軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五、個体差と推測

涼し気な秋の早朝。医局でいつものように仕事をしようとしている猫猫宛てに荷物が届いていた。届けられた荷物は、到底、さわやかとは言い難い物だった。

「あなた、もしかして虐められているの?」

普段、向けないような哀れみの目を見せるのは 姚(ヤオ) だ。ぞぞっと後ろに下がり、顔を引きつらせている。

「そういうわけでは……」

疑われるのも無理はなかろう。荷は、大量の虫の死骸だった。

猫猫は顔をしかめつつ、虫を観察する。飛蝗だ。

これだけたくさんの量を集めるのは本来難しかろう。しかし、ここにわんさか置いてあるということは、集められるだけの環境があったということだ。

「上から持ってきたものだから置いているが、早く持って行ってくれ」

素っ気ない様子で言うのは、年配の 劉(リュウ) 医官だ。医局の中で高い地位にある彼は、相手が誰であろうと、厳しく接する。

(持っていけと言われても)

籠一杯の飛蝗など持ち帰りたくもない。誰が送ってきたのかについては、あらかた想像がつくだけあって、どうしようかと途方に暮れる。

劉医官もさすがに無理だとわかるらしく、こちらへ来い、と手招きをする。

「隣の棟にある空き室を使うといい。本来なら管轄外だが、手が空いた誰かを何人か連れて行って早く終わらせてくれ」

優先順位は医局の雑用より高いらしい。

ならば、と――。

「えっ、と、何?」

姚の袖を引っ張る。

猫猫はにんまりと笑うと、引きつる姚を虫のいる場所へと案内することにした。

顔を青くしながら、秤に虫をのせる姚。

その姚を、頬を赤らめながら観察する燕燕。

黙々と、飛蝗の足や翅の長さを測る猫猫。

「い、いつ終わるのかしら……」

虫嫌いの姚は箸で恐る恐る掴みながら置いている。皿に十匹載せて、その平均の重さを算出している。

「全部測る必要はないと思います。でも、数としては多ければ多いほうがいいかと」

猫猫は虫の大きさをはかりつつ、中に色が違う虫があれば仕分けていく。

「お嬢様、きつくなったら私がやりますので」

燕燕が気遣う素振りで姚に言うが。

「だ、大丈夫よ。こ、これも、仕事だわ……」

姚の負けず嫌いには、むしろ火をつけることになる。もちろん、燕燕もそれがわかっていて言ったのだろう。

「お嬢様……」

とくんと心臓をときめかせながら、鳥肌を立てつつ虫を摘まむ姚を見ている。

猫猫は半眼で二人を見ながら、作業を続ける。

虫が三分の一ほど片付いたところで、来客がやってきた。

「やあ」

にこにこと笑うのは、くせっ毛で丸眼鏡の小男だ。言わずもがな 羅半(ラハン) である。

猫猫はむっとしながら作業を続ける。羅半は気にした様子でもなく、猫猫たちが調べた数値を見ている。

「ふーん。猫猫、兄さんにちょいと説明してくれないか?」

「……」

無視する。

「前に言っていた報酬を持ってきたんだけど、猫猫は忘れたのかな」

そっと耳打ちする。

猫猫はちらりと姚と燕燕を見る。姚は気付かず、燕燕は気付いているがあえて気づかないふりをしている。たしか、二人には内緒で西の巫女について調べていたことの話だ。巫女の毒殺未遂事件のせいで有耶無耶になっていたが、覚えていたらしい。

猫猫は手を止めた。

「これで大体、三百匹分くらいだ。足や翅の長さ、色、重さとともに、雌は腹にどれだけ卵を持っているか数えている。飛蝗は遠い土地から飛んできたものだと思う」

「うんうん」

ぺらぺらと紙をめくりながら、羅半は何か考えている。一見、地味で面白くない数字の集まりだが、この小男にとっては何よりも面白いものに違いない。

げっそりした顔の姚がようやく羅半に気が付いたらしく、疲れた彼女なりに挨拶をする。とりあえず一休みしたほうがいいかな、と猫猫は茶を用意しようとしたが、今、姚の前で飲食の類をすすめるのは酷だろう。

「どうぞ」

燕燕が羅半の前にだけ茶を置いた。羅半は、数字に夢中で飛蝗の死骸の山など気にせず、茶をすする。

「猫猫、この数字は?」

羅半は、別に分けられた数値を指して見せる。

「それは、こっちの飛蝗のもの。色や形、重さから飛んできたものじゃなく元々、土地にいた飛蝗じゃないかと思ってわけてみた」

飛蝗が蝗害を起こすとき、飛蝗自体に形の変化が起きる。遠方から飛んでくる飛蝗は、軽く翅が発達した個体だ。

「だよねー。じゃあ、この飛蝗が空を飛ぶとして、どれくらいの距離を移動するだろうか?」

「……」

猫猫の専門ではない。姚と燕燕も話に加わって、首を傾げている。

「そんなに飛べないんじゃないかしら? せいぜい数里ってところでしょう。虫ですもの」

姚が口に出すと、羅半は頷きながら話を続ける。

「面白いことに、蝗が大発生した村の周辺には、他に蝗の被害はなかったんだよ。これだけ大量の蝗がいるということは、どこかで餌を食べて育たないといけない」

しかし、周辺の村には蝗は発生していなかった。

羅半は、懐から地図を取り出す。大きな茘全体を描いた地図だ。

「さっき、虫だから数里しか飛べないと言っていたね」

「ええ、数里でも大きく見積もっているほうです」

「でも」

羅半は紐をとりだして、地図の上に置く。地図に直接書き込むのが嫌なので、紐で線を描いているようだ。北西から斜めに配置され、村のあった場所へと流れている。

「ここらは季節風が流れている」

「風に乗ってきたってことですか?」

「そうだね。なら、数里と言わず、数十里飛ぶことも可能だ」

今度は地図の上に碁石をのせていく。

「この碁石は?」

燕燕が白い石を指す。

「蝗の被害があった地域だよ。ここらを中継として、さらに北西から蝗が流れてきたと考えるのが妥当かな」

「 北亜連(ホクアレン) がある方向ですね」

「……」

じわりと嫌な汗が流れる。

姚は事実を述べただけで気づいていない。羅半が言いたいことはもっとその先のことだ。燕燕はわかっているようだが、あえて突っ込む気はないらしく、お嬢様をひたすら愛でている。

羅半は、集めた数値の紙片を束ねる。

「大体、これだけ多ければ問題ないだろうか。あとは別の者を用意するので、引き継ぎをして代わってくれ」

「……最初から、そうしてくれたらいいのに」

猫猫が愚痴ると、羅半はいやいや、と人差し指を振る。

「正確じゃない数値を集めても見えてくるものが見えなくなる。最初は、ちゃんと計測してもらわないと」

言いたいことはわかる。有用な数値はもう得られたのだろう。

そのまま羅半が帰ろうとするので、猫猫は袖を掴む。

「忘れてないか?」

「おおっ、そうだった」

わざとらしく羅半が荷物を取り出す。布包みの中には一本の根菜が入っている。

「‼」

猫猫は思わず鼻孔をすんすんと鳴らしてしまった。

「じゃあ、僕は帰るからね」

貰う物を貰ったら羅半など用済みだ。

「何それ、人参?」

姚がのぞき込んでくる。

「確かに人参ですが、それは……」

燕燕は何なのかわかっているらしい。

しかし、猫猫はひたすらその人参をじっと見ているしかできなかった。

「っふふふふふふ」

「ど、どうしたの?」

「うふふふふふふふっ」

「燕燕、なんか猫猫が変なんだけど!」

「お嬢様、猫猫は元々変です」

二人の言葉など、耳から耳に抜けていく。今目の前にある物に比べれば大したことはない。

「ふふふふふふふふふふふふっ」

「やっぱおかしいわよ! あの貰った物が変な薬物じゃないの!」

「お嬢様、大丈夫ですよ。あれは薬ですが、変なものではありません」

猫猫は人参の包みを高らかに掲げながら、くるりくるりと回った。

「人参だー」

人参だ。

人参と言ってもただの人参ではない。薬用人参で、古くから栽培ができず自然に生えているものを探すしかない。棒槌とも呼ぶ。

皮を剥かずに湯通しして干した赤参。これだけの大きさのものは、さぞや高級品だ。

猫猫は虫の死骸だらけの部屋で、慌てる姚と冷静な燕燕に見られながら、久しぶりに歓喜の舞を踊ってしまった。