軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十八、選抜者と船旅

出発の日、猫猫は一抱えの荷物を背に馬車に乗った。医療器具の類はすべて別に用意して詰め込んである。他に必要な物も、大体前もって馬車に詰め込んでいたので、手元にあるのは着替えと、 姚(ヤオ) たちが書き写してくれた本くらいだ。乗り物酔いしない猫猫なので、暇な時間は本を読んで時間を潰すつもりだ。

(医官は四人行くと聞いたけど)

結局、誰が行くのか教えてもらえなかった。何かしら思うところがあり、隠しているのだろうと勘繰ってしまう。

一人は誰かわかったが。

「おー、俺たちが乗る船か」

馬車から顔を出しているのは 天祐(ティンユウ) だ。結局、立候補したのが彼しかいなかったので、大体予想はついていた。

(こんな新人を出すなんてって、人のこと言えないか)

医官の数として入っていないが猫猫も選ばれている。医官が四人と医官手伝いが一人。 劉(リュウ) 医官は人手が足りないと言っていたので、かなり考えた結果がこれだろう。

皇弟こと 壬氏(ジンシ) に変人軍師が来るということで、今回の旅は大掛かりだ。大きな帆船が三つ並んでいる。海路で向かうとのことだが、今まで見た中で一番立派な船だ。帆柱がそれぞれ四、五本ついており、大砲がいくつも見える。形からして、西方の技術を大きく取り入れながら、妙に派手な色調が 茘(リー) の船だと強調している。

ざっと数百人乗り込める大きさだろうか。詰め込めば千人いけるかもしれない。

「陸路より早いんでしょうか?」

思わず口にする猫猫。距離としては海路のほうが遠回りに違いない。

「荷物が多いからだろうよ。お偉いさんの滞在日数も長いし、何より土産も多いからよ」

ふと渋い声が聞こえた。誰かと思えば、上級医官の一人だ。髭を生やし、少し野性味を帯びた顔をしている。内勤のはずなのに、肌が日焼けしたように浅黒い。

記憶には残っているが、配属されている医局が違うので、名前は憶えていない。

選ばれた四人のうち二人目だ。

「……そうなのですね」

いつもなら適当に誤魔化せるが、今後名前を覚えないといけない。

「一応、今回の旅の間は、俺が指揮をとるから、よろしく頼む」

かなり気取らない性格だ。劉医官のことなので、技術だけでなく精神面を考えた人選だろう。肌の色から西都出身なのかもしれない。

「あと二人の医官はすでに船の中にいる。俺は先頭の船、天祐は後ろの船で、 娘娘(ニャンニャン) は真ん中。医官手伝いにはもう一人の上級医官がつく」

「……」

名前が違うと訂正すべきだろうか。いやしかし、名前を憶えていない側が口にすることでもないから、そのままにしておこう。

「あの質問です」

「なんだ?」

「私が乗る船には誰が乗っていますか?」

猫猫はごごごごっと顔を引きつらせながら言った。

「真ん中の船には一番のお偉いさんだ。若いほうな。船の立派さから想像がつかねえか?」

真ん中の船が一番大きく、洒落ている。

「若いほう……」

ほっとすればいいのだろうか。

つまり壬氏のほうで、変人軍師ではないらしい。

「 漢(カン) 太尉については、 羅門(ルォメン) さんの話によれば、船に揺られている間は比較的大人しいので、酔い止めと栄養補給の果実水を与えておくようにとのことだからな」

「ああ」

羅半(ラハン) とほぼ同じ体質らしい。酒だけでなく船にも弱いようだ。

「船の説明は聞いているか?」

「はい。医務室が備わっているので、そこに必要な道具は持ち運ばれていると。あと、寝泊りも基本医務室でするようにと」

「そうだ。別に娘娘は侍女たちの部屋で寝泊りしてもいいが」

「医務室でお願いします」

壬氏がいるのだから、侍女も連れてきているはずだが――。

( 水蓮(スイレン) はついてきてるのだろうか?)

初老の女性だ。長旅はきつかろう。でなければ馬閃の姉の 麻美(マーメイ) しか思いつかない。

(子持ちとか聞いたような聞いてないような)

どうなんだろうと考えつつ、どちらにしても他に誰か侍女がいるに違いない。人選には気を配っていると思うが、念のため距離を置いておくにこしたことはない。

「細かいことはもう一人の上級医官に聞いてくれ」

(いや、誰なんだよ)

変人軍師の情報は公開しているのに、なぜ医官を秘密主義にするのだろう、不思議に思う。

「えー、先輩ですか?」

天祐が船に乗り込みながら、声を上げていた。

「なんだ、不満でもあるのか?」

誰かと思えば、先日やたら突っかかってきた中級医官だ。優等生そうに見えたが、それが 徒(あだ) になったようだ。もちろん、名前は知らない。

もう一人は誰だろうかと船に乗り込む。

船員があくせく働いている。

お偉いさんが泊まる部屋は少し豪華な部屋が甲板から飛び出ている。風通しも良さそうだ。

(一番居心地は良さそうだけど、一番狙われそうだな)

階段を下りて船の内部へと入る。じめっとした空気が肌に張り付く。風通しを良くするためか、壁で仕切られていることはなく、申し訳程度に間切りされていた。

(大体、官たちはここで雑魚寝になるんだろうな)

食事も一緒。水夫を別に雇っているので、やることはなく暇だろう。盤遊戯がさらに流行しそうだ。

砲台も設置してあり、戦艦としての役割も果たせる。

いくつかしっかり壁に区切られている場所が侍女やお偉いさんの部屋だろう。男女比を考えると圧倒的に男のほうが多い。男女一緒に雑魚寝をして、変な気を起こすものがいないようにするための配慮だとわかる。

(なんだかわくわくしてきた)

どうせこれから毎日飽きるほどいる場所になると思うが、つい探検したくなるのが人の常。壁の各所に荒縄や木材の浮き具が掛っている。

船は三段構造、お偉いさんの部屋も合わせると四段構造になっているようだ。

一つ下の階はほぼ同じ構造だが、医務室と厨房があった。医務室は最後に回るとして、厨房を確認する。水樽がいくつも置いてあり、竈があった。煙を上手く排出できるように工夫が凝らしてある。

(船の上で火を使うの怖いな)

燃えにくい素材を周りに使っているけれど、それでも慎重になるだろう。

船に乗る人数を考えるととても小さな厨房なので、ほとんどお偉いさんがたの飯を作るので終わるはずだ。

猫猫のような下っ端はぬるい汁物が食べられたら十分という程度だろう。

食うものを食らったら、出るものは出る。

厠はどこにあるかと思えば、船首に囲いが作ってあった。たぶん、そのまま海にどぼんと落ちる仕組みだろう。間違って落ちることはないようにしたい。

一番下は荷物を置いている。砲弾や水、食料に西都への土産物だろうか。ちゃっかり芋を見つけてしまい、呆れそうになった。誰が売り込んだのか明白だ。

大体、見回ったところで医務室に入る。病人が出たとき隔離できるようにしっかり壁が作ってある。戸を開けると、柔らかな輪郭の主が椅子に座っていた。

「……」

一瞬、おやじかと思ったが――。

「おや、嬢ちゃん」

本来後宮にいるはずの人物が座っていた。やぶ医者である。

「……医官様ですか?」

なぜ語尾に疑問がついているかといえば、やぶ医者の 象徴(トレードマーク) ともいえるどじょう髭がなかったからだ。つるんと、本当につるんとしている。

「わっ、見ないでおくれ。恥ずかしいじゃないか」

顔を真っ赤にして口を尖らせるやぶ医者。行動が前髪を切りすぎた年ごろの娘そのものである。

「どうしたんですか?」

「ううっ。髭をそれと言われたんだよ。本来、宦官に生えているのはおかしいって」

「まあ、おかしいですね」

宦官は男の象徴を切り取っているため、男性としての身体的特徴が無くなる。髭も体毛も薄くなるのだが、もちろん例外もある。人によって男の象徴となる部分が一部、体の中に残ることもあるそうだ。

やぶは宦官なのに、髭がまだ生えることに誇りを持っていたようで、よく貧相な髭を撫でていた。

「にしてもまた、なぜ医官さまが?」

「後宮には今のところ特に気を使う妃がいらっしゃらないからね。上級妃は 梨花(リファ) 妃くらいだし、それなら羅門さんだけで事足りるから」

(あー左遷だな)

劉医官は本当に抜け目がない。

西都に行く医官が足りないということで、壬氏に頼まれた人数を用意した。一人しっかりした上級医官がいるとして、もう一人くらい上級医官がいないと恰好がつかない。

というわけで形だけなら、上級医官の称号を持つやぶ医者を使うことにしたわけだ。

それでもって猫猫に医官知識を詰め込んだのも、やぶ医者と相性がいいのを考慮に入れたのかもしれない。もしくは、反対に猫猫が行くのでやぶ医者を連れていくことにしたのか。

「ふふふっ、船旅なんて初めてだけど、どきどきしちゃうねえ。何がどうなるかわからないけど、嬢ちゃんと一緒なら楽しくやれそうだよ」

やぶ医者のすごいところは、この性格だろうか。

あと、なんだか何があっても生き残っていけそうな運の良さだけはある気がする。何か得体のしれないものに好かれているのかもしれない。

「じゃあ、早速お茶でもしようじゃないか。お湯を沸かしてこないと」

「竈は勝手に使うと怒られると思いますよ」

「ええ? じゃあ火鉢で」

「たぶん、ここで炭火を焚くと窒息すると思います」

換気が悪いので、不完全燃焼するだろう。窓はあるが小さい。部屋自体薄暗い。

やぶ医者の眉が下がる。

「もしかして、船旅ってすごく不便なのかい?」

「言うまでもなく」

やぶ医者はがっかりすると、ぽふんと備え付けの寝台に顔を埋めた。

「うーむ。寝台も固いねえ」

「仕方ないので諦めてください。むしろ雑魚寝ではないだけましですから。あっ、ここの棚、荷物置きに使いますね」

猫猫は着替えを棚に入れると、姚から貰った写本を開く。ちょうど窓の光が差すところに陣取り、寝台を椅子替わりに座る。

「えー、嬢ちゃん本を読むの?」

「出発まで時間がありそうですから。そのときは誰か呼びにきますよね?」

「むう」

残念そうなやぶ医者はぶうっと口を膨らませつつ、そっと携帯用の碁盤を取り出した。

「いいよ、私だって詰碁するから」

取り出した本が変人軍師の碁の本だったのは言うまでもない。