軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十六、女子会

克用(コクヨウ) の文に書いてあったとおり、 妤(ヨ) は都に帰ってきた。

(確かにまいっているな)

猫猫(マオマオ) はひと月ほどでしっかり痩せてしまった妤を見て痛感した。むしろまだ十代半ばの娘が一か月も耐えたことが偉いと感じる。

「私、まだやれるんですけど」

やれる、それは本当だ。だが、このまま続けさせると――。

「続けられるでしょうけど、再起不能になりますよ」

燕燕(エンエン) が言った。

「人間の体というものはある程度回復しますが、限度があります。一気に頑張りすぎて壊れるより、一度休んでまた復帰できるようにと配慮して帰していただいたのでしょう? ならば、英気を養うのが大切です」

「で、でも」

「私たちができない仕事をやっているのですから」

(まともなことを言っている!)

猫猫は一瞬驚いたが、燕燕は基本常識人だ。 姚(ヤオ) が関係しなければ、真っ当なことを言う。

姚に恩義があるとはいえ、燕燕の執着はちょっと異常なのでもう少しおさまってほしいところだ。

「そうです、健康は第一に考えて」

長紗(チャンシャ) も燕燕の意見に同意する。

「少なくとも、 劉(リュウ) 医官は医官を使い潰そうなんて考えていないわ。官女に対しても同じ。役に立たないならさっさと切り捨てるところはあるけど、こうして休みを与えられている以上、妤は役に立つと考えられているのよ。そこは誇りに思ったほうがいいわ」

姚も言った。

「ええ、ええ。何より妤さんに今大切なのは体力ですよぅ。体重も足りませんねぇ。ということで今日はじゃんじゃん食べましょう!」

「なんで 雀(チュエ) さんがいるんです?」

猫猫は率直な疑問を口にした。

今、猫猫たちがいる場所は、宿舎の近くの飯店だ。個室も用意できるので、女だけで飯を食べていても変な客に絡まれることはない。

妤が戻ってきたことを機に一度集まらないかと長紗が提案したのだ。ちょうど皆が早番だったので、急遽飯屋に入ったのはいいがおまけがついてきた。

「いやあ、雀さんのことはお気遣いなくぅ。だって、皆さん雀さんのことはご存知でしょうし、お部屋を借りるのもお金かかりますでしょう? より多くの人数で分けてしまったほうが安上がりですよぅ」

「その理屈はわかりますが、この中で一番食べそうなのは雀さんですよね?」

「ふふふ、ふふふふ。いいじゃないですかぁ、猫猫さん。みなさんの要望にあったお店を瞬時に探し出すことができたのはこの雀さんのおかげなんですよぅ」

「まあ確かに」

個室があり、薄味でも美味しく、なおかつ宿舎に近い。入り口が地味なので猫猫も入ったことがない店だった。こんないい店があるのかと猫猫は感心する。

長紗は、卓を回って茶を注いでいる。猫猫としては酒が飲みたいが、姚の体を考えると酒は控えたいし、妤もまだ体力が落ちている。長紗ならいけそうな気もするが、茶を注いでいる時点で酒を頼む気はなさそうだ。そうなると猫猫も空気を読んで合わせるしかない。

「さてさて、みなさん、楽しく美味しくいただきましょうねぇ」

雀が部屋に入ってきた店員から料理を奪い、卓の真ん中に置く。透き通った皮の餃子が入った蒸篭や、ふんわりとした卵が浮いた汁物が並べられる。基本、薄い塩味だ。調味料で味を調整するので、姚にぴったりの料理といえよう。

「妤はそんな気分じゃないと思うけど、まず食べてから体力を回復しよう。正直、ここで何も食べないで回復しないと現場に復帰できるものもできないよ。それとも、もうあんな場所に戻りたくないならずっと痩せたままでいたら?」

長紗は普段の猫猫たちへの話し方とは違いずいぶん口調が砕けていた。同輩ということもあって、やはり猫猫たちより妤と距離が近いのだろう。

妤は一瞬顔をむっとさせたが、大きく息を吐くと蒸篭に手を伸ばした。

「はいはーい、ちょいお待ちを。雀さんが皆さんの分もとりわけちゃいますよぅ」

しゅたっと取り皿を指先でくるくる回す雀。あまりに器用すぎるため、誰も右手が使えないとは思わない。左手が通常の倍以上動く上、右手は麻痺していない肘から上をうまく動かして左手の補助に使っている。

「別にとりわけなくても大丈夫よ」

姚が自分で箸を伸ばす。燕燕が姚の分を取り分けたくてそわそわしていた。

「いえいえ。姚さんたちは自分で勝手に取るのは問題ないですよぅ。しかし、後輩としては先輩が手を付けた料理しか食べられないという暗黙の了解があるということも忘れないでくださいましぃ。無礼講、大いに結構、しかしここには酒がない。っということで、雀さんとしてはとりあえず全種類軽く取り分けて、あとの残りを食べたい人がむしゃあってことで無問題」

「私、いくつか食べられそうにないものあるんだけど」

「それは雀さんに渡してくださいなぁ。残さずきれいに平らげてしまいますよぅ」

「残す分は問題ないんじゃないかしら?」

上流階級の間では、使用人に残り物を食べさせるという習慣がある。

ともかく持ってこられた料理が全部配られたので、みんな食べ始めた。

交流、情報交換も含めた食事会なので、皆は食べながら話す。

「妤さん。体力回復に集中しろと言ったところで申し訳ないですが、閉鎖された村の情報を教えていただけますか?」

食欲が無くなるような話題だったが、妤は猫猫の質問に対して前向きだった。

「はい、状況としては芳しくありません。ただ、私が昔見た光景に比べると、ずっとましだということは言えます」

昔、妤が住んでいた村は、妤たち家族を含めた数人しか生き残らなかった。

「感染者はどのくらいいますか?」

「村の人口はおそらく三百人くらいで六割ほどの人間が完全に隔離されています。死亡者も出ています。おそらく完治したと思われる人たちが少しずつ手伝ってくれていますが、感染の速さのほうが早いですね」

妤は冷静に言っているが、周りの顔色は青い。雀だけぱくぱく料理を食べているが、猫猫も餃子を口に放り込む。

「このまま村の中で終息するのを待つというのが上級医官たちの考えかしら?」

「はい。ですが――、すでに何人か脱走を企てて一人逃げてしまって」

「大丈夫なの?」

長紗が顔を青くしているが、箸はかろうじて葉物野菜の炒め物に伸びていた。

「すぐに捕まえました。また、脱走者に接触した人物も一時隔離をしてもらい、問題なかったようです」

「それはよかった」

猫猫もそう思うが、一つ気になることがある。

「話を聞くに、隔離しやすい村なんですよね? 言い方を変えれば、比較的他の村や町とは離れており、交流が少ない場所でしょう?」

「その通りです」

「では、感染源はどこからでしょうか?」

猫猫の質問は、誰かを責めるものではない。ただ、どこから病の元が来たのか確認したかった。

「それがわからないんです。実は最初、小さな子どもばかりかかっていたので水疱瘡だと思っていたら、大人もかかり始めたそうで発見が遅れたようです」

「行商人などは村には訪れないんですか?」

「何組か訪れた人はいましたが、誰も疱瘡の類ではなかったみたいです。ただ、子どもの一人は一度、親に連れられて近くの町に連れていかれたそうなので、そのときにもらってきたのではないかと言っていました」

妤はそう答えつつも、納得していなかった。

「おかしいですよね」

「おかしいですね」

「何がおかしいんですかぁ?」

雀は粥にたっぷり酢をかけながら聞いた。

「子どもがたとえば町で感染してきたとします。では、その町で疱瘡は流行しているのかと言えば」

「していません」

妤が言った。

姚たちも猫猫と同じようにおかしいと思っている。

「じゃあどこからその疱瘡は来たのか?」

疑問が浮かんでくる。

病の発生はどういうものか猫猫もくわしくわからない。ただ、その原因となる微弱な毒が体に入ることで起きると考えられている。

「その最初にかかった疱瘡の子どもから、話は聞けませんかね?」

「……死んだそうです」

猫猫は額に左手を置く。空いた右手は汁物の卵を匙ですくった。薄味なのか、ほとんど味がしなかった。

「感染源が隣町にあったなら怖いんですけど」

「ええ、村を隔離したところで、そちらで流行ってしまったら意味がありませんからね」

「ちょっと待って。もしその町に感染者がいたとして、もう流行っていないのなら死んだか治って、もう他の人にうつす心配はないんじゃない?」

姚の意見はもっともなようだが、一つ抜け落ちている部分がある。

「疱瘡患者は遺体でも感染させるんですよ」

「はい、一年くらいは気を付けたほうがいいと言われており、遺体は土葬ではなく火葬が望ましいのです。衣服なども血や皮膚が残っていたら危険なので消毒しないといけません」

「本当なの?」

本当だ。姚は疱瘡についてそこまで詳しくない。他に覚えることが多い医官手伝いの官女なので、知らなくても当然だ。姚だけでなく燕燕や長紗も初めて知ったような顔をしている。

「つまりー、子どもに疱瘡をうつした人が町中で死んでいてそれを誰かが見つけたらなんか嫌なことになりそうですねーということですかねぇ」

「まあ、そういうことも考えられます」

最悪なことを考えるとそうなるが、物事には優先順位があり、あるかもわからない遺体を探すなどという真似は今のところできないだろう。

それよりも他の解決方法を考えるべきだ。

「克用はどうしようかと話していましたか?」

やたら軽い男のことを思い出す。

「はい、お医者さんはなんとか予防する方法を考えていて」

「牛を探しているようでしたけど」

「はい。牛の疱瘡について調べているんだと思います」

猫猫は目を大きく開ける。

「牛の疱瘡ですか?」

「お医者さんは牛の疱瘡をもとに予防できると考えているみたいで」

「ちょ、ちょっと待った! 前には克用はそんなこと言ってなかった気がするんですが。克用の師匠の研究は残っていないとかなんとか言って」

猫猫は食い気味に妤に近づく。あまりに近づきすぎたので、間に雀が入って止める。

「どーどー」

「どういうことですか?」

「お医者さんも多分自信がないんだと思います。牛の疱瘡をうつせば、人間の疱瘡よりも軽い症状で病気に耐性ができるのではと考えているようです」

「じゃあ早速牛を探しに」

「待ってください、猫猫」

「待ちましょう、猫猫さん」

燕燕と雀が今にも飛び出しそうな猫猫の手をそれぞれつかむ。

「牛の疱瘡にかかっても疱瘡にかかる場合があるそうです」

「……それって意味ないじゃないですか」

「はい。疱瘡に対して耐性ができる場合とできない場合があったそうです」

妤は右手と左手の人差し指を立てる。

「お医者さんの双子の弟さんは牛の疱瘡にかかることで人間の疱瘡にかからなくなりました。でも、お師匠さんは牛の疱瘡にかかったのに人間の疱瘡にもかかってしまいあまりに苦しむのだからと楽にしてあげたそうです」

楽にする、つまり殺したということだ。

(ああ、そういうことか)

克用の過去の話と辻褄が合う。そして確信が持てないからこそ、まだ猫猫に対処法があるとは言わなかった。

猫猫ならとりあえず牛の疱瘡で試しただろうし、試したところで人間の疱瘡に触れないとわからない。

(おやじの話がなければ試したのに)

猫猫はぐっと唇を噛んだ。 羅門(ルォメン) に負担を強いてまで猫猫は試せないのだ。こういうことを先読みする能力はさすが羅門といえよう。

「さてさてなんだか妙な空気になってきましたところですが、なんと今晩の主役が来ましたよぅ」

雀はじゃじゃんと家鴨の丸焼きを持ってきた店員を招き入れる。

丸々太った家鴨はとても美味しそうだったが猫猫は気になることを聞いた。

「雀さん、もしかしてこの家鴨は雀さんの持ち込みじゃないですよね?」

「ええ、残念なことに。持ち込めたらよかったのに」

猫猫は少なくとも 馬閃(バセン) の愛家鴨ではないことがわかりほっとした。