軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三、桃花書店

翌日、 猫猫(マオマオ) はいつも通り仕事をする。

『 張三(チョウサン) 』原作の本は、すでに緑青館の妓女たちに回し読み済みだったので、猫猫が持って帰っても問題なかった。

陽も短くなってきたので、仕事の合間に読もうとおいていた。

「へえ、珍しい物持ってきたな」

興味を持ったのは 李(リ) 医官だ。真面目で四角四面だった先輩医官は、最近は肩幅が四角になっていた。筋肉の育ちがいいからと最近は鶏肉ばかり食べていて、猫猫は皮部分をちょうだいしている。

( 白鈴(パイリン) 小姐に紹介したら喜びそうだ)

だが 李白(リハク) と変な空気になったら困るのでやめておこう。

「よろしければ読みますか? 私はまだ手が空かないので」

猫猫は薬を紙で包んでいる。

「いや、これは……読んだことがあるな」

「意外ですね。そういうもの読むんですか?」

「子の一族の乱のあとは、筍のようにぽこぽこ話が出回っていたからな。それ以前に本の普及も増えていたし、流れで医局でも回し読みが増えた」

壬氏(ジンシ) が後宮内で小説を流行させた結果だろうか。

「初期の頃はきわどい内容の本が多く出回っていたが、そのうち怪しいものは消えていったのを覚えている。その本は流行が下火になってきた頃に読んだ覚えがある」

「いつ頃ですか?」

「西都に行く前だな。二年は経っていないと思う」

猫猫は 暦(こよみ) を頭の中で確認する。子の一族の乱から一年後くらいだろうか。

「こういう話が読みたいならよくある本屋を紹介するぞ。 醜聞(ゴシップ) 好きな店主を知っている」

「へえ、李医官ってそういう店に行くんですね」

「い、いや。つ、付き合いだからな!」

李医官は猫猫に必死で弁明をする。握った拳は筋張っていて青い血管が浮いて見えた。

「……この作者ってどんなかただと思いますか?」

「どんなって言われても。うーん、意外と綺麗な文章だから教育は受けているんじゃないか」

「他には?」

「他にはと言われても……」

李医官は本を片手に唸る。

「たまに役人崩れや科挙を諦めた連中が金のために流行りものに手を出すことがある。そういうものは文章としては綺麗なんだが、なんというか特有の空気が流れているのはわかるか?」

「わかる気もします」

どこか小莫迦にした雰囲気になる。

「でも、この本はそれとは空気が違うんだよな」

上手く説明できないようだ。

猫猫は李医官がちゃんと言語化できていない部分がわかる気がした。

「とりあえずその醜聞好きの店を教えてくれませんか?」

「結局、行くのか?」

李医官は記帳用の紙を一枚とるとさらさらと筆を滑らせる。

『桃花書店』と書かれてある。都の西の端にあるらしい。

「桃花……」

猫猫のじっとりした視線に気づいたのか李医官が慌てる。

「そういう店じゃない!」

「ええ、わかってますよ。ありがとうございます」

猫猫は頭を下げると、紙を懐に入れた。

仕事が終わると猫猫はすぐに紹介された書店へと向かう。

「すみません。都の西門まで」

珍しく馬車を頼んだのは時間短縮と帰りも送ってもらうためだ。普段なら少しだけ 吝嗇(けち) な猫猫であるが、冬は日が落ちるのも早い。変に遅れて馬車がなくなるよりもいいと思ったからだ。

桃花書店は、西門の通りから一本中に入ったところにあった。ちょうど馬借が書店を知っていて助かった。たまに物好きが大量に本を買って帰るので、その往復に行くことがあるそうだ。

「では、帰りもよろしくお願いします」

「次の鐘が鳴る前に戻ってくれよ」

「わかりました」

猫猫は書店の中に入る。中は薄暗く独特の紙の匂いがする。所狭しと本棚に本が詰まっており、入りきれない書物は床に置かれたままだった。

「すみません」

猫猫は奥へと入っていく。

「すみませーん」

「なんですかー」

眠たそうな声が聞こえてきた。

のっそりと出てきたのは恰幅の良い体型の女だった。年齢は三十路をいくつか過ぎたくらいだろうか。手には皿、箸にふかした大根が刺さっている。

「あー。店じまいするの忘れてたー」

刺した大根をひとかじりする女。膨らんだ餅のような頬はやたらつやつやしていた。

「買うなら早く買ってー。夕餉を食べたいからさ」

女は閉店の看板を表にかける。猫猫だけは待ってくれるようだ。

(買い物してやりたいところだけど)

「申し訳ありませんが、この本について知りませんか?」

「この本?」

女は猫猫が持ってきた本を見る。

「あー」

ぽんと手を打つと、床に置かれた本の山を漁り始めた。

「これのこと?」

「それです」

女が見せたのは猫猫が持ってきた本と同じ本だった。題名も作者名も同じだ。中の文も同じだが、書いている人間が違う。

手書きの写本ならどちらかが写した物だろう。もしくはどちらも写したものかもしれない。

「へへへ。その本、なかなか面白いっしょ。まあ、王道というかご存知、我らが月の君の話を知っていれば結末なんてわかりきった話ではあるんだけど」

女は残った大根を食みながら続ける。

「些細な描写なんかが妙に臨場感があって好きなのよね。まあ、流行遅れだし今は似たようなもんが二束三文で売られているんだけどね」

女は本棚に入りきらなかった本を叩く。似たような題名の作品ばかりだ。

「この本の作者は知りませんか?」

「……知らない。少なくとも『張三』なんて作家はいないね」

「本当ですか」

疑う猫猫に女はくるりと回った。巨体といってもいい体なのに妙に軽やかに見えた。

「ああ。少なくともこの店にある本の中で、そんな作者の作品はなかったよ。食っていけない詩人くずれが名前を変えて出しているのかもしれないけど、そんな風には感じなかった」

女は若くも美人でもない。だが、この店の中では絶対的な存在であると猫猫にはわかった。ある意味、本屋という城の中の女城主だ。

「あっ、でも」

女はぽんっと手を叩くと、本の頁をぺらぺらめくる。

「この言い回しは北部特有のものだから、子北州出身の可能性は高いね。教養はわりかしあるほうだろう」

猫猫は目を丸くしつつ、ごくんと唾を飲み込む。

「もしかして、上流階級の女性の文ですか?」

何を思っていると猫猫は自分で思った。

「……いいや、違うだろうね。そういう癖は見られない」

「……」

猫猫はわかり切っていた答えにがっかりしていた。

「誰か知り合いが書いたものとでも思ったのかい?」

「ええ」

「知り合いじゃなかったとしても、作者について知りたいかい?」

「わかるんですか?」

猫猫は身を乗り出す。

「作者はわからなくても写本を作っている奴はわかるかもしれない。私なら筆跡を調べることは朝飯前さ。あとこれと同じ本が売られてきたら、どこから手に入れたか聞いとくし、とっておけばいいかい?」

「お願いします。お礼は――できる限りします」

猫猫とて、まあまあ貯めているのだ。

「よーし、この 熊猫(ションマオ) 小姐におまかせよ」

「熊猫?」

「何か?」

「いいえ。大変馴染みがある名前だと思っただけです」

猫猫は文字通り熊猫のような女に言った。

「で、あんたの名前は?」

「猫猫です」

「私もあんたの名前にとても馴染みがあるよ」

そのとおりであった。