軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十六、点心と異国の娘 前編

「すっかり騒がしくなったねえ」

おっとりとした物言いなのは、おやじこと羅門である。今日は白い医官服を脱いでいる。男物の色合いの服を着ているが、その丸っこい輪郭と温和な顔つきで老婆のように見える。杖を突きながら、ゆっくり大通りを歩く。

「こけないように」

猫猫は周りを見ながら、おやじの隣を歩く。何もない道なら問題ないが、人通りの多い道、しかもお祭り騒ぎで普段よりも人が多い。片膝の骨がない老人はだれかにぶつかっただけでこけてしまうだろう。

「大丈夫だよ」

「はいはい。おとなしくしてください」

普段ならもっとぶっきらぼうな言い方だが、今日は他に人がいるためおさえている。 姚(ヤオ) と 燕燕(エンエン) 、それから名前を憶えていないがよく怒ってくる医官が付いている。あと一人武官がついているが、これは護衛だ。

「馬車を使えばよかったのに」

「こんなにたくさん人がいるのだから、馬車なんて使ったら邪魔になってしまうじゃないか」

おやじは朗らかに言うが、足の悪い御仁を歩かせるのも気が引けるものだ。

なんでこの面子でお出かけといえば、薬の買い付けだ。普段、常備薬に使う薬の材料なら医局まで届けてもらっているが、珍しい薬となると直接見に行くらしい。今は、特に遠方からの商人が多いため、何度も買い付けに行っているという。

おやじが買い付けに行く理由は、医官の中で一番他国の言葉に強いためだ。猫猫たちがついていく理由は、勉強のためだ。

猫猫としてはとても嬉しい話である。おやじと一緒にいられるうえ、珍しい薬を目にすることができる。わくわくするのだが。

「勝手な行動はするなよ」

医官、恐医官がじっと猫猫を見ている。もともと、観察されていた気がしたが、この間、蛙入りの塗り薬を発見されてからさらに厳しくなった。

「悪いねえ」

おやじも否定しない。

猫猫だってさすがに他所ではおとなしくするつもりだ。

姚は前に比べておやじに対して敬意を払っているようだ。燕燕に関してはいつも通り姚のお世話焼きなのだが、最近、ずいぶんいい性格をしていることがわかる。

(姚は箱入りなんだろうな)

平然とした顔を装っているが、時折、店に目がいっている。人ごみに慣れぬと同時に、浮足だっているように見える。燕燕はそれを見て、無表情の中に何とも言えない感情が込められているようだ。なんというか、子栗鼠でも見つけて遠くから愛でるような目だ。

(適材適所なのだろうか?)

姚のお守りを燕燕はしっかりこなしているのだが。

(ちょっと楽しんでいるのではなかろうか)

と、思わなくもない。嫌々やるよりはいいのかもしれないが。

姚が飴細工に目をきらきらさせているうちに、目的地に到着する。上流階級向けの飯屋だ。密談が用意できる店だ。

(個室があったほうが便利なんだろうな)

薬といっても、異国の品は値がはる。下手に往来で取引しようものなら、帰りに強盗にあうことも珍しくない。ゆえに、一人護衛がついているのである。

昼間ということで、客層は女性客も多い。昼間は、軽めの点心が多いようで、蒸しあがったばかりの包子がおいしそうだった。

「奥へどうぞ」

給仕に案内され、個室へと向かう。

個室には明るい髪の異国人がいた。体毛が濃く、もっさりと鼻の下だけ髭を生やしている。

猫猫たちもおやじや医官に続いて部屋に入ろうとしたが、異国人が手を挙げる。

「……」

少し離れていたのでうまく聞き取れなかった。ただ、おやじが首を振りながら、猫猫たちを見た。

「入っていいのは三人までだそうだ」

「えっ……」

三人となると、切り捨てられるのは猫猫たちだろう。医官二人は必須で、護衛も念のために置きたい。

「というか、女子どもを連れてくるな、だそうだ。違う相手の時にすればよかったな」

廊下で待つことになるのか、とがっくりする。

「おまえさんは、買い物には慣れているだろ。外で別の買い出しをしてくれないか?」

医官は猫猫にそっと紙片と銭を持たせる。書かれてある内容は、医官たちが好きな菓子が書かれてある。紙にはぎっちり書かれ、銭もけっこうな額だ。

「余ったら好きなもんを買っていい。飴細工でも買いな。 一時(にじかん) もしたら戻って来るといい」

「……わかりました」

この医官、怒ってばかりだが飴をやることも忘れないらしい。姚が露店を気にしていたことをちゃんと見ていたようだ。

「あなた、ちゃんとお金の使い方くらいわかっているでしょうね?」

猫猫が駄賃を受け取ったのが気に食わないのか、姚が突っかかってきた。

(言っている意味わかっているのだろうか?)

つまりこのお嬢様はお金の使い方がわからなかったと暴露しているようなものである。最近、覚えたのだろうか、ちょっと得意げだ。

姚の後ろで、燕燕の目がきらきらしている。「うちのお嬢様、かわいいでしょ?」と目が語っている。

猫猫が持っていても文句を言われるし、だからといって姚に渡すとなんだか不安なので、仕方なく金と紙片を燕燕に渡す。

姚はどこか不服そうだが、燕燕に財布を任せるのまでは反対しないらしい。

「まず、饅頭から行きますか」

お金を渡したので、自然と燕燕が仕切り始める。

紙片をのぞき込み、指定された店の名前を見て猫猫は顔をゆがめる。

「どうかしましたか?」

「この店、いつも昼には売り切れる」

猫猫はしゅぴっと、店の方向を指す。

「姚さま、そういうことです」

さすが燕燕は空気を読むのが早い。

「えっ? えっ?」

わけがわからない姚の手を猫猫が引っ張る。燕燕もだ。

「売り切れていたら、評価下がるよ」

猫猫が言うと、姚はびくっと体を揺らす。

「早くいきましょう」

三人は饅頭屋まで全力疾走した。

大通りでぶらぶらと、なんて甘い考えだった。

猫猫と姚、燕燕は柳の木陰で大きく息を吐いていた。

「医官っていうのはお給金がいいんですねー」

猫猫は菓子包みの山を見ていった。幾分、嫌みが含まれた言い方だ。

「生菓子が多いのですが、食べきれるのでしょうか?」

何軒かはしごをして、大量の菓子が手元にある。残りは駄賃だといったが残るのだろうか。

「……」

姚は走るのが慣れておらず、疲れて声も出ないようだ。燕燕が気を利かせて、露店から果実水を買ってきて渡す。

買ってきた菓子はどれも名店のものばかりだ。緑青館で仕入れているものも多い。猫猫に金を預けたのも、知っている店が多いとわかっていたからだろう。

「これだけ買えば十分だと思うんですけど」

燕燕は目を細めながら紙片を見る。

最後にもう一つ名前が書いてある。

「ああ、ここかあ」

猫猫は肩を落とす。ちょっと離れた場所にあるので、あまり歩きたくなかった。

「売り切れることはないと思うけど。時間もまだ半時はあるし」

そっと姚を見る。

「私は大丈夫です」

果実水を飲み干してから元気を見せる。

猫猫と燕燕は顔を見合わせ、どうするかと首を傾げる。

「燕燕。なに、その態度」

「いえ、姚さま。ご無理はなさらずに」

「行くの! 行くんだからね!」

「わかりました」

無表情だが、燕燕はきっと「強がるお嬢様、かわいい」とでも思っているのだろう。後ろから見ると形の良い小尻が楽しそうに揺れていた。

「店は通りから少し脇道に入ったところで……」

猫猫は案内しながら歩く。両手に菓子の包みを持っているのが微妙に邪魔だ。姚が強がって一番たくさん荷物を持っているのでいくらかましだが。

(負けん気の強さは悪くないなあ)

世の中、自分の生まれた立場だけをひけらかして偉そうにする人間はたくさんいる。でも、姚はそういう性格ではないらしい。わざわざ、医官手伝いの官女に志願したのも、そこのところが関係しているのだろうか。

向かう店は正しくは菓子屋ではない。変わった食材を売っている店で、仕入れ問屋といったところだ。薬の調合を得意とする医官であれば、多少なら料理をするのかもしれない。

ひとたび、路地裏に入るとずいぶん雰囲気が違う。店と店の隙間を通り抜けると、民家が増える。木陰で猫があくびをし、前掛けをつけた子どもが猫じゃらしを手にかまってもらおうとしている。

水路では洗濯をする女たち、つながれた狗の前には今宵のおかずになるであろう鶏が籠に入っていた。

「こ、こんなところに店ってあるの?」

不安そうに姚が言った。

猫猫は返事の代わりに、小さな看板を指し示す。紙片の最後に書かれてある名前と一致して、姚がほっとしていた。

「もっと表で店を構えればいいのに」

「大通りに近いほど、税が高くなるのですよ」

人通りが多い、立地条件がいい場所ほど、税は多く取られる。そこの計算方式はわからないが、表に比べてこちらのほうが幾分安かろう。

「はやく用事を済ませましょうか」

店に向かおうとしたが、ふと燕燕が立ち止まった。

「どうかしましたか?」

猫猫が問いかけると、燕燕はそっと水路の反対側を指した。子どもが数人集まって、なにやら一人を取り囲んでいた。

遊んでいるのだろうか、と思ったが何か様子がおかしい。

どうしたのだろうか、と見ているうちに走り出す影が横切った。

「なにしてるの!」

小さな橋をこえて、突入したのは姚だ。子どもたちは驚いている。

「いじめているのね!」

大声を出すものだから、子どもたちは散り散りになっていく。

(なんていうのだろうか)

若いよなあ、と思いつつ猫猫は姚を追う。姚の前には一人、子どもが取り残されていた。囲まれていた子どもだ。姚の言葉を鵜吞みにすればいじめられっ子ということになるが。

「……あれ? この子?」

姚が首を傾げる。

猫猫も子どもの顔をのぞき込み、真似するように首を傾げた。

「異国の子のようですね」

燕燕が言った。

上から羽織っている着物は、こちらの衣装だが顔立ちが違っていた。年の頃は十に満たないだろう。髪や目は黒いが、肌が黄色というより赤みがかった白い色をしていた。かわいらしい顔をしているが、目がぱっちりしており、まつげがふさふさしている。

(玉葉后の肌色に似ている)

ならば混血児ということも考えられるが、燕燕が『異国の子』といった理由がわかった。顔に紋様が入っていた。罪人がされる入れ墨の類ではない。呪いのようで、赤く蔦のような模様が目の周りに縁どられていた。

この国では基本、顔に墨を入れることはない。猫猫がそばかすを墨で入れていたのはかなりの例外なのだ。

「大丈夫かしら?」

姚が子どもに聞いた。子どもはぽやんとした表情で首を傾げる。

「もしかして、通じない?」

姚が困った顔をした。なにかしゃべってくれればいいのに、子どもは何も話さない。

「その子、話せないみたいだよ」

ふと声をかけてきたのは、さっき姚がちりぢりにさせた子どもの一人だった。

「迷子みたいだから、どこから来たのって聞いても全然話してくれなくて。だから、みんなで聞いてたんだけど、声が出ないみたいなの」

子どもはそれだけ言うと、走っていった。

「ええっと」

自分から飛び込んでおきながら、姚はどうすればいいのかわからないらしい。

(こちらを見られても困る)

迷子の話せない、異国の子ども。言葉も通じているかわからない。

「どうしようか?」

(こっちが聞きたい)

どうしようか、と猫猫は途方にくれた。