軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49回目 果たされない初期目標

「貴様、言わせておけば――!」

「その辺りでいいだろう、宰相。今回は負けだよ」

わなわなと怒りに震える宰相に向け、軽い口調でラグナ侯爵は言う。

すると宰相は彼に対して、信じられないものを見るような目を向けた。

「こ奴の暴言を、見逃せと言うのか!?」

「そうさ。彼が言う通り、彼を処刑する道理が無いのだから」

もしかすると、次の瞬間にも怒りに任せて人を呼んでいたかもしれない。

しかし侯爵が間に入り。続けて、問いへの答えを出す。

「アースガルド子爵。当家には天下統一の野心などなく、得た領地はいずれ然るべき者に治めさせるつもりだ」

「然るべき者、とは?」

「君のような能力が高い者でもいいし、王宮が選んだ者でもいい。直轄地として返上しても構わないさ。――恩賞として当然、いくらかはもらうがね」

それがあるべき姿であり、当然のことだと彼は語る。

クレインはその言葉に、嘘は含まれていないと見えた。

未来を知っていれば、それこそあり得ない発言だ。

だと言うのに何故か、二心が無いように見えている。

「こちらも本音を話せば。陛下があのまま腑抜けて、二年。いや、一年半もあのザマであったのなら……野心の一つは抱くだろう」

第一王子との話し合いや、商人たちとの折衝で反応を見る目は養われている。

付け加えた言葉にも、嘘は無さそうだと見ていた。

「当家の考えはこんなところだが、これでいいかな?」

果たして本心からそう思っているのか。

見抜けないほど巧妙に隠しているのか。

それはクレインからは分からない。

しかしこんなもの、一択問題である。

北侯と敵対の道を選べば、西侯と戦う前に――潰しやすいアースガルド子爵家から滅ぼすだろう。

南伯の支援があるとは言え、王子との連携が無くなった時点で到底勝ち目は無い。

更に、東伯の脅威も依然として残っている。

王宮が裁きどころではない状態にあるのだから、後から下される判決など手ぬるいものになる。

中央が混乱している時に、東方と要らない不和を抱えるわけにはいかないのだ。

大した処罰が無ければ再びの侵攻があるかもしれない。

北侯と東伯への二正面作戦など、できるはずがなかった。

「いずれにせよ。ですね」

だから、領地の滅亡を回避するという点で見れば。

彼が選ぶ道はたった一つだ。

「承知しました。アースガルド子爵家は、今後ラグナ侯爵家と共に歩みましょう」

もちろん、この道を選ぶことには抵抗があった。

しかし現実として、 皆が(・・) 生き残るならこの道しかない。

アースガルド子爵家を売り込むならば、今が最高値だ。

北侯は近い未来で西侯に勝利し、覇者となる。

そんな認識を持つクレインからすれば、これは最初で最後の機会だった。

ここを逃せば、ラグナ侯爵家と結べる機会はもう巡ってこない。

だからクレインは、個人的な感情を全て捨て去り。

かつての怨敵と手を結ぶことにした。

「おや、南伯と相談しなくてもいいのかな?」

「ええ。北侯から友誼を結ぼうと打診がきたので、受けようと思っています――と伝えて、二か月後くらいに事後報告をします」

「思い切りのいいことだ」

勝手に決められては、義実家としても立場が無いだろう。

しかし「現在話を進めています」と報告して、特段の異議が無ければ通してしまえばいいのだ。

認めないと言えば南伯と北侯の関係は悪化するが、敢えて関係を悪化させても利点はゼロに等しい。

だから実質的な後ろ盾である南伯から見ても、この件は承諾以外にない。

「むしろ仲立ちしますから、南伯とも誼を通じていただけると助かりますね。友好的な家はいくつあってもいいので」

「ふふ。そうだね、それがいい」

今ならヨトゥン家からの要望が多少入ったところで、北侯は受け入れるだろう。

アースガルド家で、ヨトゥン家が釣れることの方が大きいかもしれない。

この提携は両者にメリットがある。

クレインとしては北の侵略から、領地を守ることに成功したのだ。

南伯と共に東だけを警戒すれば済むようになった。

ラグナ侯爵家は四方の全てを警戒する必要があったものが、東西南北のうち、南と東にかかる労力が大幅に減った。

「話はまとまった。ここは人の家だから、詳細は後日詰めるとしようか」

「そうですね、侯爵」

あとは東伯。

そして動きが定かならない東侯だけを抑えれば、希望の未来が見えてくることになる。

そしてこの交渉結果はラグナ侯爵家にとってこの上ない利益になり。

加えて、明確な味方になると宣言したのだ。

これで攻めて来ることは、それこそあり得ない。

そして今の時期から西侯と本格的に争うならば、東進の時期は本来よりも確実に遅くなるだろう。

時さえ稼げば、アースガルド領は更に発展して勢力を増やせるのだ。

将来的に裏切られたとしても。制限時間を伸ばした分だけ、事態を有利に運べることは確実だった。

「この慌ただしい中で、王都まで足を運んだ甲斐があったよ」

「こちらもですよ、侯爵閣下」

「ああ、先ほども言ったろう? もう少し気楽な方が私の好みだ」

侯爵が満足気になったのも当然だ。

背後に立っていた敵対寄りの中立勢力が、一気に味方になった。

防衛面や物資の集積まで考えれば、計り知れない利益だ。

兵力的には。この会談でラグナ侯爵が、五万以上の兵数を稼いだことになる。

だからか、彼は非常に楽しそうにしていた。

「今日は実に実りのある話ができた。……宰相。この件、他言は無用だよ」

「ふん! 分かっておるわい、この不敬者どもめらが!!」

クレインが立てた、初期の目標は何か。

自分が死なず、領民を殺さず、領地を守り切ることだ。

「私としても嬉しいですよ。これでアースガルド領は……平和な未来を享受できそうですから」

「そうだね、平和が一番だ」

第四目標のラグナ侯爵を殴ることだけは達成できそうにないが。

最大の敵であったラグナ侯爵家が攻めて来ないのであれば、守りたかった全てを守れる。

仮にラグナ侯爵家が裏切るようであれば。今日という日を無かったことにして、またやり直せばいいだけの話だ。

形式上でも何でも、今は味方となった。

であれば例え死ぬことになり、また繰り返すとしても。

今のうちに、可能な限りの情報を搾り取ってやる。

と、彼は覚悟を固めた。

そして平和な世が来るならば、もちろんやり直す必要などない。

だからその覚悟の中には。

王都で暗殺された部下たちと。王子と、ブリュンヒルデの命を諦める。

そんな決断の分も上乗せされていた。