軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50回目 不穏な動き

「クレイン様、東方に動きがありました」

「動き?」

秋になり、収穫期が終わった頃。

マリウスを経由して、密偵からの報告が届いた。

内容は、ヴァナルガンド伯爵家が軍備を再編成していること。

そして今回は、敵の兵力が増えるという見立てだ。

「……今回は、東侯まで乗ってきたか」

報告書を読んだクレインは、そのまま溜息を吐いた。

前回ですら危うい勝利だったというのに、一年も経たないうちの再進撃だ。

ようやく復興が終わったのに。

そう暗い顔をする彼に向けて、マリウスは続ける。

「援軍を出してくる兆しはございます。仮に出さないとして、後方支援に回るかと」

「そこまでしたら、いよいよ外国から攻め込まれそうだが」

今回は東方の雄、東侯の軍まで参戦してくるかもしれない。

そう聞いたクレインは、頭の痛そうな表情をしていた。

ここで地理を見れば、東伯の支配圏は東西に長くなっている。

他の方角とは違い、伯爵家の領地が内陸側に伸びていること。

侯爵家も異民族国家と国境を接していること。

それが東の特徴だ。

そこの二家から大量の兵が移動すれば、当然の如く背後を突かれるはずだ。

だからこそクレインには、さっぱり分からない。

「東伯はまだ分かるよ。恨みだって持たれているだろうから。……しかしそこに、東侯が乗る意味が分からない」

東伯からの圧力でもかかったのか。

それとも裏取引があるのか。

参戦の理由に見当もつかないクレインだが、そこまでは密偵たちも掴んでいない。

「引き続き調べを続けさせますので、続報が入り次第またご報告致します」

「ああ、頼む。報告は終わりか?」

東方へは相変わらず密偵の送り込みが難航しており。今回の報告書も戦争の予兆があるという、ただそれだけの報告だ。

裏事情を含めた詳細な情報は不明となっているので、話がこれで終わりかと思いきや。

「いえ。もう一点、不確実ですが気がかりなことがあります」

「不確実? どの部分で」

「報告書への記載は避けました」

そして不確実な点と言われても。

クレインが書類を見たところ、特に気になるところは無かったらしい。

そこで言葉を切ったマリウスが、念のために声を落として言うには。

「ヘルメス商会に、不穏な動きがございます」

「何?」

「食料や武具などを、また東へ輸出しているようですが。こちらも詳細は不明です」

どこまで深い関係性かは分からないまでも。

ヘルメス商会は北侯ラグナ侯爵家と近く、お抱えだという噂もある。

表面上は(・・・・) アースガルド家とも、友好的に付き合い続けてきた大商会だ。

商会長のジャン・ヘルメスは裏で陰謀を重ねて。

今までにも散々、クレインたちの不利益になることを繰り返してきた男ではある。

「……北候が怖くないのか」

しかし今では味方のはずなのに、どうして妨害に回るのかとクレインは 訝(いぶか) しむ。

ここで北候を裏切り、東方を支援する理由は何か。

これは流石にすぐ答えが出てくるものでもなかったし、マリウスにも意味不明らしい。

「あの商会が考えることは分かりません。ただ、一つ言えるとすれば。仮に東側の勢力を叩き潰したとしても――ヘルメス商会まで潰すのは難しいかと」

「それはそうだ」

北候と親密という話は折に触れて聞いているので。クレインが声高に処罰を望めば、北候との関係が悪化する可能性すらある。

ラグナ侯爵が処罰を決断しない限り、クレインからはどうにもならない問題だ。

それ以前に。ヘルメス商会を潰せば南北とアースガルド領だけでなく、国の経済に乱れが出るかもしれない。

多少のグレー。

どころか利敵行為をされたとしても、迂闊に手は出せない存在だった。

「なあマリウス。あの商会が東を支援するとしたら、何が目的だと思う?」

今でさえ経済的、勢力的、政治的にトップクラスの影響力を持っているのだ。

彼らが敢えてギャンブルをするような場面でもない。

何が目的か分からないのだから、クレインは部下に意見を求めた。

「そうですね……恐らく彼らは、戦力を拮抗させたいのかと」

「互角にしたい?」

「はい。彼らが望むのは恐らく、現状維持です。東伯や東候の経済圏が縮小すれば、それはそれで損ですから」

ヘルメス商会は老舗のサーガ商会を潰し、東の販路を乗っ取っていた。

東でも一大勢力を築いているのだ。

そこに思い至れば。

クレインも「ありそうな話だ」と首を縦に振る。

「そうか、東は東で商売しているんだもんな」

「ええ。クレイン様の築いた経済圏と、東を融和させたいくらいかと思います」

クレインとしては、もちろんそんな爆弾は抱えたくない。

いつ裏切るか分かったものではないからだ。

しかし今は、それ以前の問題である。

仮に北侯が許しても、南伯は恐らく許さない。

彼らはそれこそ、東方絡みで脅された時から半ば縁を切っている。

「ヘルメス商会への対応は北侯次第として。……確かに同盟側が勝てば、東は衰退するだろうな」

さて、ここで戦力比を思い浮かべるクレインだが。

領地の規模などから考えれば、推測される東伯の兵力が四万ほど。

後方の備えもあるので、東伯が自分で直接出せる数には限りがある。

しかし彼の影響力を最大限に振るえば。最低でも六万の兵は出せるだろう。

前回のような奇襲でなければ、兵数は増える。

一方で東侯がどこまで本気かは分からないが。

領地の防衛部隊を残しつつ、単独で五万は動員できる。

全力ならば、軽く見積もっても総勢十万。

東候が本格的に動けば大軍勢になる。

しかしラグナ侯爵家の支配下にある戦力は、現時点で二十万近い。

西候と正面衝突しているとして、圧倒的な兵を保有しているのだ。

その上で同盟があった。

「……そうか。北候と傘下からの援軍があるとすれば、まだまだこちらが有利、か」

「はい。圧倒的、とまでは申しませんが」

派遣できる兵力を大雑把に言えば。

東伯と東候を合わせて十万。

西候も十万ほど。

総勢二十万が敵の戦力だ。

対する味方は、まず北候が二十万。

アースガルド家が一万六千。

南伯が四万前後。

端数を足して二十六万ほどになる。

数だけで見ればほぼ互角の勝負だが、実際にはかなり違う。

まず補給能力の面で、大きな差があった。

「ピーターたちが大暴れしたから、年内に攻めて来るとは思っていなかったのにな」

彼らが中央へ向かう道は大きく二つ。

北側から、北候の勢力圏に向かう道を辿るか。

それともアースガルド領を通るかだ。

どちらへ抜けるにせよ、途中の家で補給を受けたいと思うだろう。

しかし玄関口となるヘイムダル男爵領はおろか、一歩先に進んだ騎士爵領の周辺にまで攻勢を仕掛けたのだ。

補給体制は瓦解しており。攻め込むための 橋頭保(きょうとうほ) 、足掛かりが無い。

「そこをヘルメス商会がカバーしているようです」

「ああ、需要と供給ってやつはバッチリだろうさ。……声をかけたのはどちらだろうな。何となく、商会側のような気はするが」

そもそも南方の食料生産高がダントツのため、支援能力が違い過ぎる。

長期戦では確実に同盟側が有利になるし、戦えば戦うほどその差は開く。

ヘルメス商会がそこを埋めて、初めて互角になるくらいだった。

「いずれにせよ経済的なやり取りが途絶しつつありますので、このままいけば東側に待つのは緩やかな衰退です」

「なるほど。全国に支店を展開しているヘルメス商会からすれば、東の儲けを捨てたくないわけだ」

クレインが状況を整理してみれば。

この状況で彼らが動くのは、当然にも思えた。

「それはまだ分かる。分かるが、しかし……」

そうは思うクレインだが、状況としてはしっくりこなかったらしい。

地理的に考えても、同盟側が圧倒的に有利。

東側勢力は背後に他国を背負っているが、同盟側はどこも外国と接していない。

敵対勢力を絞れるので兵力を集中させやすい上に、敵が大軍勢を送れる侵攻ルートは限られてくる。

そして敵は、全軍出動ができない。

「この勢力図で、本格的な攻勢を仕掛けるのは悪手だと思うんだが」

軍用道路に使える街道の全てが、アースガルド領と北候支配下の領地に接続している。

北に兵を出せば、南からアースガルド、ヨトゥン連合軍が。

南に兵を出せば、北からラグナ侯爵家が攻める体制ができているのだ。

商会と東伯。

どちらが煽ったのかは不明だとして、攻撃を仕掛けるのは無謀に見えた。

「こちらの利点を上げるならばもう一つ。ラグナ侯爵家は、宮中政治にも優れております」

そんな地理的優位を確認しつつ、マリウスは更に言い。

クレインもそれに同意する。

「ああ、知ってる。俺たちが東伯、東候を締め出せば独壇場だろうさ。……だからこそ、何で攻めてくるのかって話にもなるんだが」

アースガルド領が防衛力を増した今では、王都まで続く街道が完全に遮断されている。

敵対勢力となった彼らは国内政治の舞台から締め出されたも同然だ。

場合によっては国が彼らを反逆者と認定し、他家からの援軍すら得られるだろう。

「いや、逆に。だからか?」

「どういうことですか?」

今ならまだアースガルド領の強化が不十分な上、敵対関係であることは既に明白だ。

経済的にも政治的にも、締め出しはまだ終わっていない。

ここから導き出される東側勢力の思惑としては。

「本格的にうちを叩き潰すなら、早い方がいいってことだ」

「それは……確かにそうです」

備えをし過ぎて敵を刺激した。

そういう話なのだろうと、クレインは推測した。

今後、敵がどう仕掛けてくるかが読めず。

状況は不気味ではあるが、しかし。

「まあ、単体の兵数と練度でこそ劣っているものの。諸条件ではこちらが優勢だ」

政治、経済、地理、経済力、生産量。

あらゆる面で有利な条件が揃っていた。

「今は焦ることもない。調べは続けてもらうとして……敵が動く理由を、もう少し考えてみるか」

だから怯えはそれほど無く、クレインは冷静に分析を続けた。