軽量なろうリーダー

婚約者の幼馴染にマウントを取られましたが、彼は最初から最後まで私の味方でした

作者: 柊

本文

「足元、気を付けて」

差し出される大きな手に、リアラはそっと自身の手を重ねた。暖かい体温に自然と頬を緩ませながら、体重を預けて馬車から降りる。

「ありがとう」

「どういたしまして」

礼を言うと微笑んでくれる彼の名はエルリック。

柔らかな金色の髪に、エメラルドのような瞳。穏やかでありながら整った顔立ちは、周りを惹きつけてやまない。現に今でも、近くに居合わせた女性たちが少々色めき立っている。

「ここがエルリックの故郷なのね」

そう言ってリアラは辺りを見渡した。自身のストロベリーブロンドが、ふわり、と風になびくのを反射的に手で押さえながら。

その少し上。指先で触れてみれば、固い感触が当たる。

銅で作られた小さな葉を模した土台に、小さなペリドットが3つ並んで嵌め込まれている、小さな髪飾り。黄色を帯びた柔らかな緑は、光を受けると静かに煌めいて、髪に彩りを添えている。

「うん、結構賑やかだろ? 王都に比べると地味だけど」

そう答えるエルリックの胸元には、親指の爪よりも少し小さめのターコイズが嵌められたピンが留められている。澄んだ青色のそれは、リアラの瞳の色と同じもの。

互いの目の色を纏うのは、婚約しているという証。

王都の学園で同級生だった二人。

図書館で黙々と料理の本を読みふけるリアラに、エルリックが話しかけたのがきっかけ。

食べることと作ることが大好きなリアラと、実家がパン屋を営んでいる関係で同じく料理が大好きなエルリックは意気投合し、恋人同士になり、卒業を期に婚約し……今日、エルリックの両親に挨拶に行くことになったのである。

手紙ではやり取りをしていたけれど、直接会うのは初めて。ドキドキと鳴る胸を、そっともう片方の手で押さえる。

「ううん、地味なんて思ってないよ。王都とは違う賑やかさで楽しそう!」

「そう言ってもらえると、何だか嬉しいな」

穏やかに微笑むエルリックに、リアラは己の頬が熱くなるのを感じた。

出会ってから今まで色々な笑顔を見せてくれたけど慣れないな、なんて思う。慣れる日がいつか来るのかな、それはそれで寂しくなるのかも、とか思いながら、リアラは口を開いた。

「はあ、緊張するなぁ」

そう言うと、エルリックは微笑んで背中を軽く撫でてくれる。

「大丈夫だよ。リアラが凄く良い子だってこと、ちゃんと伝えてあるから」

「あ、ありがとう」

ほんのりと熱くなる頬を感じながら微笑むと。

「あ! エルリック!!」

突如名前を呼ばれ、エルリックは反射的に顔をそちらへと向けた。それはリアラも同じ。

見れば、大きく手を振りながら2人と同じくらいの年代の少女が駆け寄って来た。肩口辺りまでの真っすぐな赤い髪。くりっとした大きな瞳は緑色。まるで人形のように愛らしい少女だ。

「帰って来たの? あたしずっと待ってたんだからね!」

(え……?)

どういうこと? とリアラの胸がずきりと痛む。

「ああ、久しぶりだね、サラ」

しかしエルリックは何でもないかのように、普通に挨拶をしている。

「えー? なんだか冷たくない? あたしたち、幼馴染でしょ?」

幼馴染。

その言葉に、またリアラの胸が痛んだ。

「うん、そうだね」

それでもエルリックは何でもないような顔で答えている。

「ていうか、そのピン、ダサくない? 王都だとそういうのが流行ってんの?」

サラはエルリックの胸元に目を止めて、くすくすと笑っている。

それがまたリアラの胸を締め付けた。

(確かに大したものじゃないけど、あげた時は凄く喜んでくれたのに……。私に気を使って言わなかっただけなのかな?)

きゅ、と唇を結んでいると。

「……失礼だな」

エルリックは、そう一言だけ言った。その穏やかな顔からは想像も付かない程の、冷たい声音で。

(え、もしかして、エルリック、怒ってくれてるの……?)

リアラは、ふわり、と胸の締め付けが緩んだのを感じた。

「えっ? ごめんごめん、冗談だって~! ごめんね、あたし相変わらずサバサバしてるからさぁ、思ったことつい口に出しちゃうんだよね~」

さすがにマズいと思ったのかサラはそう言って、けらけらと笑った。明らかに誤魔化している上に、タチが悪い。

「ていうか、婚約したんだって? ふーん、そちらが?」

サラが、一瞬、じろ、と目を狭めた。そうしてじろじろと上から下までその目が動く。

こちらを値踏みしているそれに、リアラは自然と背筋を伸ばした。

「は、初めまして」

「ああ、ども~。へえ、フリルとか着るんだ。あたし、そういうの絶対無理。てか、ふわふわして頼りなさそうな感じするけど、大丈夫?」

初対面の人に言うべきことではない言葉を一気に捲し立てられ、リアラは笑顔が引きつりそうになるのを必死に堪えた。そんな様子にも気付くことなく、サラは笑って片手を振ってみせる。

「あたし言いたい事我慢できないんだよね。サバサバしてるからさぁ」

それはただ単に口と性格が悪いだけだ、と言ってやりたいが、リアラは「いえ」とだけ答えることにした。

「ねえねえ、これからカフェ行こーよ。新しく出来たところあるんだよね。エルリック、長い間離れてたんだからさぁ、あたしが案内したげる!」

(えっ、なんで!?)

いや街を巡る予定はあるけど、それはエルリックのご両親に挨拶した後でと決めていた。

それを図々しく割り込んできてそう提案するなんて、と絶句していると。

「いや、邪魔しないで欲しいんだけど」

エルリックは淡々とそう断ってくれた。

「ちょっとぐらいイイじゃ~ん! 婚約者さんも、行ってみたいでしょ? こっちに越してくるんだったら、街のこととか知っておいた方がいいって!」

ね? と小首を傾げて圧を感じさせる笑顔のサラ。

こっちを巻き込むな! と思いつつも、これは下手に逆らうのもマズイかもしれないと判断したリアラは微笑んで頷いた。

「え、ええ……そうね、行ってみたいわ。丁度喉も乾いたし」

サラの顔に、得意げな笑みが広がる。

「でしょ~? さ、行こ行こ!」

リアラとエルリックの腕を組んで、ぐいぐいと引っ張っていくサラ。

(……やっぱり厄介な女が故郷にもいたのね)

リアラは歩を進めながら、内心で大きく溜息をついた。

学園時代、エルリックはモテた。

その美貌もさることながら、穏やかで真面目そうな雰囲気を纏う彼は、目ざとい令嬢たちの目に止まらない訳はなく。

学園は貴族と平民が通う……所謂身分は関係なく学べるところだったのだが、エルリックに言い寄る令嬢は後を絶たなかった。それこそ貴族から平民まで。

気品溢れる伯爵令嬢から。

「あら、恋人への贈り物で悩んでらっしゃるの? 仕方ありませんわね。よろしければ、わたくしが助言して差し上げてもよくてよ? 良いお店を知っていますから、ご一緒に参りませんこと?」

清楚可憐な男爵令嬢から。

「最近婚約者から距離を取られていますの。相談に乗ってくださらない?」

素朴さが可愛らしい平民の少女から。

「貴方に恋人がいることは分かっています。でも、二番目でも、便利な女でも良いから、あなたの傍にいたいの……」

などと言い寄られている場面に遭遇しては、リアラが、ぐぐぐ、と拳を握り締めていたことは数知れず。

だがエルリックは。

「折角のお申し出ですが、恋人への贈り物は自分が選ばなければ意味がありません。貴方が決めたものでは、それは貴方からの贈り物になってしまいますから」

「貴方の婚約者は、男爵子息ですよね? それにクラスが違いますから接点もありませんので、有益な助言は出来ません。まずはよく話し合ってみてはいかがでしょうか?」

「ごめんなさい、お断りします。僕は彼女が一人いれば充分です。それに、恋人という唯一の存在に順番が付いているのはおかしいと思いませんか?」

ぐうの音も出ないくらいにばっさりと断りまくってくれた。

その気持ちが嬉しくて、じんわりと頬と胸が暖かくなったことは言うまでもない。エルリックへの気持ちも、さらに大きくなっていくことも自覚して。

だから彼のことは信用しているし、婚約して傍にいられることも嬉しい。

しかし懸念材料……厄介な女に絡まれることは、学園内ですらこれだけいたのだから、故郷ならもっと酷いのではないか、と予測していたところにこれだ。

こんなこと当たって欲しくなかったのに、とカフェでエルリックの隣に座りつつ、リアラはそっと彼の向かい側に座ったサラへと顔を向ける。

「ねえ、アップルパイあるよ。エルリック、これ好きでしょ?」

メニューを指さしながら、得意げな視線を向けて来るサラ。

(ああ……『私は分かってるわよ。だって幼馴染だから』っていうことね)

リアラは引き攣りそうになる顔を必死に堪えていた。

予想はしていたが仲良くする気はない、と判断するには充分過ぎる。

「うん、好きだけど今はいいや。リアラはどうする? アップルティーあるよ、これ好きだよね?」

「うん! あったかいのが良いな」

さりげなく気遣ってくれるエルリックの気持ちが嬉しくて、リアラは自然と微笑んだ。

「じゃあ俺は……ダージリンにしよう」

「じゃ、あたしはアップルパイとダージリンね。アップルパイ、少し分けたげる!」

「いや、いいよ」

サラの申し出を軽く断り、エルリックは「すみません」と店員を呼んだ。

「ねえ、確か3つくらいの時だっけ? エルリックが公園で犬に追いかけられたのって」

注文したアップルティーを口にしつつ、リアラは内心でぐぬぬと拳を握りしめていた。

「そんでさぁ、最後にこけちゃって骨折したんだよね。あの時、ウチの親も焦っちゃってさ~」

サラが一方的に話している内容、それは所謂『2人にしか分からない話』だった。

(うう、エルリックの小さい頃の話聞けるのは嬉しいけど、私には分からないから会話に入れない……)

そっとカップを置けば、サラはちらりとこちらを見て、すう、と目を狭めてみせる。

「あ、婚約者さん話入れないよね、ごめんね~」

やっぱりワザとか!! とリアラは唇を結んだ。

(だけど、エルリックも思い出話したいよね。邪魔しないようにしないと……)

そう思ったものの、やはりのけ者にされるのは辛い。

それを他所にサラの話は止まらない。

「それでさ、泥だらけになって2人で怒られたんだよね。懐かしい~」

自分が知らない頃の話ばかりが続いていく。

(私、ここにいなくてもいいのかな……)

そんな考えが浮かんでしまって、胸がまた苦しくなる。

「……ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

リアラは静かに立ち上がって、そそくさとお手洗いへ向かった。

そしてリアラの姿が見えなくなった頃。

「えへへ、隣もーらい」

サラは立ち上がって、リアラが座っていた椅子……即ちエルリックの隣へと腰を下ろした。

「戻れよ」

エルリックがそう軽く注意するが、サラは聞く様子がない。

目を伏せて、エルリックの服の袖を指先で摘まむ。

「あたしね、好きだったんだよ、エルリックのこと……。なんで婚約なんてしたの……?」

見上げた大きな緑色の瞳が、うるり、と潤んだ。

「婚約者さんと一緒にいて楽しいの? ずっと怖い顔で黙ってるだけじゃん」

にこ、とその唇が弓なりに緩む。

「ねえ、今からでも遅くないからさ。婚約なんて解消して、あたしと付き合ってよぉ……」

表情とは裏腹の震えた声での告白。

良く言えば快活な彼女からは想像も付かない程の殊勝なそれに、ぐらり、と心が揺らいでしまうかもしれない。

(も、戻りにくい……!)

またしても厄介な場面に出くわしてしまったリアラは、パーテーション越しにその様子を伺うことしか出来なかった。

すると。

「よくそんな事言えるね。自分の席に戻りなよ」

エルリックは淡々とそう言って、サラの手を軽くはらった。

それに目を見開くリアラ。それはサラも一緒で驚いたように目を見開き、そして取り繕ったかのような笑みを浮かべた。

「な、なんか変わったね。優しくなくなったっていうか」

エルリックは軽く溜息をついて、目を狭める。

「君も変わったね。婚約者がいるって分かってるのに、そんなこと言うなんて非常識にも程があるよ」

「だ、だって! 婚約者さん、ずっと怖い顔して黙ってるから!」

「気を使ってくれたんだよ。なんで気付かないの?」

言い返された言葉をばっさりと切り捨て、サラを真っすぐに見据える。

「それにさ、『サバサバしてる』を免罪符にすれば、何言っても許されると思ってるの?」

「そういう風に他人を傷つけることばかり言ってたら、君の周り誰もいなくなるよ」

「もう手遅れかもしれないけどね。少なくとも、僕は君のことを好きになることはないって確信したし」

びしり、と何かがひび割れる音が聞こえたような気がした。

サラは顔を真っ赤に染め上げて、ぷるぷると震え出した。その瞳に、見る見る内に涙が溜まり。

「……知らない!! ママさんに言うからね!!」

そう叫んで椅子から立ち上がり、そのまま店を出て行ってしまった。

なんだなんだ、と見守る周りの人たちに「すみません、お騒がせしました」と謝るエルリック。

「た、ただいま」

リアラがそっと声をかけるとエルリックは「おかえり」と微笑んでくれた。

「なんか凄かったね。……大丈夫? その、親御さん同士の関係とか」

「うん、大丈夫だよ。実は母から手紙で注意喚起されてたんだ。……どうも父が漏らしちゃったらしくて」

「あら……」

目を見開くリアラ。エルリックは少し視線を逸らしながら言葉を紡ぎ出した。

「ごめん、このことリアラにも言っておけば良かった。でも余計な心配かけたくなかったし、この時間帯だったら馬車も混むから見つけられないだろうって油断してて……本当にごめん」

頭を深々と下げるエルリックに、リアラは首を横に振ってみせる。

「ううん、大丈夫だよ。エルリックの小さい頃の話聞けて、嬉しかったし」

「……そう返されると、ちょっと恥ずかしいかも」

エルリックは顔を赤らめて、はにかんだ。リアラは、ふふっ、と微笑む。

「でも母に言われるのはな……また説教されるんだろうな、『お前の言い方は気が利かない』って」

落ち込んだように目を伏せるエルリックの手に、リアラはそっと自分の手を重ね合わせた。

「エルリック、私は大切なことに曖昧な返事をして逃げたり、誘惑に負けたりするような人なんかじゃないから、貴方を好きになったんだよ」

「大好き」

「……っ!」

そう囁くように言って微笑むと、エルリックの顔はたちまちに赤くなった。

「ありがとう」

「俺も大好きだよ、リアラ」

今度はリアラの顔が赤くなる番だった。

何だかおかしくなって、くすくすと互いに顔を見合わせて笑いあう。

「じゃあ、もう行こうか」

「そうね。……そういえば、さっきの幼馴染の……サラさん? って、貴方がウチに婿入りに来ること知ってるの?」

リアラの家は宿屋を営んでおり、そこで出す食事に彼のパン屋の白パンを卸してもらう契約の下、エルリックが婿入りをすることになっている。さらに言うと、パン屋はエルリックの姉が継ぐことが決定済みだ。

偶然ではあるが互いの利害が一致した婚約となってしまい、「運命かもね」なんて笑いあったこともある。

「ううん、さすがに知らないよ。そこまで漏らしたら母と姉が黙っていないだろうからね」

「……なるほどね」

彼の家の分かりやすい勢力図に、リアラは困ったような笑みを零した。

「君の家は王都に結構近い場所にあるし、突撃してくる可能性はないよ」

(でも念には念を入れて、弁護士を挟んで接近禁止令を入れてもらおうかな……)

サラの出方次第にはなるだろうけれど、とエルリックは思う。

(だって)

(リアラは傷つけられないように、頑張らないと)

それがたとえ自分自身であろうとも。

「……行こう」

エルリックは微笑んで立ち上がった。

リアラの手を、しっかりと握ったまま。

互いの目の色の鉱石が、きら、と反射して優しく煌めいた。

(終)