軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51回目 行商人のトム

「あっちはまだ建築中か? ってことは、こっちかぁ?」

朝早くから、荷馬車に乗った老人が屋敷の前に現れた。

そして解体予定の旧館を覗き込み、建築中の新館との間をうろうろしている。

「ん? ここは領主様の館だが、何者だ」

「ああ、出入りの商人なんですがね。クレイン坊ちゃんはどちらに?」

彼には朝番だったランドルフが対応したのだが、あまりにもフランクな物言いに絶句しかけていた。

「ぼっちゃ……まあいい、アポイントはあるのか?」

「アポイント?」

今や大物であるクレインに大して気軽に坊ちゃん呼びする者は、もうバルガスくらいだと思っていたランドルフだが、目の前の老人は古ぼけた服装の一般人にしか見えず、気軽にクレインと会えるような風体をしていなかった。

だからこそ、間者ならばこんな風体では現れないだろうと予想がつく。

ランドルフにも、眼前の老人が古くからアースガルド領に出入りしている行商人ということは察しがついた。

「むぅ。ならば名は」

「トムだぁ。行商人のトム」

「分かった。ここで待て」

ランドルフが部下を使いにやり、数分してすぐに、クレインから通していいと許可が出た。

「ランドルフ様。顔見知りとのことでした」

「うむ。では案内をしよう」

曲者の可能性は低いとしても、ランドルフも同行することにした。

アースガルド子爵邸の様子が激変していたからだ。

「ああ、助かりますわ。しばらく来ないうちに、屋敷が新しくなってんだもんなぁ」

「まだ外観しかできていないがな」

「そっかぁ。にしても、庭がおっきくなったなぁ」

古い館の北側に空いていたスペースへ新しい館を建築し、棟上げまでは終わっているが。

そちらはまだハリボテであり、客人は旧館の方へ通すことになっていた。

「館を解体すれば更に広がるぞ。大工たちが、庭に噴水を付けるとか言っていたな」

「へぇ。まるで貴族様のお屋敷だぁ」

「お前、クレイン様のことを何だと思っているんだ……」

古い屋敷を解体して庭にする前に、外柵の辺りから順に庭園を拡張している。

周囲を見ても、半年前から大分変わっているのだ。

例えば屋敷の脇にあった畑――ハンスが野菜を作っていたり、クレインがハーブを育てていたりした場所――は新しい屋敷の東側に場所を移して、温室まで建築中だ。

厩(うまや) の場所もその近くに移設され、空いたスペースは全て庭園となる予定となっている。

「まあ見事なもんですわ。三年前からは考えられんほどですよ」

「そうか。まあ、俺が仕官した二年前からしてもかなり変わったからな……」

街並みはかなり変わったし、その中心部である屋敷中心は特にだ。

工事の資材が積んであったり、厩の場所が移動したり。

古い館の中は変わらないとして、外の景色はかなり違う。

トムにしても、よく見れば今までの館に訪れて、普通に商談ができると気づいたのだろうが。

周囲の変化に圧倒され、混乱から思考停止していたらしい。

「まあいい。今やクレイン様は要人中の要人だ。失礼の無いようにな」

「へ、へい。そりゃあもう」

「そんなに気にしなくてもいいのに」

「む! クレイン様!」

一方で館の二階にある窓から身を乗り出したクレインは、気楽な態度をしていた。

彼としてはトムも。執事長のノルベルトや労働者の頭であるバルガスと同じく、身内として見ているからだ。

偉くなったからこそ変わらない人間がいてほしいという願いもあるのだが、それ以上に、親戚の爺様のようなトムから今さら堅苦しい態度を取られたら、笑うと分かっているからこそのフランクさでもある。

「久しぶりだな、トム爺。北はどうだった?」

「まあ、ぼちぼちかなぁ」

玄関まで出迎えに来たクレインは早速話を始めたのだが、好々爺のように笑うトムは、少し声を潜めて言う。

「色々と気になる話も聞いたことですし」

「……そうか。まあ、マリーの茶でも飲んでいってくれ」

「ええ、馳走になりますわ」

知り合いの表情から、それなりに重要な話があると察し。

クレインはランドルフも伴って、屋敷の応接室へ向かった。

部屋に入ると、クレインの背後にランドルフが立ち。

少しして、マリーがティーセットを運んでやってきた。

「あ、来客ってトムさんだったんですか」

「おお、おお。マリーも久しぶりだなぁ」

「今回は随分遠くまで行ったみたいですね」

クレインは三年ほど前から、彼には北への行商を頼んである。

彼としては、別にどこで商売をしてもいいと引き受け。

各地の情報をそれとなくアースガルド家に持ち帰ってくる存在となっていた。

「ああ、にしても今回は長旅で、少し疲れたねぇ」

「そろそろ歳ですしね」

「こりゃ厳しい」

「冗談ですよ。ごゆっくりー」

途中途中で商いを続けて、今回は王国の中央東側にあるアースガルド領から。

今までの最長である、王国の北西――ラグナ侯爵領西部――までのルートで頼んでいた。

そんな長旅を終えたトムから報告があるという。

マリーが下がってすぐにクレインが頷くと、トムは真剣な顔で切り出した。

「さて、頼まれていた北候の動向だけどなぁ。どうもよろしくない」

「どんな具合なんだ?」

「西候との戦いが、上手くいっていないみたいで」

「なに?」

本来の未来。クレインが生きていた初回の未来ではどうだったのか。

北候は西候と戦いつつ、北の街道の先にいる東伯に備えつつ。それでもなおアースガルド領へ、三万の兵を送る余裕があった。

アースガルドが味方に付いた以上、南への備えも減らしていい。

南側の手下から集めた兵力も自由に使えるのだ。

「俺が想定したよりも有利な状況なんだ。北候が負ける未来は予想できないんだが」

仮に東伯への備えに三万を割いていたとすれば、全員は無理でも、その半数は西の戦いに回せるだろう。

東と南から浮かせた兵力だけでも四万以上になるはずなので、西候を相手に苦戦しているというのは、クレインには意外な報告だった。

一体何があったのか。

まさか、本来の未来と外れたことで、何か不利になる要素でも生まれたのだろうか。

そう考えて顔が険しくなるクレインへ向けて、土産の茶菓子を広げつつ、トムはぽつぽつ語り始める。