軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50回目 次の動きは

何事も無く月日は流れ、時は王国歴502年6月の末までやってきた。

「クレイン様、お疲れ様です」

「ああ、アスティもね」

アストリがやって来て一ヵ月ほど。既に式も挙げており、彼らは名実共に夫婦となった。

今では彼女のことを愛称で呼ぶくらいには親しくなっているところだ。

午前の執務を終えたクレインは、書斎で資金管理をしていたアストリの元を訪れた。

「それは……お父様からですか?」

彼は手に手紙を一通持っていたのだが、その封蝋はアストリにも見覚えがある。

南伯――彼女の実家である――ヨトゥン伯爵家の当主が使うものだ。

「ああ、うん。来月にはもう一度こちらに顔を見せに来るそうだ」

「まあ。過保護なんですから」

東伯より条件が良いと言っても、彼らの結婚へは南伯が難色を示していた。

そこを先代からの口利きと、「中年男へ嫁にやるくらいなら同世代の方がいい」と重臣たちが説得した結果。

言い方は悪いが妥協して縁談を申し込んだのだ。

結婚式の会場でもまだ納得し切れていない様子が見られ、現当主が妻や先代から叱られていたことも、彼らの記憶に新しい。

「まあ、話すことはいくらでもあるからね。当主同士で直接話せるのはありがたいよ」

「嫌な舅になっていませんか?」

「いや。そこは全然思わないな。中央の話を聞いていれば有難いくらいだ」

貴族同士が婚姻すれば、それは色々ある。

立場を利用した金の無心や、利権関係の無茶なお願いをする義実家が多いと聞いていたクレインは、婚姻後のことを多少心配していた。

しかしよくよく考えれば、無茶を言っていたのはいつだってアースガルド側だ。

食料難のご時世で、領地を一つ丸ごと支えられる食料を買い付けしていたり。

婚姻に条件を付きつけたり。

東伯が軍事行動を起こしていない段階から援軍を要請したり。

それらが全て通っているのだから、元からかなり配慮された扱いを受けていた。

しかも東伯との件で負い目を感じたのか、以前より諸々の条件が優遇されるようにもなっている。

「先代様も優しい方だしね。不安は感じていないよ」

「それなら良いのですが……」

「お世辞でも何でもなくて、本当に大丈夫だから」

そして血縁関係をよく調べれば、クレインの祖母が南伯の分家筋だと判明していた。

先代の南伯からすれば彼の祖母は従姉妹のお姉ちゃんという位置づけだったらしく、子どもの頃から世話になっていたから、その孫であるクレインのこと気に掛けていたという話だ。

実は幼い頃に一度だけ会っていると、結婚式の際に直接言われている。

そこは彼に実感が無い部分として、先代の南伯は「金持ち喧嘩せず」を地で行くような、温厚かつ大らかな性格をしていた。

先代個人というよりは、初めて会うような南方の親戚全員がそんな性格だった。

当代の南伯もやや過保護というくらいで、特段何を言うべきところもない人物だ。

結婚の前後から今までに、親戚関係での問題は何も起きていない。

「アスティのお兄さんに跡目を継ぐ準備も始めているそうだし、領地が近いから、たまに顔を見せに来るそうだよ」

「はぁ……」

南伯からすれば可愛い娘が心配で仕方ないのだろうが。

娘からすれば恥ずかしいらしく、アストリは俯きがちに反応する。

「まあまあ、そんな顔せずに。料理人を連れてくるそうだから、故郷の料理を楽しめばいいじゃないか」

「味付けはこちらと、そう変わりないですよ?」

「微妙に違うんだろ? 細かいことは置いといて、楽しめばいいさ」

納得したようなしていないような。少し拗ねた顔をしているアストリだが。

こういった面で年相応の反応が見られることは、クレインとしては嬉しいらしい。

「料理の話をしていたらご飯が食べたくなってきたな。さ、午前中の仕事は一段落ついたんだ。昼にしよう、アスティ」

「そうですね、行きましょう。クレイン様」

二人連れ立って歩き始めたが、妻と夫の関係も良好だ。

全く順風満帆な人生と言える。

しかしこの三週間後、別な方面での心配事が起きる。

義実家との関係や、政策の話し合いとはまた違う。

昨日諜報員たちから持ち込まれた、王都で起きているその後の動きについて。

「お久しぶりです、ヨトゥン伯爵」

「……ああ、久しぶりだね」

応接室へ通された伯爵は、複雑な顔をしていた。

娘を奪った憎い男へ向ける顔と、娘を守った恩人へ向ける顔を、半分ずつ混ぜたような――まあ、複雑怪奇な顔だった。

色素の薄い金髪を右から左に流してセット。口元には僅かに髭を蓄えた中年の男といった風体なのだが、そこは伯爵らしく、着ている衣服から指輪までもが一級品で固められている。

ペンやパイプと言った小物だけを超一流の品で固めて、外に出る時はそこまで豪華な装いに見せないのが彼のスタイルだ。

と、アストリから事前に聞いていたクレインは、南伯のファッションチェックを早々に切り上げて。まずはソファーに座り、マリーが淹れた茶を出して持て成す。

「さて、商売のお話などはございますが。まずは私の部下が集めた情報をお伝えしようと思います」

クレインがそう切り出しつつ、目線を送った先には最近まで王都で情報収集を続けていたピーターの姿があった。

「情報か。まあ、いくらあっても困りはしないが……重要な話のようだね」

「ええ。私では判断が付きかねるところも多いので、ヨトゥン伯爵のご意見もいただきたいです」

ピーターを始めとした数名の武官が、付き合いのある貴族の元を訪ねて回り。

第一王子暗殺事件の調べだけは続けていたのだ。

「では僭越ながら、私からご説明致します。殿下の件は伏せられておりましたが、先日から興味深い噂が囁かれています」

「噂?」

会談における最初の話題は、事件の続報からとなった。何故そうなるのかと言えば、うっすらと陰謀の臭いがしていたからだ。

「ええ、と、言いますのも。今回の事件は跡目争いの続きであるというものです」

そう聞いて、南伯はあっけに取られたような顔をする。

国王の子どもは全員、一昨年の暗殺事件で亡くなった。

最後の子が第一王子だったので、跡目争いなどとうの昔に終わっているのだから当然だ。

意味が分からないという顔をしている彼に向けて、ピーターは続ける。

「 前(さき) の集団毒殺事件ですが。実は、生き残った方がおられたのではないかと」

「まさか、そんな……。どなたが生きておられたと言うのか」

「あくまで噂でございます。具体的な情報は何も」

それではゴシップと何ら変わらない。

ではクレインが深刻そうな顔をしている理由は何かと考えるヨトゥン伯爵だが、彼も大貴族だけあり、すぐに裏を取りに行く。

「わざわざ切り出してくるのだから、何か思うところはあるのだろうね?」

考えても分かりはしない。

だから彼が尋ねてみれば、クレインは真剣な表情で返した。

「ええ。彼以外にも何名か人員を送っていました。そして諜報部員のほとんどが、同じ情報を掴んでいます」

「……当家には、まだそのような報告は無いはずなんだが」

ヨトゥン伯爵家の方が王都の情報に精通しており、情報網も広い。

それを差し置いてアースガルド家の諜報たちが調べ上げたというのだから、彼は一転して訝し気な顔をした。

「ええ。彼……ピーターも王都から帰って来たばかりですが。この話を聞いた者は、それぞれが早馬を飛ばしました。そして各自の掴んだ情報が、 全く同じ(・・・・) なのですよ」

今まで情報封鎖されていたものが、十日前から急に、急速に話が広まり始めた。

時期としては伯爵が領地を発つ直前辺りからだ。

しかも噂話など、誰かの口を経由すれば捻じ曲がって伝わるはずなのに――どこの誰から聞いても、示し合わせたように同じ話が出てきている。

「……作為的なものを感じると?」

「その通りです」

これは誰かが、何らかの意図を持って話を広めている。

そう考えた方が自然な状況ではあった。

「しかし、ここでこのような噂を撒く意図が分かりません。噂を広める者への心当たりがあれば、お聞かせ願えればと」

このような風説を流布すれば、下手をすると不敬罪での処刑もあり得る。

悪意でバラ撒く噂にしては、誰も得しないように見えたクレインだが、この話を聞いた彼は謎の悪寒に襲われ、ただの陰謀論だと片付けるのは怖い気がしていた。

ともあれ、気になる点を確認しておくことは別段不利益にはならない。

与太話としか思えない風説であっても、確認は必要だ。

真剣に考えているヨトゥン伯爵の口から、明確な答えが出てくることを祈りつつ。彼も紅茶へ口をつけた。