軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十二話「卒業式」

あっという間に一年が過ぎた。

季節はめぐり、冬になった。

俺も18歳になる。

学校の方も無事に進級できて、もうすぐ4年生だ。

研究も順調に進んでいるし、言うことはない。

そういえば、俺は無事に進級したのだが、エリナリーゼは留年してしまった。

彼女は一般生徒ということで、半年も旅に出ていたのが効いたらしい。

本人はまったく気にしていなかったが、うちの家族の問題に付きあわせたわけだし、少々申し訳なく感じる。

ちなみに、シルフィも出席日数は足りていなかったけど、元々学年トップクラスの優秀な成績の持ち主だった上、アリエル王女の護衛という立場もあって進級できた。

もちろん、家庭の方も何ら問題ない。

ルーシーの成長も順調だ。

中々乳離れの早い子で、最近は離乳食ばかり食べるようになった。

それと、先日、なんと。

初めて俺のことを「るーでー」と呼んでくれたのだ。

パパでもダディでもミスターバブルスでもなく、るーでー。

これは俺のことをパパと呼ぶ奴がいないから、仕方あるまい。

シルフィの事は「まーまー」と呼んでいるが、それはシルフィがルーシーに教えた結果だ。

俺も自分の一人称をパパにするべきだろうか。

いや、所詮は子供の言葉だ。

焦ることはない。

もう少し育ったらお父様と呼ばせよう。

ああ、それにしても一歳ちょっとで喋るってどうなんだろう。

うちの子って結構賢い方なんじゃないだろうか。

いや、普通なのはわかってる。

喋るのは早かったり遅かったりするものなのだ。

シルフィやリーリャもちゃんと言葉を教えようとしていたし、努力の結果と言えよう。

でもなー、自分の子供が喋ると、やっぱ「すごい」って思っちゃうもんなんだよなぁ。

でも、もっと成長したら「お父さんのパンツと一緒に洗わないで!」とか言っちゃうんだろうか!

そういうのも逆に楽しみだな!

ルーシーが成長するにつれて、シルフィの母乳も出なくなってしまった。

あの甘くて切なくて興奮する味は、もう味わえないのだ。

残念で仕方が無い。

それと同時に、膨らんでいた胸も完全に元に戻ってしまった。

小さいのが悪いとは言わないが、ボーナスタイムが終わってしまった時のような寂しさがある。

また、母乳が必要なくなると同時に、スザンヌとの契約も終了した。

これも何かの縁だから、何かあったら彼女の力になるとしよう。

そう、例えば、彼女の息子が学校に入学したら、面倒を見てやるとか。

俺はその頃には卒業してるかもしれないから、ノルンに頼むかもしれないが。

ノルンとアイシャの二人も元気だ。

ルーシーを見て、可愛い可愛いと口を揃えて言っている。

彼女らにとっては、妹みたいな感覚なのだろう。

階段の陰で「ルーシーの前では喧嘩しないようにしよう」と二人が相談しているのを聞いた。

他にも、あれこれと二人で計画しているらしい。

多分、憧れのお姉ちゃん計画とか、そういう感じだろう。

最近は、二人が険悪な状態に陥ることは少ない。

人間、下が出来れば立派であろうとするものだ。

ルーシーが生まれたおかげで二人が仲良くなるのなら、それはとっても嬉しいな。

ロキシーの教師生活の方も順調だ。

なぜか彼女は一般生徒から畏怖の目で見られている。

授業中にオイタする子もいないようで、しばらくは快適な教師生活を送れるだろう。

ゼニスは相変わらずだ。

ノルンと一緒にご飯を食べたり、アイシャと一緒に草むしりをしたり。

ルーシーの指を握って、笑いかけたり。

そう、ノルンとアイシャの誕生パーティ以来、ゼニスはちょくちょく笑うようになった。

それは小さな笑みで、顔の筋肉を少しゆがめるだけのものだったが。

しかし、誰が見ても笑っているとわかるものだった。

まだ言葉も無いし、表情もほとんど無い。

けれど、順調に回復している。

そう思いたい。

---

今日は卒業式だった。

入学式は外で行われたが、卒業式は室内だった。

今まで入った事もなかった大講堂。

そこに大きなステージが設けられ、卒業生が一人ずつ、卒業の証である紋章をいただいている。

その数は、せいぜい500人だ。

全校生徒で1万人を超えるといわれているこの学校だが、卒業生は500人。

恐らく、今の7年生も、最初は2000人近くいたのだろう。

学年が進むにつれて、少しずつ退学していき、この数まで減るのだ。

入るのは簡単だが卒業するのは難しい。

上級魔術と混合魔術は習得が困難で、魔力総量によっては習得できない者もいる。

また、才能があっても初級魔術さえ覚えればもういいやと思う人も大勢いるだろう。

それ以外にも、様々な理由で退学する者が後を絶たない。

そんな中、俺は特別生として、かなりよくして貰っている方だろう。

生徒達の脇には、各教師がズラリと並んでいた。

1000人ぐらいはいるだろうか。

生徒よりも多く見える。

実際にはせいぜい2、300人って所だろうが。

それにしても、こんなにいたのか。

職員室が建物まるごと一つ使ってるのも頷けるな。

そんな中、ひときわ小さいのはロキシーだ。

彼女は遠目にも輝いて見えるので、よくわかる。

ちなみに。

一般生徒は休日である。

在校生は、卒業式にも入学式にも参加する義務はない。

それどころか、見学には許可が必要だった。

式典というのは、選ばれたものだけが参加できる名誉なのだそうだ。

俺は生徒会メンバーの端に位置していた。

生徒会メンバーは全員出席だ。

アリエル、ルーク、従者の二人に、俺も顔だけは知っているメンバーが4人ほど。

そして、シルフィだ。

相変わらず、仕事中のシルフィは凛々しい。

ちょっと前までは少年と見分けが付かなかったシルフィ。

最近は肩口まで髪が伸び、さらに子供を産んだのもあってか、女性らしさが出ている。

キャリアウーマンのようだ。

かっこかわいい。

あれが俺の嫁なんだぜと自慢して回りたい。

で、あと一つ不思議なんだけど。

生徒会メンバーの末席に、ノルンの姿があるんだけど。

俺、聞いてないんだけど。

もしかして、生徒会に入ったりしたのだろうか。

今年はそんなそぶりは無かったから、来期からメンバー入りするとか?

入学式までに説明してくれると、お兄ちゃん嬉しいなぁ。

「卒業生代表! リニア・デドルディア!

並びに、プルセナ・アドルディア!

諸君らに、卒業証書と、魔術ギルドD級の証を授けん!」

リニアとプルセナが卒業生代表に選ばれた。

彼女らはグレた時もあったが、最終的に優秀な成績を残したからだ。

その上、獣族の王者たるドルディア族の姫君である。

身分としても申し分が無かった。

やはりというかなんというか。

卒業生代表に選ばれるのは、高貴なものでなければいけないらしい。

平民と貴族が一緒の成績だったら、貴族を代表に選ぶ。

その方が問題が起きないし、貴族も悪い気分はしない。

圧倒的に平民の方が成績が上だったら別だろうが。

ロキシーもかなり優秀だったが、代表には選ばれなかったらしい。

来るものは拒まず、どんな生徒であっても迎えると謳う魔法大学である。

しかし、やはり人間の経営するものである以上、しがらみはついて回るのだろう。

「リニア・デドルディア。謹んで拝領いたします!」

「プルセナ・アドルディア。謹んで拝領いたします!」

「そなたらに魔導の道があらんことを!」

リニアとプルセナの立ち振る舞いは堂々たるものであった。

壇上に登り、二人並んで卒業の証を受け取る様は実に立派だった。

発情期に彼氏を見つけると宣言し、迫り来る求婚者をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

数多の屍の上に立ち「あちしたちは強くなりすぎたにゃ」「むなしいの」と呟いていた二人の凛々しい姿が思い浮かぶ。

それは王者の姿だ。

俺は二人の背後に百獣の王を見たものだ。

その後、酒場で飲みながら「一生男なんていらないにゃ!」「そうなの、男なんてファックなの!」と、くだを巻いていた時の事は忘れてやろう。

---

卒業式の後、俺はナナホシの研究室へとやってきた。

「ゴホッ、ゴホッ」

ナナホシは、ドテラのようなものを着込んで咳をしていた。

「また風邪引いたのか?」

「コホッ……そうみたいね」

ここ一年、どうにもナナホシは具合が悪そうだった。

空咳をしたり、熱を出したり。

一応、その度に解毒魔術で治してやった。

だがナナホシは少しするとまた体調を崩した。

「もうちょっと健康的な生活を送った方がいいんじゃないか?」

ナナホシは基本的に引きこもりだ。

何かあれば出てくるが、年がら年中、この研究室に寝泊まりしている。

昼になると学食に出てくるが、それだけだ。

朝と夜は保存食のようなものを食いながら、不健康な生活を繰り返している。

当然ながら免疫力も落ちるだろうし、病気にもなりやすくなるだろう。

自業自得といえばそれまでだが、体は大事にした方がいいと思うんだけどなあ。

「せめて、風邪が完全に治るまで、休んだ方がいいんじゃないか?」

「研究の方が順調なんだから、休んでなんていられないわ」

ナナホシはそう言って、魔法陣へと向き直った。

確かにナナホシの研究は進んでいる。

数ヶ月前に研究の第二段階が終了した。

第一段階において召喚されたペットボトルに、キャップが追加されたのだ。

現在は、第三段階。

・『植物』もしくは『小動物』といった『生物』を召喚する。

という部分に進んでいる。

もう少しで、前世の野菜がこの世界に現出するだろう。

実に順調だ。

「今日は、第三段階の実験をするわ」

「ザノバとクリフがいる時の方がいいんじゃないか?」

「そうね。なら、ちょっと呼んできてくれない?」

俺は首を振る。

「あいにく、今日は二人共、休みだよ」

「二人共? 珍しいわね、どうして?」

「卒業式だったからな」

「卒業……ああ、もうそんな時期なのね」

ナナホシは顔を顰めた。

卒業式なんて単語は聞きたくもないだろう。

また一年、この世界から抜け出せなかったわけだから。

「リニアとプルセナも卒業だ。あの二人、故郷に帰るみたいだから、今度お別れ会でもやろうと思っているんだ。参加するよな」

「…………まあ、一応ね」

リニアとプルセナはナナホシにとって数少ない女友達。

という感じではなかったが、しかし別れとなると、きちんと参加してくれるらしい。

昔に比べると、付き合いがよくなったように感じる。

「あいつらも、帰ったらお姫様だからなぁ」

「そうは見えないわね」

「まあなあ」

あんな奴らが族長になって、ドルディア族は大丈夫なのだろうか。

まあ、トップがダメでも、下がしっかりしていれば組織は動く。

大丈夫だろう。

コンコン!

なんて思っていると、扉がノックされた。

「……ん? どうぞ」

「失礼するニャ」

「入るの」

入ってきたのは見慣れた二人だった。

生意気そうな猫に、眠そうな犬。

リニアとプルセナ。二人は制服姿で堂々と入ってきた。

「ボス、探したニャ」

「ちょっと、顔貸して欲しいの」

しかし、今日は少々雰囲気が違うな。

何が違うのだろうか。

リニアが少々ピリピリしている所だろうか。

それとも、プルセナが肉を口にしていない所だろうか。

初めて会った時のような感じだ。

いつもなら、「フィッツもロキシー様もいない状態で女の部屋に入り浸るニャんて、怒られてもしらないの」なんて軽口を言ってくるもんだが、そうした気配も無い。

また決闘だろうか。

卒業式のお礼参りという奴で。

……あまり喧嘩とか好きじゃないんだが。

「ボス、頼むニャ」

「お願いするの」

短い言葉だったが、強い意志が感じられた。

二人の目には、決意のようなものが見える。

負けたまま帰れない。なんて事を考えているのだろうか。

彼女らにも、意地があるのだろう。

まあいいか。

最後だ。

付き合ってやろう。

俺も男の子だしな。

シルフィの方に行って、万が一があっても困るし。

「わかった。ナナホシ、ちょっと行ってくる」

「ちょっと、実験はどうするの?」

ナナホシは見るからにムッとした顔をしていた。

しかし、リニアはそんなナナホシの腕を掴んだ。

「お前も来るニャ。特別ニャ」

「許可するの」

「やっ、ちょ。なんなのよ」

ナナホシを決闘の証人にするつもりか。

二人の事だ、ナナホシが誰に証言するかとかは考えていないのだろう。

しかし、サイレント・セブンスターの名はそこそこ有名だ。

信憑性はあるだろう。

---

場所は、大学の敷地内。

別棟から寮へと向かう道にある場所。

林に隣接し、雪も積もっているため、見通しも悪い。

「ここでいいニャ」

「……懐かしい場所なの」

いつぞや、俺とザノバが、リニアとプルセナを拉致した場所だ。

彼女らと初めて喧嘩した場所であり、ある意味、思い出の場所といえるだろう。

そんな場所で、リニアとプルセナは、俺の前に立っている。

二人は10歩ほどの距離を置いて。

互いに、向かい合っていた。

俺の方は向いていない。

……あれ?

「ボスとナナホシは見届けてほしいニャ」

「何を?」

「これから、私とリニア、どっちが強いのかを決めるの」

つまり、リニアとプルセナが決闘するのか。

「何のために?」

「勝った方が、ドルディア族の族長になるニャ」

「そもそも、デドルディアとアドルディアで二つ部族があるんだから、必要無いんじゃないのか?」

俺の記憶が確かなら、だが。

俺がいたのはデドルディアの村だが、しかしアドルディアの村もあると聞いた気がする。

けど、族長となると一人なのだろうか。

『ドルディア族の族長』というのは、そこらの全ての支族を纏める立ち位置にある、とか。

「あちしらも最初はそう思ってたんだニャ」

「でも、最近思い直したの。世界は広いの。族長になるだけが人生じゃないの」

「あちしらには妹がいるニャ。どっちかが戻って、ここで学んだ事を教えてあげればいいニャ」

「より強い方が族長になって、もう片方は好きに生きるの」

それはまた。

なんというか。

無計画かつ無責任な話だ。

それにしても、あれだけ、一番になる事にこだわっていたのに、どういう心境の変化だろうか。

「どうせ、二人で戻ったら戦う事になるニャ」

「大森林で負けたら、つまらない人生を送らされるの。村一番の戦士と結婚とかさせられるの」

「そうなるぐらいなら、ここでやりあって、別々の道を歩くニャ」

「恨みっこ無しなの」

ああ、族長になるのは、やっぱり一番の目標なのか。

そこで一番になれないなら、大森林以外の場所で生きて、そこで一番になった方が面白いと。

そういうわけか。

まあ、色々と穴のある話というか。

ツッコミどころのある話というか。

それって、お前らが勝手に決めていい話なのかと言いたいのだが。

俺がとやかく言う事はあるまい。

こいつらが二人で一生懸命考えて決めた事だろうし、

家に縛られるのが嫌だから自由に生きたいって気持ちも、なんとなく理解できる。

「わかった。そういう事なら止めない。存分にやりあうといい」

「いいの? 喧嘩の助長なんかして」

ナナホシは不快そうだった。

彼女は普通の女子高生だ。

知り合いの喧嘩なんて見たくないのかもしれない。

「どうせ、俺が見てなくても、喧嘩するだろうしな」

恐らく、二人の強さは互角だ。

誰かがジャッジを下さなければ、判別が付かない決着になる可能性もある。

万が一を避けるためにも、第三者が必要なのだろう。

見届けてやらなければいけない。

あと、別に訂正しないが、喧嘩じゃなくて決闘だ。

"決める"ための"闘い"だ。

「恩に着るニャ」

「助かるの」

リニアとプルセナは、それぞれ礼を言った。

そして、改めて向かい合い、深呼吸をする。

互いに互いを睨みつけた。

「フーッ!」

「グルルル!」

年頃の乙女とは思えない威嚇音を発し、互いを牽制しあう。

緊迫感が場を包んだ。

いつ始まってもおかしくない。

俺は魔眼を開眼し、ナナホシは 魔力付与品(マジックアイテム) の指輪を身につけた。

これから始まるのは、獣同士の本気の殺し合いだ。

「プルセナ。前々から言いたいと思ってたけど、実はお前のこと、気に食わなかったニャ」

「それはこっちのセリフなの。リニアは子供の頃は私のあとをよちよち付いてくる妹分だった分際で、最近顔がでかいの」

「ハァ!? 妹分だったのはお前ニャ。四歳の時、プルセナのおもらしを隠してやった恩も忘れたのニャ? アドルディアは恩を百年忘れないっていうけど、まったくのでたらめニャ」

「それは川に落っこちて溺れかけてたのを助けてあげたのでおあいこになったの。溺れるなんて、泳ぎの得意なデドルディアの癖に、無様なことなの」

「あれはそもそもプルセナが爺ちゃんから貰ったオモチャを落としたのが原因ニャ!」

「オモチャを落とす原因を作ったのはリニアなの!」

なぜだろうか。

二人の口論の応酬には、憎しみが一切感じられなかった。

怒気とか、敵意とか、そういった感情は高まっていくが。

決して、そこには相手が憎いという感情は無い。

昔話を思い出して、無理やり相手を嫌いになるように。

まるで、そうしなければ喧嘩の一つも出来ないかのように。

「プルセナのでべそ!」

「リニアのアホ!」

言葉と言葉の応酬を繰り返していく。

そして、言葉は、段々と簡素化されていった。

「プルセナのタコ!」

「リニアの短足!」

「たっ……! プルセナのデブ!」

「ふ、太ってないの!」

先に我慢ができなくなったのは、プルセナだった。

彼女はデブと言われた瞬間、キレた!

「ガルァァァァ!」

リニアに向かって大きく跳躍した。

握りしめた拳を、叩きつけるように。

「シャァァァ!」

リニアは猫のように俊敏に反応した。

同じように握りしめた拳を、プルセナに対して突き出す。

「ぐっ……」

「ぬっ……」

相打ちのクロスカウンターが決まった。

二人はよろよろと離れ…………それが闘いのゴングとなった。

---

「あーっ! プルセナ突進!

しかし、リニア華麗に避ける。

重戦車のように迫るプルセナを、リニアが追い払う!

ヒットアンドアウェイを繰り返すリニアを、プルセナが追う!

パワーではわずかにプルセナが、スピードではわずかにリニアが勝る!

まともに組み合えばリニアに勝ち目は無い!

だがパワーだけが勝負を決めるわけではない!

捉えられなければ、そのパワーを発揮する事が出来ない!

足を使って華麗にジャブ! ジャブ! ストレート!

だが、リニアも踏み込めない。有効打を与えられない! いま一歩足りない!

ああーーっ! ここでプルセナの右ストレートが炸裂したぁ!

よろめくリニア! 畳み掛けるプルセナ!

どうするリニア! 逃げるのか! 踏みとどまるのか!

踏みとどまったぁ!

左のジャブ! ジャブ! 突き放すようなジャブ!

これにはプルセナたまらない!

リニアは甘いボクサーではない!

パワーで負けているからといって、殴り合いを避ける女じゃない!

怯んだプルセナ、だがその目はなお獲物を狙う猟犬の如き光をたたえている!

リニアの右に合わせて、プルセナが前に出る……!

あーーっ! プルセナ鮮血!

リニアが、リニアがここで凶器を使ったのか!?

違う! 爪だ! 己の爪を伸ばして、パンチと同時に引っ掻いたのだ!

研ぎ澄まされた猫パンチだぁ!

だがこれは汚くない! 使えるものは全て使う!

爪を伸ばして、パンチ! パンチ! 左右の連打ぁ!

プルセナに走るのは拳の鈍い痛みではない!

唐突に違う痛みが走り、プルセナが顔をしかめ……!

ああっ! ここでリニアの爪がプルセナの服を破いてしまう!

いけない部分が見えそうだ!

だがいった! プルセナいった! お構いなしだぁぁ!

プルセナの右フックが、リニアのボディを撃ちぬくぅぅ!

苦悶の表情だ、これは効いている!

プルセナ決めるのか、一気に決めてしまうのか!」

「使えるものは全て使うのに、なんで魔術を使わないの?」

「そうですね。最初にプルセナが接近戦を選んだ時点で、魔術戦の可能性は消えました。

一度殴り合いをはじめてしまえば、詠唱する時間は無いですからね。

私やシルフィだったら無詠唱を織り交ぜていきますが、二人はファイターです。

無呼吸運動で動いている二人は、言葉を発するのも辛いはずです。

走るマラソン選手に詩の朗読が出来るでしょうか、否、それは――」

「なるほど。ごめんなさい。話の腰を折ったわね。どうぞ続けて」

「……リニア、足を止めた!

インファイトだ! インファイトだ!

これは敗色濃厚か! プルセナのパンチは確実にリニアの足を奪っている!

もはやヒットアンドアウェイは出来ない!

羽をもがれた蝶の如く、地上を這う王者に蹂躙されるのかぁ!

だが、いや!

違う! 避けている、避けている!

ネコ科特有の瞬間的な反射神経にスリッピングを織り交ぜて、直撃をもらっていない!

そしてカウンター! 猫パンチスマッシュ!

プルセナの頬に傷が走る! 血が飛び散る! 弾かれたように後ろに吹っ飛ぶ!

畳み掛けるようにリニアが前に出る!

意識を刈り取るブラジリアンハイキックだ!

あーーっ! プルセナが! プルセナが突っ込んだ! 体ごといったぁ!

牙だ! 首筋を狙うリニアの足に齧り付いた!

そうだ彼女は狼だ! これがある! 拳だけではない!

そのまま押し倒し、抑えこむように地面に引きずり倒す!

リニア近づき過ぎたか!

だが牙があるのはプルセナだけではない!

リニアも噛み付き返した! 鋭い牙を突き立て返す!

ここからは獣と獣のレスリングだぁ!」

「私には、ただぐちゃぐちゃに殴りあってるようにしか見えないんだけど……」

「うん、まぁ、そうとも言うけどね」

「ねえ、つかぬ事を聞くんだけど」

「なんでしょうか?」

「二人共、あんなに必死なのに、どうしてあなたはそんなにふざけてられるの?」

「ごめんなさい」

---

長い闘いだった。

罵倒から始まり、殴り合いから始まった決闘。

高い技術をもってしての打撃戦から始まった闘いは、

最後には子供のような引っかきや噛み付きへと変化した。

くんずほぐれつ。

雪の積もった大地の上で転がるように戦いあった二人。

彼女らは、あるタイミングで、動きを止めた。

立ち上がったのは、一人だった。

「勝ったの……」

プルセナだ。

彼女は傷だらけだった。

服はボロボロ。雪で濡れ、血で染まっている。

体の至る所に引っかき傷や噛み付かれた傷があり、ダラダラと血を流している。

壮絶な姿だった。

立派な姿だった。

死闘を乗り越えた姿だった。

「……」

プルセナは倒れているリニアを見下ろし、

一瞬だけ複雑そうな顔をして、ぷいっと顔をそむけた。

そして、よろよろとこちらへと向かってくる。

「私の勝ちなの」

「ああ、うん。おめでとう……治癒魔術使うから、ちょっと、そこに座れよ」

そう言って、肩の傷にさわろうとすると、パシッと手を払われた。

「ありがたいけど、必要無いの。この傷は名誉なの。全部残しとくの」

「そっか」

名誉か。

彼女らは本気だった。

途中から、これは死ぬまではいかないとタカを括ってしまった自分が恥ずかしいぐらいだ。

「リニアとは、もう会えるかどうかわからないから、残しとくの」

「いやでも、町を出るまでは一緒にいるんだろ?」

「いないの、ここでお別れなの。荷物はまとめてあるから、今日のうちに出るの」

そういう風に決めていたのだろうか。

ここで道が別れるから、ここで別れようと決めたのだろうか。

なんか、カッコイイな。

じゃあ、お別れ会をするのも、やめておくか。

なんか台無しにしてしまいそうだ。

「……治癒魔術じゃなくてもいいから、治療はしておけよ?」

「わかってるの」

プルセナは、よろよろと寮に向かって歩き出した。

俺はそれを見送る。

と、ナナホシが駆け寄っていった。

プルセナに、自分の上着を掛けて、肩を貸してやる。

ナナホシもいいところあるな。

……さて。

「生きてるか?」

俺は倒れたリニアを見下ろした。

リニアは意識を失っているわけではなかった。

呆然とした顔で、空を見上げていた。

「生きてるニャ」

彼女もボロボロだ。

プルセナに負けず劣らず。

服は噛み付き、引っ掻かれてズタボロ。

肩口からは血がにじみ、雪を赤く染めている。

殴られた回数が多いせいか、顔も腫れている。

口元から血が流れているのは、内臓ではなく口の中を切ったからだろう。

「美人が台なしだな」

「本当ニャ」

見ると、服が破けてリニアの肉体のラビリンスが見えてしまっている。

俺は自分の上着をリニアに掛けてやった。

目の毒だしな。

しかし、さすがにちょっと寒いな。

ナナホシも上着貸してたけど、風邪が悪化しなきゃいいが。

「ありがとニャ」

リニアはよろよろと手を動かして、頭の後ろに手をやった。

くつろぐかのように、足も組む。

雪の上でだ。

「はぁ……負けたニャ」

その言葉は、白い息となって空に登った。

「いい勝負だったよ」

「何がいい勝負ニャ。ボスの声、全部聞こえてたニャ。随分お楽しみだったニャ」

うん。

まあちょっと空気読めてなかったかもしれない。

でも、興奮する試合だった。

なんていうか、キャットファイトというか。

二人の勇者の熱い晴れ舞台というか。

いや、試合とか言ったらまた怒られるんだろうけど。

「まっ、最後に楽しんでもらえて何よりニャ」

「なんかごめん」

「いいニャ。よそから見ればただの喧嘩ニャんだから。楽しんだモン勝ちニャ」

リニアはそう言いつつ、顔をしかめた。

腕についた傷をペロペロと舐める。

「お前も、治癒魔術はいいのか?」

「負けた傷だから、正直消したいけど、まあ、今回は甘んじて受け入れるニャ。

こういうのも、時間が経ったら自慢にニャるからニャ」

以前、俺が決闘した獣族の戦士たちも、付けられた傷を自慢したりしていたのだろうか。

「……」

リニアは無言で空を見ていた。

「…………」

俺も空を見上げる。

北方大地特有の、灰色の空が広がっている。

今夜も、きっとまた雪が降るだろう。

「お前、これからどうするつもりなんだ?」

「これからかぁ」

「自由に生きるって、何かやりたい事でもあるのか?」

「そうニャ。適当に旅でもしてから、商売を始めるニャ」

商売か。

嫌な予感しかしないな。

まだ冒険者でもやってた方が成功しそうだ。

「具体的なビジョンはあるのか?」

「もちろんニャ」

リニアは自信満々に言い放った。

ビジョンがあるなら大丈夫か。

いや、大丈夫じゃない気がする。

何かこう、浅はかな考えで物事を進めて、やらかしそうな気がする。

「予定では五年もすれば大金持ちニャ」

「……まあ、なんだ、なんか困ったら、俺を頼ってもいいからな?」

「ニャハハ。あちしが成功したら、金でも貸してやるニャ」

リニアは、負けたというのになんだか爽やかだった。

勝手に決めた事とはいえ、家のしがらみから解放され、自由になったからだろうか。

それとも、ただのやせ我慢だろうか。

何にせよ、一つのことが終わった。

そんな顔をしていた。

---

リニアとプルセナは、他の奴らには別れを言わなかった。

それぞれ、時間をずらして寮に戻り、傷ついた体に薬を塗って包帯を巻き、荷物を持って、一人ずつ校門から去っていった。

俺はリニアを、ナナホシはプルセナを、それぞれ見送った。

二人は多くを語らなかった。

ただ、ザノバやクリフによろしく言っといてくれと言い残しただけだ。

二人やシルフィ、アリエルあたりは残念に思うだろう。

これからプルセナは大森林に戻り、族長になろうと切磋琢磨するのだろう。

リニアはどうなるかわからないが、彼女も彼女なりにやっていくのだろう。

二人は、以後会わないつもりなのだろうか。

あれほど仲がよかったのに。

そうした生き様は、やはり少し、カッコイイと感じてしまうな。

余談であるが。

その日の夕方、俺の耳にとある噂が入ってきた。

「乗り合い馬車で言い争いをしている、包帯だらけの獣族の女二人を見た」

という話だ。

おおかた、乗り合い馬車のタイミングが掴めず、鉢合わせしてしまったのだろう。

締まらない事だ。