軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十一、馬と卯

世の中は多くの茶番でできている。

猫猫(マオマオ) は妙にたじたじした 羅半(ラハン) 兄を横目に、馬姉弟に近づいた。羅半は、さっき変人軍師によって地の底に落ちた信頼を取り戻そうと、辰の大奥さまと話をしている。

「お久しぶりです」

「お久しぶりね」

「それほど久しいか?」

馬閃(バセン) の態度が気に食わなかったのか、 麻美(マーメイ) は笑顔で弟に裏拳を炸裂させる。体幹の強い馬閃だからよろめきもしなかったが、羅半だったら後ろにふっとばされていただろう。

「ところでさっき、卯の一族の長と一緒に部屋から出たのを見かけたのだけど、何かあったのかしら?」

(さすが目ざとい)

一緒に辰の一族も出てきたことに言及しないのは、麻美もまた一応馬閃の味方なのだろうか。

「ちょっと仲介人のようなことをさせていただきました。とはいえ、卯の一族に顔が利くわけではないのでご注意を」

「全く何の貸しもないのかしら?」

「仲介人の席にあの変人がついたといえば大体想像がつきますか?」

猫猫は遠まわしに、変人軍師がなにもかもぶち壊したと伝えた。

「ああ……、そういうことね。でも、それほど険悪な雰囲気はしなかったようですけど?」

「 正負(プラマイ) 無しといったところでしょうか」

「それでも、まったく知らない仲よりはいいでしょう」

麻美はにっこり笑い、猫猫の手を掴む。

「ちょっとご同行していただけますか?」

猫猫は連行の間違いだろうと訂正したかった。

「妹よ、どこかへ行くのかい?」

羅半が馬姉弟と猫猫が話していることに気が付いた。

「妹君を少しお借りしてもよろしいでしょうか?」

「馬の一族のかたであれば問題ありませんよ」

羅半は即座に頭の算盤をはじいたらしい。 壬氏(ジンシ) と所縁のある馬閃たちに恩を売っていても損はない。

猫猫とて馬閃の頼みはこの流れなら聞くつもりでいたが、まるで羅半の顔を立てているようで腹が立った。とりあえず、変人軍師のほうを指さし、「あいつはおまえのほうでどうにかしておけ」と指示を送る。

「では、猫猫さん。こちらへ」

にっこり笑う麻美に猫猫はついていった。

猫猫が麻美に案内された先は、中庭だった。馬閃の他にもう一人、壮年の男がついてくる。先ほど、羅半兄と付きまとい男の試合の審判をした男だ。

「うちの旦那です」

「麻美の旦那です」

「義兄だ」

一人言えばわかるがご丁寧に三人とも説明してくれた。名を名乗ったりしなかったが、猫猫もいちいち覚えるかわからないので別にどうでもよかった。おそらく『馬なんとか』さんなのだろう。

麻美の旦那はしっかりした体つきだがどこか 朴訥(ぼくとつ) な雰囲気を醸し出している。 高順(ガオシュン) にも似た雰囲気があった。馬の一族は総じて嫁の尻に敷かれる者しかいないのだろうかと思った。

「ご迷惑をおかけします」

「いえいえ」

目下の者にも丁寧なところは高順そっくりだ。高順は娘に嫌われていると言っていたが、実際はどうなのだろうかと猫猫は考える。

「ところで私たちが卯の一族に用がある点については何も聞かないのですか?」

麻美が今更ながら確認してきた。

「里樹さまにぞっこんな馬閃さまの仲介をしたいんですよね」

「わわわわわっ!」

馬閃がわかりやすく慌てる。茹でた海老よりも真っ赤な顔をしていた。

「そうなの。この子は昔から奥手で、このままだと結婚もできないだろうから、無理をして 馬良(バリョウ) に子作りしてもらったくらいなのに、まさか好きになった相手が元妃とか」

「す、好きだななんて、姉上」

「嫌いなの?」

「そ、そんなわけありません!」

馬閃は声が大きい。たとえ個室に案内しても密談になったかわからない。

「里樹さまについてはご存知よね、猫猫さん?」

「はい。非常に天運に恵まれないかたと存じております。特に家族関係には」

猫猫が見る限り、里樹の父も異母姉もろくでもなかった。祖父はそうでもないが、娘婿を信じたがゆえに孫娘が不幸になったことには違いない。

「まだ年齢も十八。人生五十年としてもまだまだ長い年月を寺で過ごすのはあんまりだと心ある祖父であれば思うでしょうか?」

麻美は猫猫に問いかけるように言った。

「情は厚いかたかと思います。そこに政治的意図などなければ、情に訴える価値はあるかと思います」

「ですよね」

麻美にとって欲しい答えを猫猫は言ったらしい。馬閃も柄にもなく目をきらきらさせている。麻美の旦那はただ黙っている。何で同行しているのか猫猫にはよくわからない。

「ですが、二度も皇族に嫁ぎ、二度も出家したこと。それは、主上の思し召しが無ければ、里樹さまの今後はないのでは?」

「その点はご心配なく。主上は里樹さまを娘のように思っておられました。何か建前さえあれば、それほど説得は難しくないことと思います。むしろ、血縁がない分、本当の娘よりも融通が利くはずです」

(実の娘よりね)

残酷な話だと猫猫は思った。皇族の血を引くがゆえ、たとえ娘であっても政治の道具となるのが公主の宿命だ。猫猫は 鈴麗(リンリー) 公主を可愛がる皇帝を思い出す。

「卯の一族に話しかけたいところですが、正直、私たちの代ではあまり親しい人がいないから困っておりました」

「いえ、私は別に知り合いというわけではないので」

むしろさっき会ったばかりの人たちだ。

「ですが、里樹さまとは以前より知り合いですよね?」

麻美は猫猫の手を掴みずんずん進んでいく。

中庭の 四阿(あずまや) に人影が見えた。

「いましたね」

老人が一人、お付きの者が一人、それから青年と小さな子どもがいる。子どもはまだ十くらいの男童だった。

(あの青年は?)

見たことがあると思えば、里樹の異母兄だ。

麻美は髪と服をぱたぱたと正し、紅を軽く塗り直すとごく自然に四阿に近づいていった。

猛禽類のように鋭い目は薄く閉じられて笑みを作っている。子どもに警戒心を与えないためとはいえ、素晴らしい猫被りだ。

「失礼いたします」

前に出たのは麻美の旦那だった。

(このために連れて来たのか)

麻美は馬の一族でも高位の立場にいるが、他の一族の元長に直接話しかけるとなるとどうだろうか。間に、目上の誰かを挟んだ方がいい。そこで、建前として旦那を連れて来たのだ。

(馬閃がやっても問題ないと思うけど)

馬閃は当たり障りがなく卯の一族に挨拶ができるとは思えない。かちこちにかたまっているのがわかる。

「これはこれは、馬の一族の」

「 馬琴(バキン) と申します」

(たぶん忘れるー)

猫猫は思いながら麻美の後ろにいる。

「妻の麻美と義弟の馬閃です。そして――」

「猫猫と申します。先ほどは失礼いたしました」

猫猫は当たり障りのない挨拶をする。

卯の元長は猫猫を見て目を細める。

「いや、先ほどはまあ、色々思うところはあったが、うん、思うところあったが、うん」

とても思うところはあったらしい。曖昧な言い方をするのは、辰の家宝について明言しないためだ。

「それで、羅の娘子を連れた馬の一族のかたがたは、何か用なのでしょうか?」

卯の元長だけでなく、他の者たちも怪訝な目をしている。

そこで麻美が一歩前に出た。

「ここにいる猫猫さんは、後宮に二年勤めておりました」

「後宮」

(大体二年)

途中、出たり入ったりしたので、実際はもっと短い。だが、細かく説明する必要はなかろう。

「その際、里樹さまと交友を深める機会があったそうです」

(深めるって程仲良くない)

猫猫は思ったが、流れ的に言い出せない。

「里樹さまとは、文でやり取りをされていたと思います。ですが、里樹さまは誰にも心配をかけないようにと気丈に振る舞っていたに違いありません。里樹さまがどのように過ごしていたのか、お話を聞いていただきたいと猫猫さんは思っていたそうです」

麻美は目を潤めながらしおらしく話している。彼女の本性を知らなければ、ころっと騙されそうだ。

「……ふむ。しかし、そのような話であれば先ほどしていただけたらと思いますが」

もっともだと猫猫も思う。間に馬の一族が入る必要はない。

「私の父は高順と申します。主上とは乳兄弟でありました」

「高順……、そうかあの子か。宦官となって改名し、後宮に入ったと聞いたが」

卯の元長は、高順のことを知っているらしい。

「はい。月の君の護衛をしておりました。そして、後宮にいた里樹さまのことを憂いておりました。里樹さまは卯の姫君でありましたが、主上の、そして父高順の幼馴染の娘でもあります。もし、皇族を守るという使命が無ければ、その不遇の立場に対して訴えていたことでしょう」

(すごいなあ)

猫猫は麻美の演技に素直に感嘆する。本当かどうかはわからないが、完全に嘘とも言えない。里樹が後宮でいじめにあっていることを高順に話したとき、とても複雑な顔をしていた。後宮の管理人としての悩みといえば悩みだが、幼馴染の娘だから悩むというのも多少混じっていてもおかしくない。

「何より一時期、父と里樹さまの母上は縁談の話が持ち上がっていたと聞きます。もしかしたら、妹となっていたかもしれない里樹さまのことを思うと、胸が張り裂けそうになります」

さらっと爆弾発言が飛んできた。

「あ、ああああ」

馬閃が口を半開きにしている。

「馬の一族との縁談は、あくまで軽く出てきた話題。気にすることはない」

「ええ、そうですね」

特に気にした様子もなく流される。高位の立場の人たちにとって、縁談が持ち上がり、流れることはままあるのだろう。

「だが、孫娘の話。聞かせていただけますかな」

「はい」

麻美はしおらしい態度で頭を下げるが、話すのは猫猫だった。