軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百六十二話「泥沼対龍神」

魔法都市シャリーアより、北北東方向に向かって丸二日。

そこには廃村がある。

この村は、森に埋もれている。

40年前、魔力の異常災害により、森が肥大化。

村はあっという間に侵食され、そこに暮らしていた人々は、立退きを余儀なくされたのだ。

それ以来、この廃村を訪れる者は森に住む魔物か、あるいは魔物に用事のある冒険者ぐらいしかいなかった。

そんな村に向けて、一人の男が歩いていた。

銀髪、金色の瞳。

何かの皮で作られた白いコートを身にまとい、周囲を油断なく見回しつつ、馬に乗るでもなく、馬車に乗るでもなく、ただ歩いていた。

彼は鋭い三白眼で左手に持つコンパスのようなものを確かめつつ、淡々と森を歩いて行く。

彼に襲いかかる魔物はいない。

森の奥、茂みの隙間から爛々と目を輝かせつつも、男が近づくと小動物のように逃げ去っていく。

「……ここか」

彼はコンパスの指す先に廃村があるのを見て、足を止めた。

「なぜこんな所に……」

彼はそうぼやきつつ、ゆっくりと廃村へと足を踏み入れた。

かつて道であった場所は雑草に覆われ、かつて畑であった場所は林となっていた。

かつて家屋であった建物は巨木に貫かれ、あるいは蔦によって緑の塊と化していた。

森に侵食された村を歩きながら、彼はある場所の前で足を止めた。

おそらく、井戸があったであろう、村の中心。

そこに、あからさまに怪しい建物があった。

茶色い、円筒形をした建物で、これにだけ、植物が一切巻かれていなかった。

最近作られたとしか思えない、石の建築物。

新品同然の扉。

彼は左手のコンパスを見て、己の向かう先がその塔であることを確かめた。

そして、やや警戒しつつもドアノブに手を掛けた。

「……ナナホシ、いるのか?」

塔の内部は、簡素な作りであった。

窓は無く、廊下もない。

床はツルツルしており、何やら油のようなものまで塗られていた。

壁端には、何かがギッシリと詰まった麻袋や、香炉のようなものが置かれていた。

なにやら変な匂いで充満しているのは、香炉で何かが炊かれているからだろう。

「……なんだここは?」

彼は周囲を見渡しつつ、すぐ目の前に別の扉があるのを確認した。

先ほどと同じように、しかし躊躇なく、ドアノブを掴んだ。

その瞬間、彼の手にチクリと何かを刺すような痛みがあった。

「むっ? 気のせいか」

彼は己の手を見て、血の一滴も出ていないことを確認すると、中に入った。

扉の奥には、同じレイアウトの部屋があった。

地面が傾斜している所を見ると、どうやら建物自体が地下に作られているらしい。

彼は訝しげに思いつつも、特に警戒することなく、奥へと進んでいく。

途中「ここではきものを脱いで下さい」だの「御用の方はこの帽子をおかぶりください」といった不気味な張り紙に警戒心を強めつつも、全てを無視。

時折扉に仕掛けられた、ネズミでも取るのかと思えるほどの些細な罠に気を配りつつ、ゆっくりと奥へ進んでいく。

たどり着いた先は不思議な空間だった。

円筒形の部屋で、吹き抜けになっていた。

天井の代わりに、ぽっかりと開いた空が、丸く切り取られているのだ。

さながら、煙突の中にいるような感覚があった。

「……なんだここは?」

彼は訝しげに眉を潜めつつも、コンパスの示す先が、この空間の中心を示しているのを確認した。

その示す先には、一つの小箱が置いてあった。

小箱の下には一枚の紙が敷かれている。

彼は注意深くそこに近寄り、紙を見た。

紙には、文字が書いてあった。

『ヒトガミ』

彼は即座に箱を手に取り、その中身を開けた。

「むっ!」

すると箱の中からもうもうと煙が吐出された。

箱を取り落としつつ、身構えた彼の耳に、キンという金属音が届いた。

どこに詰まっているのかと思えるほど大量の煙を吐き出し続けている箱のすぐ側に、銀色の指輪が落ちていた。

箱の中に入っていたものが、取り落とされた拍子に、飛び出したのだ。

指輪はうっすらと赤く明滅しており、彼の持つコンパスは、その指輪を指し示していた。

「…………ナナホシ?」

彼が指輪を拾い上げようとした、次の瞬間。

空が光った。

「っ!」

彼は咄嗟に、地面を強く蹴り、回避をしようとした。

しかし、油の塗られた床は、それを許さなかった。

彼の足の裏はあっけなくグリップを失い――。

彼――オルステッドに向けて、太い雷が落ちた。

--- ルーデウス視点 ---

オルステッドをおびき寄せた廃村が見下ろせる高台の上。

そこでキャンプをしていた俺は、煙が上がったのが見えた瞬間、俺は全力の『 雷光(ライトニング) 』を目標地点へと叩き込んだ。

命中したはずだ。

この日のために、何度も練習した。

直前で回避されないために、わざわざ床に菜種油まで撒いたのだ。

だが、これで終わりではあるまい。

これで倒せるなら、アトーフェやその他もろもろを差し置いて、最強などと言われはすまい。

俺は杖を地面に付きたて、魔力をこめる。

イメージするのは、巨大な雨雲、スーパーセル。

聖級水魔術『キュムロニンバス』。

空は一瞬にして黒い雲に覆われ、雷と共に豪雨が降り始めた。

さらに魔力をこめる。

ズルズルと体の奥底から魔力が引きずりだされていく感覚に逆らわず、杖へと魔力を送りこむ。

イメージするのは氷。

廃村を中心に、全ての分子の動きを止める。

ひたすらに温度を下げる。

『フロストノヴァ』。

幾度となく使った魔術を、最大限の範囲で、最大限の威力をこめて放った。

振りそそぐ大雨が次々と凍りついていく。

氷は積層し、巨大になっていく。

氷が氷山のような大きさになったところで、俺は魔術を止めた。

次の一手。

俺は杖に魔力をこめる。

廃村の上空に、岩石を作り出す。

大きさだけにひたすら魔力を消費し、回避不能なほどの大きさを持つ岩石を作り上げ――真下に向けて加速させ、発射した。

岩石はその巨大な大きさが瞬間移動したのではないかと思えるほどのスピードで、たたきつけられた。

地面が揺れた。

遅れて、バリバリという轟音が耳に届く。

さらに遅れて、突風と衝撃波が届いた。

俺は腕を前にして目を守りつつ、岩の行く先を見た。

氷が砕かれ、岩石の三分の二が地中に埋まっていた。

直撃したのなら、生きてはいないと思うが……。

「……やったか?」

と、一応言ってみる。

反応は無い。

これで終わりだろうか。

だとしたら楽でいいが……。

と、思った次の瞬間――岩石が砕けた。

「ひぃぅ!」

とてつもなく恐ろしい殺気が俺の所に届いた。

背筋に怖気が走る。

足がガクガクと震え、目元に涙が溜まる。

俺はすぐ脇においてある魔導鎧へと飛び込んだ。

何百回と練習した手順通りに各部に魔力を送り込み、姿勢を制御して、杖を掴む。

殺気が近づいてくるのを感じる。

起動完了。

俺はさらにもう一撃加えるべく、右手に持った杖に魔力を込めた。

イメージするのは核爆発。

全ての魔力を込めるつもりで、腕から杖へと、魔力を送り込む。

杖を向け、気合を込めて魔術を発射すると同時に、左手を目の前に向け、吸魔石へと魔力を込めた。

廃村の中央が、カッと光る。

やや遅れて、閃熱が舐めるように地面を走った。

木々を焼き飛ばし、黒い影へと変えていくのを、視界の隅に確認する。

やや遅れて、爆風が到来した。

だが、俺の魔力によって作られたこの魔導鎧は、重さにして数トンはある。

爆風にびくともせず耐え切った。

俺は破壊が収まるのをじっと待ってから、手をどける。

廃村を中心に、巨大なきのこ雲ができていた。

地面のほうは煙でよく見えないが、全てを吹き飛ばすほどの威力は込めた。

今まで俺が使ってきた中でも、最大級の威力を誇っただろう。

「……」

だというのに。

だというのに、体の震えが止まらない。

先ほどより圧倒的に近づいている、殺気の源が、消えていない。

すさまじい速度で、こちらに近づいている。

あんなに遠くにいたのに、もう、こんなに近い。

ガチガチと鳴る歯を食いしばり。

ぶるぶると震える手を握り締め、杖を背中のホルダーに仕舞い、右手にガトリング砲をマウントし、左手に盾を持った。

「ふぅー……ぅぅ……はぁー……ぁぁ」

深呼吸を一つ。

喉が震える。

腹の奥から上がってくる不安と恐怖心を押さえつけ、もうもうと立ち上る煙に向けて、右手のガトリングを構えた。

「……ふぅ! ふぅ!」

先手だ。

後手に回ったら、絶対に負ける。

そもそも、ダメージは与えられているのか。

ドアに仕掛けておいた毒薬は、焚いておいた麻薬は、途中に仕掛けておいた罠は、効果があったのか?

先ほどの四つの攻撃魔術は、俺が込められるだけの魔力を込めた。

あれでまったくの無傷なら、こんなガトリング砲もどきの魔道具では、かすり傷一つ負わせられないんじゃないのか?

いや、そもそも当たったのか?

当たらないはずがない、あんなに大きな範囲に魔術を撃ったのだ。

回避されないために、威力も範囲も最大級で撃ったのだ。

遠すぎて、予見眼でも見えない位置から。

たとえ、オルステッドがどんな魔眼を持っていても、予測できないであろう位置からだ。

<人影が見えた>

「撃ち抜けぇぇぇぇぁあああぁぁぁ!」

俺は叫び声を上げつつ、右手のガトリングを起動させた。

魔力が通り、凄まじい速度で岩砲弾が生成、発射された。

岩砲弾が空気を切り裂く、キュインキュインという音が連なり、悲鳴のような音が周囲に鳴り響いた。

圧倒的な速度を持つ岩の塊が、土煙を吹き飛ばした。

ボロボロになったマントと、煤まみれの顔をした銀髪の男を視認できた。

ダメージはあるのか?

無いのか?

顎のあたりから血が出ている。

首筋にあるのは、火傷じゃないのか?

大丈夫だ、微々たるものだが、確実にダメージは与えられている。

「っ!!」

目が合った。

鷹のように鋭い眼光が俺の姿を確実に捉えていた。

標的を見つけた、狩人の目。

<彼は雨のように降り注ぐ岩砲弾を、サイドステップで回避しようとする>

俺は予見眼を最大限に開眼しつつ、オルステッドの動きを読もうとする。

奴の動きは速く、何重にもブレて見える。

俺は逃げ場をふさぐように、ガトリング砲の狙いを定める。

発射から着弾までのタイムラグはほぼ皆無だ。

だというのに、オルステッドは射線が見えているかのように全てを回避しつつ、次第に俺へと近づいてくる。

一歩、二歩。

オルステッドは猛禽のような表情を変えないまま、着実に距離をつめてくる。

たまに岩砲弾がカスって顔をしかめるが、それだけだ。

例え直撃したとしても致命傷にはならないのだと、言わんばかりに、恐怖など無いのだといわんばかりに。

この程度の攻撃をしてくる相手とは、いつも戦っているのだといわんばかりに。

俺は違う。

そのゾンビのような、感情のない立ち回りに戦慄を覚える。

俺の攻撃が全て無駄だといわんばかりの動きに、心が折れかけている。

だが、今はまだ有利だ。

そう、自分に言い聞かせつつ、合わせるようにステップを踏む。

オルステッドが右斜め前に出たら、俺は左斜め後方へ。

左斜め前に出たら、右斜め後方へ。

まっすぐ出たら、ガトリングを浴びせる。

後ろに下がったら、ガトリングを浴びせる。

これで、一生距離は詰まらない。

俺に完全に有利な位置で、戦いは進んでいる。

シミュレート通りだ。

俺はさらに手を詰めるべく、左手で魔術を使う。

狙いは俺とオルステッドの足元。

魔術は泥沼。

即座に術を完成させ、発動しようと手を向けた瞬間。

オルステッドもまた左手をこちらへと向けていた。

「乱魔!」

完成された俺の魔力が、別の魔力によってかき乱された。

意味のある魔力が、意味のない魔力の残滓へと変化しようとする。

「くっ!」

俺は強引に、泥沼の術式を行使する。

俺には、それができた。

ずっとやってきたのだ。

シルフィに乱魔を教えながら、自分はそれを対処しつつ、術を完成させる練習を。

この日、この時、この瞬間のために、俺は、それを、やっていたのかもしれない。

オルステッドの目が見開かれた。

乱魔を阻止されるのは初めてか……うおっ。

オルステッドは、足元が泥になった瞬間。

奴はそれを上塗りするように、魔術を行使していた。

泥になった部分を、土のプレートで覆ったのだ。

そして、右手をこちらに向けた。

俺は流れるように、その右手に向けて乱魔を使おうとして――。

<光が視界を埋め尽くす>

ぞっとした。

俺はガトリングを止め、大きく横に向かって跳んだ。

視界に光以外の背景が映った。

オルステッドが手を向けた先の地面が、大きく陥没していた。

なんの魔術か見ていなかった。

火か?

それとも別の。まさか重力か?

今見えたのは、光じゃなくて……死?

考えている暇は無い。

オルステッドはこちらに走りつつ、手を向けてくる。

乱魔は通用しない。

奴もまた、乱魔を無効化できるのだ。

俺は左手と右手を両方同時に起動させる。

ガトリングで足止めをしつつ、吸魔石で奴の魔術を無効化する。

そのつもりで両方を奴に向け……。

失敗に気づいた。

オルステッドの魔術は消えた。

だが、それと同時に、オルステッドに向かう岩砲弾の弾幕も、効果を失い、砂粒のようになって消えた。

オルステッドが肉薄した。

右手をこちらに向けたまま、左手を腰溜めに構えて、俺の心臓めがけて振りぬかれる。

「……っ!」

本能が全力で回避することを選択した。

逃げる方向は真後ろ、両足を使って、後ろに飛びのくつもりで……。

間に合わなかった。

オルステッドの拳が、俺の胸のあたりを叩いた。

ゴインという音と同時に、俺の視界からオルステッドが凄まじい速度で遠ざかった。

背後からバギャンという音が聞こえ、視界の隅で木々が舞う。

(ああ、これが吹っ飛ばされている奴の感覚か)

と、思った瞬間、大木にぶち当たり、吹き飛ぶのが止まった。

同時に全身にGが掛かり、内臓が引きちぎられるような痛みを訴えた。

目の前が真っ暗になりかけたが、すぐに回復した。

魔導鎧に組み込まれたクリフの魔法陣が、俺の体を瞬時に治癒したのだ。

しかし、と胸を見る。

そこには、べっこりと凹み、ひび割れた胸部装甲があった。

ひび割れは徐々に直りつつあるが、遅い。

ともあれ一撃は耐えた。

この部分の装甲を特に念入りに分厚く作っておいて、本当によかった。

殺気が追ってくる。

真正面から、追撃を入れんと、まっすぐに。

ガトリングを起動させる。

オルステッドに向けて、弾幕が展開される。

しかし、オルステッドはまた、右手をこちらに向けた。

いかん、これでは、先ほどの繰り返しになる。

一発で装甲がこの有様だ。

何度も殴られれば、いつかは装甲が貫かれる。

どうする。

魔術は、通用しない。

乱魔を封じても、オルステッドはムーアのようなレジスト技術も備えている。

対して、俺はオルステッドの魔術が何かわかっていない。

もしかして、遠距離戦は不利なのか?

なら、前に出よう。

魔導鎧の力を信じて、あいつをぶん殴る。

「うおおおおぉぉ!」

「ぬっ!」

ガトリングで弾幕を張りつつ、叫び声をあげて突貫した。

オルステッドは右手を引き、構えた。

両足は動く。

左手の盾を構え、体ごと体当たりをするように、ぶちかます。

<オルステッドが水神流の構えを取る>

予見眼がそれをとらえた瞬間、俺は盾の先端を、オルステッドへと向けた。

相手の防御力が高ければ高いほど威力の上がる剣を、オルステッドに突き立てるように。

体ごとぶつかった。

ゴォンと、重い金属音がした。

凄まじく重いものにぶつかったような感触が残り、オルステッドが後ろに吹っ飛んでいた。

中空のオルステッドが腕から血をまき散らしながら、忌々しいものを見る目で、俺を見ている。

いける。

俺は即座にガトリングを構え、向け、撃った。

凄まじい量の岩砲弾が飛び、中空のオルステッドに着弾した。

衣服がズタズタになり、体の下から出てくるのは、傷だらけの肉体だ。

焼けどのような跡や、切り傷、擦り傷もある。

そこに岩砲弾が吸い込まれ、鮮血が散った。

オルステッドはズダンとでかい音を立てて、地面に落ちた。

いける。

殺せる。

岩砲弾は直撃させれば、ちゃんとダメージを与えることができている。

表皮ではじかれてはいるが、皮が裂け、血が出ている。

なら、いつかは死ぬ。

今のうちに、与えられるだけのダメージを与えて――。

「……仕方ないか」

岩砲弾が空気を切り裂く音の中から、そんな声が聞こえた。

刹那。

空気が変わった。

一瞬にして冬になったかと思えるほどの寒気が、俺の体を走り抜けた。

同時に、俺の予見眼は、オルステッドを見失った。

もう片方の目は、オルステッドを捉えている。

一体どういう……。

もう片方の目からも、オルステッドが消えた。

「ぃぃ!」

俺は言い知れぬ恐怖を覚え、身をよじるようにして、右側に跳んだ。

キン、という音が左腕から聞こえた。

顔を向けると、オルステッドがそこにいた。

刀のような剣を振りぬいた姿で、そこにいた。

そして、魔導鎧の左腕が、鋭利な切断面を見せつつ、ズンと大きな音を立てて地面に落ちた。

---

「ガアアアアァァァオオオオアァァァァ!」

オルステッドが咆哮を上げた。

ビリビリと響く咆哮に、俺の体は金縛りに合ったかのようにしびれた。

声の魔術だ。

獣族の固有魔術。

俺の意識は一瞬で飛びそうになり。

しかし、すんでの所で持ちこたえて、真横に飛んだ。

オルステッドが地面を陥没させつつ、踏み込みを見せて、突っ込んできた。

ガトリング砲を向け、起動させようとした瞬間、オルステッドが剣を振るった。

ガトリング砲が切り裂かれ、魔道具がバラバラになって地面に落ちた。

右腕はまだある。

装甲版には、斬撃の傷跡が残るが、あの距離からでは切り裂かれていない。

オルステッドは目の前。

斬撃を放ったままの姿勢でいる。

俺は拳に魔力を込める。

手加減は一切無し。

『電撃』を放ちながら、オルステッドの顔面めがけて拳を打ち出した。

ぬるりと、滑るような感触が残った。

見れば、オルステッドの剣が俺の腕に添えられていた。

受け流されたのだ。

拳も、拳に乗せた電撃も。

オルステッドの背後で、紫電が森を舐めた。

バリバリと大きな音を立てながら火を吹いて、大木が割れた。

オルステッドの腕が、俺の腕に添えられた剣が、スッと、わずかに動いた。

「うああぁぁ!?」

右腕が、内部の俺の腕ごと、切り落とされた。

激痛が走る。

しかし痛みに顔をしかめる間もない。

オルステッドは、剣を振りぬいた姿勢のまま、俺に肉薄してきた。

俺に次の手を打つ時間は無かった。

俺の腹に蹴りをぶち込まれた。

バギンと嫌な音に聞こえ、俺の体がほんの一瞬だけ浮いた。

衝撃はすべて中にきた。

「ぼぉぇぇ!」

胃袋が破裂したような衝撃に、俺は胃液を吐き出す。

視界が涙でにじむ。

しりもちを付きつつ、切れた右腕をオルステッドに向け衝撃波を放つ。

オルステッドは刀を切り上げた。

ドンという大きな音が聞こえて、それっきり。

衝撃波が切り裂かれたと気づいた時には、顔に蹴りをぶち込まれていた。

首筋のあたりからメシメシという音が聞こえ、首から肩に掛けて激痛が走る。

「……!?」

気づけば、倒されていた。

上体を起こし、慌てて立ち上がったときに真正面にいたのは剣を振りかぶったオルステッド。

やられる。

「パージ!」

気付いた時には叫んでいた。

同時に背部装甲版がはじけ飛びそれに引っ張られるようにして、魔導鎧の外にハジキ出された。

一瞬遅れて、魔導鎧が真っ二つに切り裂かれた。

俺は地面にたたきつけられ、ゴロゴロと転がる。

動きが見えない。

何もできない。

オルステッドの動きについていけない。

「がはっ……げほっ……」

体中が痛い。

魔導鎧ごしに何度かけられただけなのに、全身打撲のような痛みが体を走っている。

胸が痛い、腹が痛い、右手が痛い、首が痛い。背中が痛い。

息が苦しい。

なんだ、体が動きにくい。

疲労感が、すごい。

あれ?

もしかして、魔力が……枯渇してるのか?

「あぁっ……はあっ……」

オルステッドの目がこちらを向いた。

ぞっとした。

もう、鎧が無い。

逃げないと。

殺される。

その前に、右手、俺の右手はどこだ。

「ごへっ!」

……気づいた時には、蹴り飛ばされていた。

体がバラバラになるような痛みが襲う。

仰向けになった所、胸を踏みつけられた。

「うぐっ……」

喉の奥からうめき声が漏れる。

ほてった体の首筋に、冷たいものが押し当てられた。

見れば、オルステッドが剣を突きつけていた。

死ぬのか。

結局、勝てずに。

死ぬのか、俺は。

「誰かと思えば、貴様かルーデウス・グレイラット。幸せに暮らしていると聞いていたが、なぜ俺の命を狙う」

オルステッドは、俺をすぐには殺さないようだった。

一度見逃したからか。

すでに戦う力がないと見越しての事か。

まあ、いい。

「ヒトガミが、言ったんだ……」

「……ふん、やはりヒトガミの使徒だったか。死ね」

オルステッドが胸から足をどけ、剣を振りかぶった。

「あんたが、世界を滅ぼそうとしていて、俺の子孫が、あんたの手助けをして、ヒトガミを殺してしまうって」

「……なんだと?」

オルステッドの動きが止まった。

「ヒトガミは、世界を滅ぼすのを阻止しようとして、あんたと戦ってるって」

「……」

「だから、あんたを殺せば、俺の子供は、家族は、見逃してくれるって……」

俺はうつぶせになり、オルステッドの足にすがりついた。

そして、足に頭をこすりつけ、叫ぶように言った。

もう、これしか、できる事が無かった。

「お願いします。世界を滅ぼさないでください。

俺は殺してもいいです。俺の子供を、未来を、奪わないでください。

お願いします。初めてなんです。あんなに幸せに思えたの、初めてなんです。

お願いします。ヒトガミを、諦めてください。お願いします」

涙が出てきた。

俺は無力で、無様だ。

かっこ悪い。

なにやってんだ。

畜生。

「……それは、できん」

その言葉を聞いた瞬間、俺はオルステッドの脚に噛み付いた。

「ふぐぅぅぅぁああ!」

噛み付いたまま、血の吹き出る右手を持ち上げ、残った全ての魔力を、拳の無い腕に込めて、一気に爆発させる。

刺し違えてでも、コイツを殺すつもりで。

「乱魔!」

蹴り飛ばされ、集中力は無くなり、魔力は霧散した。

意識が遠のいていく。

次に魔力を使ったら、俺は確実に気絶する。

「いかにラプラスの因子を持ち、強大な魔力を持とうとも、そう立て続けに大魔術を駆使すれば、魔力も枯渇しよう」

オルステッドが手を伸ばしてくる。

殺される。

殺されてしまう。

殺されたら、オルステッドが死なない。

オルステッドが死ななければ、ルーシーが。

ロキシーが。シルフィが。

死ねない。

負けられない。

絶対勝たなきゃいけない。

でも体が動かない。

魔力が無い。

腕から血がどばどばと出ている。

意識が朦朧としている。

目の前が暗い。

オルステッドの手が、視界を覆って。

あ、あ、ああ。

あぁ……。

名前ぐらい、決めておけばよかった。

---

「むっ!?」

オルステッドが飛びのいた。

「……?」

気づけば。

俺とオルステッドの間に割ってはいるように、一人の人間が立っていた。

背の高い、女だ。

黒っぽい服をきて、かっこいい上着を羽織っている。

その手に持つのは、透き通るような刀身を持つ片刃剣。

後ろ姿で、顔はわからない。

ああ、でもその髪は知っている。

腰まで届くほどの長い、ウェーブを持つその髪は。

原色のペンキをぶちまけたかのような、真紅のその髪は。

「待たせたわね、ルーデウス」

エリス・グレイラットが、立っていた。