軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四、抜けた数字 後編

(二冊、かな?)

猫猫(マオマオ) は、抜けた本の番号を書き留める。明らかに抜けているであろう本は二冊あるようだ。

「ふむ」

猫猫は机の上で首を傾げる。今日もまた、本の書き写しをしていた。昨晩は、徹夜をしようかと思っていたが、 姚(ヤオ) と 燕燕(エンエン) に連行され、無理やり寝かされてしまった。夜更かしはお肌に悪いそうだ。

本棚の本はほとんどおやじの手書きだ。西方へと留学していた時代の知識が多く含まれており、各所に外国語が混じっていた。猫猫にもわからないものがある。燕燕に聞いても、ぴんと来ない綴りが多いので、おそらく茘の言葉では訳すことが出来ない専門用語なのだと推測する。

すべて読みたいが、時間がない。変人軍師が帰ってくるのは明日だと言うので、それまでにうつせるだけうつしておきたいが、無理だろう。ならば、できるだけ重要な部分だけ抜粋しておきたい。

「猫猫。あまり根詰めないでください」

燕燕が野菜を片手にやってきた。昨日は豪勢だったので、今日はあっさりめにすると言っていた。姚の食事のことを考えてだろう。

「ご心配なく」

「姚さまが真似します」

猫猫の心配ではなかった。通常営業の燕燕である。

「その姚さんはどこへ?」

午前中は猫猫と一緒に本を読んでいた気がする。途中から見えなくなった。例の叔父さんには会いたくないため、休みの間は変人軍師の屋敷の敷地内から出る気はないと言っていたが。

「本も何冊か持って行っているみたいなので、早く返して欲しいのですが」

「猫猫の本じゃないでしょう。お嬢さまは二階にいますよ」

「……誰も読まないのは勿体ないし」

このまま、ただ風化を待つだけなら、蔵書のすべてを引き取ってもかまわないだろうか。しかし、置き場所がない。宿舎には到底入らないし、花街のあばら家に置いたら、おやじが帰ってきたときにばれてしまう。

おやじは猫猫にたくさんの医療知識を教えてくれたが、どこか線引きをしている。薬師になることは喜んでくれたが、人の遺体に触ることを良しとしないため、医者にはなるなと言った。今、医官付きの官女をやっているのも、あくまで医官の補佐の立場だから許してくれたのだろう。

(あまり外科系の処置は好まれないんだよな)

切り傷、打撲程度ならいいが、傷口を縫ったり、切開で膿を出す処置は猫猫にやらせずにおやじがやっていた。無論、おやじがいないときは見様見真似で覚えた処置をやっていたので、やり方は心得ているが。

ふと、猫猫は飛んだ数字を見る。

「人体の構造、外科処置……」

抜けた本の内容は、おやじが猫猫に教えたがらない部分だと予想される。

(いっそう気になる)

猫猫は眉間にしわを寄せつつ、唸っていると上から大きな音が響いた。大きな何かが倒れたようだ。天井からぱらぱらと埃が落ちてくる。

「姚さま!」

燕燕が慌てた顔で階段を駆け上がっていく。猫猫も本を置いてついていった。

二階の一室の戸が開いている。燕燕はすかさず中に入った。

「あいたたたっ」

姚が尻もちをついていた。横には、倒れた箪笥。音の正体はこれらしい。

「大丈夫ですか? お怪我は?」

「問題ないわよ。平気よ、平気」

猫猫は部屋をぐるりと見渡す。つい見てしまうくらい変わった造りの部屋だった。

「なんですかね、不安になる部屋ですけど」

見たこともない様式の壁だった。床と壁が木製なのはわかる。わかるが二色の木材を使い、奇妙な模様を作っていた。天井には動物の絵が描かれており、正直、不安になる協調性がない部屋だ。

「……私も見たとき、びっくりしたの。でも、この離れも羅の一族の所有物だって聞けば、なんか納得がいったから」

「代々、変人を輩出する家系ですからね。奇妙な部屋を作る人材がいてもおかしくないです」

姚と燕燕が猫猫を見る。

「……ともかく何をしていたんですか?」

話題を変えたい猫猫は、姚に質問する。

「これよ」

姚が取り出したのはおやじが書いた本だった。『 一(いち) ―2-Ⅰ』とある。

「どうしたんです?」

表紙で番号は確認したが、まだ中身を見ていない本だ。

「ほら、最後の頁を見て」

姚が本を開く。最後の頁の端っこに、小さく丸が描かれていた。

「太極図でしょうか?」

太極図、または太極魚と言う。白黒の魚が混ざるようにくっついて円を作った形だ。占いによく使われる図だとしか、猫猫の印象にはない。

「なんでまた?」

首を傾げるしかない。

「陰陽図でしたら」

燕燕が一階に下りて、本を持ってやってくる。

「ここにもありますよ」

『 一(いち) ―2-Ⅲ』と書かれてある。

「こっちは最初の頁に書かれてありますね」

「……」

猫猫は二冊の本を並べる。

「ちょうどこの間にあるべき本が見つからなかった気がします」

「ええ、そうなの。だから、私思ったのよ」

姚が自信満々に部屋の壁を叩く。

「この部屋に本が隠されているんじゃないかって」

「どうして?」

猫猫は理解できないと眉間にしわを寄せるが、燕燕が目を見開いて、手を叩いた。

「姚さま、さすがです」

燕燕も可愛いお嬢さまだからって褒めればいいというものではない。何がさすがなのだろうか。

「この壁と床、 八卦(はっけ) を表していますね」

「でしょ!」

「はっけ?」

猫猫は首を傾げつつ、言葉を変換する。

(はっけ、白鶏、百家、八卦……)

「八卦?」

確か陰陽図と関連がある何かだったと記憶しているが、生憎猫猫の専門外だ。興味がない分野になると、猫猫の記憶力は著しく低下する。

「八卦よ。ほら、この模様、 爻(コウ) を表してるんじゃないかしら?」

「こう?」

馴染みないどころか、どんなものか予想がつかない言葉が出てきた。

「まさか知らないの?」

姚が驚いた顔をする。ほんの少し嬉しそうだ。

「むしろ知っている人のほうが少ないんじゃないですか?」

ちょっとむすっとなる猫猫。なんだか悔しい。

「こういう模様は知っている?」

姚は指先で床板をなぞる。白っぽい床板と黒っぽい床板。黒い床板だけをなぞっている。

「八卦は爻、一本の長い線と二本の短い線を三つずつ組み合わせるの。それぞれの線を、陽と陰、または剛と柔って言うわ」

猫猫は指を折って数える。二つの爻が三つあることで、合計八種の図ができる。だから八卦になる。

床を見ると、真ん中だけ白い木材の面があり、残りの面は八つの図になっていた。

「箪笥を倒したのは、箪笥に隠れている床板を確認するため、移動させようとしたんですか?」

「……そうよ」

ちょっと気まずそうに肯定する姚。

「先天図を表していたわ」

また、猫猫にはわからない言葉が出てきた。聞き返そうと思ったが、話が進まなくなりそうなので知ったかぶりをして次に進むことにした。

「先天図はわかりました。で、どこに本があるんでしょうか?」

「……」

姚は無言だ。それ以上はわからないらしい。

もし、おやじが何か意味があって太極図を描き加えたとしたら、ちゃんと答えを導き出せる何かがあるはずだ。

ふと猫猫は二冊の本を見る。内容は人体の構造について。一つは手、一つは足について詳しく書かれている。

「……姚さん。八卦ってそれぞれ何か意味があります?」

「方角や動物、家族などの意味もあるわよ」

「人体は中に含まれていませんか?」

「含まれているわ!」

姚は驚いて本を見る。

「歯抜けになった本を除くと、『 一(いち) -2』の番号は八冊ありました」

「八冊、手と足があるとすれば、残りは首、口、目、股、耳、腹の六つよ」

「持ってきました」

理解が早い燕燕は一階から残りの本を持ってきていた。中を確認すると、姚が言っていた通りだった。

「太極図で考えると足りない箇所はないはずなんだけど」

しかし、番号は抜けている。

猫猫は部屋の中央、何の八卦図も配置されていない場所の上に立つ。なんとなく上を眺めてみる。

「動物がたくさん描かれていますね」

「見ればわかるわよ。馬に犬に、雉に、なんか龍っぽい絵もあるけどいいのかしら?」

「龍とは不届き者ですねえ」

皇族を意味するものを勝手に使うのは、時に罰せられることもある。

「……ってか、天井の絵も八卦だわ」

姚が目を細める。経年劣化により、色落ちしているが判別できる。

「姚さん、天井の真ん中、馬が一頭と、羊が二匹。何を意味しますか?」

「馬の場合、『乾』、先天図で南、家族で父、体は首、五行で金、数字で一よ」

「数字? 羊はいくつですか?」

「羊の場合、二か八なんだけど、先天図なら二になるわね」

「一と二が二つ」

猫猫は本を見る。奇しくも、というべきだろうか。歯抜けになった番号が『 一(いち) -2-Ⅱ』である。

猫猫は首を元に戻すと、壁に目を向ける。床よりもより緻密に白と黒の板が並んでいる。

「姚さん」

「何?」

「一と二の八卦ってどれですか?」

姚は床を移動する。

「一がこれ、長い線が三本よ。二は一番上が短い線が二本あるので、下二つが長い線よ」

『☰』と『☱』。

猫猫は壁を前に丁寧に探す。

「何しているの?」

「一、二、二、の並びがないか探しています」

似たような組み合わせばかりで眼が痛くなりそうだし、何よりちょっと目線を外すとどこまで見たかわからなくなりそうだ。

「じゃあ。私は反対側から見るわね」

「では、私は応援しています。お茶菓子を準備しますね」

燕燕は逃げた。待て、と追いかけたいが目を離したらすぐどこまで見たかわからなくなる。壁に印をつけておきたいが、筆で印をつけるわけにもいかず、ひたすら目が痛くなる作業だ。

「……」

「……」

「……」

燕燕が茶の準備をしている。香ばしい菓子の匂いは、前に 水蓮(スイレン) から教えてもらったものだ。燕燕に作り方を教えると、燕燕が自分から作ってくれるようになった。

これだけの図があれば一、二、二の順に並んでいそうなものだがなかった。一、二と来て次に二が来ることはない。

(そろそろ出てきてもいいはず)

と思ったら、こつんと姚とぶつかった。

「あった?」

「ありません」

「どういうこと?」

「見落としたのでしょうか?」

目をしぱしぱさせて壁を見る。もう一度確認しないといけないがやりたくない。

「お茶にしますか?」

燕燕が茶器を掲げて見せる。

「する!」

「します!」

姚と猫猫の声が重なった。

部屋には卓がないので、床に敷き物を敷いて飲む。水蓮秘蔵の 調理法(レシピ) の菓子は美味い。宿舎には調理道具が足りないので蒸すしかなかったが、燕燕はわざわざ焼くための窯をよそで借りてきて作るのである。

「おいひい」

姚は大満足だが、終わったらもう一度確認しなおしである。これでなかったら、猫猫の予想が外れたことになるだろうか。

「惜しいのよね、一、二ときて、次の数字が違うの」

「はい。最後の数字だけ違うんです。一個くらいあってくれてもいいのに」

姚に同意する猫猫。

「そうそう。線が一本違うだけで別の数字になっちゃうもの。ここで陽が陰になってくれたらって思ったわよ」

陽は長い線、陰は短い線が二つ。

「……陽が陰」

猫猫は床の八卦を見る。

『☰』の一番上の陽を陰に変えると『☱』。

猫猫は立ち上がるとまた壁を凝視する。

(確かここら辺に)

一、二、一と並んでいた。

他にこの並びはなかった気がする。

猫猫は三つ目の一、『☰』の一番上の陽に触れる。

かすかだが指先に違和感があった。

長い線の真ん中を猫猫は指先でぎゅっと押してみた。

陽の真ん中が奥へと押し込まれた。

(陽から陰へ)

がこんと音がすると、壁から何か飛び出てきた。引きだしが出てきた。

「嘘?」

姚が目を丸くする。

「驚きました」

燕燕はまじまじと引き出しを見る。

猫猫は引き出しから、本を一冊取り出す。

『 一(いち) -2-Ⅱ』

歯抜けになった本だが、他の装丁に比べるとずいぶんつくりが粗い。頁が歪で厚さが揃っていない。

「羊皮紙でしょうか?」

「手触りからしてそうですね」

猫猫は恐る恐る頁をめくる。字は毛筆ではなく、西方の筆記具で書かれている。内容のほとんどが 茘(リー) の文字ではない。崩した西方の言葉がほとんどで、たまに注釈のように茘語で書かれている。

(留学時代の物だ)

おやじである 羅門(ルォメン) は若い頃西方に留学している。彼の他とは群を抜いた医療知識は、留学先で学んでいた。

猫猫は片言ながら西方の文字を理解している。飛び飛びにわからない単語がありつつも少しずつ読み進めて行って――。

青ざめていった。

「猫猫……」

燕燕も不安な顔をしている。

「どうしたの? 何て書かれているの?」

姚だけは西方の言葉が読めないので二人の反応にやきもきしていた。

猫猫は次の頁を開けずにいた。

「ねえ、どうしたの?」

姚が本に手を伸ばす。頁を猫猫にかわってめくった。

めくった先には、猫猫と燕燕、二人が危惧していた物が描かれていた。

「なによこれ?」

精密に描かれた人体。ただそれだけならいい。だが、その絵は人の皮をはがし、中の肉を事細かに描いたものだった。

「……っ」

姚が気持ち悪そうに目を背けた。想像で描くにはあまりに 現実味(リアル) な筆致は、実物を前にしないと描けるわけがない。

猫猫は次の頁をめくる。

人間の腹をさき、中にある臓腑が描かれている。

(おやじは西方で学んだ技術を使って、皇太后の腹を切った)

切開による出産。本来、母子ともに危ない出産の時、子だけが助かる方法として使われる。

しかし、羅門は母子ともに生かした。

知識だけで出来ることではない。

おそらく何人もの腹を切ったことがあったはずだ。

そして――。

練習としていくつもの体を切り刻んできたはずだ。

おやじが猫猫から死体を遠ざける理由。医者ではなく薬師になることをすすめた理由。

(こういうわけか)

猫猫は歪な本を閉じる。

おやじがやったことは否定しない。医療を行う上で、人体を知ることは当たり前のことだし、猫猫もだから自分の体で実験を繰り返す。

しかし、ごく一般的な反応は姚と同じようなものだろう。

姚は口をおさえながら、歪な本に憎悪の目を向ける。

西方ではどうかわからない。ただ、ごく一般的な茘の人間には、本の内容は受け入れられないだろう。

信仰として禁忌がある。禁忌に反した内容なのだ。

猫猫は置いた本の裏を見る。

『witchcraft』

崩した文字で書かれてあった。

その意味がどうであれ、おやじが本を隠した理由がわかる。

世間に出せば禁書として燃やされる、あってはならない本だった。