軽量なろうリーダー

ある、葬式の日に

作者: 猫宮蒼

本文

鐘が鳴る。追悼の鐘が。

その音は教会から街中に広がるように高らかに響いた。

教会の中には、故人の家族と親族、それ以外の関係者が集まっていた。

棺の中に眠る故人の顔は今はもう見えない。

棺の中に収められ、顔の部分を確認するための小窓も閉じられてしまっているので。

けれども穏やかな表情だったと、最後の別れに、と確認したクレフィアはそう思えたのだ。

クレフィアと故人との関係は、家族でも親族でもない。それ以外――友人、とギリギリ言えるだろうか。

故人は侯爵家の令嬢、ジェスティーナだ。

彼女は家族に顧みられる事はなかった。

少しだけ身体の弱い妹に両親の意識は向けられて、ジェスティーナの事はいつだって放置だった。

お前は健康なんだから。

お前は跡継ぎになるのだから。

貴方はお姉さんなのだから。

そんな風に言われて、いつだって妹のユリーナが優先されていた。

全ての者がジェスティーナを蔑ろにしていたわけではない。

彼女の境遇を不憫に思った使用人はいた。

家族の愛はなくとも、屋敷の中でジェスティーナを気にかけ、彼女のために行動する者は確かにいたのだ。

若く、健康だったはずのジェスティーナ。

けれど彼女は死んでしまった。

自殺だった。

彼女が何故死を選んだのか。

きっと、家族は思いもよらなかっただろう。

後ろの席からクレフィアはジェスティーナの家族と――ジェスティーナの婚約者だった男を眺めた。

家を継ぐはずだったジェスティーナ。

けれども死んでしまったジェスティーナ。

ジェスティーナの婚約者だった男――ブルーノは婿入りし、ジェスティーナを支えていくはずだった。

けれども少し前にブルーノの婚約者はジェスティーナの妹であるユリーナに変わった。

ジェスティーナが死んだ後でユリーナが跡継ぎとなったために婚約者がすげ変わった、というのならまだしもジェスティーナが生きていた時にこの婚約者の変更は行われたのだ。

それだけで、一体何があったのか。

想像はきっと皆同じようなものを思い浮かべた事だろう。

暴漢に襲われたとか、事故に遭ったとか。

そういった突発的な死であったのなら、何故、なんて思う事もなかっただろう。

だがしかしジェスティーナは自ら死を選んだ。

遺書を残して。

この後、彼女が記した遺書が公開される。

屋敷の中の彼女の部屋にポンとおかれただけならば、家族だけが読んで終わっただろう。

しかしジェスティーナは。

彼女はその遺書を、弁護士に預けてあったのだ。

葬式が終わるころに公開してほしい。

そう依頼して。

よりにもよって王立弁護士への依頼であったために、ジェスティーナの親が権力を振りかざしたところで先んじて遺書を確保する事は叶わなかった。

おかげでクレフィアがちらりと見た時のジェスティーナの両親は、一体どんな内容が公開される事になるのかと少しばかり苛立っている様子であった。

母親の隣に座っているユリーナは少しばかり居心地の悪さを覚えてはいるようだが、もう片方の隣に座っているブルーノに縋るようにしている。

親族たちは……どうだろう。

親戚ではあってもそれ程ジェスティーナと関わった事がない者たちの反応は様々だ。

順番がずれている婚約者の変更に、お前たちがジェスティーナを死に追いやったのではないか……という見方をしているであろう者。

単純に自分たちの家にまで面倒事がこないと判断して、見物に徹するつもりの者。

早すぎる死に悲しむ者。これは屋敷でジェスティーナ付きだった使用人たちだろうか。

ともあれ、実に様々である。

クレフィアはそんな面々の様子を適当に一瞥して、これから始まる遺書の公開に耳を澄ませた。

「それではこれから故ジェスティーナ・オルフェリスの遺書を読み上げさせていただきます」

そう言った弁護士はやや年配の渋い声の男性だった。

そこはせめて女性の声で読んでほしかったな……と、クレフィアは内心で大丈夫かなぁ……なんて思いながらも、呼吸を整えた。

「このような結末を辿った事、最初にお詫びしておきます。

お父様、お母様、ユリーナ。それからブルーノ様。

最後だからこそ、お伝えしておかなければならない事がございます。

直接お伝えしたかったのですが、お父様もお母様もお忙しい身。

ましてやユリーナとは直接話ができる状態ではありませんでした。

なので、こうして遺書という形でお伝えさせていただく事をお許しください」

そこまで言って弁護士は一度言葉を区切った。

クレフィアは予想していたよりも淡々と読んでくれているから、うっかり吹き出す事にならなくて良かった……と内心で安堵する。

情緒たっぷりに感情を乗せて読まれていたら、ダンディヴォイスのジェスティーナなんてものを想像して絶対に笑っていたに違いなかったので。

「まずはお父様。

お父様は私が跡取りなのだから、と厳しく教育してくれましたね。それについて文句などございません。

跡取りとなるのだからと私に与えてくれた部屋を妹に譲れ、と言われた時は少しばかり困ってしまいましたが。

ですが、ユリーナは身体が弱く、少しでも良い環境を与えてあげたかった、というのも理解できます。

元々のユリーナの部屋は陽当たりもあまりよくなく、あれでは確かに健康になんてなれそうもありませんでしたから」

弁護士が淡々と読み上げているだけだ。

そこには怒りも悲しみもない。

だが、逆にその淡白さが余計に父のした事を非情であるかのように錯覚させた。

「お母様、お母様もよく私に貴方は姉なのだから、とユリーナの願いを叶えてあげなさいと言っていましたね。

おかげでユリーナが欲しがった私の物はほとんどユリーナの手に渡ってしまいました。

ドレスだって最初に仕立てるのはユリーナ。私はいつだって後回しでした」

感情をこめたら恨みがましく聞こえただろうか。

しかし弁護士はどこまでも淡々と読み上げているだけだ。

だからもしかしたらジェスティーナの恨み言なのかもしれないが、事実を鋭く突き付けているだけにしか聞こえなかった。

「ユリーナも、調子がいい日によく私の部屋に遊びにきてくれましたね。

そうして来るたびに私の物を羨ましがって強請っていきました。

でも、そうやって私から持っていった物を貴方が大切にしているのを私は見た事がありません。

本当に羨ましかったのですか?

ただ、私から奪う事が楽しかったのではないでしょうか?

ブルーノ様に関しては大切に関係を築いていってさしあげてね」

眉一つ動かさず、弁護士はどこまでも淡々と読み上げる。

遺書の内容を要約してしまえば、本来の意図と異なる可能性もあるかもしれない。だからこそ、書かれた文章を正確に読んでいるだけだ。

クレフィアは正直ちょっとシュールだな……と場違いな感想を抱き始めた。

開幕様子見ジャブかのようなジェスティーナの遺書は、なんというかまるでジェスティーナが家の中で冷遇されていたかのように感じられる。

いや……実際両親はユリーナばかりに関心を向けていたのであながち間違ってはいないはずだ。

屋敷の使用人が全員この葬式に参加しているわけではない。

だが、確かにこの場にいる屋敷の使用人で、ジェスティーナに付いていた者たちは弁護士が読み上げた内容を聞いてより一層さめざめと泣き始めた。

自ら命を絶った事に不憫さを抱いていた親族たちの視線に冷ややかなものが混じり始める。

他人事のように見ていた者たちも、流石にこの場の空気を読んでしらっとした目をジェスティーナの両親とユリーナ、それからブルーノにも向けていた。

「さて、私は前々からお父様やお母様、それからブルーノ様ともきちんと話がしたい、と申し上げておりました。

しかしながらお父様もお母様もユリーナを優先し、私の話はまた今度、と言うばかりで結局耳を傾けてくれる事はありませんでした。

ブルーノ様も気付けばユリーナの見舞いだと言って、私と会う事はほとんどなくなってしまいましたね。

ユリーナのところに私が行ってそちらでお話しようかとも思いましたが、婚約者同士の会話ならこのような場でするものではない、と言われ、それ以外の内容であれば難しいお話になんだか頭が痛くなってきたわ、とユリーナが言えばその時点で会話は打ち切られました。

ですので、結局お伝え出来なかったことをこの場で伝えさせていただきます」

どうやらここまでは前書きに過ぎなかったらしい。

まぁ、遺書の内容がこれだけなら確かにわざわざ……と思えるものであったのだけれど。

内容がこれだけなら自分を顧みてもらえなかった令嬢の恨み言、として済んだ。

一族からの視線が少しばかり冷ややかになりはすれども、それ以上の事はなかったはずだ。

そう、これだけなら。

けれどそうではない事をクレフィアは知っている。

だからこそ、彼女はこの後に弁護士の口から読み上げられる内容も知っていた。

故に――

平静を保つために、ゆっくりと息を吸い、そして吐く。それを繰り返した。

無心になろうと、同時にそれを周囲に悟られないようひっそりと。

「お父様。以前お父様は私にこう言いましたね。

お前はいずれこの家の後を継ぐのだから、と。そして厳しい教育を課した。

けれども幼い私はそれら全てを受け入れたわけではなかったのだと思います。えぇ、あれはまだ……十になる前の事だったかしら。

何かの勉強にぐずった私にお父様はある物を授けて下さいましたね。

そう、何代か前に王家から賜ったメダイユ。それはいずれ当主となったものが式典や祭典の場で身につける物。

いずれお前が身につけるべきものだから、と屋敷の保管庫に丁重にしまわれていた、メダイユのケースを開ける鍵。お父様は私にそれを授けて下さいました。憶えていますか?

私がまだ当主となる前にもし必要な事があれば、その時に鍵をお父様に一時的にお返しする事になっていたはずですが……幸いと言うべきか、そういった場は訪れませんでした。

けれどもそのせいで、このような事態を招く事になったのかもしれません。

ごめんなさいお父様。あの鍵はもうありません。

お父様から預けられた鍵を私は当時、一等大切にしていたぬいぐるみの中にしまいこみました。

けれどその直後、ユリーナがそのぬいぐるみを欲しがってしまい……せめて中に隠した鍵を回収してから……と思ったのですがその時間も与えられぬままぬいぐるみはユリーナの手に……

そのぬいぐるみをユリーナが大切にしてくれていればよいのですが……

私の記憶が確かなら、そのぬいぐるみは早々に捨てられてしまいましたのできっとあの鍵も……

メダイユを保管しているケースの鍵は特殊なものだとお父様は言っておりました。

複製ができないようになっていると。なのであの鍵がない以上、ケースを開ける事は不可能。

ドラゴンが踏んでも壊れないと評判のあのケースを物理的に開ける事ができればよいのですが……

それができない場合は戴冠式の場にて、お父様かユリーナ……どちらになるかはわかりませんが、メダイユを身につけていない事を事前に報告するか、その場で謝罪する事になるのか……ごめんなさい、私にはもうわからないのです」

弁護士はそこまで読み上げると、隣にそっと置いてあったカップに手をつけた。

遺書がいかんせん長い物であると知ってしまった時点で用意されたものだ。

水を口に含み、飲み込む。

その短い時間で、ジェスティーナの父親の顔色はビックリするくらい真っ青になっていた。

さもありなん……というやつだろうか。

クレフィアもこの国でのメダイユについては知っている。

何らかの功績をあげた家に王家が与える……言わば勲章のようなもの。

ただの社交の場に身につけていく事はないが、しかし次の春に行われる王太子の成人と共に行われる戴冠式では、メダイユを与えられた家はそのメダイユを身につけて参加する事となっている。

義務ではない。

義務ではないが、しかし身につけていかない場合は、王家から与えられたメダイユを売ったか紛失したかと邪推され、更には王家への忠誠も疑われるかもしれない。

そうでなくとも、そんな大事な物を丁重に保管しておきながら肝心の鍵を紛失……など。

鍵だから、という言い訳は通用しない。

メダイユそのものを紛失したと言ってもいいくらいの出来事である。

たとえばその事実をもっと早くに知っていればどうだっただろうか。

そうであればまだ、ケースをどうにかして開ける手段を考え、実行できていたかもしれない。

その結果ケースを開ける事ができなくとも、王家に対して事の次第を報告し、平身低頭謝罪すれば王家に対して思う事はないのだという証明くらいにはなっただろう。

だが……

ジェスティーナにその鍵を預けたのは彼女が十歳になるかどうかの頃。

そこから七年が経過しているのだ。

七年の間にメダイユを身につけて参加する式典などがなかったからこそ、気付けなかった。

今更メダイユのケースの鍵が……なんて王家に報告したところで、何故もっと早くに言わなかったのかと王家だって突っ込むだろう。

ジェスティーナの父とてこんなとんでもない爆弾情報を今知ったばかりだが、王家からすれば長年それを隠してどうにか誤魔化そうとしていたのではないか、と疑ったっておかしくない状況である。

親族たちのジェスティーナの父に向ける眼差しが「うわ信じらんないこいつ……」みたいなものに変わったのを、クレフィアはしっかりと感じ取っていた。

そう、知ってしまった。親族たちが。一部の使用人が。この場にいる葬式の参加者たちが。

身内だけではない、教会の人間、弁護士。そしてクレフィアのような外部の者が。

もしもっと早い段階で――それこそジェスティーナが屋敷の中で父にだけ報告しようとしていたのであれば、まだ内密に事を解決しようという事もできたかもしれない。

だがここで、この場で明かされてしまった以上、内密に……はもうできない。

ジェスティーナの手からユリーナの手に渡ったぬいぐるみが大切にされていたのなら、まだ望みはあった。

しかし遺書には捨てられてしまったと書かれているのだ。

捨てられた直後であればまだ中の鍵を回収する事も可能であったかもしれない。

捨てられてからこのことを知るまでの時間があまりにも長すぎて、最早手遅れである。

「お母様。私はお母様にもお伝えしておかなければならない事がございます。

いつだって身体の弱いユリーナに付き添っていたお母様に、何かの折に私も一緒にいたいと我侭を言ったのだと思います。その時のお母様は、お母様のお部屋にある詩集の一つを手にこれでも読んでいなさいと言って私を遠ざけましたね。

寂しくはありましたが、仕方のない事とも思っておりました。

こどもの面倒を見るというのは中々に大変な事、と私も理解はしております。もっとも、当時の私はまだそこまで理解できておりませんでしたが。

さて、お母様が私に手渡した詩集の中には、小さな鍵が入っていました。まるで栞のように。まるで何かから隠すように。

気になった私は、ユリーナの部屋にお母様がいる隙にお母様の部屋にこっそりと侵入してしまいました。

幼い頃の……若気の至りとお許し下さい。

そして私は見つけてしまったのです。

お母様が大切にしまいこんでいた小箱を。そして詩集に挟まっていた鍵がその小箱を開けるものである事を。

中にはいくつかの宝石が入っておりました。

その中で私は一つの耳飾りに目を奪われてしまったのです。小さな宝石ではありましたが、どうにも私の心を惹きつけてやまなかったのです。

思わず手に取って、それをしばし眺めていました。

けれどあまりにも長い時間お母様の部屋に居続けては、流石に使用人に何か言われてしまうかもしれない。

そう思った私は耳飾りを箱の中にしまって部屋を出る――つもりでした。

部屋の外から聞こえてきた足音と声に、私は思わず耳飾りを手にしたまま箱を閉じ、そうして部屋の物陰に隠れてしまいました。そのままここにいては叱られる、と思ったのでしょう。今にして思えば、という話ですが。

使用人と共に部屋に戻ってきたお母様は私に気付く事はありませんでした。

私は猫のようにするりと開いたドアから部屋を出てそのまま自分の部屋へと戻ったのです。

どうしよう、持ってきてしまった。

返そうと思いました。けれど、お母様に直接お渡しすれば何故持ち出したのかを咎められると思ったのです。

叱られるのが怖かった。

だから私は思わず……持っていたリボンに縫い留めてリボンの飾りであるかのように誤魔化しました。

耳飾りは小さかったので、そのままにしておけば私もうっかり紛失してしまうのではないか、と考えたのです。

だからこそリボンに縫い留めておけば、落として失くす事はないと。そう思ったが故の行動でした。

そのまま次の機会が訪れた時に、リボンごとお母様の部屋にそっと戻しておけばいい。

幼い私の浅知恵とお笑いになって。けれどもあの時はそれが素晴らしい考えだと思ってしまったのです。

そのリボンですが、ユリーナに強請られてしまいました。

流石に耳飾りがあるのでこれは……とどうにか他のリボンではダメかと聞いたのですがユリーナはどうしてもそれがいいとの事。

そしてお母様もその場にいらっしゃいましたね。姉なのだから妹に優しくしてあげなさいと。

お母様はその場で私の手からリボンをひったくるように奪ってそのままユリーナに渡してしまいました。

実はあの時、耳飾りに気付いてしまうのではないかと冷や冷やしたのです。

ですがお母様は何も言わなかった。

リボンの中に縫い留めたとはいえ、一度はお母様の手に渡り、そしてユリーナの元へリボンは渡りました。

考えようによってはあの耳飾りはお母様がユリーナに譲った、ともとれるかもしれませんね。

当時の私はそう思う事にしました。

叱られたくなかったのです。

ところでお母様はその後、大切にしまっていたはずの耳飾りがなくなった事に気付いて大騒ぎしておりましたね。なんでもお母様のお母様――今は亡きおばあ様からのたった一つの形見であったとか。

必死に探しているお母様に耳飾りの在処をお伝えできればよかったのですが、あの時のお母様の剣幕が恐ろしくて私はとても言い出す事ができませんでした。

当時盗んだ疑いをかけられてしまった使用人が一人解雇されてしまいましたが……あの使用人は盗んでいません。

今思えばあの人にも申し訳ない事をしたかもしれません。

ですが、あの使用人は耳飾りは盗んでいなくともお金は盗んでいたので解雇されたのは当然だと思っております。

盗んだ総額と耳飾り……果たしてどちらの価値が大きかったのでしょうか?

今となってはどうでも良い事かもしれません。

ちなみにユリーナの手に渡ったリボンですが。

ある晴れた日、窓を開けた時に強い風が吹いてリボンは窓の外へ飛んでしまいました。

そしてそのリボンをなんという事でしょう、狙いすましたかのようなタイミングで鳥が咥えて持ち去ってしまったのです。

もっと早くお伝えする事ができていたら、鳥を追い、巣を捜索し耳飾りを取り戻す事ができたかもしれません。

ですがこれも最早昔の話なので、果たしてどうなっている事か……

ごめんなさいお母様、私が臆病者なばかりに、真実を今まで伝えられませんでした。

本当に申し訳ございません」

弁護士が読み上げている最中、ジェスティーナの母は顔色を赤くしたり青くしたり白くしたりと大忙しであった。

今は亡き母親からのたった一つの形見であった耳飾りが消えた事件は彼女の中で今でも強く残っている。

必死に探して、犯人だと思われた使用人を鞭打ってそれでも知らぬ存ぜぬという態度だったので解雇し家から叩き出した。

もしかしたらあの後、盗んだ品をどこかで換金するのではと別の者に足取りを追わせていたというのに結局耳飾りを売るそぶりもなかったし、激しく鞭打った事もあってその後は長く生きられなかったようだが……彼女にとってはどうでも良い事だった。

重要なのは耳飾りの在処だったのだ。

使用人一人の命など……

いや、冤罪だったのであれば少しくらい申し訳ない気もしたが、財産を横領していたというのであればそんな申し訳なさはすぐさま消えた。

あの時もっと激しく痛めつけておくのであった……そう思うくらいだ。

そしてその耳飾りがユリーナの手に渡った挙句、鳥が持ち去ったと聞いてジェスティーナの母は意識が遠のきそうな感覚に陥っていた。

確かにもっと早くに知れていれば、周辺の鳥の巣を探すなりさせたかもしれない。

朧気にではあるが、憶えている。

ユリーナがジェスティーナの持つリボンを羨ましがって、強請ったのを。

ジェスティーナがそれを躊躇っていた事を。

身体の弱い妹にもっと優しくしてあげなさい、と言って確かにリボンを取り上げた記憶はある。

けれどそのリボンにまさか探していた耳飾りが縫い付けられていた事になど、気付きもしなかった。

見えるように縫い付けられていたのなら気付けたかもしれない。

けれど、落とさないようにリボンの内側になるように縫い付けていたのであれば。

いや、そうだったのだろう。だから気付かずあの時ユリーナにそのまま渡したのだから。

早くに死んでしまった母の遺してくれたたった一つの形見。

大切にしてしまい込んで、時々それを引っ張り出して眺めて心を慰めていた。

心の拠り所、と言えるものだった。

あの時ジェスティーナの話に耳を傾けようとしていたら、耳飾りは今でも自分の手元にあったかもしれない。

勝手に持ち出した事に怒り狂ったところで、ジェスティーナはもういない。

怒りに任せて今からあの棺の中の死体を引きずり出して叩きつけたところでなんの解決にもならないのだ。

むしろ譲られたリボンを大切にするどころか、窓の近くに適当に置くような事をしていたユリーナに何故もっと大切に扱わなかったのかと言いたい気持ちが芽生えてくる。

王家から賜ったメダイユも、亡き母の形見も。

ユリーナがジェスティーナの物を強請らなければ、何も問題はないはずだったのに……!

そんな感情が抑えきれなくなりそうで、ジェスティーナの両親はユリーナを視界に入れないようにした。

うっかり見てしまえばそのまま勢いに任せて罵ってしまいそうになってしまったので。

ぺらりと紙をめくる音がする。

それは弁護士がジェスティーナの遺書をめくった音だった。

簡潔な遺書であれば紙一枚で終わるのだけれど、ジェスティーナの遺書は遺書というより懺悔なのか告白なのかどっちつかずである。

一枚で終わる内容ではなかった、と知った周囲の人間は次は一体どんな事実を打ち明けられるのかと見守っていた。

「次に、ブルーノ様。

貴方にもお伝えしておかなければならない事があります。

まず、いつから貴方様がユリーナと想いを通じ合わせたのか。それについては最早どうでも良い事です。

婿入りし、私と共にこの家を盛り立てていくはずの貴方様は気付けばユリーナの傍におりました。お母様もそれを咎めたりはしませんでした。その時点でお二人の関係はそういうものと思う事にいたしましたので。

けれどもその時点ではまだ私との婚約がなくなったわけではありませんでした。

なので、せめて直接お伝えしようと思っていた事もありましたが……結局貴方様の傍にはいつだってユリーナがいて直接お話する事は叶いませんでした。

手紙で伝える事も考えたのですが、そもそも以前から私が出した手紙に目を通してはもらえていなかったようなので、この場でお伝えする事をお許しください。

オルフェリス家だけの話ではございませんが、時折ネズミを見かける事がございました。

我が家で増えたというよりも、別の場所で増えたものがこちらの家にやってきたのだ……と庭師がぼやきながら罠を仕掛けていたのを何度か目にしております。

私は考えました。

ここで罠を仕掛けて一網打尽にできれば良いけれど、そう上手くいくわけでもない。

そんな簡単な話であれば私の目にネズミが触れる事もなく、使用人たちのぼやきが耳に届く事もなかった。

食糧庫でいくつかの食料がかじられた、というのも聞いてしまいました。

そうして我が家からかすめ取った食物は奴らが繁殖するための糧となります。

食料に毒を混ぜる事も考えましたが、庭師曰くそう簡単にはいかないとの事。

毒の僅かな匂いを察知して上手く避けるのだとか。小賢しいですね。

なので私は別の方向でアプローチをかける事を考えました。

要は奴らが増えなければ良いのです。

なので私は不妊薬を混ぜ込んだクッキーを焼いてみました。

それをネズミが現れる倉庫の床にそっと設置すれば。それをかじったネズミがもしかしたら、子を産めなくなれば。

罠で大量に捕獲したとしてもその死骸の片付けも大変でしょうから、最初から増えなくなればその手間も省けます。

ところが、いざ不妊薬を混ぜ込んだクッキーを焼いたもののそれはユリーナが持ち去ってしまいました。

私はそれを食べてはいけない、とユリーナに伝えたのですが焼いたクッキーを取り返そうとしたのを煩わしがったユリーナにお姉さまったらうるさいんだから、クッキーくらいでごちゃごちゃ言わないでちょうだい、なんて聞く耳を持ってはくれませんでした。

ところでそのクッキーは、ユリーナとブルーノ様がお二人で食べてしまいました。

ユリーナが作った、と言っておりました。お二人仲睦まじくクッキーとお茶を楽しんでおりましたね。

果たしてネズミにあの不妊薬の効果があるのかはわからなかったので、私、あの薬をかなり大量に混ぜてしまったのです。そんなクッキーをお二人で食べてしまわれた。

一度だけなら……もしかしたら大丈夫かもしれない。

そう思う事にしました。

ですがネズミの問題は解決していなかったので、私はまたもクッキーに薬を混ぜ込みました。

やはりユリーナに持っていかれてしまいました。

そうして何度もお二人は不妊薬の混ぜられたクッキーを食べてしまわれた。

不妊薬、ですので男性に効果がないと思われるでしょう。断種薬とは違うのだから、と。

ですが成分を調べたところ、不妊薬にも断種薬と同じ効果の成分が含まれていると知り、あぁこのままではブルーノ様は不能になってしまわれる……せめて早急な治療を、と思いお伝えしようとしたものの 今日(こんにち) に至るまで伝える事は叶いませんでした。

私との婚約を解消し、家の跡取りはユリーナとすると決めてしまったお父様。

ブルーノ様はもしかしたら不能となっているかもしれないし、ユリーナも不妊になっているかもしれない。

お二人の子が無事生まれると良いのですが……もし手遅れでしたらごめんなさいね」

ネズミの話が出た時点でブルーノは一体それが自分となんの関係が……と思っていた。

しかし全てを聞き終えた今、ブルーノの顔色もまた悪くなっていた。

ユリーナが「ブルーノ様のために作ったの。一緒に食べましょう?」なんて言って出してきたクッキーを、自分は一体何度口にしただろうか。

一度や二度などではない。

その後で度々何かもの言いたげにジェスティーナが視線を向けてきたりお話が……なんて言ってきた事もあったけれど。

婚約者である自分を蔑ろにしてユリーナとばかりいる事を咎められると思ったブルーノは、結局彼女の言葉を聞こうともしなかった。君が何を言いたいのかはわかっている、なんて。

身体の弱いユリーナが今日は少し調子が良かったから、とブルーノと共にいたいと願った以上、それを叶えてやるのが当然だと思っていた。

オルフェリス侯爵も夫人も妹に構ってやらずとも婚約者と共にいなさい、と言った事もなかったから。

結果として自分はもしかしたら子種を作る事ができなくなっているかもしれない。

跡取りも作れないのでは、婿入りの価値は果たしてどこにあるのだろうか。

いや、今からユリーナとの婚約が駄目になったとして、今後の自分の身の振り方は……?

そもそも当主の補佐として支えるはずの男が、それを蔑ろにしその妹に侍っている状況だ。

学ぶべき事を全て学んだというわけでもない。

ユリーナに可愛らしく一緒にいてくださいませ、なんて言われたら断れなかったけれど。

だが冷静に考えてみれば、自分の立場はかなり不味いのでは……?

今更のようにその事実を目の当たりにしたブルーノの顔色は土気色をしていた。

ユリーナが手作りなんて嘘をついて食べさせた、と言えば不能になっていたとして、それに関しては訴えられるだろうか……なんて今更のように考える。

彼女が少なくとも余計な嘘を吐かなければ。

ネズミに食べさせるためだけにこれでもかと薬を大量に混ぜ込んでいたなんて知らなかった。

しかもそのクッキーは短期間に何度も食べてしまったのだ。

う、と思わず口元を手で押さえるが、しかし今更である。

食べて間もない頃ならまだしも、何度も食べてしまった後なのだから。

同時にユリーナもまた顔色を悪くしていた。

今までは、まぁそんな事もあったわね……とどこか他人事のように聞いていた彼女はまだそこまでの事だと認識していなかった。

メダイユに関してはケースをどうにか壊せばいいでしょうと思っていたし、お母様の耳飾りについては自分は知らなかったのだから不幸な事故よねとも思っていた。

ところが、姉が作った美味しそうなクッキーにまさか不妊薬が盛られていたなんて。

てっきりブルーノ様が来ると聞いて、どうにか振り向かせようとした姉の苦肉の策だと思っていたのに。

それを奪った事を悪いとは思っていない。

確かにお姉さまの婚約者だけれど、ブルーノ様が好きなのは自分なのだから。

お父様からもお母様からもブルーノ様からも愛されていない姉なんて、どう扱ってもいいだろうとユリーナは思っていた。だってどうせいつか、姉は捨てられてしまうのだから。だったら今からでも姉の全てを奪ったっていいだろうと、本気でユリーナはそう思っていたのだ。

けれど、あのクッキーのせいで自分に子どもができないとなれば。

姉の立場を奪い婚約者を奪い、あげくに両親にとって大切な物もユリーナが原因で失う形となってしまった今、自分に価値はあるのだろうか……?

跡取りとしての教育などほとんど受けてはいない。ブルーノがどうにかしてくれると思っていた。

自分はただそこにいて愛されていればそれでいい。そういうものだと思っていたのに。

騒めく周囲の声がやけに耳につく。

いっそうるさいと叫んでしまえればどんなに良かっただろうか。

けれどもユリーナが感情の赴くままに叫ぶより先に、弁護士が遺書を読み上げる方が早かった。

「最後にユリーナ。

貴方は昔からお父様やお母様からも愛されていた。ブルーノ様も貴方の事を愛していた。

きっと最初から貴方が家の当主となると決まっていれば良かったのでしょう。

ですが貴方は身体が弱かった。

お父様もお母様もそのせいで貴方を優先していたけれど、それを恨んではいません。

ただ、この先貴方が愛する両親、愛する人に支えられていくとしても、いずれ親は先に死にます。

ブルーノ様が貴方より長生きすると、絶対であるとは誰も言い切れません。

もしか弱い貴方を残して皆が先立ってしまったら。

そう思った私は考えました。考えて考えた末に――魔女の元を訪れました。

魔女に、私の健康と貴方の不健康を取り換えてもらおうと思ったのです。

思えば貴方は私のものをなんだって欲しがった。それはきっと、自分が不健康であるが故の嫉妬だったのかもしれない。私はそう考えました。

だって、ドレスはいつだって貴方が優先で仕立てられていたし、装飾品だってそう。

屋敷の中は常に貴方が優先されていたのに、私を羨む事なんてなかったはずなのです。

ブルーノ様だって結局は貴方を選んだ。

それでも貴方の私に対する態度は変わらなかった。

だから、考えた結果、健康な私そのものを羨んだ結果だったのではないか。そんな結論に至ったのです。

ブルーノ様との婚約が解消されて、貴方が当主となる、とお父様が決めて私の居場所は完全になくなりました。

ならば、私の最後に残された健康を。生命力を。貴方に譲ろうと、そう思ったのです。

魔女には事情を説明して、快く引き受けてくれました。

えぇ、私が命を絶つ数日前には既に私と貴方の生命力は交換されていたのです。

けれど、不思議ですね。

昔から身体が弱いと言われていた貴方と健康状態を交換してからの方が、私は身体が軽く感じたくらいです。

おかげで最後の身支度はとても楽に済ませる事ができましたけれど。

貴方は私の分まで元気に生きてちょうだい。

もっとも……かつての貴方がやらかした事でいくつかの困難が生じるかもしれないけれど。

それでも貴方には貴方を愛してくれる人がいるのだから、皆とその困難を乗り越えられるって信じてるわ。

幸せになってね」

不妊になってしまったかもしれない、と思っていたところに投下された事実にユリーナは何を言われたのか理解が追い付かなかった。

ユリーナとジェスティーナの中身――健康や生命力のどこからどこまでを交換したのかはわからない。

けれどもしかしたら、不妊であったという状態もジェスティーナの方へ交換されたのであれば、ユリーナは不妊ではないはずだ。

けれどもユリーナはここ数日身体がやけに重たい事を実感していた。

ユリーナは確かに幼い頃、身体が弱くよく体調を崩していた。

そうして両親がそれを心配してくれて、いつだってユリーナに優しくしてくれていたのは確かな事実だ。

その後も弁護士は遺書を読み上げていった。どこまでも淡々と。

だがしかし、その内容の大半は大抵ユリーナに起因している。

何か困った事がこの先起きてもそれに関わっているのはユリーナだ。だから使用人に尋ねるよりもユリーナに思い出すように頑張ってもらった方がいい、というような内容が続いた。

「――以上が、故ジェスティーナ・オルフェリスの遺書となります」

そうして弁護士がそう告げた時には。

げっそりというか、ぐったりというか。

とにかく生気というものをどこか遠くに放り投げたようなジェスティーナの両親とユリーナ、そしてブルーノの姿があった。

無理もない。

せめてジェスティーナがお話したい事がある、と屋敷の中で言った時に時間をとってでも彼女の話に耳を傾けていれば、手を打てる事もあったかもしれない。

そうでなくとも、こんな――葬式参加者全員に事情を暴露するような事にならなかったかもしれないのだ。

親族たちはそそくさと席を立った。

この後ジェスティーナの入った棺桶は教会の墓地に埋められる形となるが、そこまでを見送る事はない。

それよりも――親族であれど、この先のオルフェリス家の未来は決して明るくはないのだ。

下手に関わって巻き添えを食らうのは避けたい――と考えた者たちの行動はあまりにも素早かった。

遺書の内容は他言無用で、なんて口止めをする間さえ作れなかった。

故に今後、オルフェリス家に関する話は爆速で広まるだろう。

侯爵家の醜聞としてさぞ社交界を賑わせる事になるに違いないのだ。

特殊保管ケースにしまわれ飾られた状態のメダイユを取り出す事ができなければ、王家主催の式典や祭典などでメダイユを身につける事はできず、王家の不興を買う可能性が高く、ブルーノもユリーナもとにかく早急に医師に診てもらい子を作る事が可能かどうかを調べなければならない。

もし子を作る事ができない、となればオルフェリス家の跡継ぎは絶望的だ。

親類から養子を、と考えるにしても、これだけの醜聞が暴露された状態の家に養子に入ろうと思う者が果たしているかどうか。

この醜聞が男爵家あたりでやらかしたものならばまだどうにか立て直しも可能かもしれない。

男爵家あたりであれば爵位を還し他国へ渡り、というある種の力技でどうにかできるかもしれないが、侯爵家でそれをやると他国に渡ったところで噂はついて回るだろう。

上手く隠したところで、すっかり油断した頃にかつての醜聞を知る者が現れでもしたらとんでもない大打撃である。

身分が高いからこそ、恐らくこの醜聞は消える事がない。

なので養子を迎えるという方法は絶望的であろう。

王家からも不興を買うであろう事が予想される家にわざわざ入り、自ら王家に睨まれたい者などいるはずがないのだから。

仮に、メダイユの一件がどうにかなって、ブルーノとユリーナに子どもが作れる身体であると証明されたとしても、それで解決というわけでもない。

ユリーナは姉が死ぬ数日前から体調不良を患っていた。

幼い頃に確かに身体の調子は悪かったけれど、実のところ成長するにつれて快方に向かっていたのだ。

ただ、ちょっと調子が悪そうにしていれば両親やブルーノが心配して自分に優しくしてくれるから。常に自分を優先してくれるから、身体が弱い振りをしていたに過ぎなかったのに。

幼い頃の辛い状況に近いものが数日続いてここ最近は本当に具合が悪かったが、けれどそこまで悪く考えたりはしていなかった。自分はとっくに健康なのだから、数日安静にしていれば治るだろうと楽観視さえしていた。

だが、姉の遺書にあった事が事実なら。

健康な体を姉は得て、その上で死んだのだ。

不健康な身体をユリーナに譲って。

姉のそれが今までの自分に対しての復讐であればわかりやすかった。

けれど姉は。

ユリーナは気付いていた。

姉が、本当に自分たちを憎んでいたわけではない事を。

確かに幼い頃、ユリーナばかりを優先して寂しいと感じていたのは事実だろう。

厳しい教育に辛いと感じた事だって、ブルーノがユリーナの方に寄り添う事に遣る瀬無さを感じた事だって。

ブルーノとの婚約を解消し、家の跡取りをユリーナに変更し、となった時もジェスティーナに怒りはなかった。

ただ、今後のオルフェリス家にジェスティーナは必要ないと感じたからこそ、自分に差し出せる全てを差し出して幕を引こうとしたのだろう。

結果がトドメを刺しただけだ。

彼女はトドメを刺そうと考えたわけではなかった。

(お姉さまはいつだってそうだった)

声に出せば震えてしまいそうだったからこそ、ユリーナは声には出さなかった。

子を作る事ができるかどうかだけではない。ユリーナは、今の自分が健康体かどうかも調べなければならなくなってしまった。

本来の姉の部屋を奪い、日当たりの悪い部屋で過ごす事となってしまったジェスティーナ。

寝る間を惜しんで厳しい教育を受け続けてきたジェスティーナ。

両親に顧みられる事もなく、姉の全てを奪おうとした妹によって、身の回りの物もほとんどがなくなってしまったジェスティーナ。

心労。疲労。

そういったものを抱え続けてきたジェスティーナの身体は、果たして本当に健康だったのだろうか?

身体が弱い振りをしていたユリーナと、健康だと思われていたジェスティーナ。

姉が自分は健康だと思い込んだ末の行動が、今後ユリーナを追い詰める事になるのは言うまでもなかった。

仮にそれらがユリーナの思い過ごしで済んだとしてもだ。

母の大切にしていた耳飾りを失う形となってしまった事も、それ以外の事も。

原因と言えるべき存在はユリーナなのだ。

今までは自分を大切にしてくれていた両親に、自分の婚約者となったブルーノだが。

果たして今後も、今までと変わりない関係を続けられるだろうか――否。表向き色々と飲み込んだ振りをしたところで、何かの切っ掛けがあれば簡単に噴出するだろう事はユリーナにだってわかる。

今後、ユリーナがどうするのが正解なのか。

彼女は未だその答えを見つけられなかった。

「まぁ予想通りだったね」

教会を出て、クレフィアはそんな風に呟いた。

親族や使用人たちが教会を出ていった後も。

弁護士がその場を立ち去った後も。

ジェスティーナの両親と妹、そしてかつての婚約者たちは動かないままだった。

もしかしてショックで気絶でもしているんじゃないだろうかと思ってそっと様子を窺ってみたけれど、互いが互いに今後の決して明るいとは思えない未来について色々と考えている様子だった。

恐らく正気に戻ったが最後、今まで仲睦まじかった関係は破綻して、修羅場が待っている事だろう。

みっともなく罵り合って終わるだけならいいが、最悪殺傷沙汰になるかもしれない。

「どのみちあの家はお先真っ暗だもの。そうなっても仕方がない、か」

弁護士が読み上げた遺書の内容に嘘はない。

ただ、明かされていない部分があった。

ユリーナによって奪われる形となった物は何も全てが失われたわけではない。

自分の手に入った時点でどうでもよくなって処分されかけた物のいくつかは、ジェスティーナが無事に回収したものもあった。

けれどもそれは明かされていない。

探せばあるのだが、しかしオルフェリス家にはもう存在していない。

何故ならそれらの品々は、依頼料としてクレフィアの手元にあるからだ。

「子どもも作れない夫婦、しかも妻は病巣を本当に抱えてしまったから長くはない。

今まで愛していたはずの両親は、娘のせいで、と怒りの矛先を定めるだろう。

ジェスティーナからユリーナに乗り換えたブルーノだってそうだ。

誰かに殺されるか、殺されなくてもいずれ病に倒れるか。

本当に病で倒れてしまえば、恨みを抱いていたとしても手を下すわけにはいかなくなる。

そんな事をすれば本当にオルフェリス家は終わるからね」

復讐したいなら手を貸すよ。

かつて、クレフィアはジェスティーナにそう言った。

けれどジェスティーナはそれを望まなかった。

復讐だなんてとんでもない。

そう言っていたけれど。

「あたしら魔女が考えた復讐方法よりも、復讐を望まないでやった結果の方が酷くなるんだから。

人間ってのはわからないものだわね……」

幸いにしてそんな 魔女(クレフィア) の呟きは、誰の耳にも届く事がなかったのである。