軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二十五、酌 後編

差し出された杯に 小紅(シャオホン) はたじろぐ。

猫猫(マオマオ) は小紅を見る。こくりと頷く。

「いただきます」

小紅は杯の中身を全部飲み干した。

「ぷふっ」

案外いける口のようだ。杯の中身は馬乳酒、酒と言っても 酒精(アルコール) は少なく、戌西州では赤子でも飲むと聞いていたが本当のようだ。

「私も念のため飲みますね」

猫猫も杯に酒を注いで飲む。

(やっぱり酒精が薄い)

もう少し濃かったらなあと思ってしまう。

「……」

独眼竜は納得したのか、酒と食事に手を付け始める。猫猫は酒を絶やさぬように注ぎつつ周りを見る。

夕餉というより酒盛りに近いので、食事の速度は遅い。酒をこぼしたり、麺麭を投げつけたり、好き放題だ。

(こっちは食材を節約しているのに)

床に落ちた肉や芋を勿体ないと思いつつ、さすがに拾い食いはできない。住人の飯はこの余り物なども含まれる。

どんちゃん騒ぎしている中、一人が席を立つ。

「ちょっと厠」

教会を出ていく。

猫猫は空になった酒瓶を持つ。

「追加をお持ちします」

小紅を呼んで酒の追加を持ってこようとした。

「待った」

独眼竜が止める。

「二人も必要ないだろう」

「……わかりました」

猫猫は酒瓶を小紅に持たせた。代わりに、独眼竜のあいた皿におかずを入れる。肉以外ほとんど減っていない。独眼竜は右側でずっと噛んでおり、左側に口内炎でもできているようだ。

小紅には酒瓶が重かったのか、こけてしまう。がちゃっという音がした。

「すみません、すぐ片付けます」

独眼竜は酒ばっかり飲んでいる。

「俺も便所」

「あっ、俺も」

次々と席を立つ部下を見て、独眼竜は片眉を上げる。

(……もうすこし、もうすこし)

そして、また一人立ち上がろうとした男が口を押さえた。顔色が悪い。壁伝いによろよろと歩き、そしてうずくまった。

「おっおえええ」

吐しゃ物をまき散らす。周りの者も、汚いと避けようとするが、誰もが顔色が悪い。そして、さっきまで美味い美味いと食っていた物を見る。

猫猫はひどくにらみつける視線に気づく。

「盛りやがったな」

「食中毒かもしれません」

猫猫はあくまで不可抗力だと言わんばかりの顔をする。

だが、そんな言い訳は通用しない。独眼竜は頭から煙を出しそうな勢いだ。猫猫はすかさず教会の棚の陰に隠れた。

「この野郎!」

立ち上がろうとした時、独眼竜の体ががくっと崩れた。手が震えている。

「俺にも盛りやがったな」

「私たちはちゃんと毒見しました」

毒見した結果、なぜ猫猫は平気で盗賊たちは苦しんでいるかについて。

簡単に言うと食べる量が違った。

猫猫の毒見の量は、腹を壊すほどの量ではない。

馬鈴薯の芽、皮には毒があり、嘔吐、下痢の症状を起こす。西都にいて暇だったので、何度か口にして、どのくらいの量で腹痛を起こすか試していた。もちろん、周りには呆れられたが仕方ない。

馬鈴薯は芽に一番毒性があり、緑色の皮も毒性が強い。未熟な芋ほど皮は緑色で、さらに日に当てると緑色が濃くなる。

小紅に頼んだことの一つ目だ。

小さな芋を集めて陽に当たる場所に置いておくこと。

もちろん、それでも芋を食べる者、食べない者がいるかもしれない。なので、汁や肉の中にも馬鈴薯の芽を入れておいた。

「このくそ女!」

震えながら歯茎を剥きだしにする独眼竜。その手には、得物である斧を手にする。猫猫は恐怖に飲まれぬよう移動する。ふらふらともつれる独眼竜は猫猫に追いつけず、振り回そうとした斧を何度も落とす。

さっき小紅がこけたとき、猫猫は片付けるふりをして斧の持ち手に油を塗っておいた。柄に布でも巻いておけばいいのに、木のままなのでよく滑る。

「な、なんで。俺はそんな、に、食べて、ないのに……」

(でもよく飲んでいた)

独眼竜は、肉と酒ばかりの偏食家だとここ数日の食事でわかっていた。肉に馬鈴薯の芽を詰めたところで摂取量には全然足りない。

だから、猫猫は酒に盛った。

「さ、酒か。いや……、あれは餓鬼も飲んで、問題、なかった」

猫猫も小紅もぴんぴんしている。

(効いてよかった)

猫猫は酒に、女鏢師から貰った蛇毒を混ぜていた。それで、なぜ猫猫たちが平気かというと――。

(ちょうど口の中を怪我してくれて助かった)

口を噛んで手下を殺したと話に聞いた。

蛇の毒は強壮剤になる。舐めて摂取したところで、胃液で消化されるのだ。小紅には飲み物の毒見をさせられる可能性を示唆しておいた。強い酒ではなく馬乳酒を出したのは、そのためだ。

あらかじめ、小紅の口の中は入念に確認してむし歯も口内炎もないことはわかっていた。小紅に頼んでいたことの二つ目だ。

ただし、口の中を怪我していれば話が違う。傷口から毒が回る。もらった毒性は消えておらず、馬乳酒は癖があるので混ぜても気づかれなかった。本当なら馬鈴薯の毒よりも効き目が早い予定だったが、それは酒で薄まったぶん仕方ない。

「ただじゃおかねえ……」

ふらつきながら、独眼竜が手を挙げる。

「おい……。あ、あの女を、捕まえろ」

呂律が回らないまでも部下に指示するだけの元気はあった。部下の中で比較的、余裕がある者たちが猫猫に近づいて来る。全員が全員、想定した毒を食べるわけがない。体格によっても、効き目は違う。

だが、猫猫とて想定していなかったわけじゃない。

(私は勝ち目のある勝負しかしたくない)

激しい音とともに、教会の扉が大きく蹴破られた。

「だ、だれだ?」

ふらふらする独眼竜には見えているのだろうか。

(おっせえぞ)

猫猫はこの野郎と思いながらやってきた人たちを見た。

「久しぶりだなあ、熊男」

「そ、そのこえは」

よろけて柱に寄りかかる独眼竜。残った一つの目には誰が映っているかと思えば――。

「好き勝手やってくれたみてえだ。こんなことなら両目えぐり出しとけばよかった」

憎らしいことをいう男。整っているが野性味あふれる顔をしている。

「 鴟梟(シキョウ) 、てめぇ!」

鴟梟が鏢師を引きつれていた。その中に、例の女鏢師も確認できる。

「さあて、掃除を始めようじゃねえか!」

大きく手を振り上げて鴟梟に同調する鏢師たち。

(本当におっせえよ!)

猫猫は息を吐きながら床に座り込んだ。