軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 お風呂

「落ち着いたな?」

思い切り泣いてしまったのが良かったのか。数分後にはレティーシャの涙は止まった。

悲しみや不安でいっぱいだった胸の内は、今は希望と恩返しへの気持ちのほうが強い。

「お恥ずかしいところをお見せしました。もう大丈夫です」

顔からタオルを外して、笑みを浮かべて宣言した。

吹っ切れたレティーシャの表情を前に、グレンは小さくため息を漏らす。面倒だというような態度の中に、安堵が見えた。

(川に流された事情を話すときも、泣いているときも、グレン様は静かに待ってくれた。本当に優しい方だわ。倍とは言わず三倍……四倍くらいで恩を返したい。頑張らないと!)

そう気合を入れていると、わたあめがレティーシャの膝に載り、気遣うように彼女の赤く腫れた目元に鼻をスンスンと近づけた。

「わたあめ様?」

「わふぅ……」

「レティは、一度顔洗ってきたほうが良いな。体が動かせるなら、湯船も入ってもかまわない」

レティーシャは腕を上げたり立ってみるが、軽い痛みはあるものの、ゆっくりであれば動くことには問題なさそうだ。

顔は泣いたせいでベタベタだし、ずっと寝ていた体も浮腫んでいる。お湯を使えるのはありがたい。

しかし――

「私のためにお湯を作っていただくのは申し訳ありませんわ。次のタイミングでグレン様がお使いになった残りで大丈夫です」

今のレティーシャは王女ではないと、自覚しているつもりだ。グレンの使用人のようなもの。

自分のためだけにご主人様に水を運ばせ、火を焚いてお湯を作ってもらうなんて忍びない。

「心配するな。お湯ならできてる」

「え? どうして……」

「レティが目覚めなくても、とりあえず打ち身に効く薬草湯で洗ってやるつもりで用意していたところだったんだ」

「な、なるほど?」

グレンの平然とした様子からは、一切下心は感じられない。異性としてまったく意識していないのは明白。薬草湯ということから、世話と治療の一環だったのだろう。

だとしても、恥ずかしいものには変わらない。

(目覚めて良かったわ……! 危なかった。また裸を見られてしまうところだったわ)

二度目の素肌を晒した光景を想像して、レティーシャは鼓動を強めた。

「で、では、お言葉に甘えて。ちゃんと自分で入ります」

「動けるなら自分で入るのは当然だろ。面倒だし」

「そそそそうですよねー」

グレンに家の中の案内をしてもらいつつ、レティーシャはバスルームに向かった。

家は二階建ての小さな一軒家だった。レティーシャの部屋は二階にあり、隣部屋は物置、廊下を挟んで向かい側がグレンの部屋と書庫になっている。

階段を下りたら大きなソファが置かれたリビングがあり、奥にダイニングキッチンとバスルームに続く扉があった。

小さな一軒家と称したが、使用人もつけずグレンひとりで住んでいることを考えれば広く感じる大きさだ。

「では、バスルームお借りします」

「石鹸や洗髪オイルは好きに使え。しっかり汗を流して、体を温めたほうが回復に良いからケチるなよ」

「わかりました」

そうしてバスルームに入ると、タオルや簡素なワンピースがすでに置かれていた。

バスタブには透き通った黄色いお湯が張られており、花の香を漂わせている。リラックスできそうなお湯にレティーシャの気分は上向きだ。

だが、包帯を解いて華奢な自身の体の状態を確認し……緩んでいた顔を引き攣らせた。

「うわぁ、これは酷いわね」

全身のあらゆる場所が紫色になっていた。脚もお腹も、打撲のあとがハッキリ残っている。

特に右肩は紫色が濃く、まだ腫れが引いていない。

骨が折れていたり、血がたくさん出るような大きな怪我をどこにも負っていないのが奇跡のようだ。

それほどまでにレティーシャの体は痣だらけ。

洗面台の鏡を通して、ゆっくり右肩の鎖骨をなぞる。

(怪我の痣のお陰で、六花の痣が分からないわ。グレン様に罪人の証を持っていると知られなくて良かった。知られていたら、家に置いてくれなかったかも)

姉の首に光るネックレスを見ているだけで、「卑しい目ね。前世は盗人だったのかしら」なんて言いがかりをつけられたのは一度だけではない。

六花の痣を持っているだけで、真面目にしていても家族からの信用は得られなかった。

文化は違ってもエデルトリア帝国はメーダ王国の隣国。グレンがメーダ国に所縁があり、古の迷信を信じている可能性もある。

(グレン様が偏見のない方だとしても、珍しい痣の話が漏れてリズの耳に入ったら大変だわ。六花の痣は隠し通さないと……できれば、普通の痣と一緒に消えて欲しいけれど)

無意味な祈りに苦笑を零すと、レティーシャは薬草湯で身を清めた。

***

目覚めてから三日後、レティーシャは怪我を気にすることなく動けるくらいに回復した。

全身のいたるところにあった紫色の痣も黄色へと変化し、右肩の腫れもすっかり引いて経過は順調。

残念ながら六花の痣は消えず、また見えるようになってしまったが。

それでも息が詰まるようなメーダ王国の王宮から解放され、リズの裏切りからも逃げ延び、優しい魔術師から新生活を始める機会をもらった。

六花の痣が見えないようしっかりブラウスのボタンを一番上まで留めてレティーシャは、拳を突き上げた。

「今日からグレン様に尽くすわよ!」

「わふ!」

いよいよ恩返し初日。

住み込みの家政婦として働く日を迎えた。