軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

九、鱠後編(14.06.23改)

翌日、 高順(ガオシュン) が持ってきたのは 調理書(レシピ) だった。

「料理人が作る料理を書き写したものです。大体、主人に出す料理はこの中に入っていると、使用人たちの証言がありました。料理人もこれを作ったと言っています」

高順は帳面を開くと卓子の上においてみせた。魚の湯引きを使った鱠の調理法が書かれている。

猫猫は顎を撫でながらそれを見る。

湯引きした魚に細切りの野菜をくわえて酢であえている。多少、酢の作り方に独特の配合が書かれているが特に変わった料理ではない。

酢の配合は何種類か書かれており、これは季節や手に入る食材によって味が変わるためだろう。材料も何の魚、野菜は事細かに書かれていない。

ふむ、と猫猫は顎を撫でる。

「これでは肝心の何を使ったかわかりませんね」

「そうなんです」

首を傾げながら猫猫が見ていると、横から面白くなさそうに壬氏が来た。手には竜眼の実を持っており、それを割って食べている。中は黒く乾燥したものが出てきた。

竜眼は 茘枝(ライチ) を小さくしたような実で、夏にとれる果実だ。乾燥させたものは桂円肉とも呼び、漢方薬として使うこともある。

「わからないのか?」

どこかうずうずとした様子で卓子に肘をついて猫猫の顔を覗き込む。高順が眉間にしわを寄せて見るが、注意には至らない。

(そこをがつんと言わねば)

猫猫が行儀の悪い壬氏を冷めた目で見ていると、壬氏の手からやんわりと竜眼をとる手が伸びた。

「お行儀の悪い子に 点心(おやつ) は抜きですよ」

ふふふ、と朗らかな笑顔を浮かべた水蓮が壬氏の後ろに立っていた。なんだろう、この雰囲気、猫猫には彼女の背後に暗雲が立ち込めているように見えてならなかった。

「わかっている」

壬氏が眉を下げ、肘をつくのをやめ、正しい姿勢になると、ばあやは「よろしい」と頷きつつ、竜眼を壬氏の手に戻した。

甘やかしてばかりいるばあやだと思いきや、ちゃんと行儀作法には厳しい一面があるのだな、と猫猫は思った。

多少話がずれたが元に戻すとする。

「事件が起きたのはここ最近ですよね?」

「一週間ほど前です」

時期としてはまだまだ寒い。鱠といえば 胡瓜(きゅうり) が一般的に使われるが、この季節であれば、他の根野菜を使うだろう。

「材料は、大根か 胡蘿蔔(にんじん) といったところですか?」

冬場でも使われる野菜は限られる。食材には旬があり、食べる時期も限られる。

「それが、海藻を使ったといっていまして」

高順の言葉に猫猫は「あっ」と口を半開きにする。

「海藻ですか?」

猫猫が聞き返す。

「海藻です」

高順がもう一度言った。

海藻は食用としても漢方としても使われる。

鱠の材料として使われることもあるだろう。

その言葉を聞くと、猫猫はおもわず頷いていた。

(珍味を好むということは)

多少、変わった海藻を入れることもあるだろう。

にやりと口の端が動く。半開きになった口から八重歯がのぞいているだろう。

それを、壬氏たちがぽかんと見る。

目を細めながら高順を見る。

「もしよろしければ、その家の厨房の中を見せてもらうことはできませんか」

猫猫は駄目元で高順に言った。

高順の手配は早く、翌日には猫猫は例の料理人の厨房に入る手はずになっていた。すでに、事件を取り扱った役人たちはもう終わったものと見ており、簡単に入れたらしい。普通はそうだろう、高順の知り合いというのがこまかすぎると周りは見るはずだ。

屋敷は都の北西に位置し、周りはどれも立派な家ばかり並んでいた。宮廷のある街の北側は、主に高級官僚ばかり住むのでこんなものだろう。

屋敷では疲労で痩せた奥方が眠っているとあって、下男が代わりに通してくれた。すでに奥方の了承は取っているから問題ないというが。

(下男ねえ)

猫猫は不思議に思いながら、その場所へと向かう。

連れには、高順が手配した官がついているが、猫猫のことをいぶかしんでずっと見ている。あまり快く思われてないようだが、高順の命令なら聞くようで今のところ特に問題はない。武官だろうか、まだ年若く身体は完全にできていないが、全体的に無駄のない動きをする。誰かに似ているなあ、とふと思った。

猫猫としても、別に仲良くなろうと思わないのでそれでいいと思う。

運のいいことに、毒物を使った食を作ったとして、厨房は事件ののち使われていなかった。

猫猫はてくてくと厨房に入ろうとしたときだった。

「なにをやっている!」

目を吊り上げながら男が猫猫のところへと走ってきた。上等な服を着た三十路ほどの男だ。

「勝手に屋敷に入るな、でていけ! お前か! こんな奴らを連れてきたのは!」

案内してきた下男の襟をつかむ男。

猫猫は半眼で見ていると、連れだった官が一歩前に出た。

「ちゃんと奥方の確認はとっています。それにこれは仕事ですので」

暴力的な男に対し凛とした口調でいい返す官を猫猫は心の中で拍手した。

「それは本当か?」

男は襟をつかんだ手をゆるめた。

下男はげほげほむせながらそれを肯定する。

「入ってもよろしいか? それとも、なにか不都合でも?」

官の言葉に、男は舌うちをしながらも、「勝手にしろ」と吐き捨てた。

こん睡状態になったということで役人の奥方は倒れたらしく、役人の弟が屋敷を取り締まっていた。それが先ほどの男らしい。

猫猫は厨房の中を見回す。

さすがに調理器具は料理人が洗ってしまったらしく綺麗に片付いていたが、食材は魚といった腐りやすい生もの以外そのままにされていた。

猫猫は厨房の中という中を探し回った。

そして、目当てのものは棚の奥で簡単に見つかった。

小さな壺に塩漬けにされたそれを見て猫猫はにんまりと笑った。

「これは?」

猫猫は顔色が悪そうな下男に聞いた。下男は目を細めて壺の中を見る。よくわからない、という顔をするので、一掴みとると水瓶につけて見せた。

「これならどうですか?」

「ああ。これは旦那さまが好きなやつだ」

下男はいつも食べているものだから毒なんてあるわけないよ、と教えてくれた。奥方にも信頼されているようだし、嘘を言っているようには思えない。

「だそうだ。早く帰ってくれ」

自棄に苛立たしげに男が言う。じろりと猫猫の手もとの壺を睨んでいる。

「そうですね」

猫猫は壺を元の場所に戻した。一掴み、袖の中に隠しいれて。

「ご迷惑をおかけしました」

猫猫はそう言うと厨房を後にした。それでもしばらく、後ろから刺さるような視線は消えなかった。

「なんで簡単に引き下がった?」

帰りの馬車で若い武官が猫猫に言った。

「引き下がったとは思っていません」

袖から塩にまみれた海藻を取り出すと、猫猫は手ぬぐいに包んだ。袖が塩だらけになって気持ち悪いが、ここで落としたら目の前の武官に怒られるだろう。

「これ、不思議なんです。この海藻が取れる時期にはまだ少し早い、だからといって、塩漬けにしたところで今の時期まで持つものでもありません」

ずいぶん季節外れな食材だった。

「だから、この近辺でとれたものではないと思うんですよ。たとえば、交易で南から仕入れたものだとか」

猫猫の言葉に武官は目を見開いた。自分のすべきことがわかったらしく、詳しい説明はする必要がないだろう。

あとは猫猫がやることだけだ。

翌日、高順に頼んで使っていい厨房を準備してもらった。宮廷内にある役人の詰所で、夜寝泊りできるようになっているらしい。

猫猫は、前の晩から用意していたものをそこで調理する。

調理といっても大したことじゃない、水につけて塩抜きしたものを盛るだけだ。

簡単な作業だが、ことがことだけに壬氏の棟にある厨房を使うべきではないと思って、別に用意してもらった。

そして、今、二つの皿が猫猫の前にある。昨日、こそっと持ってきた海藻を二つに分けて水にさらしたものだ。鮮やかな緑色をしている。

猫猫の前には、高順と事件について相談してきたという官、昨日、猫猫を案内した武官、それからなぜか壬氏もいる。野次馬根性を見せると水蓮に行儀が悪いとまた怒られるぞ、と猫猫は思う。

「調べてきたら、その通りでした」

淡々と若い武官は言った。

昨日の海藻は、南から商人に持ち込まれたものだった。

「あの後、もう一度、下男に聞きました。そういえば冬場にあの海藻を食べることはなかったと。他の使用人たちにも聞きましたが、概ね同じ答えが返ってきました」

そんな中、首を振るのが事件を相談してきた官だった。

「この海藻についてはもう話は料理人に聞いている。普段使っている海藻と同じ種類のもので、毒のはずがないといっている」

猫猫はそれには賛同する。同じ種類の海藻だ。

でも違う点があるとすれば。

「毒がないというわけじゃないんですよ」

猫猫は箸で、皿から海藻をつまみながら言った。

「もしかして、南ではこの海藻をあまり食べる習慣がないのでは、ないでしょうか? 今回、美食家の役人の言葉で、金になると思った交易商がわざわざ地元民に海藻の塩漬けを作らせたとしたら?」

「……それのどこが問題になるのだ?」

たずねたのは壬氏だった。今日は人前のためか、最近見せる妙に気が抜けた雰囲気はない。高順はともかく近くにいる二人の官はどこか居心地が悪そうに美貌の宦官を見ている。

猫猫は楽しそうに箸を弄びながら言う。

「毒が無毒になることも世の中あるんですよ」

その方法はさまざまだ、鰻の血は本来毒があるが、血を抜いたり加熱することで食べられる。今回の場合、たしか石灰につけることが必要だと猫猫は記憶している。

そして、猫猫が二つに分けた皿には、石灰につけたものとそうでないものがある。今、箸でつまんでいるのは昨晩石灰を用意してもらって漬け込んだそれだ。

猫猫はぱくっとそれを口にする。周りが慌てて、何をやっていると詰め寄る。

「大丈夫です、たぶん」

実は知識としてきいたことがあるだけで、一晩漬け込んだだけで無毒化できるかよくわからなかったりする。

これも大切な検証だ。

「たぶんってなんだ!」

「ご安心を。ちゃんと嘔吐剤はここに」

ばんっと、胸元から煎じた薬を置く。

「自信満々に言うな!」

結局、高順に後ろから抱え込まれ、壬氏に無理やり嘔吐剤を飲まされてしまった。おかげで、殿方四人の前でげぼげぼと吐く羽目になった。

嫁入り前の娘を何だと思っているのだろう。

ちなみに嘔吐剤はまずさで吐くようなものなので、すこぶるまずい。

気を取り直して、猫猫は言った。

「ここで問題なのですが、交易商人に海藻の塩漬けを持ってくるよう提案したのは誰でしょうか」

わざわざ食べることもない地方から取り寄せるなんて真似をした。

「昏睡に陥った当人であればある意味自業自得ですね」

でも、違ったら。

そして、毒になる可能性を知っていたとすれば。

(これはあくまで予測だけど)

十年前にあった事件、それを糸口に思いついた可能性もなきにしもあらず。

ここにいる者たちは賢い。それ以上言う必要もないし、言うつもりもない。猫猫は、小さな人間だ。誰の罪をどうこうしようというなんて深く考えたくない。

「わかりました」

高順は猫猫が言いたいことがわかったらしく、ゆっくり頷いた。

猫猫はほっと息を吐くと、目の前にあった海藻をつまんで食べた。今度は、もう一方の皿である。

そして、もう一度、顔を真っ青にした壬氏たちに無理やり嘔吐させられる羽目になった。