軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49回目 ヨトゥン軍の使い方

「マリウス、後続はどうだ?」

「判然としませんが、あの火の回り方であれば……砦を通行できるのは二千か三千といったところかと存じます」

クレインは逃げるアースガルド軍の 殿(しんがり) ――つまり最後尾――付近に立ち、逃走を続けていた。

「見えたぞ! 追え!」

「逃がすな!」

「討ち取れ! 討ち取れぇぇええ!!」

後方からはヴァナルガンド伯爵家の軍が追撃をかけており、アースガルド領の領都へ続く道を一直線に駆け抜けている。

「夜通し駆け抜けてきたようだが、敵さんは元気だな。囮になった甲斐があるよ」

右手は切り立った崖。

左手は鬱蒼とした森。

それらに挟まれた、馬車が二台通れるくらいの道だ。

クレインはその道をマリウス他数名の護衛と共に、ただひたすら敗走していく。

「馬術に精通すると、乗馬中に疲れにくくなりますが……あれは異常です」

「それで行軍距離が延びるんだから便利なもんだ。山がちなアースガルドじゃ、高練度の騎馬隊は難しそうだけど」

防衛線を突破されて、全面敗北だ。

このままでは勢いのままに本拠地まで攻め込まれて、アースガルド領は滅ぶ。

しかしその状況にあっても、表情には不思議と悲壮感が無かった。

「農耕馬ばかりじゃな……。先を見越して、駿馬の育成にも力を入れるか」

クレインの愛馬であるスウェンはスタミナがあるが、サラブレッドというわけではない。

スピードが出ないタイプの品種であり、追いかけっこには不向きな馬だった。

兵士たちも同じだ。

農耕馬を無理やり戦場に引っ張ってきたような有様であり、とても騎馬隊など組めない。

一方で敵が騎乗しているのは国内有数の軍馬である。

東方の草原で育ち、王国産の馬よりも一回り体格が大きい。

性能が違い過ぎるので。取り留めのない会話をしている間にも、追手との距離は徐々に詰められている。

「それは戦後にまた考えましょう。……もうすぐ着きます。さあ、お急ぎを」

「はいよ」

領都まで逃げるなら丸一日以上かかるというのに、クレインたちは何でもない道でトップスピードを出していく。

馬の全力疾走は数十秒で限界なので、息が切れた瞬間に追い付かれるのだが。

崖沿いにカーブを描いた道を曲がり切れば、そこには先に撤退していたグレアム隊が編成を終えて待っていた。

「逃がすかぁぁああ――あがっ!?」

「お、おい!」

「弓だ! 伏兵がいるぞ!!」

そして、先頭の兵士の短い悲鳴を皮切りに。崖の上から数百の矢が飛来してきた。

目の前の領主を追っていた兵士たちは、右手側の崖から狙い撃ちされていき。

盾を持っていない兵士たちは、馬上から次々と叩き落されていく。

「小児性愛者の軍が何するものぞ! 者ども、かかれい!!」

「「「おお!!」」」

崖の上で千の射手を指揮するのは、南伯の懐刀と呼ばれるヨトゥン家の家臣だ。

東伯が本当に攻めて来るかは半信半疑だったものの。クレインが言う通りに崖の上へ布陣すると、本当に敵が来たではないか。

「何はともあれ好機到来だ。順次、射撃を続けろ!」

彼は弓隊の指揮を執り、無防備な敵を散々に射かけていく。

兵士の気質が穏やかというだけで、ヨトゥン伯爵軍も精鋭だ。

一方的に撃てる環境にいれば、かなりの脅威になる。

クレインを迎え入れたグレアム隊からも矢が飛んできたので、追手は二方向からの射撃に晒されることになった。

「退け! 退け!」

「バカ野郎、大将首が目の前なんだぞ!」

「お、おい、そんなことをしている場合じゃ……」

無事だった兵の八割はさっさと退こうとしたが。

大半は後続の騎馬と衝突して、足が止まったところを討たれていく。

「仕上げだ! 総員、斉射せよ!」

進退に迷った残りの二割は、その時間が命取りだ。

右往左往しているうちに、弓の餌食になった。

「……よし、ここまでは順調だな」

ヨトゥン家の兵はよく訓練されているが、気性が穏やかでぶつかり合いには向かない。

しかし弓の腕は間違い無いので、伏兵として配置するのが最良だった。

三度目の防衛戦に失敗した時にそう学び。四度目から六度目までの防衛戦で仕掛ける位置を調整してきたところ。

カーブを曲がり切った場所で仕掛けるのが最も効率的だと判断して、この場所に配置していた。

「不意打ちで討ち取れたのが数百、最後の一斉射撃で更に五十ってところか?」

「五、六百の戦果だとは思いますが……死んだふりをしている者がいるかもしれませんので、油断なさらず」

後に判明するが、アースガルド側で撤退に失敗して討たれた者は十五名になった。

それに対し、この伏兵で討ち取られた東伯側の兵は四百七十名。

数の違いを考えれば大戦果と言える。

作戦の第二段階も成功したが、何はともあれ次の作戦だ。

クレインは馬上から兵士たちに檄を飛ばし、撤退してきた道を指して叫ぶ。

「戦死した者は後ほど弔う! さあ、全軍転進だ!」

威勢よく号令をかけたものの、クレインは戦えない。

だからその後の指揮権をマリウスに預けると。

彼らは来た道を引き返して――罠にかかった敵を、逆に追撃し始めた。

ここ三回は、ここまで完璧に作戦が遂行できている。

仕上げだけをしくじってはきたが、現段階では不安要素は無いとクレインも安心していた。

「最後の一つだけは……いや、今は目先のことだな」

最後の一手だけが成功しておらず、未だ挑戦の中にいる。

詰めが失敗すれば領地は滅ぶし、それは未だに成功していない博打だ。

今回も失敗ならば、根本的な作戦の練り直しを求められるかもしれないが。

今はまだ戦場へ立っているのだ。

「よし、負傷者には手を貸してやれ。我々は防衛隊と合流するぞ!」

手勢を率いてクレインが更に西に進むと。

大森林を抜けた先には、領都を出発した防衛隊も待っていた。

そこに、崖の上から降りてきたヨトゥン伯爵軍も帰ってくる。

合流してそれなりの数となった彼らは、大森林の入り口に簡易な陣を構えて。

クレインはそこで、続報を待つことにした。