軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八、雷 前編

「変な混ぜ物をして酒を売っていた業者が摘発されたみたいよ」

食堂で昼飯を食べつつ、猫猫たちは時事の話題を口にしていた。

武官たちの昼飯を邪魔せぬように端っこに陣取っている。外は、大雨でいつにも増して人が多い。秋には珍しい天気で、昨日は大きな雷が落ちていた。あまりに大きく、宿舎で 姚(ヤオ) が 燕燕(エンエン) に抱きついて大騒ぎだった。

ちょうど夕刻の鐘が鳴った頃だと覚えている。

聞いた話によると、都のすぐ北西にある森に落ちたとかどうとか。近くでだべっていた官女たちが話していた。

「酒に混ぜ物ですか? 薄めたんですかね?」

「いえ、酸味の強い葡萄酒に薬物を入れて甘くしていたようです」

燕燕が答えてくれる。姚は少し説明がしたかったのか、ちょっと残念そうな顔をして、なますを食べている。今日の主菜は、肉味噌をのせた麺料理だ。ぴりっとした辛さが美味しい。

「甘くするって、鉛でも入れていたんでしょうかね」

猫猫は呆れる。そんな毒物を入れたら、酒飲みどもが鉛中毒になってしまう。

「しかも、渡来物と偽っていたそうよ。実際は、粗悪な葡萄酒を安く買いたたいて加工していたそうなの」

これは譲れないと言わんばかりに、姚が口にする。

「粗悪な葡萄酒ですか。なら、西都周辺で作った物か、それとも、北部で山葡萄を使って作ったものかのどちらかでしょうねえ」

猫猫は、どんなものだったのか試してみたいと考えたが、壬氏が話を持ち掛けなかったところを考えると、もう解決してしまったのだろう。

「葡萄酒について詳しいのね?」

姚が興味深そうに聞いてくる。

「試飲を幾度もしたことがあるので」

猫猫は緑青館という妓楼に世話になっている。高級娼館であるその店では、客に合わせた酒をふるまうのだが、猫猫も味見に呼ばれるのだ。猫猫の鼻と舌はかなりいいほうで、やり手婆の御墨付きだからである。

「葡萄酒かあ」

「お嬢様……」

燕燕が寂しそうに姚を見る。

姚は、毒見のせいで肝臓を悪くしている。塩分や酒は控えたいところだ。

「元々の強さがどの程度かわかりませんが、試飲程度なら大丈夫ではないでしょうか? 酔うほど飲まれてしまうといけませんけど。酒精の弱い葡萄酒でも探しましょうか?」

「……そんなものあるの?」

一瞬、目を輝かせる姚。大人びた見た目だが、まだ十五歳の娘だ。酒にも少し興味があるらしい。

「葡萄酒なんて、酒精を抜けば 果実水(ジュース) ですから」

「それは猫猫だけです」

きっぱり燕燕が言った。

「お嬢様、飲む際は私も付き添いますので、けして体に悪い飲まれ方はしないでください」

過保護な燕燕が、猫猫に「あまり無茶をさせないでくれ」と目で訴える。さすがにそこのところは猫猫もわかっているつもりだが、黙って菜を食べる。

最後の一口を食べようと口を大きく開いたときだった。

「嘘をつくんじゃねえ!」

男の声が響いた。

猫猫たちは声のほうへと視線を向ける。

食堂の反対側、武官たちが多くいる場所での騒ぎのようだ。

「なにかしら?」

皆、素知らぬ振りをしつつ、聞き耳を立てている。

「おまえらの誰かが、うちの妹に手を出したんだ!」

昼間の食堂で話す内容でもない、と猫猫は思いながらもちらりと視線をうつす。

大男が一人、三人の男の前で青筋を立てている。それだけなら、別にさほど気にせずにいたのだが――。

「あれって同じ顔?」

姚が首を傾げていた。

「……ですよね」

猫猫も顔を上げて見てしまう。

怒鳴られている三人の男は、服装の違いはあるものの、皆、同じ顔をしていた。眉目もそろって綺麗な顔立ちをしている分、同じ物が三つ並ぶと人形じみて見える。

各々、白けた顔で怒鳴る男を見ている。

「三つ子よ。またやっているわねえ」

近くにいた官女が訳知り顔で教えてくれた。三十路前くらいの、独特の貫禄がある官女だ。

「三つ子ですか。またとは一体?」

「あの三つ子ったら、けっこう色男でしょ? 三人とも女好きで、ちょくちょく女に手を出すわけ。嫁入り前の娘やら、人妻やら節操なく。だから、たまにああやって怒鳴りこまれるんだけど――」

迷惑な人たちだ、と猫猫は三つ子を見る。

姚はむすっとして、ひどい男たちを軽蔑し、燕燕と言えば、お嬢さまに近づこうものならただでは済まさぬと言わんばかりに、鈍器になりそうな食器を掴んでいた。

「証拠がつかめなくて、いつもかわされてしまうらしいわ」

「証拠?」

「ええ。三つ子の誰かが女に手を出すの。だけど、結局、誰が手を出したのかわからないわけ。あの莫迦どもの父親が、お偉いさんで『誰がやったのかはっきりさせろ。間違った相手を訴えようものなら、ただで済むと思うなよ』と啖呵切るわけよ」

息子が息子なら、父も父のようだ。

「あんたたちも、痛い目に遭いたくなければ近づいちゃだめよ」

「ありがとうございます」

どこぞの情報通の小姐に礼を言い、食器を片付ける。

多少気になるが、所詮他人事。猫猫たちは首を突っ込むことではない。

姚はかなり気になるようだが、燕燕が悪い虫には近づけさせないと鉄壁の構えでいる。

昼の仕事にさっさと戻ろうとしていた時だ。

「誰と一緒にいたのかわからないなら、俺だって証拠はないだろ?」

三つ子の一人、青い房飾りをつけた男が斜に構えた態度で大男を見る。まさに、今、訳知り官女が言ったとおりだ。

「そうだよな。大体、お前の妹は人の顔の区別も出来ないのかよ?」

赤い巾をした男が言う。

「文句があるなら、正式に訴えを出してもらわねえと」

黄色い帯をつけた男が言う。

三人は、大男を笑いながら歩く。あまりに尊大に歩くものだから、目の前がよく見えなかったらしい。

よろよろと歩く老官にぶつかる。老官はまだ手を付けていない昼食をぶちまけながら転んだ。

「悪いな。あんまりよろよろ歩かないでくれ」

謝りもせず、去っていく三つ子。

「……猫猫」

姚が猫猫の顔をのぞき込む。

「だめですよ。関わっては」

そっと燕燕が猫猫の手をおさえる。猫猫が近くの薬缶を持って、男たちを追いかけようとしたのに気が付いたらしい。

「わかってます」

猫猫は仕方なく薬缶を置いて、転んだ老官のほうへと向かう。

「おやじ、大丈夫か?」

腕を引っ張ると、情けない顔をしたおやじこと羅門がいた。

「ははは。こぼしてしまったよ」

床にはぶちまけられた昼飯。燕燕がすかさず片付けている。姚は燕燕を見て、狼狽えつつ掃除を手伝い始める。

「悪い、爺さん」

さっきの大男が駆け寄ってくる。

「なんですか、あの人たちは」

猫猫は、八つ当たり気味に言った。大男には悪いが、昼間のこんな人が多いところで喧嘩するものではない。

「あいつらは、どうしようもねえ」

苦虫を潰したような顔で、吐き捨てる。

「……妹さんは同意だったのかい?」

恐る恐るおやじが聞いた。通りすがりに話を聞いていたのだろう。

「……同意も何も、妹はまだ十四だ。まだよくわからねえ年なのに、ついていっちまった」

「……死ねばいいのに」

さらりと燕燕が言って、そっと姚を守るように背後にくっつく。姚も年齢は十五、見た目はともかく中身は幼さが残る。

「君のいうことはわかるけど、場所を間違えたね。これでは、妹さんのことを考えると、悪いやり方だったよ」

おやじが諭すように言いながら立ち上がる。粥がべったり服にこびりついて、濡らした布巾だけでは落ちそうにない。

「……そ、それはわかっているが」

どうしても我慢できなかったのだろう。

おやじが眉を下げる。

困った人間を見ると、放っておけないのが、この元宦官の悪い癖だ。

「三人のうち、誰が相手だったか、わかればいいのかい?」

「わ、わかるのか?」

おやじの言葉に反応する大男。武官のようで、どことなく李白に雰囲気は似ているが、少し落ち着きが足りない。

「どこまで力になれるかはわからないけどね」

おやじは卓に手をかけて、足を引きずるように歩きだした。

医局の一室を借り、おやじと大男は向かい合って座っていた。卓の上には、心を落ち着かせる茶を用意している。

「ちょいと買い物に行ってくるなんて言葉を鵜呑みにしなきゃよかったんだ。あいつは雷が苦手で、昨日、雷が落ちておびえちまった。近くにいた、三つ子の一人がそんな妹に声をかけたんだよ」

大男の名は 牧(ボク) 。見た目通り武官だ。

昼の仕事はとうに始まっており、本来なら牧もさっさと自分の持ち場に帰っておかねばならない。だが、おやじが気をきかせて牧を連れて来たのだ。

「一体どうするつもりかしら?」

柱から顔半分出してのぞき込む姚。

「ろくでもない野郎どもは折檻せねばなりません」

鼻息の荒い燕燕。

「二人とも頭が重い……」

身長が一番小さい猫猫は自然と二人が上にのしかかる。のぞき込んでいるのは姚だけではない。

「こちらとしては、お前らがちゃんとしてくれないのか、どうするつもりなのかが聞きたいがね」

後ろから怒りをまじえた声が響いた。恐る恐る振り返ると、 劉(リュウ) 医官が立っていた。

「す、すみません!」

慌てて三人は散り散りになる。

四半時ほどで話は終わった。

「どうなったんですか?」

好奇心がおさえきれない姚は、おやじに聞いた。もちろん、劉医官に見つからないようにだ。

「私の手配で、三つ子には詳しい話を聞くようにしたよ。三つ子は三人とも武官のようだからね」

「……おやじ」

おやじがやろうとしていることを、猫猫は想像がついた。武官に命令という形で呼び出すのだろう。誰を頼るのか明白だ。

最近は出てくる頻度が減ったが、あの迷惑な御仁がいる。

「あんまり変な伝手で呼び出すのはどうかと思うぞ」

「仕方ないだろう。かわいそうじゃないか。それに、ここではその口調はだめだろう?」

優しくなだめてくる。

猫猫はむっとしながら、どうなることかと、思った。