軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十五、せんぶり

香ばしい茶と甘い菓子の匂いが充満している。

つやつやとした肌はまるで赤子のようで、きゃっきゃと楽しそうな声でおしゃべりをしていた。

ここまでの描写で、人は皆、若い娘たちの茶会を想像するだろう。

だが、しかし――。

「お嬢ちゃん、おかえりよー」

茶会の主はおっさん、しかも宦官だった。

やぶ医者である。話し相手としているのは、 天祐(ティンユウ) で、相槌を打ちながら干し 棗(なつめ) を食べていた。李白は、壁に立って護衛をしているが、暇なのか両手に 胡桃(くるみ) を持って殻を割ろうとしている。

(それって薬として持ち込んだ胡桃じゃないか?)

猫猫は疑問を持ちつつ、とりあえずやぶ医者に挨拶を返す。

「ただいま帰りました。ずいぶんと医務室らしくなりましたね」

玉袁の別邸の離れ、そこを改造した医務室はだいぶ充実していた。棚や寝台が追加され、衝立も用意されている。

「お嬢ちゃんの部屋は、階段を上ってすぐだよ。初日に、寝ていた場所だからわかるね?」

「はい。荷物はどうしましたか?」

猫猫は、ろくに荷ほどきもしないまま、農村へと向かった。何の片付けもしていないはずだ。

「お嬢ちゃんの荷物は何も触っていないよ。ただ、部屋が殺風景だったので、私がちょいと家具を増やしたから、だいぶ過ごしやすくなっているはずだよ!」

妙にやる気に満ちたやぶ医者。つまり、猫猫の部屋を改装する程度に暇だったということだ。

「ひげ無しのおいちゃん、すごくがんばって改装してたぞ」

いつも通り軽薄そうな笑いを浮かべる天祐。とても嫌な予感がする。

「何か特に問題はなかったですか?」

猫猫は荷を下ろして訊ねつつ、新しく入った薬棚の引き出しを開ける。久しぶりに嗅ぐ薬らしい薬の苦い匂いが心地よかった。

「うーん、特にねえ。いつも通り、月の君の往診に出かけて、たまに患者さん来て――」

「大体、風邪なんかが多いな。寒暖差が激しいから、船旅で弱ったのがちらほら」

天祐がやぶ医者ののんびりした話し方がまどろっこしかったのか横から入る。猫猫としても簡潔に話を聞きたいので、 麻黄(まおう) の在庫を確認しつつ天祐を見る。

「一人蠍に刺された奴がいたけど、大丈夫だった。近くにいた奴が、刺されてすぐ処置したから、ひいひい言ってたけど死ぬことはないって」

天祐が聞き伝手なのは、おそらく詳しくない分野だからだろう。やぶ医者が知っているわけがないので、誰か蠍毒に詳しい人がいたのか。

「どなたか毒に詳しい人がいらっしゃられたのですか?」

千振(せんぶり) を棚から取り出し、少し千切って舐める。舐めたことを後悔するくらい苦く、まさに薬という感じがしてよい。

「蠍毒はここらじゃ珍しくないから、普通に食堂の小母さんが教えてくれた。ついでにそれでも医者か、と貶された」

「うん。西都じゃ、蠍を素揚げにして食べたりするんだってね。怖いね」

やぶ医者が眉を八の字にする。

「それは一度食べに行きましょう!」

猫猫の気持ちが一気に高揚する。取り出した 甘草(かんぞう) を戻す。

「ええ、嫌だよぉ」

ぷるぷると首を振るやぶ医者。

医官二人はこんな調子なので特に問題ないと、猫猫は判断する。もう少し、薬と戯れたい気持ちもあるが、後ろ髪引かれる思いで部屋へと移動することにした。

階段を上がってすぐの部屋を開ける。開けて天祐が笑っていた理由がすぐさまにわかった。

「なんだよ、これ……」

簡素で何もない部屋だったはずが、ご丁寧に寝台に桜色の天幕がつけられている。虫よけにしては大層可愛らしく、ところどころ刺繍がしてあった。備え付けの机にはこれまた刺繍入りの卓布が敷かれ、椅子には透かし編みを駆使した西洋風の座布団が置かれている。

窓にも透かし模様入りの天幕、壁飾りには花模様の織物がかけられていた。

香の匂いがする。猫猫にしては可愛らしすぎる 花(フローラル) の香り。極めつけに、 乾燥薔薇(ドライフラワー) が各所に撒かれていた。

「……」

ぷるぷると震えて、今すぐ模様替えをしたかったが、きらきらした目のやぶが後ろにいた。期待の眼差しを猫猫に向ける。

「ふふ。その透かし編みはいいよね。行商人が若い娘さんにはぴったりだってすすめてくれたのさ」

若い娘も何も猫猫である。それに、年齢的にはもう行き遅れに近い。

「お嬢ちゃん、気に入ってくれたかい?」

つぶらな瞳が猫猫に迫る。

「……っ」

猫猫は顔を引きつらせ、そのままがくっと肩を落とした。

後ろでは、気の毒そうな李白と、笑っている天祐がいた。とりあえず、今日の天祐の夕餉の茶を千振茶にすることにした。

夕餉が終わり、猫猫は部屋に戻る。天祐にはちゃんと仕返しをしたので、少しだけ気が晴れた。

(なに、薬だ薬)

元々、花街で眉墨に混ぜて使っていた草だ。抜け毛を減らす効能があるらしい。他に、消化不良や下痢、腹痛などにも効くのだが、その不味さから宮廷の医務室ではあまり使われていない。

ではなぜ持ってきているかと言えば、胃腸薬としてではなく抜け毛を減らす薬としての効能のほうが世間受けはいいのだ。

(たまに来るんだよね、頭髪の相談)

もちろん、猫猫はやぶ医者と違い、個人情報は守る。けれど、そのついでになにか頼み事をしないわけではない。

部屋のあまりに可愛らしい様子に、ふうっとため息をつく。いきなり模様替えするとやぶ医者が悲しむので少しずつ気づかないうちに変えていかねばならない。

今日はもう面倒なので明日からやるかと、寝間着に着替えようとした時だった。

こんこんという音がする。

「どうぞ」

「おう」

入ってきたのは李白だった。

「どうされましたか?」

「いや、おっちゃんとあの天祐って奴の前で言うのはどうかなって思って、直接言いに来た」

なんとなく思っていたが、李白と天祐の相性はそんなに良くないらしい。誰とでも仲良くなれそうな大型犬にも苦手とする人物がいたようだ。

李白は阿呆そうだが、頭は回るし勘がいい。天祐のどこか信用できない雰囲気を嗅ぎ取っているのだろう。

「天祐が何かしたのですか?」

「いや、そいつは関係ない。ただ、おっちゃんをからかって何か遊びそうな雰囲気だったんで話さないでいた」

「では、や……医官さまに聞かせたくない話でしょうか?」

「聞いても問題ないって言ったらないんだけど――」

「単刀直入に言ってもらえると助かりますけど」

猫猫は旅先から帰ってきて眠い。ちょっとつっかかる言い方になってしまった。

「出るらしい」

「出る? 何が?」

「飛び回る首だ」

「はっ?」

首と言ったら、首だ。首がどうして飛ぶのだ。

「 飛頭蛮(ひとうばん) が出るらしい」

李白は、至極真面目な声で言った。