軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三十九、黄金比

四十五日目。

薬草の追加が届くが、足りない。

四十八日目。

さらしの消毒の仕事が回ってくる。

五十二日目。

「どーすっかなあ」

羅半(ラハン) 兄が悩んでいる。医務室の卓には大きな地図が広げられていた。

「どうするのかねえ」

やぶ医者も悩んでいる。仕事はしてもらわないといけないので、 猫猫(マオマオ) はすりこぎと薬草を横に置く。

「なんで羅半兄がここにいるんですか?」

医務室なのであまり部外者がいるのはよくないというのが一般的な考えだろう。おそらくここが一番、周りの中でぎすぎすした空気が少ないので来るのはわかる。

「いや、おじさんはいてもいいって言ったんだけど」

「お嬢ちゃん、羅半兄さんは疲れているんだよ。ちゃんといたわってあげないと」

たぶん、やぶ医者は羅半兄の名前を羅半だと間違っているようだが、あんまり訂正するのも面倒だ。

羅半兄といえば、もう連日の疲れで訂正する気もないのか、気づいていないのか、それとも慣れてしまったのか。

(一番の功労者だよなあ)

普通に被害を考えたら何万人の命を救ったかもしれない男だが、当人は全く気づいてない。

「ところで何を見ているんですか?」

猫猫は地図をのぞき込む。よく見るとかなり細かく書き込みがされていた。地方によって、土壌の種類や気候が事細かく書いてある。

「飛蝗退治の旅に出たときに書き込んでいった地図だよ。せっかくだから畑の特徴とか書き込んでたんだけど、半分しか埋まんなかったわ」

(どうしよう、この人使える)

そして、使われるだけ使われていいところ取りされる、損な役回りだ。

せめて今回の件くらい評価してもらえるようにしなきゃと思う猫猫。

「それで、地図を見て何に困っていると?」

「作物。いつまでも中央から飯貰うわけにいかねえだろ? 備蓄を考えて、できるだけ早く作れるもんを考えてる」

「芋は?」

「作れるかわかんねえもんをだすわけにいかねえ。数年は実験だ」

「普通に小麦は? 収穫できなかった畑なんかもさっさと刈り取って植えてしまえば?」

「小麦は作るよ。だけど、それは元々作る予定だった畑だけな。小麦は連作すると収穫が減る」

「あっ」

そうだった、と猫猫は頷く。

「れんさく? しゅうかく?」

やぶ医者はいつもどおりわかっていないけど、とりあえずいる。

「豆ならいけるんだけど、問題は収穫時期が遅いんだよな。そこんとこは仕方ねえとして」

羅半兄の頭の中には、農作物の栽培暦が入っているようだ。

「一番の問題は種子だな」

「しゅし? 種のことですよね?」

「そう。喰うもん無くなったら、来年の種なんて残す余裕もねえ。そうなったらもう終わりだろ?」

確かに、育てるもとすら無くなれば、なんにもできない。

「っつうことで、早めに収穫できる作物と麦種子を育てる畑をいろいろ考えている」

そして、かなり大がかりな話になっているが、当人は近所の畑を改革する勢いで考えているのが恐ろしい。

「やっぱ収量と人口と土壌の質も頭に入れないといけねえからなあ。計算はあんまり好きじゃねえんだけど」

「羅半がいれば計算はやいんですけどねえ」

「あのうざ眼鏡の話をするんじゃない」

素っ気ない羅半兄の返し。要領のいい弟に比べて兄は貧乏くじばかりひかされているので仕方ない。

「弟では?」

「じゃあ、あんたは妹だろ?」

なんだか不毛な言い合いになりそうなので、無言でなかったことにする。

「そういや、あいつから手紙来てねえな」

「手紙? このあいだ来てませんでした?」

「来ていたのは親父のだけだよ。羅半はけっこう筆まめだから、もっとくると思ってたんだけど」

猫猫に来るのなら、羅半兄に来てもおかしくないのだが。

ちなみにやぶ医者は羅半兄が羅半ではなく、羅半の兄であることにようやく気づいたようだ。けれど、名前は聞かない。

「……」

「どした?」

「いえ」

ふと、猫猫は数日前に貰った手紙を思い出す。あのときは深く考えずに流したのだったが――。

「ちょっとお待ちを」

「ん、ああ」

猫猫は二階の自室へと向かう。部屋に入ると、小さな花が生けてあった。娘らしい趣味の家具は全部外したが、たまにやぶ医者がこうして花を置いてくれる。

「これだ」

猫猫は、手紙が入った箱を持ってくる。

「なんだ?」

「羅半からきた手紙ですけど」

「……あいつ、なんかいい紙使ってないか?」

「長距離での移動に耐えられるようにと思っていましたけど」

猫猫は羅半の手紙をじっと見る。油紙を裏面に貼って補強された紙だ。一緒に来た 姚(ヤオ) と 燕燕(エンエン) の手紙も同じ用紙を使っている。

「なあ、この文ってどういう意味?」

羅半兄は、なんか険しい顔をしていた。

『姚さんたちがまだうちにいるんだが、どうすればいいんだろうか?』

という文面を指している。

「かくかくしかじか」

猫猫は端的に、姚たちの話をする。

この時点で、羅半兄はどういう顔をしていたであろうか。まなじりをつり上げ、目を剥き、鼻の穴をひくつかせつつ、獣のように歯をむき出しにしていた。ついでに、髪の毛は天を衝くほど逆立っていた。

「ひいぃ」

やぶ医者が縮こまる。

猫猫も正直驚いた。普通な羅半兄がここまで怒りの形相をするのかと。そのままの姿を木彫りにすれば鬼の像となるだろう。

「……あの野郎、俺を、俺を僻地に追いやって、自分は若い未婚の娘さん、それも二人と……」

燕燕がいるので、間違いなど起こりようもないが、今の羅半兄に言ったところで焼け石に水だ。

「でも、この文面なんかおかしいんですよねえ」

「へえー、どこがー」

口調さえ変わっている羅半兄。羅の家の出身の割に、普通にそこそこいい顔立ちしているが、今は何も言えないくらいひねくれた顔になっている。

「『まだ』じゃなくて『また』ならわかるんですけど。一度、あの二人宿舎に戻りましたし」

「でも、今はー、いるんだろー」

「羅半兄、あんまりその顔で近づかないでください」

「羅半なんて名前口にだすんじゃねえ!」

「あー、はいはい」

どうやら弟の女性関係は逆鱗だったらしい。

仮に、姚たちが姚の叔父のあれこれでまた羅半の家に戻ったとする。それは考えられる。でも、羅半に限って、『また』と『まだ』を書き間違えるだろうか。

(なんか引っかかる)

猫猫は羅半の手紙をしっかり見る。手紙にはしっかり油紙と紙がひっついていて取れる様子はない。いや――。

(誰かが剥がそうとしたあと?)

油紙の四隅が微かだがめくれたようなあとがある。

(めくって貼り直したあと?)

猫猫は他二つの手紙も確認する。

羅半の手紙がなにか手を加えられているなら、他二つの手紙も同じように処理されている可能性が高い。

文面をよく確認すると、字がにじんでいた。あとから油紙を貼り合わせたから表の文字までにじんでしまったのだろう。

三枚の手紙、前にも何かあった気がする。

姚と燕燕が入れ知恵したのなら、関連性があるはずだ。

(あぶり出しとか、いや)

油紙が貼ってあるので火をつけたら燃えてしまう。あえて油紙を貼り付けたのは、相手に中身を確認させ、安全だと認識させるためだろうか。だったら、油紙はただのはったりになる。

猫猫はじっと手紙を見る。

羅半兄も見る。

やぶ医者もとりあえず中に入りたいので考えるふりをする。

「……これ、羅半が本当に送ったのか?」

「どうしてです? 羅半の字ですけど、悲しい現実はちゃんと受け止めてください」

「ちげえよ! そうじゃなくて、あいつが数字にやたらこだわるのわかるな」

「はい」

それはいやというほどにわかる。

「この手紙、不格好じゃね?」

羅半の手紙を広げる羅半兄。

「別に変なところは見られませんけど」

「いや、変だろ。あいつは手紙を書くとき、大体縦五に対して、横八の寸法の紙でしか書かない」

「いや、知りませんよ、そんなの」

羅半曰く、美しい比率というのだろうか。

生憎、猫猫はそれほど羅半の手紙に興味はない。

「紙が足りなかったってことじゃないですか?」

「いや、あいつの異様な数への執着わかってねえ。俺は前髪をちょこっと切り損じたとき、別に気にしてなかったんだけど、寝ている間にあいつに勝手に切りそろえられた。爪の先ほど誤差がでたからってほぼ髪がなくなるまで切り刻まれた俺の気持ちわかるか? あいつが五つの時だぞ」

「弟関連でろくな目にあってませんねえ」

弟というか、家族もだろうが。

「そんな羅半のことだ、なにか理由があるはずだ」

じっと手紙を見る羅半兄。

猫猫は他二つの手紙も見る。姚のは羅半よりかなり長いが、燕燕に比べるとかなりましだ。燕燕は長い上に米粒のような字で書かれてあって、もう読みたくない。

羅半と姚の字はちょうどよい大きさで見やすいのだが。

猫猫はふと羅半の手紙と姚の手紙を重ねてみた。縦の長さは合う。横の長さはちょうど三倍だ。

二人とも文字が均一で重ねると大体そろう。たまに姚の感情がこもったところだけ、いくらか大きさが異なるくらいだ。

「これは」

「どうした?」

花街の緑青館では科挙の受験生や合格者が来ることも少なくない。そのときに苦労すると言われるのが、狭い穴倉のような席で数日におよぶ書き取りだそうだ。手本と同じように均一に美しく書かなくてはいけないあの文字を思い出す。

「縦と横」

文字の大きさだけでなく縦の文字数もきっかりそろっている。そして、猫猫が気になった『まだ』という文面を探る。

「石、炭、さがせ」

『まだ』という羅半の文面に重なる姚の文面を探した。姚の手紙は羅半の三倍の長さなので、ずらす。文章が浮き出てくる。

「石炭?」

「石炭ですね。燃える石のことです。使い方によっては薬になりますが、害も大きいと聞きます」

猫猫の養父の羅門は、薬は同時に毒であると知っている。できるだけ害のない薬を使うので猫猫にはあまりなじみがないものだった。

「その石炭がなんだって言うんだ?」

「私にはちょっと。ただ、念のため報告しておきましょうか?」

単なる偶然であればいいが、と思いつつ猫猫は手紙を箱に入れた。