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王家の血を証明したら、王太子が偽物でした

作者: 夏つばき

本文

弟と二人で家路へと向かう。

「ずいぶん華やかな結婚式だったわね」

「王太子殿下の結婚式だからな」

本来、私たちのような家が王族の結婚式に招かれることはない。

けれど、今回は特別だ。

私は王太子と、弟は花嫁である男爵令嬢リサ様と、同じ学び舎に通っていた。

ただ、それだけの縁で、晴れやかな席に招かれたのだ。

実は同じクラスだったというだけで、言葉を交わしたことさえほとんどない。

それでも呼ばれたのは、学友に祝福されているーーそんな「もっともらしい証拠」が欲しかったからだろう。

なにせ王太子は、かつての婚約者であった公爵令嬢レイラ様を、卒業パーティの場で断罪し、その場でリサ様との結婚を宣言したのだから。

罪状は、リサ様へのいじめ。

だが、後の調査で、レイラ様にそのような事実はなかったことが明らかになっている。

それにも関わらず、王家はその件を曖昧なまま、うやむやにしてしまったのだ。

「レイラ様が、本当にお気の毒よね」

「まあな。とはいえ、次の婚約者は第二王子殿下だろ。あの方はまともだし、結果的には良かったんじゃないか?」

レイラ様は結局、第二王子キース様の婚約者に収まった。

田舎育ちの男爵令嬢であるリサ様に、王妃としての資質があるとは思えない。

王家としても、幼い頃から王妃教育を受けてきたレイラ様を、完全に手放すわけにはいかなかったのだろう。

「だからといって、物みたいに『はいどうぞ』って、どうなのよ」

「そこは、俺も同感だけどな」

レイラ様の気持ちなんて、王家は考えもしなかったに違いない。

政略結婚は貴族の定めとはいえ、あまりに酷い。

「それよりさ、リサ様・・・妊娠しているみたいよ」

「は?」

「後ろにいた侯爵夫人たちが、そう話してたの」

私の目ではわからなかったが、経産婦の方々の目は誤魔化せなかったらしい。

歩き方やちょっとした仕草でわかるそうだ。

おば様方って怖い。

「あれだけ男性に囲まれていたリサ様だものね。本当に王太子殿下のお子様なのかしら」

「さぁな。知らぬは殿下ばかりって、やつかもしれないよな」

リサ様は、確かに男受けのいい方だった。

王太子も含め、常に数人の男性を従えていた姿を、何度も目にしている。

五人はいたのではないだろうかーーなどと、つい数えてしまうくらいには。

「いいのかしらね。王家の血が絶えても」

「バレなければ問題ないんだろ。どうせ誰にもわからないさ」

「でもさぁ、私たち親子鑑定できる魔道具、作っちゃったじゃない?そのうち、同じものを作れる人が出てきても、おかしくないわよね」

軽口のつもりだった。

式場から離れ、人目もない。

レイラ様への同情もあって、つい口が滑っただけだ。

「・・・・・・・・・その話、詳しく教えてもらおうか」

背後から、静かな声が降ってきた。

心臓が、ひやりと冷えた。

ゆっくり振り返ると、そこに立っていたのは、柔らかな笑みを浮かべた第二王子だった。

◇◇◇

「ふぅん。親子鑑定ができる魔道具ねぇ」

私の向かいでくつろいでいるのは、第二王子のキース様だ。

切れ者で知られるこの方は「王家の血統に関わる問題だ」と、穏やかな口調で告げながら、脅しのように魔道具の提出を求めて来た。

「この緑色の液体に、親と子の血を混ぜれば判別できる・・・ということか」

「はい。血が繋がっていれば『白』に、そうでなければ『黒』になります」

「なるほど」

キース様は小さく頷き、興味深そうに容器を傾けた。

国一番の美貌と謳われた側妃の血を引くだけあり、その横顔は思わず見惚れるほど美しかった。

「これ、少し借りてもいいかな?」

「え?この鑑定液を?」

「もちろん、対価は支払うよ。王立研究所で検証させる。紛い物でないと確認できたなら、相応の額を約束しよう」

(・・・抜かりがないわね)

感情でなく、手順と証拠で物事を進める人だ。

どこかの誰かとは、大違いである。

「あの・・・、何にお使いになるつもりですか?」

「それは、もちろん・・・内緒だよ」

キース様は、唇に人差し指を当てた。

柔らかく微笑んでいるが、その目は少しも笑っていない。

(・・・・・・・怖っ)

リサ様が子を産めば、その血を調べるつもりなのだろう。

もし王太子殿下の子でないと証明されれば、王家を欺いた罰で処罰は免れない。

そして、その責めを問われるのは、リサ様だけでは済まないはずだ。

見抜けなかった王太子は、立場を失う。

その先に誰が立つのかなど、考えるまでもない。

高貴な血を引く正妃の子として生まれたがゆえに、王太子となったハワード様。

一方で側妃の子であるというだけで、その座から遠ざけられてきたキース様。

能力で言えば、どちらが上かなど、誰の目にも明らかだ。

それでも王家は、血を選ぶ。

だからこそ、この方は「血」で覆すつもりなのだ。

「それは構いませんが・・・俺たちが作ったことは、内緒にしていただけますか?」

それまで黙っていた弟が、口を挟んだ。

キース様は、わずかに目を細める。

「どうしてだ?」

「リサ様の件で作ったのでは、と疑われるのは避けたいんです。王太子殿下に睨まれるのは、ごめんなので」

なるほど、と内心で頷く。

さすが弟だ。

無用な敵は作らないに限る。

「つまり君は、生まれてくる子どもは、兄上の子だと思っているんだね」

「まあ、回数を重ねた方が、当たる確率は高くなりますし」

(・・・・・思っていても、口に出さないでくれる?)

空気を読まない弟は、ときどき余計なことを口にするので気が気ではない。

ーーとはいえ、口を滑らせてこの事態を招いたのは私なのだから、大きなことは言えないのだが。

「用心するに越したことはないですからね」

「なるほど。それで、目立ちたくないと」

「ええ」

「・・・わかった。君たちの名は出さない。約束しよう」

「ありがとうございます」

そのやり取りの間も、キース様の視線はずっとこちらーー正確には、弟に向けられていた。

値踏みするように。

あるいは、面白い玩具を見つけた子どものように。

(・・・・・・この人に目をつけられるのは、あまり良くない気がする)

ふと、そんな予感が胸をよぎった。

キース様は、優秀であるがゆえに、国防を任される立場にある。

もし今後「国のためだ」と言われて魔道具作りを強制されるようなことになれば、たまったものではない。

「しかし、見事だな。このような物を作り上げるとは」

素直な感嘆の言葉。

だが、それすらも計算のうちに思えてしまう。

「まぁね。でも、俺たちは技術だけじゃなく、知恵もありますよ」

にやりと笑ったその顔は、キース様と同種の、嫌な予感を感じさせる。

弟がキース様に何か囁くのを、私はあえて視界から外す。

関わる気はない。ーー少なくとも、今は。

◇◇◇

「ありがとう。これは礼だ」

七か月後、キース様が差し出した袋には、金貨がぎっしり詰まっていた。

「予定通り、昨日の誕生披露パーティで使わせてもらったよ」

リサ様は、出産予定よりもはるかに早く、男児を出産した。

その祝いに開かれた盛大な披露パーティで、キース様は「確認のため」として、親子鑑定を行うべきだと提案したのだ。

「親子鑑定は、すんなりいったのですか?」

「いや。リサは、自分を疑うのかと怒ってね。泣いて、ずいぶん騒いだよ」

(・・・まあ、普通の女性の反応でもあるけどね)

もし夫にそんなことを言われたら、離縁騒ぎになるだろう。

だが生まれ月から判断するに、結婚式前にお腹に子どもがいたことは間違いない。

「最初は、断固として拒否していたけどね」

キース様は、わずかに口元を歪めた。

「王妃が後押しした」

「あら、そうなのですか?」

「もともとあの方は、リサを気に入っていなかったからね。高貴な王家の血に、男爵家の血を混ぜるのかとあからさまに不快感を示していたくらいだ」

(・・・そんな理由で反対してたの?)

リサ様の振る舞いや資質にではなく、ただ「血」だけを問題にしていたというのか。

「もし兄上の子でないと証明されたら、レイラを兄上の妃に据えるつもりだったんだと思うよ」

「えっ!?だってレイラ様は婚約を破棄されて、キース様の婚約者に・・・」

さすがにそれはないだろうと思ったが、キース様は、それが当たり前のように頷いた。

「王家にとっては、それが最優先事項なのさ。能力でも人柄でもない。どれだけ高貴な血を保っているか・・・それだけだ」

静かな声だが、その奥にあるものは、はっきりと感じ取れる。

「王妃様も王妃様で、問題がありそうですね」

「そうかもしれないね」

弟の不躾な発言に、否定も肯定もせずキース様はただ微笑んだ。

穏やかな表情の奥に、底知れない冷たさを感じ、思わずゾッとする。

「まあ、リサは泣き喚いて鑑定を拒んでいたから、余計怪しく見えたしね」

「・・・そうですか」

「最初はリサの味方をしていた兄上も、鑑定する方に気持ちが傾いたみたいだし」

(・・・王太子殿下らしいわね)

すぐに感情に流され、その先のことまでは考えていない。

リサ様の立場を思えば、少なくとも衆人環視の前で行うようなことではないはずなのに。

「兄上は『リサを疑っているわけではない、ただ王家の血を証明するだけだ』と説得し始めたよ」

「ついでに『拒否すれば疑われるだけだから、君のためにならない』とか言ったんでしょう?」

(・・・・・・まるで、見てきたかのように言うのね)

王太子とほとんど接点のない弟なのに、よくわかっている。

あの方は「君のため」「誰かに言われたから」ーーそんなふうに、責任の所在を他人に置く。

「当たりだ。自分が知りたいだけなのに、こういう時だけ理屈を整えるんだ」

「で、結果は?」

王家の存続に関わる重大事だというのに、弟は何でもないことのように尋ねる。

「リサの子は、兄上の子どもだったよ」

「では、問題ありませんね」

王太子もリサ様も好きではないが、それでも私はほっと胸を撫で下ろした。

人生を左右することに、関わり合いたくない。

「結果はね。でも、リサのあの様子だと、間違いなく浮気はしてたね」

「え?」

「ほっとしていた。多分どちらの子か、わからなかったんじゃないのかな」

くっと喉を鳴らして笑うキース様は、美形のはずなのに、ひどく悪人じみて見えた。

「・・・・・・どちらの子?」

「兄上と同じ髪色と瞳を持つ、ウォーレスあたりが怪しいと思うんだけどね。彼もあの場で、ものすごく焦っていたし」

宰相の息子であり、王太子の側近でもあるウォーレス様。

確かに彼も、リサ様の側に侍り、彼女を熱く見つめていたうちの一人だ。

「でも、兄上の子だと証明された途端、態度が大きくなってね。まあ、怒る怒る。『こんな侮辱を受けるなんて』ってね」

「・・・リサ様からすれば、不貞を疑われたのだから、怒るのも当然でしょうね」

「まぁね。彼女の父親ーーカニング男爵もね。娘を傷つけてどう責任を取るつもりだと、詰め寄ってきたよ。鑑定前は、隅で震えていたくせに」

カニング男爵は、リサ様を高位貴族の子息に嫁がせるために画策したと言われている。

破綻寸前とさえ言われていたカニング男爵家。

成績も振るわない彼女を、高位貴族の子女が通う学院へねじ込んだのも、そのためだと囁かれていた。

「もちろん兄上もね。自分だってリサに鑑定するよう説得していたのにさ。侮辱だと喚き散らしてきた」

(・・・・・・目に見えるようだわ)

自分が優位に立ったとわかった途端、声を荒げる人だった。

キース様が私たちのことを秘密にしてくれていることに、心から安堵した。

「それで、どうされたんですか?」

「だから、お詫びに私も鑑定を受けると言ったんだよ」

「それ、お詫びになるんですか?」

「なるだろう。私は、血の正統性を色々な連中に疑われているからね。もし父上の子でないと証明されたら、私は終わりだ」

(・・・・・・よくわかっているのね)

側妃である母の美貌をそのまま受け継いだキース様は、国王にまったく似ていない。

国王本人は気にしていないようだが、貴族の中には「異なる血だ」と陰で囁く者もいる。

「でも、国王陛下は反対されたのでは?」

愛情の有無はともかく、王太子を支える優秀なキース様を手放したくはないはずだ。

身内だからこそ面倒を見ているのであって、他人であれば決してそうはいかない。

「いや。父上も一瞬だけ迷っていたけどね。すぐに賛成したよ」

「え?」

「疑っていたわけじゃないと思う。ただ、他の貴族への体面もある」

王家の血の正統性は、それだけ重要だ。

もしそれがなければ、誰もが王位を狙えることになる。

「きっと国王陛下にとっても、キース様の正統性を示すいい機会だったのでしょうね」

「そう?ただ本能的に興味を持っただけじゃないの?」

さらりと言い放った弟に、背筋が冷える。

「それに、もし違っていたとしても、もう孫まで生まれたんだ。キース様に『スペア』としての価値はなくなったよね」

(・・・・・・馬鹿っ!)

キース様を傷つけないようにとフォローしたつもりが、弟のせいで台無しだ。

弟の足を思い切り踏みつければ、さすがに痛かったのか呻いている。

「まぁ、そうかもね。ただ、王妃と兄上は大喜びしていたな。もちろんリサやカニング男爵もね。あの人たちにとって、おれは邪魔でしかないからね」

「キース様は、優秀でいらっしゃいますからね」

国防を任され、軍を掌握し、そして王家の正統な血筋を持つキース様。

頼れる身内であると同時に、いざとなれば王位を狙える存在でもある。

彼がいる限り、王太子は好き勝手には振る舞えない。

今は国王のもとで王太子を支えているが、いずれは政敵になりかねない人物だ。

「兄上たちにとっては、俺を追い落とすいい機会だったんだろうね」

(・・・キース様がいなかったら、困るのは王太子じゃないの?)

キース様は王太子の政務の補佐をしているが、実質は彼が取り仕切っているとも言われている。

彼を欠けば、王太子はたちまち行き詰まるだろう。

「でも、結果は『白』さ。俺が父上の子だと、公の場で証明されただけ」

「・・・えっと、おめでとうございます」

「ああ。これで私が王族の血を引いていることははっきりした。今後、妙な噂で地位を脅かされることもないだろう」

(・・・絶対に、事前に調べていたわよね)

間違っても、自ら墓穴を掘るような方ではない。

この機会に乗じて、疑念を払拭すると同時に、自らの立場を盤石にしたのだろう。

「いやぁ、よかったよ。君たちのおかげだ」

「いいえ。お役に立てて何よりです」

キース様はにっこりと笑い、貸し出した魔道具を差し出してきた。

瓶にいれていた鑑定液が、ちゃぽんと音を立てて揺れる。

(・・・・・・あら?)

多めに用意したはずの鑑定液が、ほとんど底をついている。

ほんのわずかに迷いを見せた私に、キース様はもう一度、ゆっくりと口角を上げた。

その瞳の奥が、まったく笑っていないことに気づき、鳥肌が立つ。

「ほとんど使ってしまって、悪かったね」

「い、いえ」

(・・・・・・・・使い道は、聞かないでおこう)

そう思ったのに、弟があっさりと口にした。

「何に使ったか。教えてもらっていいですか?」

「ああ、もちろんだよ」

キース様の目が、愉しげに細められる。

その瞬間、次に何が語られるのか察してしまい、背筋が凍りついた。

「実はね、鑑定液も血も余っていたことだし、父上と兄上の鑑定をしないかと提案したんだ」

「何を今さら。最初からそれが狙いで、多めに王太子殿下たちの血を取ったんですよね」

(・・・・・・・・・・げっ。まさか)

にやりと笑う弟を見て、確信する。

あのとき。

キース様の耳元で囁いていたのは、間違いなくこのことだ。

「父上が乗り気になってね」

「でも、そんなこと、王妃殿下や王太子殿下が許すはずありませんよね?」

「ああ。それはもうすごい勢いで反対したよ。『侮辱だ』ってね」

肩をすくめて、キース様は続ける。

「でも、リサに鑑定を迫ったのは、王妃と兄上だからね。まさか自分たちだけが拒めるわけがない」

「拒めば、それこそ『疑いを認めた』も同然ですしね」

「ああ。見事だったよ。自分たちの言葉が、そのまま返ってきた。『ただの確認』ってね」

隣で弟が、口を押さえながら笑っている。

我が弟ながら、なかなかいい性格をしている。

「まあ、王太子殿下たちも、国王陛下には逆らえませんしね」

「その通りだよ。父上がその気になれば、誰も止められない」

(・・・なぜ、鑑定しようと思ったのかしら)

自分とまったく似ていないキース様なら、疑念を抱く気持ちもわかる。

けれど王太子に関しては、疑っていないはずだ。

ただ面白がっただけなのか。

ーーそれとも本能的な何かだったのか。

「傑作だったな。兄上はまだしも、王妃はさ・・・。父上と兄上の血を鑑定液に垂らすのを、ぶるぶる震えながら見ていたよ」

(・・・・・・うわぁ)

その言い方だと、王太子は、自分の血を疑ってはいなかった。

だが、王妃には心当たりがあったということか。

「で、結果は?」

「もちろん『黒』さ。兄上は、王妃が他の男との間にもうけた子どもだった、というわけだ」

(・・・・・・最悪だわ)

それが事実なら、王家の簒奪に等しい。

弟はやはり予想していたのか、ただ小さく頷くだけだった。

「父上は顔面蒼白。招待客たちは、大騒ぎでね」

それはそうだろう。

国王は自分の血を引くからこそ、ハワード様を王太子にし、可愛がってきたのだ。

そして貴族たちもまた、王家の血を引くがゆえにハワード様を支え、従ってきた。

それが、根底から覆されたのだ。

「兄上なんて、その場で気絶しそうになっていたよ」

「所詮は、ただの凡庸な男ですしね」

ぼそりと弟が呟いた。

頼むから、ちょこちょこ王族批判をするのはやめてほしい。

「あの澄ました王妃がさ、すごい形相で髪を振り乱して、必死に喚いていたよ。『この魔道具は偽物だ』『嵌められた』ってね」

キース様は、それがたまらないと言った様子で、腹を抱えて笑い出した。

誇り高い王妃が、取り繕う余裕もなく崩れる姿。

観客として眺める分には、確かに滑稽で面白いのかもしれない。

けれど、当事者にとってはたまったものではない。

「しまいには『取り違え』なんて言い出す始末でね」

(・・・・・・そんなことあるわけないじゃない)

王族の出産は、厳重に管理されているはずだ。

「自分の子なのに、あっさり切り捨てようとするんだ。正直、驚いたよ」

「それは・・・」

その言葉を、王太子はどんな思いで聞いたのだろう。

好ましい人物ではないが、それでもわずかに同情してしまう。

あまりにもーー哀れだ。

「あんまり取り違えだと喚くものだから、結局、王妃と兄上の親子鑑定もすることになってね」

「それこそ、王妃殿下は嫌がったのでは?」

「ああ。取り違えだと言うなら、さっさと血を差し出せばいいのに。結局は押さえつけられて、鑑定する羽目になったよ」

弟は、その光景を想像したのか、おかしそうに笑っている。

だが、私は笑えなかった。

「それって、招待客の前でですか?」

「もちろん。誤魔化しがないことの証明になるからね」

キース様が、冷笑とも取れる笑みを浮かべる。

レイラ様の件が、うやむやにされた前例があるからだろう。

誕生披露パーティの場を利用しようと考えたのは、絶対にキース様だ。

「・・・・・・そうですね」

「それで、兄上は廃嫡。俺が王太子になったというわけだ」

楽しげに語るキース様だが、私は、その場にいなくてよかったと心から思った。

どれだけの混乱があったのか、思い描くのも恐ろしい。

「もちろん王妃は、国王を欺いた罪で投獄。・・・相手の男が分かり次第、二人まとめて処刑だろうね」

今頃その男は、どうしているのだろうか。

震え上がって、国外へ逃亡しているかもしれない。

「王太子殿下は・・・」

「兄上に、直接の罪はないからね。リサの実家である男爵家へ婿入りする形になったよ」

王太子から、男爵家へ婿入り。

命を取られないだけましだが、その胸中はいかばかりか。

「まあ、あの方は、血筋だけで立っていたようなものですからね」

弟が、さらりと言う。

まずいと思って、弟の足を踏もうとしたが一足遅かった。

「血があれば許される立場って、本当に楽でいいですよね」

(・・・・・・弟よ、もう少し口を慎め)

今、絶対にキース様に向かって、嫌味を飛ばしたに違いない。

軽口で済む話ではない。

思わず睨みつけたが、弟はどこ吹く風で肩をすくめた。

だが、怒ると思ったキース様は、唇を端をかすかに持ち上げただけだった。

何かにつけて噛みついていた誰かとは違い、その度量の広さがうかがえる。

「まあ、そう見えるかもしれないけど、実際は結構大変なんだよ。私だって本当は、王位なんて面倒さ。けれど、国を守る責任はあるからね。・・・少なくとも、兄上には務まらない」

淡々とした声音。

そこに迷いはなかった。

どうやら国を想う気持ちは、きちんとあったらしい。

「へぇ。レイラ様のためじゃなかったんだ」

「あっ、馬鹿!」

思わず弟の口を塞いだが、遅かった。

キース様の目が、すっと細められる。

「ふぅん。君たちは、そんなふうに思っていたんだ?」

「い、いえ、その・・・。レイラ様を気にかけていらっしゃるご様子をよくお見かけしたものですから」

それは嘘ではない。

冷遇されるレイラ様。

その傍らで、さりげなく支え続けていたのが、この人だった。

表立って庇うことはしていなかったが、見えないところで手を差し伸べていた。

だが、そんなことはキース様は知られたくなかっただろう。

どうして弟は、空気を読まずに発言するのだろうか。

おかげで、冷や汗が流れてくる。

「・・・・・・・・・まあ、いいよ」

私たちを見比べ、キース様はふっと笑った。

「どうせまた、君たちにはお世話になるだろうしね」

「え?」

「よろしく頼むよ」

キース様は、柔らかな微笑みを浮かべて軽く手を振り、そのまま踵を返す。

一癖も二癖もあるようなキース様が恐ろしくて、去って行く背中をただ見送ることしかできなかった。

扉が閉まり、ようやく力が抜けた。

「もうっ、怒らせたらどうするつもりよ!相手は王族なのよ。わかってる?」

「大丈夫だよ。あの人は、そういうこと気にする人じゃないし」

「・・・・・・ああ、そうなの?」

「うん」

忖度しない弟だが、人を見る目は確かだ。

本当にまずいことは、決して口にしない。

成績も優秀で、王立研究所から声もかかったらしいが、本人は断り、のんびり魔道具の研究を続けるために家に残っている。

「キース様に余計なこと言ったの、あんたでしょう?」

「でも、俺が言わなくても、あの人は気づいていたと思うけど」

(・・・・・・最初から、そのつもりだったのかしら?)

まったく心臓に悪い。

王家の血を証明させるふりをして、王太子が偽物だと暴かせるなんて。

「それにしても、ハワード様が陛下の血を引いていないってよくわかったわね」

「うん。だって、あんまり似てないじゃない」

「似ていない親子なんて、いくらでもいるわよ。それに、顔は似ていないけど、髪は同じ金髪だし、体格だって似てるじゃない」

「・・・・・・宰相のファーガス様もだけどね」

確かに、ファーガス様は、ハワード様と同じ金髪碧眼で細身だ。

若い頃から国王陛下の側近として仕え、常に傍にいた人物でもある。

「機会は、いくらでもあったと思うよ」

「・・・まさか、親子そろって」

「そうじゃない?姉上も言ってたじゃないか。『ウォーレス様は人の手柄を掠めとる』って。あれ、きっと父親から学んだんだよ」

(・・・・・・そうだったわ)

グループ研究のときに、面倒な下調べや資料作りを私にさせ、おいしい所だけを持って行くのが、ウォーレス様だった。

「でも、今回だけの話じゃないと思うけどな」

「え?」

「俺たちの魔道具があったから証明できただけで、昔だって、王妃みたいな人はいたと思うよ」

「それって・・・」

「王宮に飾られている歴代国王の肖像画、途中からがらりと顔の系統が変わっているよね」

さっと、自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。

「そ、それ以上言わないの!・・・それこそ、誰かに聞かれたら処刑ものよ!」

「大丈夫。わかってるよ」

(・・・・・・信用ならないわね)

大きな欠伸をしている弟を、つい疑いの目で見てしまう。

この子が本気で興味を持てば、先祖を辿る魔道具くらい作りかねない。

「王家だって、それがわかっているから、定期的に遠縁の令嬢と結婚しているんだろうし」

「え?」

「王妃は王家の分流だったし、レイラ様もそうじゃないか」

確かにそうだ。

だからこそ王妃は、自分の血に誇りを持っていた。

「キース様とレイラ様に子どもができなければ、ハワード様の子どもに継承権が回るかもしれない。血は薄くとも、繋がってはいるんだから」

「・・・・・・そうね」

「まあ、キース様がそんな事態にするとは思えないけどね。あの人、万事抜かりがないから」

「確かに」

「それでも、万が一に備えているからこそ、ハワード様は生かされているのさ。力を持たせぬよう押さえつけて、ただ血を繋ぐ役割としてね」

「うわぁ、怖っ」

いつも柔らかな笑みを浮かべていたキース様。

頼りない王太子を陰で支える優秀な第二王子ーーそう思っていた。

けれどその実、彼は策士で、そして冷酷だ。

「知らないほうがいいことって、あるわよね」

「そうだね」

弟が、魔道具を片付けようと手に取り、そっと光にかざして目を細める。

「キース様があれだけ大勢の前で使ったんだ。この魔道具を欲しがる人は出てくると思うよ」

「でも、内緒にしてくれるって・・・」

「言わなくても、調べる人はいるさ」

あっさりと言い切らないでほしい。

真実が喜びをもたらすとは、限らないのだ。

逆恨みでもされたら、どうするつもりだ。

「・・・真実は、求めない方がよくない?」

「本人がどうしても知りたいなら、止められないよ。その代わり・・・高く売ればいい。俺たちも儲かるしね」

「・・・・・・まあ、それもそうね」

そのとき玄関の方から、馬車が止まる音が響いてきた。

「お父様だわ」

「じゃあ、迎えに行こうか。今日は母上の命日だしね。寂しがり屋だから、そばにいてあげないと」

「そうね」

ソファから立ち上がり、玄関へと向かう。

(・・・・・・お父様は、お母様のことを深く愛していたものね)

だが、信頼はしていなかったのかもしれない。

母の葬儀の日、見知らぬ男が訪ねてきた。

生前、母と親しくしていた言うその男に、父はひどく動揺していた。

普段から弟を「トンビが鷹を生んだ」と自慢していた人だ。

だからこそ、余計に気になったのかもしれない。

やがて疑念に沈んでいく父の様子を見て、私たちは決めた。

ーー親子関係を確かめられる魔道具を作ろう、と。

「貞淑な妻の鑑」とまで言われた母に限って、そんなことはない。

そう信じていた。

(・・・・・・本当に、余計なことをしたわ)

父が怪我した折、こっそり血をもらい、弟との関係を確かめた。

父が疑っていた弟には、何の問題もなかった。

安心させようと、父に見せるつもりだった。

たが、ふと自分でも試してみようと思ってしまったのが、間違いだった。

(・・・・・・・・まさか、私のほうが違うなんて)

そんなこと、考えもしなかった。

幸い、父は私を疑っていない。

だからこの事実は、弟と二人で墓まで持って行くと決めている。

階段を前にしたところで、不意に弟が振り返った。

その瞳に、わずかな気遣いの色が浮かんでいるのに気づき、慌てて顔を上げる。

「姉上。ぼーっとしていると階段から落ちるよ」

弟は空気は読まないくせに、こういうところだけ妙に鋭い。

大方、私の気持ちを察したのだろう。

差し出された手を、軽くはねのける。

「大丈夫よ」

「そう言って、昔ここから落ちて骨折したよね」

「そんな子どもの頃の話、持ち出さないでよ」

軽く言い合いながらも、足取りは自然と玄関へと向かっていく。

そのとき、私たちの声が聞こえたのか、扉が勢いよく開かれた。

「ただいま!二人に土産を買って来たぞ!!なんと『レッティ』のケーキだ!」

「わぁ!お父様、ありがとうございます」

「ここのケーキ、美味しいよね」

「お前たちは、昔からこれに目がないからなぁ」

目を細める父を囲みながら、食堂へと向かう。

何気ない、いつもの光景。

幸せな、家族の形。

(・・・・・・本当に、真実なんて求めるものじゃないわ)

あのとき、信じていた世界が崩れ落ちた。

『・・・・・・私、お父様の子どもじゃなかった』

思わず漏れ出た声は、掠れて別人のように聞こえた。

その事実に打ちのめされ、どうしていいかわからなかった。

『そんなの関係ないさ』

思わずへたり込んだ私に、弟は、いつもと変わらない顔で言った。

あまりにもあっさりと、けれど揺るがない声音で。

『今まで積み重ねてきた時間が、家族の証拠だよ』

『・・・・・・・・・でも』

『姉上は、姉上だ。俺には、それだけでいい』

ーーその言葉に、張りつめていたものがほどけた。

たとえ血が繋がっていなくても。

たとえ、知らなければよかった真実があったとしても。

それでも、この時間だけは嘘じゃない。

「ほら、ケーキを切ったぞ。好きなものを選びなさい」

穏やかな父の声が、いつもと変わらず響く。

そう言いながら父は、真っ先に一番小さなケーキを手に取っている。

「お父様の選んだケーキ、一番小さいですよ」

「いいんだよ。お前たちが大きいのを食べなさい」

(・・・・・・・・・お父様ったら)

本当は父だって、このケーキが好きなのに。

それでも選ぶのは、決まって一番小さな一切れだ。

私たちの喜ぶ顔が何よりだと、そう言って笑うのだ。

知らないからこそ保たれる、父の笑顔。

真実が、いつも正しい答えとは限らない。

この幸せを守るためなら、いくらでも嘘をついてみせる。

ーー弟も、同じことを思ったのだろうか。

互いに目を見交わし、小さく微笑んだ。