軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七、医務室勤務

「すみませーん、こいつはばらしてはいけないんですか?」

天祐(ティンユウ) は新鮮な首つり死体を見ながら言った。新鮮といっても丸一日以上たっている。ちょうど、死後硬直が解けている頃だろう。

「おい、こいつどうにかしろよ?」

「やだよ」

同僚および先輩がたは、天祐にはこんな調子だ。毎度のことすぎて、注意する気もなくなっている。

「ねー、 娘娘(ニャンニャン) 。大腸くらいなら切り取っていいと思う?」

近くにいた医官手伝いを巻き込む。本名は 猫猫(マオマオ) だが、天祐にとっては娘娘だ。

「腹を裂く時点で、いろいろ問題があるのでやめてください。死体って臭いですから」

娘娘は目をきらきらさせながら薬棚を整理していた。娘娘は遺体より、生薬のほうが好きだ。長い船旅から帰ってきて二日目なのに元気なのは、豊富な薬を前にしているからだろう。

天祐と猫猫は、疲れがたまっているという配慮なのか、比較的仕事が少ない医務室で細々とした仕事を任されている。

「なんで死体を医務室に置いているわけなの?」

洗濯したさらしを抱えて 姚(ヤオ) がやってきた。相変わらずなんで医官手伝いをやっているのかわからないお嬢様だ。そして、ぴったりと 燕燕(エンエン) がくっついている。燕燕は姚の従者で、姚を常に一番に考えている。

「やあ、燕燕。久しぶりだねえ」

天祐はあえて姚を無視して燕燕に話しかける。姚は気にした様子はないが、燕燕はむすっとしている。姚に話しかけると威嚇するくせに、無視すると気に食わない。よくわからない感情だ。

一時期はこの二人が仲たがいしたらどうなるかと、いろいろちょっかいをかけたこともあった。今は他に面白いことがあるのでどうでもいい。

「 李(リ) 医官……、ですよね? この遺体は片付けないのですか?」

姚に代わり燕燕が、李医官に聞いた。天祐の先輩医官で、西都に一緒に行った人だ。一応、天祐も『李』なのだが、ややこしいので名前で呼ばれている。

李医官は、西に向かった面子の中で一番様変わりした人だろう。ほっそりとした文学青年風の見た目は、強い日差しと乾燥した空気によって肌が焼けた。また、やれどもやれどもやってくる患者をさばくのに精神が数倍図太く、たまにやってくる 破落戸(ごろつき) を睨み返すようになった。何より体力が資本で、気はいいが滅茶苦茶なところがある上司の 楊(ヨウ) 医官を補助しているうちにやたら筋肉質に変わってしまった。体力をつけるために肉と乳製品を多く取ったのが原因かもしれないし、無茶ぶりをする上司や天祐へのいら立ちを布団を巻いた柱を殴る蹴るで発散させていたせいかもしれない。西都生活の終わりには、山羊の生乳に大豆の粉を混ぜて飲むようになっていた。

中央勤務復帰から二日、李医官はすでに十人以上から「おまえ、誰だ?」と言われている。

「西都から戻ってきた『李』で間違いありません。遺体については、まだ事件の詳細を取り調べし、確認作業を行う予定です」

李医官はここ一か月ほどの日誌を読んでいる。遠征を終えた李医官はもう上級医官並の働きを見せるということで昇進が決まっていた。天祐もいっぱい怪我人の手足を切ったり縫ったりしたのだが、そんな話はなかった。

「ねえねえ、李医官。犯人はもう捕まっているし、検分も終えているのにまだ調べるの?」

天祐は純粋に疑問に思っている。暇そうだと思われたのか、天祐の前にはどどんと洗濯したさらしの籠が置かれ、丸めて片付けろと燕燕が無言の圧力をかけていた。

「まあな」

「そうでしょうね」

娘娘が廃棄する生薬を片付けつつ言った。

「なにがそうでしょうね、なの?」

天祐は娘娘に聞く。動物の肉体構造ならともかく他の点については、天祐より娘娘のほうが、知識が豊富だ。

「犯人は官女が三人。計算上、理屈上、机上の空論上、武官一人を殺害するのは可能です。いきあたりばったりの計画が、偶然成功することもあります。逆に言うと失敗する可能性も大いにありました」

「たまたま成功したんじゃない?」

「政治や法律のことはよくわかりませんが、本当にたまたま成功したのか、それとも別の要素があって成功したのか。別の要素があった場合、証拠となる遺体をおいそれと放置できませんから」

李医官は反応しない。つまり猫猫の話は間違っていないのだろう。

「なにそれ? 娘娘と眼鏡のちっこいのが立証していたじゃん」

よくわからないと天祐は首を傾げる。

「やっぱ、解体する? する?」

「するな!」

李医官は日誌を置くと、遺体の前に立つ。

「あんまりここに遺体があると騒ぐな。我々は慣れているが、他の部署の者たちが顔色を変えるからな」

「はいはーい」

天祐は李医官にげんこつを食らう。筋肉が育っているせいか、肉体言語が以前より多くなった。

「姚、燕燕、ちょっといいか?」

李医官が聞き耳を立てながらも静かにしていた二人に声をかける。

「日誌を見たんだが、大丈夫なのか? 女子の宿舎に戻らないとあるぞ」

「なんです? それ初耳なんですけど」

娘娘も二人を見る。

「猫猫は知らなかったわね。女子の宿舎がもういっぱいで新しい官女が入らないから、希望者を募って出ていくよう言われたの。私と燕燕は、ほとんどいなかったからちょうどいいかなって。かわりにあなたの部屋をそのままにしてもらったわ。たまに掃除したけど、埃っぽくなかった?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。しかし、宿舎を出ていくってそんなことが……って、つまりまだあの家に滞在すると?」

娘娘の顔がやや引きつっている。『あの家』ってなんだろうな、と天祐の好奇心がむくむくと大きくなる。

「ええ、そうなっちゃうわねえ。もう家具も増えたし、引っ越すのも一苦労だから」

「完全に住んでいますね」

「ちゃんと滞在費用は払っているわよ」

「 羅半(ラハン) さまは受け取ろうとしないので、代わりに信頼できる使用人のかたにお渡ししております」

娘娘が斜め上の天井を見た。気まずい内容があるらしいが、どう話題に乗り込もうか天祐は目をきらきらさせる。

「ねえねえ、じゃあどこに住んでいるの?」

単刀直入に聞いてみた。

「私は何もわかりませんので、そちらはそちらでやってください。ただ、たまに燕燕の 菜(おかず) をいただければ嬉しいです」

「猫猫が言うのなら仕方ないですね」

「私もだいぶ作れるようになったわよ!」

姚が張り合うように言った。

天祐は完全に無視されている。

「ねえねえ」

また無理やり会話に加わろうとしたところで首根っこをつかまれた。

「おまえは仕事をしろ」

李医官の筋肉は、天祐を借りてきた猫のように持ち上げるまで発達している。

「三人も話しているじゃないですか?」

「手は動いている」

猫猫は処分する生薬を帳面に書き、姚と燕燕はさらしをくるくる巻いては棚に片付けている。

「おまえの仕事はこれな」

李医官は自身が読み終えた日誌をどどんと天祐の前においた。

「日誌に書いてある特殊な処置事例を調べて確認しておくこと。いいな」

「……はい」

素直に返事をしないと、首をへし折られるのではないかという威圧を感じた。