作品タイトル不明
507話 味見は大切です
宿の店主に調理場を借りて、ジナルさんが料理を作っている。
私が作っているところを見て、久しぶりに腕を振るいたくなったらしい。
でも、お姉ちゃんと調理中の後ろ姿を眺めているとちょっと不安を覚える。
久しぶりだからなのか、ちょっと手元が怪しい。
「大丈夫かな?」
「……大丈夫でしょう」
お鍋の味見をして首を傾げているけど、きっと大丈夫のはず。
「あれ? アイビー?」
少し前から感じていたガリットさんの気配。
後ろを振り向くと、食堂に顔を出すガリットさんと視線が合った。
「お帰りなさい」
「おぅ。何をやっているんだ?」
私たちが覗いていた調理場を横からガリットさんが覗き込む。
中にいるジナルさんを見て、ちょっと驚いた表情をした。
「今日の夕飯はジナルさんが作ってくれるそうです」
お姉ちゃんの言葉に、ガリットさんが小声で。
「あいつの料理は時々すごく外すからな」
外す?
ガリットさんを見ると、肩を竦めた。
「大体は、まぁまぁな味なんだよ。それが10回に1回ぐらい、なぜか失敗する。そしてその失敗した時の味が、5回に1回ぐらいすごい不味い」
10回に1回?
それは多くないかな?
それにすごい不味いってどんな味だろう。
食べられるかな?
「今日はどっちだろう?」
お姉ちゃんの表情が心配そうに、ジナルさんの背中を見つめる。
「見た目や匂いでは分からないよ。食べるまで」
……すごく不安になってきた。
今からでも手伝った方がいいかな?
「そろそろできるぞ」
ジナルさんの言葉に遅かった事を知る。
今日が失敗する日ではありませんように!
「おっ、ガリットか。お前も食うだろ?」
「いや、俺は。食べて来たし」
ガリットさんが首を横に振る。
「いいから少し食えって、今日は美味く出来たから」
ジナルさんの言葉にホッとする。
その様子を見たジナルさんが苦笑を浮かべた。
「なんだ、ガリットから聞いたのか?」
「はい。だからちょっと心配でした」
私の言葉にお姉ちゃんが頷く。
その様子を見ていたガリットさんが笑って、ジナルさんの肩を叩く。
「今日は大丈夫なんだ?」
「あぁ。アイビーたちが食べるから、ちゃんと味見した」
ん?
それってどういう意味?
「……お前、俺たちだけの時は味見しないのか?」
ガリットさんの言葉にジナルさんが当然のように頷く。
それにため息を吐くガリットさん。
「どうしたんだ?」
お風呂に行っていたお父さんが食堂に入ってくると、私たちを見て首を傾げた。
「あっ、いいところに。ちょうど完成したんだ」
ジナルさんが嬉しそうに、料理の入ったお皿を持って食堂に入ってくる。
野菜炒めかな?
「美味そうだな。アイビー、ガリットはどうしたんだ?」
項垂れているガリットさんを見て、お父さんが小声で訊いてくる。
席に移動しながら、ジナルさんの料理の話をするとお父さんがガリットさんの肩を叩いた。
「あいつ、時々新しい料理を思いついたとか言って、作っていたんだが……まさか味見してないとはな」
「それほど不味い事もないだろ?」
ジナルさんの言葉にガリットさんが、ジナルさんを睨む。
「本当に食べられない時があるだろうが!」
ガリットさんの言葉に肩を竦めるジナルさん。
全く反省している様子は無い。
これからもきっと味見はしないんだろうな。
「「「「「いただきます」」」」」
野菜炒めは白パンに挟んで食べるので、机の上に大量の白パンが載っている。
さすが稼いでるだけあるよね。
白パンを買う数がすごい。
「美味しい」
お姉ちゃんの言葉にジナルさんが、嬉しそうに白パンに具を挟んで食べる。
私も一口食べると、確かに美味しい。
ちょっと濃いめの野菜炒めが、白パンに合う。
「あっ、ジナルさん」
食堂の入り口を見ると、お風呂に行く時に話しかけてきた男性を引きずって行った男性がいた。
ジナルさんの知り合いだったのか。
「あっ」
なぜか私たちの姿を見て、立ち止まると視線が泳いだ。
何だろう?
「どうしたんだ?」
ジナルさんの声に、男性が小さく頭を下げる。
「えっと……地下洞窟の事が訊きたくて、時間がある時に話を訊けますか?」
「あぁ、いいぞ。当分は出入りができないだろうが、情報はなるべく多く知っておいた方がいいだろうからな」
「はい。時間ができたら連絡してください」
男性が頭を下げて、食堂から出ていく。
何となく違和感を覚える。
どうも取って付けたような会話に思えた。
ジナルさんを見ると、作った料理を豪快に食べている。
気のせいかな?
「ドルイド、旅の準備はどれくらいで終わる?」
ガリットさんを見ると、真剣な表情でお父さんを見ている。
「必要な買い物は既に終わっている。明日でも出発は出来るが……食料調達の時間が欲しいな」
確かに、マジックバッグにはまだ調理済みの物があるけど、次の村に着くまでに無くなってしまう。
「そうか。明日と明後日あれば問題ないか?」
「あぁ。どうしたんだ?」
お父さんとジナルさんがガリットさんを見る。
「ちょっと気になる噂を耳にしたんだ。だから、いつでも出発できるようにしておいた方がいい」
噂?
「どんな噂だ?」
ジナルさんの言葉にガリットさんの眉間に深い皺が寄る。
「教会が育てた暗殺者が、この村にいるんじゃないかって言う噂だ」
ガリットさんの言葉にお姉ちゃんの動きが止まる。
「マリャ、大丈夫だ。ただの噂の可能性が大きい」
ジナルさんがお姉ちゃんの肩をポンポンと軽く叩く。
「そうなんですか?」
お姉ちゃんは不安な表情でガリットさんを見つめる。
「あぁ、教会関係者は 極秘裏(ごくひり) で動けるのに、噂になること自体がおかしい」
ジナルさんが不審気にガリットさんを見る。
「確かにそうなんだが、今日の午後からいきなりその噂が村に回ったんだ」
「それって操作されているんじゃないか?」
お父さんの言葉にガリットさんが頷く。
「だから気を付けた方がいい。誰が何の目的でこんな馬鹿な噂を流すのか。下手をすれば教会に目を付けられる」
何だか話がややこしくなってきているな。
とりあえず、この村には長居しないほうがよさそう。
元々準備が調ったら、出発する予定だったから問題はないか。
「お父さん、明日中に準備を終えて明後日には出発しようか」
「そうだな」
予定が決まってジナルさんたちを見ると、ちょっと思案している様子。
「明日中にこの噂を調べてみるから、少し待ってくれ」
「分かった。悪いな」
お父さんの言葉にジナルさんがにやりと笑う。
それにお父さんが首を傾げる。
「マリャには悪いが、楽しんでいるから気にするな」
その言葉にお父さんが少し目を見開いた。
でもすぐに苦笑に変わる。
「そうか」
「あぁ」
夕飯を食べ終わると、それぞれ部屋に戻る。
ガリットさんは、どこかで酔いつぶれているフィーシェさんを回収しに行った。
ジナルさんは朝早くから動く予定らしく、もう寝ると言っていた。
「ジナルたちは明日の夕飯ごろに戻ってくるそうだ」
最後までジナルさんと話していたお父さんが部屋に戻ってくる。
「分かった。ジナルさんたちに、何か作っておくね」
「そうしようか」
さっきのジナルさんの言葉は、きっと私たちが気にしないように言った言葉だろう。
お姉ちゃんを見ると、ほんの少しほっとしているのが分かる。
巻き込んだ事を気にしていたからね。
それにしても、教会が育てた暗殺者。
本当なのかは分からないけど、怖いな。