軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51回目 怪しい男と女商会長

「子爵様、今日はいいお話を持ってきたんですよ」

「そうか」

ニコニコと笑う瘦せ型の男が、鞄を片手にクレインの屋敷へやって来た。

内容は投資話で、北方の領地で新規開発されている鉱山利権に一枚嚙まないかという誘いだ。

提出された書類を見る限り、一見すると好条件が並んでいる。

「利回り20パーセント! 今なら話が出回っていないのですが、子爵様には特別に――優先してお話を持って参りました!」

元本保証。つまり投資で損が出ても、投資した金額分は返すという条項がある。

それに配当も相場よりかなり高い。金を出せば出すだけリターンが高くなる。

なるほど美味しい話だろう。

しかしクレインはこの話を聞いて、すぐに詐欺だと判断した。

「ハンス」

「分かってます」

「な、何故! 何を……!」

商談に同席していたハンスが警備の者を呼び、部屋に雪崩れ込んできた兵士が三人がかりで、商人の男を取り押さえた。

男は慌てているが、クレインもハンスも呆れ顔だ。

「金回りが良くなると、こういう手合いも現れるよな」

「まったくですね。おい、署まで連れていけ」

クレインは懇意の商会をいくつも抱えているのだ。

普通の投資話ならこんな怪しい男ではなく、まずお抱えの大商会からやって来る。

各地の情報収集にも余念が無いので、嘘の開発計画などを持ち込めばすぐにバレるとしても。しかしこういう詐欺師は、結構な頻度で来ている。

「何を考えているんだろうな、まったく……」

ごく稀に本当の儲け話が混じっていたのだが、9割以上は詐欺だ。

クレインからすれば本当の儲け話かどうか。結果を見てからやり直して、確認することはできる。

しかし資金面では充実しているので、わざわざ回り道をする理由が無い。

当たりくじが少ない投資をするくらいなら。大商会が持ってくる安定の事業に金を出した方が、無難で確実だった。

「はぁ……。次の方をお通ししてよろしいですか? ブラギ会長です」

「ああ、呼んでくれ」

わめく男の声が遠ざかる中でハンスが一度下がり、少しすると、廊下の方からハイヒールで歩く音が聞こえてきた。

先ほどの怪しい男とは違い、部屋に入ってきた女性とはクレインも面識がある。

「今日も大変だったみたいだねぇ、子爵」

「ブラギ会長。バルガスとの話はもう終わったのか?」

入れ替わりでやって来た次の客は、武器商のブラギ商会だ。

彼女たちには武具の手配だけでなく、鉄商品の流通も任せている。

「農具の話は一段落したから、あとは流通の話だけよ」

「順調なようで何よりだ」

今日は会長が直々に来ているが、普段は支店長が話にくるので、彼らが会うのは久方ぶりだ。しかし大した用も無く屋敷を訪れる商会長は、トレックくらいのものでもある。

他の会長が出張るのなら、顔を合わせた段階で重要な話だと分かるので、クレインとしては応対が楽なくらいだった。

「ええ。子爵のところには儲けさせてもらっているわ」

「それなら結構。他の商会との話し合いは、適当にやっておいてくれ」

「そうね、任せてもらえば悪いようにはしないから」

ブラギ商会長は褐色肌に、淡い赤という髪の色をしたエキゾチックな女性だ。

豊満な身体つきをしており、少し露出の多いベルベット色のイブニングドレスからは大きな胸の谷間が見えている。

本人も自分の魅力が分かった上で、色香を振りまいていた。

しかし 弛緩(しかん) したを見せれば、マリーを始めとしたメイドからの視線が少し冷たくなり、アストリの機嫌も損ねてしまうだろうことは想像に難くない。

だから至って真顔のまま、クレインは尋ねる。

「ところで、その話をするだけならいつもの代理でいいだろう。何か別な話が?」

「ご明察。少し、儲け話があってねぇ」

クレインとしては、この流れでまた投資話かと 辟易(へきえき) した。

しかし安定経営をしている大手だけあって、今度の企画書はまともな内容だ。

「北侯傘下の家で、新規の鉱山開発か」

「ええ。鉄鉱山の計画だけど、利益率は低めよ」

「ふーん。……でも、悪くないな」

ラグナ侯爵家とやや疎遠であり、侯爵家の本拠地よりもむしろ、アースガルド領の北部に近い家が進めている政策だ。

新しい鉄の鉱床が見つかったため、本格的に採掘したい。しかし資金力が足りないので、親分と同盟を結んだアースガルド家から資金を出してもらえないか。

そんな打診が、ブラギ商会経由で送られてきていた。

「利率は2パーセント。代わりに、鉄を優先で卸してくれるか」

「価格の優遇もあるから、もう少しお得な提案ね」

鉄という戦略資源は、慎重に扱う家も多い。何のツテも無ければ鉱物資源は手に入れにくいが、勢力図が変わる度に、仕入れ先を変える必要が出てくる。

アースガルド領でも鉄は採掘できるが、ヨトゥン伯爵家へ回す分も考えれば、いくら集めても損はない。

資源の確保先を複数用意しておくのは、彼からしてもいい安全策だと思えた。

「うちの鉱山だけでは、手が足りずに頭打ちだったからな。よし、乗った」

「思い切りのいい男は好きよ、アタシは」

そう言って谷間を強調してくる。そして、クレインの目線が下がりそうになる。

だがそこは鋼の自制心で抑え込み、彼は書類に目を落とした。

「金額は金貨2000枚でいいんだな?」

「ふふっ、銀貨での支払いでも大丈夫だそうよ」

「そっちの方が助かるな。……しかし」

クレインは自前で銀貨を作れるので、支払いが銀であれば話は早い。輸送費が高くつくとは言え、銀貨ならいくらでもある。

だからすぐに投資すると決めたが、クレインは呆れたようにブラギを見た。

「この話、先方から提案してきたものじゃないだろ」

「あら、分かる?」

「話が出来すぎだ。最初から調整済みにしか見えないよ」

アースガルド家からすれば、銀貨の方が支払いは簡単だ。だから銀貨払いなら、アースガルド子爵がすぐに何とかしてくれるだろう。

労働者への支払いなどを考えても、銀貨の方が取り回しはいい。

そんな説得で話をまとめて、ブラギ商会の主導で産業を興そうとしているとは、すぐに予想できた。

「なら話は早いわね。これ、鉱山の横に作るウチの精錬所と、近場に作る鍛冶屋の計画書よ」

「なるほどな、こちらが本命か」

貴族が商人から金を借りることは一般的だが、貴族が貸すのはなかなか珍しいことだ。

大抵の貴族家は格式を維持するために大金を使い、美術品や調度品といった見栄えする物に天文学的な額を出すもので、万年金欠の領主も少なくない。

しかし屋敷内が実用品ばかりのアースガルド家は、意図せずしてかなりの倹約家となっていた。

「いいよ、出すよ」

「金払いのいい男って、本当に好きだわ」

放っておくと支出がほぼ無いようなものなので、たまには意識的に、こうして金を出している。今回の投資とて領内の経済に影響は無くとも、友好的な商会が強くなるなら意味はあった。

商談がまとまり退室しようとしたブラギは、扉を閉める間際に振り返って しな(・・) を作る。

「クレイン様もいい男だからね。奥様に隠れて火遊びしたいなら、いつでも歓迎よ」

「……馬鹿なことを言うな」

「あら、また振られちゃったわ」

いつもの挨拶のように「私を愛人にどうか」という誘いをしてから、彼女はウィンクをして帰って行った。

「……年齢はそれほど離れていないのに、余裕と経験値が違い過ぎるな」

溜め息を吐いたクレインの前へ、ハンスが再びやって来て言うには。

「あの、クレイン様。次の来客ですが」

「今度は誰だよ」

次の来客だということだ。しかし来客の名前を尋ねられたハンスは微妙な表情をしてから、少しやるせなさそうな態度で答える。

「あー、いえ、さる高貴なお方からの使いであり、名は明かせないと」

「……そういう手合いが、多過ぎる気がするんだが」

クレインと気軽にアポを取れる人間は、少数派になってきている。

だから何らかの権威を持たせて、無理やり商談を捻じ込もうとする者もそれなりに出てきていた。

「一応、会うか」

「ではお通しします」

およそ5分後。現れたのは、揉み手をしながらニヤニヤと、下卑た笑顔を浮かべる男だった。

髪を七三分けにして、整髪料でベッタリと固め、口元にはちょび髭を生やしている。

服装は少しだけ上等な礼服だが、少しクラシック過ぎるきらいがある。

どこからどう見ても怪しいため、クレインは心の中で減点1と唱えた。

「まあ、座ってくれ」

席を勧めれば、男はクレインよりも先に腰を下ろした。まるで向こうが貴族でクレインが平民かのような態度でだ。

作法がなっておらず、無理に会おうとしてきた人間の態度でもない。

これで減点2だ。内心でまた唱えてから、クレインは用件を切り出す。

「さて、何か話があるとのことだが」

「アースガルド子爵に、さる高貴なお方から……いいご提案がございまして」

「さるお方とは?」

「へっへ、名前はお出しできません」

背景を明かさないことで、減点3。

笑い方が下品で、上流階級とつながりがあるように見えないことで、減点4。

そして良いお話というフレーズは、大体詐欺であるため減点5。

そこまで行けば試合終了だ。

本題に入ることもなく、クレインはハンスに声を掛けた。

「ハンス、お客様がお帰りだ」

「承知しました」

「ぶ、無礼者が! 何をする! 私を誰だと思っているのだ!」

またしても警備の人間が来客を取り押さえて、抵抗している七三分けの男を引きずっていく。

「……具体的な話を聞く前に追い出した辺りが、慈悲だよな」

まだ詐欺の提案をされていないのだから、追放だけで済ませられる。

何も言わず追い出して、アースガルド子爵は詐欺に引っかからないと同業者に広めてもらおう。

そんな思惑で、彼は怪しい来客を次々と屋敷の外に放り出していく。

「私を誰だと思っている……と言うのなら、まず名を名乗れって話だ。次!」

減点方式でサクサク対応していかなければ、来客の予定が追い付かない。

客によっては予定より長く話すこともあるのだから、こういう手合いを相手にショートカットを試みるのが、クレインの日常となりつつあった。