軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50回目 最低の死因

「東地区の貯蔵は回復したから、次は北部の貧民救済事業を復活させて……。それから屋敷の改築工事を業者に振らなきゃいけないか」

「クレイン様、もうお休みになられた方が……」

東伯との戦いが領内へ与えた影響は大きく、結婚式が間近に迫っていてもクレインは気を抜けなかった。

何せ少しでも業務が滞れば経済が停止して大打撃を受けるのだから、決裁者の彼が執務を止めることはできなかったのだ。

「親族の歓待でもかなり時間を食ったからな。進められるうちに進めないと」

マリーも横で書類整理を手伝ってはいるが、ブリュンヒルデの穴埋めができるとまでいかない。

執事長のノルベルトにも体力の限界が見えてきたので、領内の差配は主にクレインが何とかしている状態だった。

「いつからそんなに仕事が好きになったんですか……」

「好きでやっているわけじゃないよ」

のんびり屋で面倒事を嫌う、向上心が薄めの青年。

それが昨年4月までの、マリーから見たクレインへ評価だ。

以前までの彼なら間違っても、深夜帯まで仕事をしてはいなかっただろう。

処理する問題が山積みとなり業務量が増えたことは確実だが、それにしても生き急ぎすぎではないかと使用人たちが不安がっているところはあった。

「寝不足のまま結婚式に出るのは、止めた方がいいと思いますけど」

「そうなんだけど、南伯が参列ついでに荷馬車まで連れてきたからな……。早く配給しないと」

東伯軍の兵糧を燃やしても、子爵領内に残っていれば敵は略奪に動く。

だから各地の食料を集めてまとめて燃やした結果は、5月の半ばとなった今でもまだ影響を残していた。

そこで領地の状況をある程度知っているヨトゥン伯爵は、娘の結婚式を祝うついでに、これから同盟者となるアースガルド家に対しての支援を申し出た。

引き出物を載せた馬車とは別に、臨時の輸送隊を引き連れてきたのだ。

善意での提供なので嬉しいのは間違い無いが、領地の中心部には大量の食料があり、他の地域では節約を強いられるという状態が続けば地方で反乱が起きかねない。

「催促されてから送るよりも、自発的に送った方が感謝されそうだし」

「うーん」

反乱まで行かずとも民衆からの抗議活動や、地主などの有力者が苦言を呈しに来る可能性は十分にある。

そこで手間を取られてから作業を始めるよりは、早い段階で支度を済ませて、一度で済むようにしておきたいというのが本音だった。

「それは分かりますけど、式は明日ですよ?」

「キリのいいところまで進めたら寝るさ。マリーも、もう下っていいよ」

ある程度の仕事は片付いたので、彼女の手伝いが無くとも一時間くらいで終わる仕事量にはなっている。もう少し頑張れば終わるだろう。

そう思いクレインは退室を促したが、ここのところ彼の顔色が優れないように見えたマリーは不安そうな顔をしながら去って行った。

「はぁ……。もうひと頑張りだ。空が明るくなる前には終わらせないと」

アースガルド家には領地や政策の管理ができる文官が少ないため、クレインからのトップダウンが最も早く、効率的に動けるところではある。

人口が多く、食料の消費が激しい地域から順に流通させなければならないのだから、クレインが具体的な指示を打ち出すことは急務となっていた。

「ぐ、ぬぬ、子爵、娘を、よろしく……!」

「え、ええ。お任せください」

途轍もなく悔しそうな顔をしたヨトゥン伯爵がクレインの元を訪れたが、嫁に出したくないという雰囲気が前面に押し出されている。

問題発言が出る前に引っ込めようと親族に引きずられていった彼を見送ってから、クレインはノルベルトと共に苦笑することになった。

「東伯よりはずっとマシ……。というだけで、どこにも嫁に出したくなかったという顔だったな」

「アストリ様も愛されておりますな」

微笑ましいという気持ちが半分に、困った義父だという気持ちが半分でいる。

何にせよ親族との挨拶は終わったので、あとはクレインが先に式場へ入り、ヨトゥン伯爵から連れられてくるアストリを出迎えて宣誓に入るという流れで進んでいくはずだ。

段取りをそう確認して、クレインは式場へ乗り込む。

「急な日程だったけど、形にはなったか」

第一王子アレスの死により情勢が一気に不安定化したので、日程はかなり早められている。

それも手伝い式の用意はかなり慌ただしくなったが、見栄えはいいものだった。

何せ格上の大貴族と婚姻を結ぶのだから、一切の妥協は許されない。

結婚式については人生で一番ではないかと思うほど懸命に準備をしてきたので、クレインもこの日を無事に迎えたことへ感無量の気持ちでいた。

「最初に婚約の話が出てからここまで、長かったな……」

東伯が襲来したせいで余計な遠回りを強いられたものの、二度目の人生で話を持ちかけてからここまで来るのに、49回も命を落としている。

そう考えれば苦難の果てに辿り着いた道のゴールとも言えるので、彼も緊張で胸を高鳴らせていた。

高揚した気分で入場し、彼は歓声の中を宣誓台の前まで歩いて行く。

「アストリ様がご入場されます。皆様拍手でお出迎えください」

そうして待つこと数分。

トレックが手配した楽団が入場の音楽を奏でて、伯爵に手を引かれたアストリが姿を現した。

南の人間は素朴というか、気候が温暖で汗をかきやすいという地域柄のせいか、化粧をあまりしない風潮がある。

今日は花嫁衣裳に加えて、伯爵家お抱えの使用人がメイクを完璧に施した状態で式に臨んでいるため、いつにもまして可愛く見える日だ。

遠目で彼女の姿を認めてから、ゆっくりと歩みを進めてくる様を見て。

クレインの鼓動が不規則に、しかし確実に早まっていく。

「綺麗だ、とても」

「ありがとうございます、クレイン様」

お世辞抜きで褒めたクレインへ、アストリは笑顔で返す。

窓から差し込む光に照らされた、その笑顔の破壊力は凄まじかった。

クレインの鼓動が一層高鳴って――そして、急に動きを止める。

「うっ」

「クレイン様?」

下から覗き込むように小首を傾げたアストリへ、更にときめく。

それと共に、クレインの胸が締め付けられるほど騒いで、また動きを止める。

「お、おお……」

激しい不整脈が繰り返されて、そのうち眩暈がしてきたクレインは――大の字に倒れることになった。

「ク、クレイン様! どうされましたか!?」

「いかん! 早く医者を呼べ!」

倒れた彼の下へ側近が駆け寄るが、その頃にはもうクレインの意識が飛びかけていた。

しかし突然の事態に、彼自身が、倒れた理由をよく分かっていないのだ。

だから死に際のクレインは、状況を改めて振り返ってみる。

東伯戦では領地の滅亡を賭けて、ひたすら緊張を強いられて、1月から今日までの半年ほどは毎日徹夜するくらいの仕事をしていた。

要するに、過度な緊張と過労で体調の良くなかったクレインは、心身共に限界の状態で過ごしていた。

「お気を確かにッ! クレイン様ぁぁああああッ!!」

「おい、揺らすなランドルフ!」

その緊張から解き放たれて、支援物資で内政の問題も片付きそうだと、完全に緩んだ瞬間が今だ。

――脱力感と共に、一気にツケが押し寄せたのだろう。

手足から失われていく力を前に、これまで散々死んできたクレインは、今回も死ぬと確信する。

直接の原因は戦争のストレスと仕事漬けによる過労だが、トドメがこれだ。

つまり彼は最終的に――ときめき過ぎて死んだ。

自分の死因を冷静に分析し終わったクレインではあるが、しかし結婚式は避けられない。

だから妻の美しさ、可愛らしさに慣れるまで繰り返そうかと思ったものの、しかしこの体調を引きずっていけばまた、ふとしたことで死ぬだろう。

結婚式だけを無事に乗り切ったとしても、根本的な解決にはならない。

「仕事――減らそう」

それが彼の、最期の言葉となった。

「この死に方は、どうなんだ……」

こうしてまたベッドで目覚めた彼は凹みつつも、前回の死に様を冷静に振り返っていく。

笑顔一つで心臓が爆発するなど、彼からすれば相当間抜けな話だ。

美少女と結婚できるのは彼としてももちろん嬉しいが、それで死んではどうにもならない。それに精神年齢で言えば三十歳を超えているクレインからするとこれは、相当恥ずかしい死に様だった。

石ころを投げつけられ死んだ時よりもやるせない、言ってしまえば最低の死因だ。

だから二週間前に戻ってリスタートを切った彼は、少なくとも徹夜で仕事をすることは止めることにした。

「多少内政に影響が出たとしても、体調が優先だよな……。それから、俺じゃなくてもできる作業は誰かにやってもらおう」

そう割り切った彼は、静養期間を設けて体調を回復させる道を選ぶ。

このままでは二週間後に死ななくとも、日常のふとしたことで死にかねないからだ。

「結婚式の時に選んだ内装とかも覚えているし、選ぶだけ選んだらトレックに任せて、少し楽をさせてもらおうか……」

戦争の後始末に加えて式の準備を進めていたが、クレインしかできない内政の諸問題解決だけに重点を置くと決める。

それだけでやるべきことは随分と減るだろう。

支援物資の振り分けという追加の仕事が待っていることも知れたので、次回は事前に準備しておくこともできる。

「輸送隊が来ること前提で食料計画を立てなきゃな……。まあ、気楽にやろうか」

結果としてこの業務量の削減策は正解で、彼にとっての二度目の結婚式は盛大かつ華やかに、何の問題も無く行われることになる。

かくして大貴族と縁続きになり、領地が抱えた課題もいくらかは解決される見込みが立った。

祝賀ムードで民衆の気持ちも上向いているので、統治は安定期に入ったと言えるだろう。

しかし無理をし過ぎれば、特に事件が無くとも死ぬ。

彼は50回目の人生にして初めて経験した死に様を前に、新たなる教訓を得ていた。