていたのだ。

そして分かった。

彼女のステップは速すぎて、そして鋭すぎるのだ。

剣神流との相性が良いということが、裏目に出ているのだ。

リズムに合わせてトントンとゆっくり動く所を、サッサッと最速で動こうとするので、相手とのリズムがズレる。

エリスは自分のリズムが狂わされるのを本能的に嫌がっている。

どんな時でも自分のペースを守ろうとする。他人に惑わされない。

戦いにおいてはそれは立派な才能だろうが、ダンスでは足を引っ張っている。

なにせ、ダンスは相手に合わせなければいけないのだから。

エドナ曰く、こんなに才能のない生徒は初めてだというが、

そんなことはない。

最速で動けるという事は、キレのある動きが出来るということなのだから。

教え方が悪いだけなのだ。

さて、これを矯正するのは難しい。

だが手はある。

「エリス、目をつぶって、自分のリズムで身体を揺すってみてください」

「………目を瞑らせて何をするつもりよ!」

「………ルーデウス様?」

エドナの柔らかい笑みがちょっと崩れた。

いや、違いますよ?

失礼な人たちだな、俺のような紳士を捕まえて……。

「ダンスが出来るようになる魔法を使います」

「え! そんな魔術があるの!?」

「いえ、魔法です。術じゃないです。不思議現象です」

エリスは首をかしげながらも、俺の言葉に従う。

剣術の授業で、何度も目にしたリズム。

素早く細かく鋭く、決して規則的ではない、

読み切ることの出来ず、自然と相手のリズムを崩す、

決して俺が真似することの出来ない、天性のワガママリズム。

「今から手を鳴らすんで、それに合わせて攻撃を避けるつもりでステップを踏んでください」

そう言って、俺は規則正しく、パン、パンと手を鳴らす。

エリスは、それに合わせて、クイッ、クイッと身体を動かす。

しばらくそれを繰り返し、あるタイミングで声を掛ける。

「ハイッ! ハイッ!」

タイミングは手を叩く寸前。

するとエリスは、一瞬だけ待ってから、手にだけ反応する。

「こ、これはっ!」

エドナが驚愕の声を上げた。

エリスはステップを踏めていた。

まだちょっと速いが。合わないことはないはずだ。

「できています! できていますよお嬢様!」

「本当!?」

エドナが手を握り、珍しく興奮した笑みで、叫ぶ。

エリスが目を開けて、喜色満面の笑みで聞き返す。

「ほらほら、目を開けないで。

今のを覚えるんですよ」

「覚えるって……フェイントを見切って攻撃を避けるだけじゃない!」

そう。

この訓練は剣術の授業中にやったものだ。

ギレーヌの攻撃を避ける授業。

フェイントを掛ける際に、ハイッと言うので、それに釣られないように本命だけ避ける。

ギレーヌの本気の殺意が篭ったフェイントに反応しない事に比べれば、殺気の篭っていない俺の声を判別してから本命を避けるなど、簡単な事だ。

ちなみに、その授業は俺の方がエリスより成績が上だ。

エリスは素直なのでフェイントに引っかかりやすいのだ。

「エリス。一つの授業で学んだ事は、他の授業でも応用できます。うまく出来ない時は、他の授業で似たようなことがなかったか、よーく思い出してみてください」

エリスは珍しく、目を見開いたまま、

何も言うことなく素直にこくこくと頷いた。

これなら、ダンスは大丈夫だろう。

「流石はルーデウス様、お嬢様に一年も算術を教えているだけの事はありますね」

エドナはさぞ感服したらしい。

ていうか、流石って……。

それほどエリスに算術を教えるのは絶望視されていたのか。

うん。まあ俺も結構苦労したけど。

半分はギレーヌのおかげだしな。

調子には乗るまい。

「このエドナ、目から鱗が落ちる思いです。

剣術とダンスには通じるものがあるのですね」

エドナは信じられないものを見たという顔をしている。

私は今、奇跡を見た、おお神よ、そこにいたのですね、って顔だ。

大げさだな。

「まぁ、剣を使った踊りもありますからね」

「あら、そんなものが?」

「え? ええ、僕も本で読んだだけなので……」

エドナは不思議そうに聞き返してきた。

剣舞(ソードダンス) は俺の中では中二病知識の中における一般常識だが、この世界には無いのかもしれない。

「まあ、そのような文献が……どちらの踊りなのでしょう?」

「さ、さあ、文献では、砂漠の国で見たと」

「砂漠……ベガリット大陸の方でしょうか?」

「わかりません。案外、魔大陸で魔族が踊っていたのかも。

小さな部族が多いと聞きますし、剣を使った踊りを踊る人たちもいましょう」

と、適当に言っておく。

「なるほど、そうした知識の集積こそが、ルーデウス様の知恵の源なのですね」

エドナは柔らかい笑みに戻り、俺を褒めてくれた。

勝手に納得したらしい。

「そうよ、ルーデウスは凄いのよ!」

なぜかエリスが胸を張って答えていた。

いいぞ、もっと言ってくれ。

俺は褒めて伸びるタイプだからな。フハハハハ!

---

ダンスパーティ当日。

俺は会場の隅のほうに陣取っていた。

パーティの序盤。

グレイラット家に取り入ろうという群がってきた中級貴族や下級貴族を、フィリップと奥方が上手に捌くという感じで進んでいく。

二人は流石というべき立ち回りで、誰一人として付け入る隙を見つけることは出来なかったようだ。

ならばとサウロスに直接取り入ろうとしたものは、

あの大声と理不尽かつ一方的な対応で、這々の体で逃げ出した。

逃げ出した彼らは、最後の望みとばかりに、このパーティの主役であるエリスの所へと行く。

エリスには何の権限も無いし、政治的な話はわからない。

だから、どうかお父様にお伝えくださいね、と伝える。

ある者は 我が息子を紹介しましょう、と育ちのよさそうな青年や中年を連れてきている。

同い年ぐらいの子も何人かいたが、ほとんどはすでにかなり脂ぎっていた。

きっと、家の中でぬくぬくと育ってきたのだろう。

昔の俺を見ているようだ。

心の中で親近感を覚えていると、ダンスの時間となった。

俺は当初の予定通り、エリスのダンスの最初のパートナーを務める。

子供らしく、一番簡単なステップで、しかし主役なので広場の真ん中で。

練習通りに、失敗しないように。

「な、な、な、なによ……!」

エリスが凄まじく緊張してガチガチだった。

軽く目線と踏み込みでフェイントを入れてやる。

すると、「なによ」ともう一度小さく呟いて、いつもの調子に戻った。

ダンスが終わると、エドナが話しかけてきた。

遠目にもお嬢様の緊張が解けるのが、ハッキリとわかったらしい。

どうやったのかと聞かれたので、練習でやったことをそのまま、と答えた。

不思議そうな顔をするエドナだったが、もっとも剣術のですけど、と付け加えると、くすりと笑った。

とにかく役目が終わったので、食料を漁る。

こういう場でしか出ないような珍しい料理が多い。

なんかよくわからない甘酸っぱい果実を使ったパイだとか、

牛を一頭まるごと使った肉料理だとか、

綺麗に盛りつけられたケーキだとか。

それらを満足気にもきゅもきゅと食っていると、警備をしているギレーヌと目があった。

なにか訴えるような目線ではなかったが、口からよだれが垂れていた。

俺は空気が読める男だからな。

料理を少しずつナプキンで包み、メイドに言って自室へと運ばせた。

警備や使用人にはこの後にいつもよりちょっと豪勢な食事が出るようだが、この場にあるような料理は出ないのだ。

あらかた料理を運び終えた頃、ふと気付くと目の前に可憐な少女が立っていた。

お初にお目にかかります、と前置きをおいて名乗る少女。

中級貴族の娘らしい。名前は忘れた。

踊っていただけませんか、と言われたので、簡単なステップしか出来ませんが、と前置きしてから広場へと赴いた。

うまく踊れたと思う。

戻ってくると、別の女性がきた。

次は私と踊っていただけませんか、と。

なんだよおい、俺も結構モテるじゃん、と思っていると、次々と来た。

中には三十路を超えたおばちゃんや、俺より幼くて踊れない子もいた。

身長差なんかで踊れない相手はさすがに断ったが、基本的には全員相手にした。

俺はノーといえる日本人だ。

だが、最初の一人にオッケーを出した手前、他の子を断りにくかった。

下心はもちろんあったが、

顔も名前も覚えられない量で、さすがに疲れた。

大体収まった頃、フィリップが来て説明してくれた。

最初にエリスと踊った少年は誰かと聞かれたサウロスが自慢気に、グレイラット姓を名乗る人物だとバラしたらしい。

つまり、全てはサウロス爺さんのせいだ。

とはいえ、爺さんを責めはすまい。

初めてのダンスでお嬢様の緊張を見事にほぐしたあの子は、もしやサウロス様の隠し子では?

などと聞かれ、気を良くしてしまったのだ。

当初の予定では俺がグレイラット姓だとは知らせないように、という話だったが。

酒も入っていたし、仕方ないのかもしれない。

つまり、今は分家か妾の子でも、いずれ名士となるに違いないと、自分ちの娘や孫を送り込んできたというわけだ。

でも、それならダンスが終わってすぐに来てもおかしくないのでは、とフィリップに聞いてみる。

すると、甘いものをナプキンに包んでいるのが微笑ましくて、待っててくれたらしいと教えてくれた。

見ている人は見ているものだ。

モーションを掛けてくる女の子をどうすればいいのか、フィリップに聞いてみると、

適当に相手をしておけばいいと返答をもらった。

将来的にどう転んだとしても、俺に政治的な関わりを持たせる気は無いのだろうか。

あるいは、誰かとくっつけば政治的な力になるという判断だろうか。

俺も政治的な力を持つ気はサラサラ無い。

なので、今日のモテ期は泡沫の夢だ。

や、でも、偉くなれば可愛い女の子を食いまくれるのかな、金の力で。

そう、チラっと考えた瞬間、

「でも、パウロのように片っ端からベッドに連れ込むのは家名に泥が付くから勘弁してくれよ」

と、釘を刺された。

最後にきた女の子はエリスだった。

ちなみに今日のエリスはいつものような活発なスタイルではなく、碧を基調としたドレス姿だ。

髪はアップで、花のあしらわれた髪飾りをつけていて、大変かわいらしい。

初めてのダンスパーティで、知らない大人から次々に声を掛けられて、さすがの彼女も疲れているようだった。

けれども、自分が主役のパーティがうまく行っているせいか、興奮もしていた。

「わたくしと、踊っていただけませんか?」

そこに、いつもの大声、大股、無遠慮、無作法のエリスはいなかった。

今まで俺に声を掛けてきた女の子に勝るとも劣らない、お淑やかお嬢様の演技で、俺をダンスに誘った。

ホールに出ると、俺たちが習っていない、ちょっとだけ難しい、変調で速いリズムの曲が流れる。

「あ、うぅ……」

エリスは一発できょどった。

無理して変な演技するからだ。

どうしよう、と目線で訴えてきたので、音楽に合わせて目線でフェイントを入れた。

変調だが、むしろこういう曲の方がエリスにとっては踊りやすいはずだ。

もっとも、ステップの方は適当だ。

エドナに見せれば呆れられるか怒られるかするだろう。

手をつないで、いつもの剣術の稽古のように踏み込んだり引いたりする。

それは音楽に合わせてはいるものの不規則で、周囲から見れば奇異にも映っただろう。

しかし、エリスは楽しんでいるようだった。笑っていた。

いつもムッとするかムスッとしてばかりいる彼女が、歳相応の顔で笑っていた。

それが見れただけでも、このパーティに参加した意味というものがあるだろう。

踊り終えると拍手が起こった。

サウロスが走りこんできて、俺たち二人を肩の上に乗せ、嬉しそうに笑いながら中庭を走り回った。

元気な爺さんだ。

周囲もそれを見て笑っている。

うん。

楽しいパーティだった。

---

パーティが終わった後、俺はギレーヌとエリスを自室に招いた。

本当はギレーヌだけでもよかったのだが、

ギレーヌを誘っている時にエリスもいたので、ついでと思って連れてきたのだ。

テーブルに広げられた食べ物に、エリスはお腹を鳴らした。

パーティでは緊張したり興奮したりで、何も食べていなかったらしい。

予め町で買っておいて隠しておいた安酒を戸棚の奥から出す。

ギレーヌ用に買ったものだが、エリスが飲みたがったので、グラスを三つ用意して、乾杯。

この国での飲酒は15歳かららしいが、今日は無礼講。

たまにはハメを外してやろう。

「丁度いいタイミングなので、今日、渡しておきましょう」

俺はそう切り出して、ベッド脇の棚の中から、二本のワンドを取り出す。

「なに? これ?」

「誕生日プレゼント、になりますかね」

「えー、こんなのより、そっちがいい」

と、エリスが指さしたのは、最近俺が魔術の訓練と称して作っている、土の魔術で作った精密模型の数々だ。

竜とか船とか、1/10シルフィのフィギュアといったものが並んでいる。

自慢じゃないが、二十代の頃にフィギュアやプラモデルにハマって、ダンボールで塗装ブースまで作っていた時期があるのだ。

さすがに塗料は高く、スプレーも無いので塗装はしていない。

だが、土魔術でパーツごとに作り、組み立てていく作業は楽しく熱中できたため、結構精密にできている。

といっても、所詮は素人の出来だが……。

ちなみに、最初に作った1/10ロキシーは、行商人が金貨1枚で買い取ってくれた。

今頃世界を旅している事だろう。

ま、それはさておき。

「俺の師匠によると、魔術の師匠は弟子に杖を送るそうです。

作り方がわからなかったのと、材料を買うお金が無かったので遅くなりましたが、

よければもらって下さい」

ギレーヌはそれを聞くとやおら立ち上がり、恭しく片膝をついた。

あ、コレ知ってる。

剣神流の門弟が師匠に敬意を払う時のポーズだ。

「ハッ、ルーデウス師匠。ありがたく頂戴いたします」

「うむ、苦しゅうない」

なんか畏まられたので、うやうやしく受け渡す。

ギレーヌはなんだか嬉しそうな顔でワンドを見ていた。

「これで私も魔術師を名乗れるのか」

あ、これってそういうアレなのか。

名乗れちゃうの?

そういうのロキシーから聞いてないんだけど……。

いや、どう考えても入門用だし、それはないだろ。

でも、魔術を習い始めた時点で魔術師は名乗れるのか?

俺の師匠は説明が足りない。

「えっと、エリスはこっちが欲しいんでしたっけ?」

冗談混じりに1/10シルフィを手にとると、エリスはぶんぶんと首を振った。

「違う! そっち、そっちの杖! 私もそっちのがいい!」

「はい、どうぞ」

パッと受け取って、しかしギレーヌの畏まった態度を思い出したのか、

すぐに姿勢を正し、うやうやしくワンドを両手で捧げ持つ。

「あ、ありがとうございます、ルーデウス師匠」

「うむ。よきにはからえ」

そして、エリスはチラッとギレーヌを見る。

ギレーヌもその視線に気付いて、数秒固まった後、首を振った。

「すまんが、私の種族にそういった習慣はなくてな。

何も用意していない」

何かと思ったが、プレゼントの催促だったらしい。

そういえば、俺が食料を回収している時、そういう事が行われていた。

エリスはがっかりした顔で、ソファに座った。

雇用人が主にプレゼントを送る、という習慣は無いらしいが、

大好きなギレーヌお姉ちゃんに何ももらえないのはかわいそうだ。

フォローしておこう。

「ギレーヌ。こういうのは特別に用意していなくてもいいんですよ。普段身に着けているものとか、お守りになりそうなものとか。そういうのでいいんです」

「ふむ」

ギレーヌはふと考えると、自分の指から一つの指輪を外した。

木彫りの指輪で、かなりくたびれて傷が付いているが、何か魔術でも掛けてあるのか光の加減か、はたまた材質か、

光がやや緑色に反射して見える。

「一族に伝わる魔除けの指輪だ。

付けていると夜に悪い狼に襲われないと言われている」

「い、いいの……?」

「ああ、ただの迷信だったからな」

エリスは怖々とそれを受け取った。

右手の薬指に付けると、ぎゅっと胸元で両手を握った。

「た、大切にします」

俺のワンドをもらった時より嬉しそうだった。

ま、まあ指輪だしね。女の子なら、そ、そうだろうよ?

そこでふと気になったので、疑問を一つ。

「迷信、だった? てことは、ギレーヌさんは悪い狼に襲われたことが?」

「ああ。あれは寝苦しい夜だった。パウロが水浴びでもしようと誘ってきて……」

「あ、やっぱ結構です。その話は先が読めました」

いかん。

この話題をこれ以上続けると俺の株が落ちそうだ。

パウロのせいで。

あいつはいつも俺の邪魔をする。

「そうか。まぁ、お前も父親の情事など聞きたくあるまい」

「そうですとも。さぁ、食べましょう。

もうすっかり冷めてますけど、楽しく食べましょう。

師匠と弟子の持ちつ持たれつの関係ということで、無礼講で」

エリスの記念すべき10歳の誕生日は、こうして何事もなく経過した。

---

翌日、目覚めるとエリスが真横で寝ていた。

「わーぉ」

大人の階段、登っちゃったかしら、いやん。

……んなわけない。

ちゃんと覚えている。

彼女は夜のパーティの最中でおねむになり、俺のベッドにフラフラと倒れこんだのだ。

それを見て、ギレーヌもそろそろ帰るといい、エリスを置いて自室へと戻ってしまった。

据え膳食わぬは男のなんとやら。

げへへへ、イタズラしちゃうぞう。

と、舌なめずりしながらベッドに近づく。

するとそこには、ギレーヌの指輪をして、

俺のあげたワンドをギュっと胸に抱き、

ニマニマと満足そうに眠るエリスの姿があった。

下卑た顔した悪い狼は引っ込んだ。

「魔除けの指輪、効果あるじゃん……」

俺はそう呟くと、エリスには指一本触れず、ベッドの端に静かに潜り込んだのだ。

今はまだ、朝早い。

窓から外を見ると、空は白み始めてはいるものの、まだ暗い。

俺はちょっと散歩に出掛けることにした。

このままエリスの寝顔を見ていてもいいが、起きた時にぶん殴られそうだ。

殴られるのは嫌だ。

俺は静かに部屋を出た。

肌寒い廊下を歩きながら、どこへ行こうか考える。

館の門は朝何時だかにならないと開かない。外には出られない。

選択肢は少ない。

基本的に、館のどこに何があるのかはこの一年で知っていた。

しかし、知らない場所は知らない。

例えば、この館で一本だけ突き出している塔とか。

近づかない方がいいとは言われていたが、興味はある。

もしかすると、何かいいものが手に入るかもしれないしな。

陰干ししてある誰かのパンツとか。

そんなことを思いながら、階段を登って最上階。

最上階をウロウロと見回すと、なにやら楽しげな螺旋階段があった。

これが、例の塔への入り口だろう。

登って行くと上からニャンニャンと悩ましい声が聞こえてきた。

なので、できる限り音を立てないように登る。

最上階にサウロスがいた。

人一人が入れるかどうか、という小さな小部屋で、ネコミミメイドとにゃんにゃんしていた。

なるほど、近づくなってこういう……。

最後までしっかりと鑑賞した頃、サウロスは俺に気づいた。

メイドは結構前から気付いていた。

気付いて興奮していた。

ネコミミダメイドは、コトが終わると、すぐに俺の脇を抜けて階段を降りていった。

「………ルーデウスか」

いつもと調子の違う、小さく穏やかな声だった。

賢者モードだろうか。

「はい、サウロス様。おはようございます」

貴族流の挨拶をすると、サウロスは手で止めた。

「よい。何をしにきた?」

「階段があったので、登りに来ました」

「高い所が好きなのか?」

「はい」

とは言ったものの、あそこの出窓から顔を出せば、足がすくむだろう。

好きと得意は違う。

もし世界を征服してこの世で一番高い塔を立てたとしても、自室は1階に作るだろう。

「ところで、サウロス様はここで何を?」

「儂は、あそこにある珠に祈っておった」

へぇ。

この館の祈るって文化は、随分と退廃的なんだな。

と思ったが、気にしない。

普段は厳格そうにしているこいつもグレイラット家の人間、同じ穴の狢だ。

「珠?」

出窓の外を見てみる。

すると、中空に浮かぶ、ひとつの赤い珠があった。

光の加減か、中身がちょっと動いているように見える。

なんだあれ、すげえ。

やっぱ魔力で浮いてるのかな?

「あれは?」

「わからぬ」

サウロスは首を振った。

「三年ほど前に見つけた。しかし、悪いものではない」

「なぜ、そう言い切れるんですか?」

「そう考えたほうがよいからだ」

なるほど。

そうだね。手も届かないしね。

悪いものだって思ってても精神衛生上よろしくないし。

てか、良いものだと思っていて祈ったほうが、珠さんも気分がいいしね。

俺も祈っとこう。

どうか空から女の子が降ってきますように……と。

「ルーデウスよ、儂はこれから遠乗りに出掛ける。ついてくるか?」

「お供します」

サウロス爺さんは一発アレしたばかりなのに元気だ。

今日は暇なので遊んでくれるらしい。

わーい。

………疲れそうだ。

「そういえば」

「なんだ?」

「サウロス様に奥方はいないので?」

ギリッという音がした。

サウロスが奥歯を鳴らしたのだと気付いて、俺は背筋が寒くなった。

「死んだ」

「そうですか。それは申し訳ないことを聞きました」

素直に謝っておいた。

せっかくネコミミをニャンニャンしてたのに、

嫌なことを思い出させてしまったかもしれない。

この調子なら、エリスに兄弟がいないことも聞かないほうがいいだろう。

「では、ゆくぞ」

「はい」

今日は休みだ。

エリスには明日から頑張ってもらおう。