軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十四、牌の主

軍の派閥は大きく分けて三つあるらしい。

一つ目は、軍の 頂点(トップ) 、 魯(ルー) 大将軍だ。元は皇太后の護衛をしていたお人で取り立てられて、出世している。俗に皇太后派などと呼ばれているらしい。

二つ目は、最近出てきた 玉袁(ギョクエン) を支持する者たち。玉袁は文官であるが、出世から離れた地方出身者が寄り集まっている。頭となる者ははっきりしないが、名持ちの中でも自分たちの今の処遇に満足しない者も集まっているという。玉袁ということで、皇后派などとも言われる。

三つ目は、変人軍師率いると言ったら語弊があるだろうか。中立というが、変人軍師の意向がどうなのかわからない。ただ、変人軍師は才能ある不遇な人材を引っ張り出すのが上手く、その中で忠誠心が強い者がなんとなく集まっていると言ってもいい。

麻美(マーメイ) は 猫猫(マオマオ) にこんな話をしてくれた。

「主上は、玉の字を皇后の一族に与えました。対して、魯大司馬は大将軍に昇格されております」

「それ、何か意味があるんですか?」

元々、軍では一番偉い人なのだろう。

「使われていない昔の役職を引っ張りだしてでも、上に上げておかないと示しがつかないからです。大将軍は名持ちではありませんし、名持ちを増やすのは玉のあとしばらくはないでしょうから」

皇帝というやんごとなきお人でも、家臣に対して色々気を使わねばならないらしい。

「一つ質問です。礼部の魯侍郎とは御親戚とかですか?」

「親戚というには難しいくらいの距離だと思います。はとこのはとこくらいの」

「ほぼ他人ですね」

姚(ヤオ) とのつながりはないと見ていい。

「なぜこんな話題をあえて話すかについてですが」

麻美は猛禽の目を細める。

「さあ、色々疲れる話題ばかりされますね」

「必要なことだからです。今回の会合で猫猫さんが接したのは、名持ちの中でも古参の卯、辰、馬です。しいて言えば皇太后派でしょうか。対して、十二支の字を冠しない家は新参。多くは『羅』の一族より若い家ばかりですね」

麻美はそっと馬車の窓を見る。がらがらと車輪の音が響いていた。

「最近、血気盛んな者たちが騒ぎ立てているようです。猫猫さんの所属は怪我人に対応することも多いはずなので、お気を付けください」

「わかりました」

(もっと早く言ってくれよ)

猫猫はそう思いつつ、外を眺めた。

壬氏の宮につくと、麻美の予想通り 桃美(タオメイ) がいた。

桃美は猫猫に対して丁寧に頭を下げる。

「会合はどうでしたか?」

娘にはきりっとした表情で確認した。

「滞りなく」

母子であるが、今は仕事中という空気だ。

「では、あとは任せて家に報告に戻りなさい」

「わかりました」

麻美はそそくさと退室する。

「猫猫さん。月の君がお待ちですので、どうぞ」

壬氏の部屋は相変わらず香りがいい。空気がひんやりとしているのは、部屋の隅に氷が置いてあるからだろう。

(贅沢だな)

そう思っていると、壬氏が手招きをする。

「座ってくれ」

「かしこまりました」

猫猫は椅子に座る。

「どうぞ」

水蓮(スイレン) が現れて、猫猫の前に玻璃の茶碗を置く。中には冷たい茶が注がれている。

「ありがとうございます」

水蓮に対してどう接しようかと猫猫は一瞬思ったが、別に普段通りにしようと考える。複雑な人間関係は深く考えないほうがいい。

麻美が特に気にせずに話したところを見ると隠していたわけではない。ただ、猫猫が聞かなかったから説明しなかっただけだ。

「以前、調べてほしいと言われていた翡翠牌についてわかった」

「どなたの物だったのですか?」

猫猫は固唾を飲む。

「実名は残されていない。ただ、『 華佗(カダ) 』と呼ばれていた皇族の物だと考えられる」

「華佗……」

猫猫には聞き覚えがある名だ。

「医官の間では有名な名だそうだな」

「伝説の医者の名です」

「そうだ。しかし、皇族の間では他の意味でも知られている名だ。かつて禁忌を犯し、処刑された元皇族と聞いている」

「禁忌とは?」

「皇族でありながらその男は医官でもあった。伝説の医者の名前で呼ばれるほど優れた技術の持ち主だった。常に新しい技術を求めたその男は、あろうことか当時の皇帝が一番可愛がっていた皇子を腑分けした」

猫猫はごくんと唾を飲み込む。

「たとえ同じ皇族であろうとも許されることはなく、その名は抹消された」

「その方の牌だというのですね?」

「そうだ」

猫猫はぎゅっと目を閉じる。

翡翠牌が削られている理由も十分だ。医官がこっそり腑分けをする。しかも罪人だけというのは、遺体を損傷することで生まれ変われないと信じられているからだ。

(死んだらただの肉)

そう思えるほど、当時の皇帝は割り切れるわけがなかろう。

「ここにその者の翡翠牌があるということは、生前、華佗が誰かに渡したということだな」

「……そうでしょうね」

「そんなことをする相手は――」

「子を孕んだ女でしょうね」

猫猫は頭を掻く。

本当の本当に、 女華(ジョカ) が皇族の血を引いているとは思わなかった。

「猫猫」

「はい」

「華佗は数代前の皇族の血筋だ。今更、主上がその子孫を罰しようとは思うまい」

「だと信じております」

「しかし、翡翠牌を手に入れようとする者がいるのは問題だ」

女華は翡翠牌が盗まれそうになったから猫猫に相談した。

「すでに除籍された、さらには真っ二つになった牌を手にしてどうなるんです?」

「大義名分は取ってつけるものだ」

「そんな劇じゃあるまいし」

「劇のようにふざけた理由で国は滅び、興っているんだぞ」

壬氏の目は真剣だ。

「皇太后の愛人が国を興そうとしたり、宦官が建国しようとしたこともあったぞ」

「しようとしたり、ということは乱で終わるわけですね」

「ごくたまに成功する」

「歴史って嫌なものですね」

壬氏は遠い目をしていた。

「翡翠牌は預からせてもらうが問題ないか?」

「そういう事情ならどうしようもありません。ただ、翡翠牌の持ち主にこのことを説明しても問題ないでしょうか?」

女華の商売道具だ。渡すにしても説明が必要となる。

「相手の性別による」

「……女性です」

「決して漏らさぬことが必要とされる」

「……伝えておきます」

女華はこんなことなら、猫猫に頼み事をしなければよかったと思うだろうか。彼女の売り文句を奪うことになる。

「約束さえ守れば、安全は保障する」

「ありがとうございます」

猫猫はふうと息を吐き、玻璃の茶碗を手にする。表面には結露ができて、水がぽたぽたとしたたり落ちた。

最初は苦味を、あとからすうっと甘味が口の中に広がる。よく飲む半発酵茶ではなく、完全に乾燥させた茶葉を使っている。

「誰かが反乱でも企てているのでしょうか」

「とりあえずそれらしい芽は摘んでおくに限る」

「なら、どこかにあるかもしれないもう半分の牌を探すべきですかねえ」

「他にやることもあるからいちいち捜索はできんな」

壬氏は月餅をつまむ。猫猫は、煎餅はでないのかとちらちら水蓮を見たが、煎餅が出てくることはなかった。

「ところで、名持ちの集会に出たと聞いたがどうだった?」

「変人がいたことでお察しください」

「……わかった」

「色々あったかと思いますが、きっと壬氏さまの優秀な諜報員が報告してくれることでしょう。私の口から何もかも話してしまうわけにはいきませんので」

姚に言い寄っていた辰の男と 羅半(ラハン) 兄の決闘くらいなら話してもいい。だが、辰と卯のことについては話すべきではないと考える。

壬氏は物寂しそうな顔をしたが、猫猫にも猫猫の立場がある。

「壬氏さまこそ、最近なにかおかわりありませんか? 西都にいたときに比べて、少し顔色はよろしいようですけど」

「徹夜は減ったな」

「仕事を押し付けられなくなったのですか?」

「いや、優秀な部下が増えた」

壬氏はそう言いつつ、遠い目をする。

「優秀だけど、問題がある部下ですか?」

「 虎狼(フーラン) と言えばわかるか?」

「ああ」

猫猫は納得してしまう。

「近くに置いていて大丈夫なんです?」

「毛色が少し違う羅半だと思えばなんとか」

「うわあ、絶妙に嫌な部下ですね」

仕事はできるが、上司に対しあらぬ視線をずっと送っていそうだ。

「副官としてはかなり優秀だぞ。たまに他の部署の文官の弱みを握っているみたいだが」

「本当に毛色が違う羅半ですね」

羅半に言ったら否定されそうだが、猫猫には関係ない。

「気になることと言えば、さっきの翡翠牌もだが、軍の派閥についてだな」

「最近、話題ですね」

「猫猫も一応気を付けておいてくれ。ここ一年で、変人軍師の威光が多少弱まっている」

「あのおっさんの威光に隠れる気はありません」

猫猫は心底嫌そうな顔をした。

「あとは……」

「あとは?」

壬氏はそっと猫猫の前に手を伸ばす。猫猫の手に触れそうで触れないところで止まった。

「触れないんですか?」

「触れたいぞ。それだけじゃなく掴みたいし、ぎゅっとしたい」

「しませんねえ」

猫猫は揶揄するように言った。以前はいくら触るなと言っても勝手に触れてきた男だ。

「ぎゅっとするだけでおさまらず、噛むし舐めるぞ」

「今、ぞわっときました」

猫猫はちょっぴり半眼になる。

「めちゃくちゃ失礼だな」

壬氏は怒るわけでもなくただ妬ましそうに猫猫を見る。

「では私は失礼しないといけません」

「もう帰るのか?」

「日が暮れる前に帰るのがいいかと。明日は仕事もありますので」

猫猫は外を見る。まだ、太陽は沈んでいない。

「それでは失礼いたします」

猫猫は茶を飲み干すと、少し濡れた指先を壬氏のほうに向けた。そして、人差指を壬氏の手首にのせ、手の甲、中指へと滑らせる。

「……」

壬氏が何とも言えない表情を見せたので、猫猫は意味もなく勝った気分になった。

「それではまた」

ゆっくりと頭を下げて、壬氏の宮を後にした。