軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五、縁故採用

猫猫を含めて医官付きの官女は五人、とりあえずはじめのひと月は軍部の訓練場そばの医局にて仕事を覚えることになった。なぜ軍部のと言えば、一番仕事が多いからだ。

壬氏の推薦を受けているが、猫猫は特別扱いをされるわけではないと説明されていた。なので、猫猫が後宮に出入りするには、最初の仕事はまともに受けておかなくてはいけない。

毎日何かしら担ぎ込まれる武人がいる。擦り傷切り傷当たり前、時に針で縫うような怪我も少なくない。

仕事に慣れるにはうってつけだ。

(案外、本気なのか)

猫猫は表向きそういう部署を作っただけかと思っていた。他の新人官女たちも結婚活動のために働いているかとばかり考えていたが。

(意外に頑張っているのが二人)

他の四人のうち、二人はさくさくと仕事をやってくれる。群れの頭と思しき官女ともう一人大人しい官女だ。あとの二人はやる気がない以前に、最初血を見て失神していた。数日経ってだいぶ慣れてきたが、まだまだ顔が歪んでいる。汗ばんで泥だらけの武官を見て顔をしかめるのはやめておいたほうがいい。

「 燕燕(エンエン) 、さらしをとって頂戴」

「はい、 姚(ヤオ) さま」

燕燕というのが姚という官女のお付きのようだ。ここでは一応同僚という形をとっているが、今の態度を見る限り上下関係は明らかだ。

相変わらず猫猫に対する態度は厳しい。必要最低限の会話しかしてこないので、猫猫はほとんど話しかけることはない。もっとも向こうが話しかけない以上、猫猫も話しかけていないのでどっちもどっちというところだろうか。

医官もけっこう官女をこき使っているようだが、その手の仕事には猫猫は慣れているので別に他に助けを呼ぶ必要もない。

結果、誰とも仲良くならないまま猫猫の仕事は終わる。

「一つ聞いていいか?」

「なんでしょうか」

「仕事とかやりにくくないのか?」

今日も仕事終わりに、治療で使ったさらしを洗濯して干していたところ、医官の一人に話しかけられた。どこかで見たことがある医官だと思ったら、以前、壬氏のところで働いていたときに医局に行くことがあり、そのときによくいた医官だった。まだ若く眼鏡をかけている。

「これといって」

「食事のときも一人で食べているようだが」

「ここの食事は美味しいですね」

昼飯を出してくれる。食の細い猫猫もついおかわりをしてしまった。後宮と違って、おかわりが出来る。

「いやそうではなくて、露骨に無視されているのに辛くないのか?」

「そう言われましても、向こうが私に聞いたら楽になることはあっても、逆はほとんどないので」

困るとしては向こうのほうだ。たまに重要な伝言を教えないということはあったが、猫猫を叱る医官をじっと窓の外から睨む変人がいたため、何も言われなくなった。日に数度現れては、部下に連れ戻されるのが続いている。

むしろ一番困っているのは教えている医官たちだろう。

「仲良くするのは難しいですが、変人の扱い方なら多少はわかります」

「……教えてくれ」

とりあえず、羅門の名前を出す。おやじには悪いが、猫猫としてはあのおっさんに張り付かれるのは不愉快だ。

「一つ聞いていいか?」

医官はまだちらちら木の陰から窺っている片眼鏡のおっさんを気にかけながら言った。またいつのまにかやってきたらしい。おっさんの目は猫猫と話している医官を刺すように見ている。

「軍師さまとはどういう関係だ?」

「他人です」

「いや、じゃあ……」

「他人です」

猫猫ははっきり言い切ると洗濯の続きをやった。

医局に勤め始めてから、猫猫は宮廷近くの宿舎に泊まっている。距離的に花街から通っても問題はないのだが、住んでいる場所が場所だけに変な噂がたつのを避けてのことだ。

(今更だと思うけどな)

それでも体面は保ちたいというのが人というものである。

おやじも猫猫と同じように宿舎に住んでいる。もっとも医官は夜勤も多いので、医局の近くにある仮眠室がそのまま住まいになっている者も少なくない。おやじもなんだかんだで、宿舎に戻ることは滅多にないようだ。

部屋の広さは広くもなく狭くもなく、寝台と箪笥を置いて、さらに文机が置ける大きさなら猫猫は文句ない。一応、本棚も備え付けにつけてある。本は貴重品なのでそんなに購入できないのだが、医局にある本は許可をとれば貸し出してくれるという。

猫猫としてはこの生活はそれほど悪くはない。ただ、食事は個々で用意しなくてはいけない。近くに飯屋もあるが、猫猫はかまどを借りて粥を炊くことが多い。

寝台の上に座り、猫猫は昼間届いていたらしい文を広げる。文は二通、一つは花街からのもので、薬屋がどうなっているかの報告。やり手婆は、一応、克用に対して警戒しているのだが、今のところ変な行動は見せていない。左膳とも上手くやっているようだ。

もう一通の文は、壬氏からだった。高順の名前で来ているが、字は壬氏の物だ。内容としては、中身を見られても問題がないようなごく普通の近況報告に見える。実際は、後宮にいるという砂欧の愛凛という女、新しい中級妃の近況だ。

しかし、変なものだ。

相手は確かに一癖も二癖もある人物だが、後宮に入る時は一人、なぜそこまで警戒するのだろうかと猫猫は文を読み終わって、文箱に入れる。愛凛の行動には特に変わったことはないようだが。

それがわかるのは数日後なのだが、今の時点で猫猫は知る由もなかった。

医局の仕事にもだいぶ慣れてきたころ、今日も飽きずに変人軍師が窓の外からのぞきこみ、おやじに回収されていった。おやじは足が悪いので何度も往復させるのが申し訳ないらしく、最近では荷車にのせて運んでもらっている。とても居心地が悪そうだが、片膝の骨がないので仕方ない。

「あれ?」

さっき変人を引き取ったはずのおやじこと羅門がまたやってきた。なにか忘れ物でもしたかと思ったら、医局の中へと入っていく。

猫猫は干してあったさらしを集めて室内へと入る。すでに、猫猫の他の官女たちは集められて整列していた。どうやらまた伝言をしてくれなかったようだ。渋い顔をする医官が、猫猫も並べと言う。

「今日は後宮に行こうと思うのだけど、何人か手伝いが欲しくてね」

なるほど、羅門が来たのはそういうわけか。

後宮にはやぶ医者がいるけれど、最近は羅門も後宮に出入りしている。他の医官は、まだ大切なものをしっかり持っているため、元宦官である羅門しか後宮には入れない。

「なら私が」

ずいっと出てきたのは、官女四人群れの頭こと姚だ。従うように燕燕も前にでる。となれば、他二人も出てくる。

「生憎、もう連れて行く者は決まっているので」

医官が口を出すと姚は目を細める。

「それって、こちらのかたのことでしょうか?」

名前を呼ばず、ただちらりと猫猫を見た。

別に名前を憶えていなくても問題ないが、猫猫が後宮へ行くのを止めるのはやめてもらいたい。一応、それを仕事として官女になったのだ。

「ただ、洗濯ばかりするのみで、ろくに仕事をしているようには見えませんけど。ああ、あと掃除もしていましたね」

姚に乗っかるように、名前も覚えていない官女の一人が口をだした。

「官女というより、下女のほうがふさわしいのではないのかしら?」

くすくすと笑い合う。

(いや、あんたらがやらないからだろ)

下女と言われてもずっと下女をやってきたので、別にどうとも思わないが、言われた仕事なのに仕事じゃないと否定されるのはどうかと思う。

さすがに反論すべきだろうか、と見ていたら、にこにこと髭の医官が笑いながら、名も知らない官女二人の肩に手を置いた。最初来たときに、猫猫たちを試した医官だ。

「そうだね。君たち二人は帰っていいよ」

いきなりの言葉に官女二人は目を丸くする。

「ど、どういう?」

「だって、私はちゃんと洗濯するようにと言ったはずだ。なのに、こんなの仕事ではないと決めつけ何もしない君らを残そうと思う? そういうのは一番嫌いなんだ」

穏やかな話し方だが、一方で有無を言わせない雰囲気だった。

「一応、試験には合格した。でも医局勤めには向かなかったんだ。他の部署に回すけど、他所は掃除や洗濯がてんこ盛りだからそこのところは覚悟しておいたほうがいい」

はっきり言い切って、若い医官に二人を連れて行くように指示する。

「や、姚さま!」

助けを求めるように姚を見る。

姚と燕燕といえば、呆れたように見るだけだった。

「さて、静かになったところでもう一つ、付け加えておくね」

医官は、残った二人の官女、猫猫、それからおやじを見る。

「縁故採用っていうのも大嫌いなんだよ」

おやじの眉が困ったように八の字になっていた。

(これはもしかして)

猫猫はちゃんと試験を受けてきたつもりだが、周りから見たらそうでないのかもしれない。

何より、やってきてから変人軍師が入り浸っているせいで仕事に支障が起きているといっても否定できない。

「さて、私からは以上なので、早く後宮なりなんなりいってくれ」

困り顔のおやじがぺこりと頭を下げた。

結局、残った猫猫とあと二人、三人を連れていくことになった。