軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51回目 あの穏やかな日々を取り戻すため

クレインが「愛人がいない」と宣言すれば。

アストリは、夫が懇意にしている商人の名前を挙げてみた。

「ブラギ会長も違うのですか?」

「違う」

「そうですか。あの方であれば、有益な面もあるかと思ったのですが……」

美人な女商会長から誘いを受けることもあるが、それは断っている。

と、そこでクレインも思った。

「ああ、そうか。ブラギもそっち側なんだな」

貴族には愛人がいて当然だと思っているから誘っているのだろう。

王家の御用商の一つだけあり、彼女も理というものを理解していた。

そんな発見をしつつ、ともあれこれは、アストリとクレインの仲が良好だからこその発言だ。

「なあ、アスティ。浮気っていうのは咎めるものじゃないのか?」

「いえ。庶子ができると困りますが、その点だけ気を付けていただければ」

妻を何人増やしても愛してくれると思っているのか。

それとも彼のナンバーワンでいられる自信があるのか。

それはクレインも分からないとして、分かることは一つ。

申告すれば浮気は許すと言われていることだ。

「もし遊ぶなら、ある程度アスティの目が届くところで……って感じかな」

「そうですね。隠れての恋は燃えるものらしいのですが、堂々としていただけた方が不安にはなりません」

男は浮気をする前提で、浮気の方法についての可否がある。

アストリの常識はそんなところだ。

しかし重婚というのが、制度上問題ないことだとしても様々な問題がある。

倫理的にどうなのか。浮気を前提にしないでほしい。

子どもができたらどうするんだ。それでいいのか。

という、無数のツッコミどころがあった。

王都に着いたらそこのところについても、南伯と話をしよう。クレインはそう誓う。

「分かったよ。重婚したくなったり、どこかと政略結婚することになったりしたら事前に言うから。今のところそういう関係が無いって部分は信じてくれ」

彼女とのファーストコンタクトを考えれば、過激なお付き合いは心臓に悪い。

清すぎるお付き合いを考えても無理はないことだと、彼自身はそう納得していた。

クレインとしても、ブラギ商会長の胸元に目が行きそうになったり、マリーからの気安いボディタッチで意識したりすることもある。

が、基本は欲望を全部抑え込んでいるのだ。

過労死寸前で戦っているため体調が悪化する原因は潰しておかなければいけない。クレインのそんな事情を知らないアストリからすれば、彼は硬派な人間に見えるだろうか。

ともあれ、トレックが結婚を意識するくらいには幸せな新婚生活を送っている。

だからアストリも、クレインの交際関係については納得ができた。

「ええ、信じます。……それから。どのような言葉が適切かは、分かりませんが」

そうして話が落ち着くと。少し口ごもってから、アストリはクレインに近寄った。

そして今度は何の脈絡も無く、彼の胸に抱き着く。

「……クレイン様、お慕いしております」

突然の抱擁に目を丸くするクレインだが、彼女には別な不安がある。

第一王子の暗殺以降、また情勢は不安定になっている点だ。

「どうか、ご無事で」

血を見るような事件こそ起きていない。

しかし密偵からの情報でも、明るい話など何一つ聞こえてこない有様だ。

そこに夫を送るのは不安だろうが、この時期に領主の一族が全員領地を離れることは好ましくない。

彼女は残らざるを得ないのだ。

最近は彼女も働き詰めだったことだし、折角だから王都で気晴らしをしよう。

そう考えるのは軽挙だったかと、クレインも思い直す。

「大丈夫。俺に手を出せばアスティのご両親や北候。トレックたちだって敵に回すことになるんだ。害されることは無いよ」

「それでも。何か、胸騒ぎが止みません」

彼女は微かに震えているが、これまでの経緯を考えれば当然のことだと彼も思う。

今は動乱の時で、王都はその中心地だ。

何の陰謀にも巻き込まれず無事に戻ってきたとしても、今度は東伯どころか、東候までも相手取っての戦争になることだろう。

果たして夫婦が二人とも、来年の今頃まで無事でいられるかは不明の状態だ。

先ほどまでの軽口も、不安を紛らわせるためのものだったのか。

そう察したクレインは。敢えて明るい声で、堂々と言う。

「任せておけ。俺は死なないから」

事実として不死身に近いのだから、クレインは一切の不安を持ち合わせていない。

そして、自信に満ちた人間の傍にいると安心するものだ。

所在なさげだったアストリも、そのうち穏やかな気持ちになっていた。

「ええ、信じています」

そう言ってクレインの口にキスすると、彼女は少し離れて微笑む。

「この続きは。クレイン様が帰ってきてから、ということで」

いたずらっぽく微笑むが。確かにクレインが王都から帰還した頃には、新しい屋敷もできているだろう。

そういうことを想像して、顔を赤くしたクレインを楽し気に見つつ。

軽い足取りで、アストリは去って行った。

「はは、敵わないな。本当に……。そして心臓に悪い」

いいように手玉に取られている気もするクレインだが。彼女が自分に惚れていることは一度、死んでまで確かめている。

相思相愛の家庭。

豊かな領地。

自分を慕う家臣たち。

幸せに暮らす領民たち。

その全てを順番に思い浮かべて、彼は上を向いた。

「守るためには、あと一歩。……願わくば、これが最後の戦いになりますように」

彼は元々、田舎でのんびり領地を治めているのが性に合っていた人間だ。

激動など望んではいない。

彼はただ、何も起きない毎日が再びやって来ることを祈っている。

幸福な未来を歩むため。

あの穏やかな日々を取り戻すため。

決戦の準備を万全に整えるべく、彼は王都へ向かうための旅支度を続けた。