作品タイトル不明
859話 忘れてた!
「あ~!」
今日は、カシム町を出発する日。
借りていた部屋の掃除をしていると、お父さんが急に叫んだ。
「どうしたの?」
「完全に、忘れていた」
忘れていた?
何をだろう?
旅の準備は、お父さんと私で確認したから問題は無いはず。
他の事?
でも、思い当たる事は無いんだけどな。
「ふぁっくす」
ふぁっくす?
「あっ!」
そうだ。
カシム町に来たら、お爺ちゃん達にふぁっくすを送ろうと言っていたっけ。
私は、雷王チームのボロルダさん達とオグト隊長さん達にも送るつもりだったんだ。
「えっと、急いで『元気です』とだけ送る?」
「そうしようか。全く連絡していないから心配しているだろうし」
「ははっ。そうだね」
お父さんがため息を吐く。
「あれだけ忘れないようにしていたのにな」
「そうだね」
カシム町に入った頃にはすっかり忘れてた。
今度からは、やる事をメモ帳に書いておこうかな。
それならさすがに忘れないでしょう。
……メモ帳の存在を忘れないかぎり。
「急いで片付けて、ふぁっくすを送りに行こうか」
「うん」
部屋の掃除を急いで終わらせ、荷物を持って1階に下りる。
「あれ? 早いな。もう宿を出るのか?」
食堂から出てきたセイゼルクさんが、不思議そうに私達を見る。
「少し用事が出来たから、先に出るよ。約束の時間には、門に着くようにするから」
「分かった。今日も朝から冒険者達で混んでいると思うから、気を付けろよ」
あっ、今の時間は混む時間だ。
「大丈夫だ。俺達はふぁっくすを送るだけだから」
「それなら大丈夫か。また後で」
セイゼルクさんと別れて、食堂の奥に声を掛ける。
この時間なら、宿の店主フィミーさんがいてるかな?
「あら? もう出発?」
フィミーさんが不思議そうに首を傾げえる。
一緒に行く予定のセイゼルクさん達はまだゆっくりしているからだろう。
「用事があって先に出るんです。お世話になりました」
お父さんの隣で、フィミーさんに小さく頭を下げる。
「また、来てくださいね」
「はい、また来ますね」
最初は、宿中に可愛い物が溢れていて違和感があったけど、思いのほか居心地が良かった。
フィミーさんにもう一度軽く頭を下げると宿を出る。
「宿泊代、全くいらなかったね」
「そうだな」
宿泊代だけでなく食事代も。
仕事のお礼という事だけど、私は何もしていない。
だから、大丈夫と言われたけどちょっと気になる。
大通りを歩いて冒険者ギルドに向かう。
すぐに冒険者達で混雑している冒険者ギルドが見えた。
「凄いな」
「そうだね」
思ったより冒険者達が多い。
「商業ギルドの方は?」
お父さんが指す方を見ると、商業ギルドは商人達で混雑しているのが見えた。
でも冒険者ギルドよりは空いている。
「商人は仕事でふぁっくすを使うから、この時間はかなり並んでいると思う」
「それなら冒険者ギルドだね」
お父さんが左手を差し出す。
その手をギュッと握ると、冒険者達で混雑している出入り口に向かう。
「俺から離れないように」
「うん」
お父さんに守られながら冒険者達の間を通り過ぎる。
それにしても、どの冒険者も背が高くて体格がいいから壁みたいだ。
「うわ、中も混んでいるね」
冒険者ギルド内で混雑しているのは、任務依頼の紙が貼られている場所とカウンター前。
その場所を抜けてしまうと、一気に冒険者の数が減った。
「ふぁっくすは、すぐに利用できそうだな」
お父さんの視線の先を追うと、人が全くいない。
確かに用事はすぐに終われそう。
「こっちは並んでないね。商業ギルドも実は混んでいないとか?」
「それは無いと思うけどな。朝の商業ギルドのふぁっくす行列は何回も見た。この村は商業が盛んだから、絶対に混んでいると思うんだけどな」
それなら、どうして冒険者ギルドのふぁっくすを使わないんだろう?
ふぁっくす専用のカウンターに来ると、男性がすぐに気付いてくれた。
「ふぁっくすを送りたいので、専用の紙を頼む」
お父さんの言葉に、男性が少し困った表情をする。
「えっと、商業特典はこちらでは使えませんが、大丈夫ですか?」
商業特典?
「大丈夫だ。家族に元気だと知らせるふぁっくすを送るだけだから」
「あぁ、すみません。手続きの時に特典の事を言われる方がいまして。1回500ダルで、こちら5枚まで無料です。5枚以上の場合は、費用が掛かりますのでご注意ください」
「ありがとう」
お父さんが紙を受け取ると、傍にあるテーブルの下に行く。
「特典があるから、混んでいても商業ギルドでふぁっくすを送るんだね」
「そうみたいだな。特典なんて初めて聞いたよ。はい。1枚ずつで良いか?」
「うん。時間が無いから元気という報告と、これから何をするのか……」
悪い人に捕まっているサーペントさん達の解放とは、さすがに書けないよね。
このふぁっくすを、誰かに見られる可能性もあるし。
「カシム町のロティスと一緒に、王都周辺を豪遊すると書いたらいいよ」
豪遊?
えっと確か意味は、派手に遊ぶ事だったよね?
「それで伝わるの?」
私の言葉に頷くお父さん。
それなら、豪遊と書こうかな。
それぞれにふぁっくすが遅れたお詫びと、元気だと伝える内容。
そして、これから豪遊に向かうため、また連絡がしばらく取れない事を書く。
「豪遊って、遊び回るって事だよね?」
本当にこれでいいのかな?
「3ヶ所に送って欲しい」
お父さんが、3枚の紙を男性に渡す。
「ギルドカードをこちらにお願いします」
男性の視線の先にある四角いアイテムの上に、お父さんがギルドカードを置く。
すぐにギルドカードを置いた部分が少し光る。
「ありがとうございます。金額は1500ダルです」
お金を払うと、送信先を男性に伝える。
「では、暫くお待ちください」
男性は受け取った紙を、四角のアイテムから出ている板の上に乗せる。
すぐにアイテムから音がして、板に置かれた紙が四角いアイテムに飲み込まれていく。
これで1ヶ所目は終了。
同じ要領で、他の2ヶ所にもふぁっくすはすぐに送られた。
「どうぞ。ふぁっくすは無事に終わりました」
「ありがとう」
男性から3枚の紙を受け取ると、冒険者ギルドを後にする。
「時間は大丈夫?」
早目に出たけど、集合時間は大丈夫かな?
「あぁ、ゆっくり言っても問題なさそうだ」
大通りを門に向かってゆっくり歩く。
「どうして豪遊でいいの?」
やっぱり気になる。
「冒険者内では『豪遊』は暴れ回るという事で使われる事があるんだ」
暴れ回る?
書いた内容は「王都周辺を豪遊する」だから
「王都周辺で暴れ回る?」
「そう。ふぁっくすを送ったのはボロルダ達とオグト隊長だろ? 彼等なら『王都周辺の問題で何かする』と気付くはずだ」
なるほど。
「アイビーからのふぁっくすを、そのまま解釈する彼等では無いよ」
「それは……どうなの?」
まぁ、今まで送ったふぁっくすのせいなんだろうけど。
「今回の問題が終わったら、何をしたのかいつものように送ろうか」
いつものようにって事は、色々言葉を変えて送るって事だよね?
あれは、凄く大変なんだけどな。
「次は忘れないようにしないとね」
「それが一番、問題だな」
「そうだよね。あっ、メモに書いておこう」
マジックバッグからメモ帳を出して、「ふぁっくすを送る」と書く。
これでたぶん大丈夫。
「メモに書いた事を、忘れないようにしないとな」
「……」
「……」
お父さんを視線が合うと、同時に笑ってしまう。
「自信が無いな」
「お父さんだって」
笑いながら門に近付くと、ジナルさん達の姿が見えた。
今日から、捕まっているサーペントさん達の救出を目的とした旅が始まる。
1匹でも多く、助けられたらいいな。