軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三、仙人の里

馬を走らせて 一時(にじかん) もしない場所に目的地はあった。

「ここですか?」

「ここですよぅ」

門構えは立派、大きさの意味で立派だがやや古びている。かつてはもっと明るい色合いだったろう門や柱は、かすかに塗料を残すのみ。大きな 扁額(へんがく) は日焼けと雨風の劣化で、書かれていたであろう筆文字はかろうじて『紅梅館』と読むことができるくらいだ。

(覚える必要もなかろう)

猫猫(マオマオ) は 雀(チュエ) についていく。

「雀さん雀さん」

「なんですか、猫猫さん」

いつものやりとりをしつつ猫猫は周りを見る。

「ここって本当に寺なのでしょうか? 寺っぽくない名前でしたけど」

「寺というより牧場に近いですねぇ」

雀のいう通りだった。周りには馬や牛、それから鶏がいる。全体的に家畜臭い。

また、自給自足をしているのか広大な畑があり、いろんな野菜がたくさん植えてある。

「おおっ、おおおおお」

「はいはい、猫猫さん。生薬の類を見つけてもとってはなりませんよぅ。怒られちゃいますよぅ」

猫猫は雀に首根っこをつかまれて引きずられる。雀の利き手はほぼ使えないはずだが、馬に乗るのもこうして片手で猫猫を引きずっていくのもできる。

猫猫は牧歌的な光景を見ながら確認する。

「野菜に生薬、それから滋養が付きそうな家畜がたくさんですね」

「そうですねぇ」

「ここは寺とか言っていますが、本当は金持ちの道楽の里とかじゃないですか?」

「どうしてそう思うんですかねぇ」

「みんな、健康的で肌がつやつやしていますねぇ。質素に見えますけど栄養状態はかなりいいのではないでしょうか? 一見古ぼけた建物ですが、補修はしっかりされています」

雀がそのとおりとうなずく。

「たまにいらっしゃいますよね。世俗には飽きたから質素に田舎で暮らしたいという人」

「反論しようにもないですが、まあ似て非なるものでしょうかねぇ。ここにいるのは、そんなお金がある人たちが集まってできた施設。まあ、ある意味、道を究めようとする道士の集まりといったところでしょうか」

「道士ですか?」

猫猫が確かめるように言うと、雀は手でおおきく丸をつくる。

「ええ、食によって人はどれだけ長生きできるか。不老不死の羽化登仙という夢物語を論理的に考える人の集まりで、猫猫さんは好きだと思いますけどねぇ」

「……嫌いじゃありませんね」

猫猫は半信半疑の目を向けつつも顔はにやけていた。

医食同源という言葉があるように、長生きするにはその食生活は大いに関わってくる。

家畜の臭いがきついが、不衛生ではない。糞は垂れ流しにするわけではなく一か所に溜めている。中で発酵しているらしく白い湯気が見えた。

牛もおり乳房の大きい牝牛が多い。牛の乳を食料として利用しているのだとわかる。

池や川にも罠用の籠があるので、海老や 泥鰌(どじょう) 、 鰻(うなぎ) もとれるのだろうか。

(ここの飯、めちゃくちゃ美味いのでは?)

猫猫はちょっとした期待を胸に抱いてしまう。もっともごちそうしてくれるという保証はない。なぜなら――。

「あー、いましたよぅ。ほらあそこあそこ」

大きな鳥小屋らしき建物の前に男女二人いる。

一人は 馬閃(バセン) でもう一人はたおやかな女性だ。

(成長したなあ)

前に会ったときよりもずいぶん身長が伸びている気がした。猫猫よりも小さかった気がするが、今はこえているだろう。すとんとした体型はおそらく変わらない。色白の肌と桜桃の頬は、少し焼けていた。粗末な服は華やかと言い難く、丈夫さが取り柄といってもいい。ただ、継ぎはぎになっていないだけ、まともな衣服といえよう。

かつて後宮の四大権力者である上級妃だったとは思えない娘、 里樹(リーシュ) がいた。

「さあ猫猫さん。こちらへどうぞ」

雀がわざとらしく手に木の枝を持っている。木の影に隠れたところで持っている意味はあるのかというつっこみは面倒なのでしない。

「状況説明をよろしくお願いします」

「前に猫猫さん、主上に義弟くんが手柄を上げたら妃を下賜したらどうですかみたいなこと言ってませんでした?」

「よく覚えていませんし、少なくともその場に雀さんはいなかった気がします」

猫猫は遠い記憶をたどる。

「実は里樹さまが誰かと結婚なさることを反対する御仁ってそんなにいないんですよぅ。世間的に文句を言う人はたくさんいましょうが、主上は里樹さまを娘のように思っておいでです。卯の長もかわいい孫娘がこのまま出家したままでいいと思っていませんし、そういう働きかけを馬の一族からされて悪い気はしていないと思うんですよぅ。でなきゃ、こうして義弟くんをお仕事という名目で里樹さまに会わせたりしないでしょう」

雀は、ぱちりと片目を瞑ってみせる。

『だんだん寒くなってきました。お加減はいかがでしょうか?』

『はい、大丈夫です。仕事も慣れています』

雀が馬閃と里樹の唇を読んでいる。

「雀さん、なんでもできますね」

「いえいえ、人妻のたしなみですよぅ」

猫猫は雀以外に読唇術が使える人妻は見たことがない気がする。

『今日はどんな用事で?』

『姉に家鴨をもう一羽連れてこいと言われました。うちにはすでに一羽いるのですが』

そういえば馬閃の周りに家鴨がいたような気がする。

(家鴨はどう考えても口実だよなあ)

姉ということは、 麻美(マーメイ) の筈だ。弟を結婚させるために彼女は手段を選ばない。

『おお、あなたの白魚のような手がこんなに真っ赤に』

『はっ、白魚だなんて。恥ずかしくて顔まで赤くなってしまうわ。ただでさえ、馬閃さまの厚い胸板が気になって心臓がはねあがりそうなのに』

『いや、私だって同じく。この血が燃え上がるような――』

「雀さん」

「はい」

「飽きてきました?」

雀は途中から勝手に台詞を変えて遊んでいた。

「だって、もだもだしすぎて中身がない話ばかりなんですよぅ。天気の話っていつまでもするもんじゃないでしょうに」

確かにつまらなそうだが、不器用な二人には楽しい話題で話を盛り上がらせるなんてことは科挙に合格するより難しい課題に違いない。

(めんどうくせえ)

「さくっと上の命令で二人がくっつけば早いと思っているでしょう?」

「はい」

「周りも猫猫さんに対してそう思っていますよぅ」

「……」

猫猫は目をそらす。

「そういうわけで、たとえ回りくどけれど納得がいく方法を画策するために、こうして陰から支えるのが雀さんと猫猫さんのお仕事ですぅ」

「具体的に何をしろと?」

「義弟くんが手柄を立てさえすれば簡単なんですよぅ。義弟くんは月の君ほどではないですけど自己肯定感低すぎる性格ですからねぇ」

それはわかると猫猫も思う。

「何かしら自分に自信が持ててなおかつ里樹さまに求婚するだけの理由がないとできないと思っている」

「さくっと勇気だしてちゅっちゅしてしまえばいいのにですねぇ。回りくどい義弟でこまりますよぅ」

そんな会話をしているうちに二人は家鴨の世話をし始めた。

「義弟くんが自信持てるような手柄立てる事件とか知りませんかぁ?」

「西都ではちょこちょこ活躍していた気がしますけど弱いですかね?」

「弱くないんですけど義弟くん本人が活躍と思ってませんもの」

つくづく面倒くさいと猫猫は思いながら周りを見る。

家鴨小屋とは離れたところに別の厩舎が見える。

(牛がいっぱいいたから、一頭くらい牛黄持ってないだろうか?)

猫猫はそんなことを考える。

「もうじれったい。ほら、そこ、偶然を装ってこけて、それを起こしてやる。ああ、雀さんは悪戯な風になれたら、里樹さまの衣でもひるがえしちゃいましたのにぃ」

「それで今日、こうやって見張るのは何か意味があるんですか?」

「雀さんの趣味ですねぇ」

「帰りますね」

猫猫は立ち上がると元来た道へと戻っていく。

「こんな辺鄙なところでは馬車なんてつかまりませんよぅ?」

雀はにっと笑う。このために馬で来たのかと猫猫は疑いの目を向ける。

「とりあえずあのもだもだした二人をずっと観察するわけにもいかないので、一度帰りましょうか?」

「……」

「本当なら羽化登仙になるためのごちそうをいただきたいところですが、そこまで許可は下りていません」

猫猫は唇を尖らせつつ、馬を預けた厩へと向かう。

厩では目つきの悪い男が丁寧に馬に櫛をかけていた。厩は広く、数十頭はいるだろうか。がっちりとした体格の馬ばかりで、農作業に使うのだとわかる。

「すみませーん。馬返してくださーいな」

雀が言うと、目つきが悪い男は無言で乗ってきた馬を持ってくる。

「どうぞ」

「はいはい」

男は真面目で、また馬に櫛をかけ始めた。

「お兄さんはこの仕事長いんですかねぇ」

「十年ほど」

「二年ほど前に来た里樹さんというお嬢さんはどう思いますぅ?」

「俺みたいなのが話しかけるべき相手じゃないって聞いている」

「ふむふむ」

やはり良家のお嬢さんだという認識はあるようだ。

「仕事の邪魔をしないでくれ」

「あら、すみませんねぇ」

雀は舌を出しながらぺこりと謝った。

後宮内にいたら美人になれてしまうが、里樹は掃きだめに鶴のような存在だ。手を出そうという男の一人二人いてもおかしくない。

「一応、周りがけん制かけてくれているようでよかったですねぇ」

雀は目を細めると、馬を走らせた。