軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十二、敵は誰だ

小紅(シャオホン) の顔は本気だった。

猫猫(マオマオ) はどうすればいいか考える。

子どもの悪戯には見えない。もし 鴟梟(シキョウ) 、 玉鶯(ギョクオウ) の長男が本当に瀕死だったら、猫猫は見捨てるわけにはいかない。だが、それほどの人物が医者に診てもらっていないわけがないだろう。

「質問ですが、なぜ私なのですか? 他に医者はたくさんいるでしょう?」

蝗害直後ほど混乱していない。素行が悪いとはいえ、元領主の息子を医者が診ないはずがなかろう。

「……おじさん、おいしゃさんにみせるところされるって」

「殺される?」

聞き捨てならない言葉が出てきた。

猫猫は部屋の外を見る。

やぶ医者がのんびり茶を飲んでいる。李白は休憩中で、違う護衛が医務室の前に立っていた。

(東側の窓が開けっぱなしだ)

護衛からは死角になり、やぶ医者の目は節穴だ。猫猫の部屋まで、黙って来たのだろう。

猫猫は机に広げた書類を見る。

(子どもが見てもわからないだろうけど)

念のため、簡単に片付けて文箱に突っ込むと、机の引き出しの中に入れた。

「殺されるとはどういうことですか?」

「……」

あからさまに目をそらす小紅。他に頼れる医者がなく、猫猫の元にやってきたのはいいが、どこまで口にしていいか子どもなりに考えているようだ。

子どもの悪戯で済めばいい。だが、これが本当だったらどうなる。

猫猫は鴟梟という男について知らない。政治的に考えると、どこに位置する人間なのか、中央と相対するのかさえわからない。

なので、ここで猫猫がやるべき行動は――。

(子どもの戯言は無視して、普通に仕事を続ける)

だと思われる。

でも、同時に、玉鶯に続き鴟梟が死んだときの西都の反応も怖い。

(何より)

猫猫としては死にかけている人間を見殺しにするのは寝覚めが悪い。いっそ、ろくでなしが治療代踏み倒すために泣きついてくるのなら、ばっさり切ることができるのだが。

(どうしよう)

猫猫は悩む。

可能性としては大きくわけて三つ。

一つ、小紅の言っていることが嘘もしくは間違い。なんらかの理由で猫猫を呼び出している。

二つ、小紅の言っていることが本当。誰かに命を狙われ、他に頼る者がなく猫猫に藁をもすがる気持ちで話しかけた。

三つ、小紅の言っていることが本当。誰かに命を狙われ、他に頼る者がなかった。ただし――。

(命を狙ったのが中央の可能性もあり)

普段なら 壬氏(ジンシ) に報告するところだが、どうにもしづらい。やはり、無視してしまおうか。

「んー」

唸る猫猫を小紅が潤んだ目で見つめる。なぜ、子どもを使わせるんだろう。いっそ生意気な 玉隼(ギョクジュン) でも来てくれたら、笑いながら追い出してやるのに。

(畜生!)

悩んだ挙句、大きくため息をついた。

「わかりました。ついていきます」

猫猫は、折れてしまった。

ただ机の上に一つ、梟の置物を置いておく。 雀(チュエ) が暇つぶしに面梟の形に削った木の置物だ。

どうか三つ目の可能性でないことを祈りながら。

猫猫は最低限の医療道具を胸に詰めると、階段を降りた。小紅はこっそり窓から出る算段だ。

「おや、どうしたんだい? 今日は部屋にこもるって言ってなかったかい?」

やぶ医者が聞いてきた。

「気分転換です。温室の薬草が育っているか見てきます」

「そうかい」

特に疑問を持たず茶の準備をするやぶ医者。猫猫が話しかけているうちに小紅は窓から外に出たはずだ。

「李白さまはまだいませんね」

「今の時間は寝ているはずだよ」

李白は夜の護衛が多いので、昼に眠る。

猫猫は入口の護衛に頭を下げる。

「温室まで行ってきます。くれぐれも医官さまをよろしくお願いします」

こうして深々と頭を下げておく。今、表の護衛は一人。表向き、猫猫より医官であるやぶ医者を優先させるわけだ。

猫猫は何食わぬ顔で医務室を出て、小さなかごを取り温室に行くふりをする。

(もし、中央側の意図として鴟梟を殺そうという動きがあったら)

その可能性は大いにある。だが、壬氏の意図ではないと考えた。でなければ、机の上に梟の置物を置くというわかりやすいことはしない。

玉鶯という男にあれだけ莫迦にされたというのに黙っていた男だ。鴟梟程度のやんちゃであれば、可愛いものと見るだろう。

「こっち」

木の陰から小紅が顔を出す。

猫猫は小紅と合流して、彼女についていく。周りにはちらちら働く役人や下男下女がいるが、さほど猫猫たちに興味を持たない。

下手にこそこそ歩くより、堂々としていたほうが気づかれないものだ。

(心臓に悪い)

どきどきしつつ、小紅は本邸から公所へとつながる戸へと向かう。そのまま戸を開けて公所へ向かうかと思いきや、横に曲がった。

「こっち」

公所と本邸を挟む塀にそって歩いていく。木が生い茂った場所へとつながる。西都では珍しい大きな木だが、観賞用というより風よけの側面が強い。猫猫も見たことがある木だが、名前は知らない。たぶん、毒にも薬にもならない木だから覚えていないのだろう。

「こっち」

その木々に隠れるように小さな戸があった。ご丁寧に上から蔦が茂って一目では見つからないようになっている。

(隠し通路)

どうやら小紅の嘘ではない気がしてきた。戸はちょっとしたからくりで開く鍵がついており、もどかしい手つきで小紅が鍵を開ける。

狭い戸を抜けると細長い通路になっていた。両側は塀に挟まっており、上は木の枝で遮られている。

「……小紅」

顔を真っ青にした鴟梟がいた。その腹は血まみれだった。

「こ、こいつは?」

「おいしゃ」

猫猫を怪訝に見る鴟梟。その目には値踏むような、確認するような目だ。

「傷を診せていただけませんか?」

「おまえのような者が傷を診れると?」

出血がひどい割にしっかりした口調だ。大した傷ではないのか、それともやせ我慢しているのだろうか。しかし、青白い顔を見る限り、血はだいぶ抜けている。

「別に診なくてもいいですけど、その出血では遅かれ早かれ失血死は免れませんよ」

「……」

鴟梟は考えている。また新しく小紅に医者を連れてきてもらうのは無理だろう。見かけ倒しの傷なら猫猫を追い返し、そうでなければ手当を受けるしかない。

(大した傷じゃなかったらどうしよう)

口封じにいきなり切りつけられるのではと考えてしまう。その時は、悪いが小紅を人質にしよう。さすがに無頼漢の鴟梟でも自分を思いやる姪っ子には甘いと信じたい。

「……わかった」

鴟梟は血まみれの腹を出す。

(これは……)

刺された傷ではない。えぐった傷だ。わき腹、表面を削るように肉がそがれていた。これなら出血の理由がわかる。

小紅がふらっと倒れそうになる。良家のお嬢さまには刺激が強い。

鴟梟という男は、やせ我慢が得意なようだ。

「……矢毒ですか」

猫猫の質問に、鴟梟は鼻を鳴らした。

「それくらいはわかるのか?」

「判断が早いようで。えぐり出すまでにどのくらい時間をかけましたか?」

「数十秒とかかっていない」

「痛みやしびれた感じはしましたか?」

「しびれた感覚があってからえぐったら手遅れだろう」

(毒の知識がある)

もし、しびれた感覚があれば附子の可能性が高い。附子の毒は強力で、数十秒で死に至ることもある。

「どのような場面で射られたのですか?」

「おまえに言う必要があるか?」

公所の隠し通路の中で見つかったとなれば、公所か本邸のどちらかで射られたのだろう。そして、なぜ周りに助けを呼ばずこうして遠回りに猫猫を呼んだのか。医者を呼ぶ人間が何をするかわからないことを示す。

(内輪もめの可能性が高い?)

そうなると、中央ではなく兄弟間の争いのほうが濃厚になってくる。長男がいなくなれば、相続について得する者が多かろう。小紅は鴟梟に懐いているようだが、その母親も犯人として怪しい。

猫猫は鴟梟に横になるよう促し、懐から手ぬぐいを取り出す。

「矢は矢でも吹き矢ですね」

「……どうしてそう思う?」

手ぬぐいで腹の傷を押さえ、圧迫して血が止まるのを待つ。

「痛みもしびれも感じる前にそぎ落としたということは、最初から毒が塗られていると思います。それなら弓矢より吹き矢ですよね? なにより、邸内で弓をつがえるのは難しいですから」

体重をかけて出血が緩まったと思ったら針と糸を取り出す。えぐれたのは肉と皮膚で内臓は無事だ。多少荒いがさっさと縫ってしまったほうが早そうだ。

「吹き矢の矢は?」

鴟梟は猫猫に布包みを渡す。変色した肉の欠片とともに、矢の先が見える。あとで何の毒か確認しよう。

「ちょっとちくっとしますが我慢してください。失礼します」

猫猫は遠慮なく腹を縫う。やせ我慢が得意な鴟梟は、顔を歪めながら叫び声もあげなかった。

縫い終えた猫猫は血まみれだ。内緒でやってきたのに、こんな格好で帰ったら治療したことがばれてしまう。

(やっぱ無視すればよかった)

猫猫は腹立たしくなりながら、帯で鴟梟の腹をしめあげる。ぐえっという声が響いたが我慢してもらおう。

(応急処置は終えた)

でも、このまま外に連れて行っても、誰が敵か誰が味方かわからない。

まだ小紅は気を失ったままで、鴟梟も貧血でぼんやりしている。

とりあえず肉片についた矢を確認することにした。細長い円錐状の針だ。

(何の毒かわからんな)

見ただけではわからない。猫猫の手を突いたらどんな毒かすぐわかるのだが、ここで毒実験をするつもりはない。ねずみか何かを捕まえて、刺してみるのが一番わかりやすい判別方法だろう。

「何をしているんですかー?」

猫猫は驚いた。

上、木々の間から顔が見える。

「おやおやー。面白いことになっていますねぇ」

この独特のしゃべりは一人しかいない。

雀(チュエ) が塀によじのぼって、猫猫を見下ろしていた。