作品タイトル不明
636話 約束してたなぁ
「アイビー。トトムから、『前にお願いしていた約束は、まだ有効ですか?』と連絡が来たんだが、大丈夫かな?」
ウルさんの質問に首を傾げる。
トトムさんって、「トトムの何でも屋」さんの店主さんの事だよね。
前にお願いした約束とは、なんの事だろう?
「あれ? 約束してない? 俺の聞き間違いか?」
ウルさんが私の様子を見て、困った表情をする。
「いえ、私が忘れてしまったのかもしれないです。どんな約束なのか分かりますか?」
大切な約束だったらどうしよう。
「トトムからは『こめの炊き方を、もう少し詳しく聞きたい』と聞いたけど、それで分かるか?」
あっ!
その話か。
約束していた日の朝に、トトムさんから断りの手紙が届いたんだよね。
大量の野菜と一緒に。
「思い出しました。確かに約束してます」
「そうか、よかった。トトムの方の問題が落ち着いたから、ようやく時間が取れるんだろう」
問題って、教会の事だよね。
トトムさんは、この村に元々あった教会関係者みたいだから。
そっか、落ち着いたのか。
それは良かった。
「分かりました。いつでも……いえ、日時はお父さんと相談してほしいです」
最近のお父さんは、ジナルさんにお願いされて教会で後片付けを手伝っている。
今日も、朝からジナルさんに連れて行かれてしまって不在だ。
出掛ける際、お父さんから「隠れ家から1人では絶対に出ないように」と言われた。
その理由は、村が少し荒れているからだ。
禁断症状で、いきなり暴れだす人が多数いると聞いた。
そのせいで、村全体がピリピリとした嫌な空気に包まれているそうだ。
ジナルさんからも、落ち着くまで隠れ家から出ないほうが良いと言われている。
お父さんには、どうしても出掛ける必要がある時は一緒に行くから言って欲しいと言われてた。
なのでトトムさんの所に行くなら、お父さんの予定を聞かないとね。
「そういえば、こめの炊き方を書いた紙を、トトムさんに渡してほしいとプラフさんに託したんだけど……上手く炊けなかったのかな?」
水加減には、かなり注意してほしいと注意書きもしておいたし。
あの紙を見れば、ある程度は問題ないと思うんだけど。
「さぁ、どうだろう? あっ、前に会った時に『柔らかすぎるんだよな』と言っていたな」
あぁ、たぶん水の量が上手く調整出来ないのかも。
それなら一度一緒に炊いて、感覚を掴んでもらった方が早いかな。
「分かりました。あっ、そうだ。お父さんが昨日、あと少しと言っていたから、トトムさんの所にはすぐに行けるかもしれないです」
後片付けもそろそろ終わると、昨日言っていた。
問題の教会関係者が全て移動して、残ったのは証拠とあとに残せない物の処理ばかりだって。
「あぁそういえば、サフサの奴が 玩具(おもちゃ) がいなくなったって言ってたな。もっと玩具で遊んで……」
玩具?
ウルさんを見ると、「しまった」という表情で視線を私から逸らした。
うん、聞かなかった事にしますね。
「仕事が終わるっていい事ですよね」
「うん、そうだ。その通り。アイビーが良い子でよかった。ドルイドに予定を確認しておくよ」
「はい。お願いします」
ここ数日ウルさんの気が緩んでいるからなのか、ちょっとボロボロと……いや、何も聞いてないから。
知らない、知らない。
「あっ、ウルさん。そこはギュッと縛った方が、入った獲物が逃げないですよ」
仕掛けに使う罠で重要な部分なので、少しだけ注意する。
しっかり縛っておかないと、せっかくカゴに入った獲物が逃げてしまう。
「そうなのか? こうか?」
カゴを覆うように掛けられた布の一部が紐によってギュッと締まる。
その締まり具合を見て頷く。
「はい、それで大丈夫です」
「よしっ、次だな」
新しく罠を作りだすウルさん。
凄く楽しそう。
もしかしたらお父さんみたいに嵌るかも。
「お水、下さい。はぁ、疲れたぁ」
アルスさんの声に、急いで果実水をコップに入れて渡す。
「無理しないで下さいね」
「大丈夫よ。とっとと体力をつけて、旅に出るんだから!」
アルスさんは私から受け取った果実水を一気に飲むと、また庭を走りだす。
えっと、アルスさんは今ので6周目で、ガルスさんとエバスさんが8周目と。
「凄い頑張るよな」
「そうですね」
ウルさんの言葉に頷く。
本当に、3人とも凄く頑張っている。
3人は、毒で弱ってしまった内臓をポーションで無事に治す事が出来た。
手遅れとなるとポーションは効果を発揮しないので、かなりホッとした。
でも、毒と寝込んだ事で体力がかなり減ってしまっていた。
ウルさんとお父さんが、その事をかなり気にしていたので「どうしてだろう」と不思議だった。
でも、ジナルさんが3人を見て渋い表情をしたので気付いた。
旅は、体力を必要とする。
今のガルスさん達では、無事にオカンコ村まで行けないかもしれないと。
特に今回は、馬車や馬を使う事は出来ない。
これらを使うと、3人の痕跡が残ってしまう可能性が高くなってしまうから。
王都の教会関係者から隠れるためにも、見つかる可能性は最小限にしたい。
そのためにも、自力でオカンコ村まで行く必要があるのだ。
3人も今のままでは駄目だと、気付いていた。
だから、立てるようになるとすぐにウルさんの元に来て、体力作りの指導をしてほしいと頭を下げていた。
ウルさんも、そんな3人のやる気に応えるべく、最短で最高の効果が得られる方法を3人に教えている。
とはいえ、本当に体力がなくなっていたので、まずは長時間隠れ家の庭を歩く事から始まった。
「庭が広くて助かったよ」
「そうですね」
今利用している隠れ家は母屋と離れの間に大きな庭がある。
この庭があってくれて大助かりだ。
「昨日は歩きで、今日はもう走ってるけど、大丈夫なんですか?」
全快したといっても、病み上がり。
また、体調を崩したりしないか心配だな。
「大丈夫。3人の様子を見る限り後遺症もなさそうだし。今は体力はないが、剣を振り回す体力は元々有ったんだ。少しコツを教えれば、すぐに体力は戻るよ。まぁ、戻ってもアイビーほど体力はないから、森で体力作りをする必要があるけどな」
私ほど。
そんなにあるかな?
……同年代の子供を知らないから、分からないや。
バコッ。
「あっ……力を入れ過ぎだな」
罠に使うカゴの補修をしていたウルさんが、眉間に皺を寄せる。
どうやら力を入れ過ぎて補修のつもりが、カゴを本格的に壊してしまったようだ。
手元を見る。
「それはもう使えないですね」
分解したカゴを見て苦笑する。
実はこれで3つ目。
ウルさんには微妙な力加減が少し難しいようだ。
「うわっ」
ん?
叫び声に視線を向けると、エバスさんが地面に手を突いていた。
足が縺れてコケてしまったようだ。
「大丈夫かな?」
「あれ位なら大丈夫だろう。少し様子を見てくるよ」
ウルさんがエバスさんの下へ向かう。
頑張っているのは分かるけど、怪我だけは注意してほしい。
とはいえ旅には、2週間後に出発予定なんだよね。
王都の教会を見張っている人から、そろそろ移動した方が良いと連絡が入ったそうだ。
ぎりぎりまで体力作りをして、旅に出る予定だけど……まだ庭を8周なんだよね。
間に合うかな?
不安だ。