作品タイトル不明
十三、患者の意思
医官たちの説得や理解ある人達のおかげで、ようやく手術日に目途がたった。
「よし、準備はしっかり終えたぞ。やれることはやろう!」
くすぶっていた医官たちは、拳を握る。失敗したら処刑される恐れをなんとか気持ちを奮い立たせ、跳ね除けようとするようにも見えた。
そんな中、自然体で器具を眺めている者がいる。誰かと思えば 天祐(ティンユウ) だ。
「ふんふーん」
鼻歌まじりの余裕さえある。
「なんであんな奴が」
「あんな奴なんて言わないのよ」
劉(リュウ) 小母さんが窘める。
「腕はいい子じゃない?」
「腕はいいですけど、倫理観が欠落しております」
「そうよねえ」
妙にしみじみと小母さんは言った。劉医官の妹なら、以前から天祐を知っているのだろう。
「腕はいいけど気まぐれすぎるところが困りものね」
「はい」
「でも、どんな状況でも気負いすることはないわ」
「そのとおりではあると思います」
むしろ困難な状況ほど目をきらきらさせて、楽しめる性格をしている。 羅半(ラハン) 兄と違う形で、どんな状況でも平常であろう。
「私たちは私たちで、術後のことを考えましょう」
「はい」
猫猫は清潔なさらしを準備している。化膿に効く飲み薬、塗り薬。かゆみ止めも用意している。
術後の経過による食事の管理も任されており、食事係との連携も行う。
(これで失敗するわけがない)
猫猫もぐっと拳を握った。
「猫猫さん、猫猫さん」
「なんですか 雀(チュエ) さん」
久しぶりに猫猫の職場に雀がやってきた。
(そういや、怪我の経過もしばらく診てないなあ)
猫猫はとりあえず雀の手を持つと指先の動きを確認する。
「いやですよぅ。いきなりー。まあ、とりあえず 按摩(マッサージ) してていいですから、ちょっと来ていただけますかぁ?」
猫猫は首を傾げつつ、劉小母さんに話をする。雀のことなので壬氏あたりの使いだろうか。
「今は簡単に離れられない状況ですが?」
「ご心配なく、劉医官の了承は得ておりますよぅ」
ならば仕方ないと猫猫は劉小母さんに話してから、雀についていく。
雀が連れて来た先にいたのは、劉医官と壬氏だった。あと 高順(ガオシュン) もいる。
皆、深刻な顔をして、やってきた猫猫たちに注目した。
猫猫は、丁寧に頭を下げる。壬氏に「よし」と言われるまで待つ。劉医官の前なので特に気を付ける。
「顔を上げよ」
猫猫は立ち去りたい気分になったが、後ろに雀がいる。わかっている、呼ばれた以上立ち去れない。
「どうして私が呼ばれたか、確認してもよろしいでしょうか?」
「主上が明日の手術に難色を示された」
「……」
猫猫はぽかんと口を開ける。
「いやいやいや」
「いやいやいやじゃない」
壬氏はむすっと返す。
「しかししかし」
「猫猫、不敬だぞ」
素になりかけた猫猫に劉医官が苦言を呈する。猫猫はそっと口を押さえた。
「一応、これまで手術をする意向であると、皆とらえていた。しかし、ここで主上がやらないと言えば」
「やれるわけがない」
劉医官に続いての壬氏の言に、高順は眉間に深いしわを刻みつつ頷く。
「せっかく玉の一族については、 玉葉(ギョクヨウ) 后、 玉袁(ギョクエン) の理解を得たというのに」
劉医官が猫猫を見る。一応、玉葉后に呼び出されて、説明をした旨は話した。
「 豪(ハオ) 殿も、納得はしないまでも、前ほど反対はしない今が 機会(チャンス) だというのに」
(豪とは誰ぞや?)
たぶん、猫猫が知らないお偉いさんなので覚える必要はなさそうなので無視する。
しかし、手術を一番嫌がるのは患者だ。ごく当たり前のことなのに、それが偉い人がだと大問題になる。
(どんなに成功率が高くとも腹を切られることには違いない)
高順がこの場にいる理由はわかった。
だが、なぜ猫猫が呼ばれるのだろうか。
「私にはどうしようもできない話なのですが」
「最後まで話を聞け」
「はい」
猫猫はまた口を押さえる。
「主上は、手術の前に一席設けたいとおっしゃった」
劉医官は苦々し気に言った。
(手術前にお酒なんてとんでもない)
飲める状態ではないので、せいぜい茶だろうがつい宴を想像してしまう。
「その席に私と 阿多(アードゥオ) 殿が呼ばれた」
猫猫はごくんと唾を飲み込む。
主上、阿多、壬氏、非公式であるがこれは親子水入らずということになる。そして、その事実を壬氏は知らないのだろう。
(うん、とても嫌な予感するけど)
猫猫はどうすればいいのかわからない。
「阿多殿は猫猫が同席すれば来ると言っている」
「……」
猫猫はぎゅっと瞼を閉じ、歯を食いしばりながら、仰ぎながら唸る。
(断りたい、断りたい)
けど、断れるわけがない。
一体、帝は何を話す気だろうか。手術前の弱った気持ちを整理するために、色々身辺整理をしようというのではなかろうか。
その中に壬氏出生の秘密などあったら、壬氏は壬氏で胃に穴があきかねない。
親子そろって内臓を炎症やら貫通やらしてもらっても困る。
猫猫は胃薬持参で出向こうと考える。
「後宮女官時代、一体阿多さまとどんな縁故作ったんだか?」
劉医官が呆れた目で見る。
「阿多さまは飲み友達とか言っていましたねぇ」
雀がかわりに答える。
(まあ、一緒に飲んだこともないわけでもないのだが)
詳しく説明すると面倒なので黙っておいた。
「そういうわけでついてきてくれないか?」
「かしこまりました」
猫猫は大人しく頭を下げる。