軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49回目 お前はまだ東伯を知らない

新規の領地に潜む敵対勢力を取り除き、治安は回復傾向にある。

予定通りに兵数を増やすことができそうと見たクレインは、次に東の備えを始めていた。

「建築は順調のようだな」

「ええ。ガワはできたので、物資の搬入も始めていますよ」

アースガルド領から東へ向かう道を抜けた先に、防衛用の砦が建築されている。

街道を封鎖するように建てられており、南側は深い森と崖が連なる通行不能地帯。

北側も急斜面の山と接している。

突貫工事のためそれほど大きくはないが、要害にはなっていた。

「よし、アースガルド側からは補給もできるだろうが。全軍が三ヵ月食えるだけの食料を運んでおいてくれ。暖を取るための油も大量にな」

「……うーん」

砦の防衛を既に十回失敗しているクレインは、その度に反省点を積み上げている。

場合によっては砦を避けて、森を強引に突破して本拠地に奇襲を仕掛けてきたり。

砦に仕掛けた策を見破られることもあった。

それでも野戦よりは、確実に手ごたえを感じている。

基本方針は間違っていないとしつつ。

失敗から積み上げてきたベストな策を実行しているところだ。

しかし、それを知らないトレックから見れば過剰な備えでしかなかった。

「……クレイン様、ここまで用心することですか?」

普通に考えれば、どこをどう考えても東伯が軍勢を送り込んでくるわけがない。

常識人のトレックは、クレインの心配性に呆れていたが。

「トレック……お前はまだ、東伯という人物を知らない」

「確かによく知りませんけど。使うかも分からない砦に、ここまで資材を使わなくてもいいんじゃないかと」

「何を言う。まだ足りないくらいだ」

クレインに付いていくと決めたトレックは、私財を投げ打ってまで砦の建築に尽力していた。

まあ、あくまで先払いなので。

かかった費用は後ほど、全て請求していいと言われているのだが。

しかし「嫉妬に狂った東伯が攻めてくる」と聞いた彼は、クレインが冗談を言っているものだと思っていた。

少なくとも最初はそう思っていたとして。

見れば見るほど過剰な計画書が持ち込まれ、絶句したことは記憶に新しい。

「そうは言ってもですよ。縁談が一つダメになったくらいで、騎馬隊を送ってくる奴がいますかね?」

「その見積りからして甘いぞトレック」

そこで言葉を区切ったクレインは、より一層真剣な表情になり。確信を持って断言した。

「なんなら俺は、東伯本人が先陣を切ってくると確信している」

「いやいや、あり得ないですって」

しかしトレックは信じない。

というか、もしも領主の話を信じるならば。

四十ほどの伯爵が当時七、八歳の子どもに一目ぼれをして。

五年に渡って言い寄り続けた挙句。

結婚させないなら潰すぞと、王国最大手の商会をけしかけて。

別な男と結婚させると聞いた途端に、恋敵を殲滅するための兵を出す。

しかも軍勢の先頭は伯爵本人。

そんな話になる。

こんなもの、「何をバカな」と笑うことしかできない。

クレインが真剣な表情をしていたところも笑いのポイントだ。

「まあ今のご時世、備えておくのはいいことだと思いますけどねぇ。流石のクレイン様でも、今回ばかりは考え過ぎじゃないかと思ってますよ」

「だったら賭けるか? 来年の春までに東伯が攻めて来るかどうか」

冷害を予測したり銀山を発見したり。

王子と接近したり人材を大量に発掘したり。

暗殺を看破したり戦争で圧勝したり。

最近だと辺境伯の娘と秘密裏に婚約して、同盟関係まで勝ち取りもした。

クレインは十六歳という若さで既にいくつもの大仕事を成功させてきているが。

何も作戦の全部が成功したワケがない。

いくつもの作戦を用意しておき。

たまたま当たったものが大当たりしたのであって――外れて日の目を見なかった策も多いはずだ。

そう考えていたトレックは。今回の作戦は「まあ外れるだろう」と思い、笑顔で頷く。

「いいですね、何を賭けます?」

「胃薬三年分とかでどうだ」

「……随分と夢の無い賭け事ですねぇ、それは」

トレックから見たクレインは大層な心配性というか。

大らかなのに、妙に神経質なところがある。

この若さで胃薬を愛用しているくらいだから、元々胃腸が弱いのかもしれないが。

まあ、それなら自分が賭けらしいものを賭ければいいかと、彼はいくつかの候補を思い浮かべて。

「ああ、そうだ。それなら私が勝ったら、ワインをいただけますか?」

「いいぞ。どの銘柄だ?」

「この間ヘルモーズ商会から献上されたものです」

「……人の献上品を、かっぱらおうとするなよ」

そもそも何故、ご機嫌伺いでプレゼントされた品の銘柄を知っているのか聞きたいクレインだったが。

「まあいい。予想が外れたらワインセラーから、もう何本か付けてやろう」

ともあれ確実に勝てる賭けなので、ここは乗っておくことにしたらしい。

この時点では両者共に、勝ちを確信していた。

「いいんですか? それはありがたい。実は私も結構ワインが好きなので、クレイン様のコレクションからいただけるなら――」

「渡すのは東伯が来なかったら、だ」

既に勝った気でいるトレックの横を、大工の一人が通り過ぎて。

――すれ違いざまに、ポケットの中へ紙切れを入れていった。

二人は目も合わせず、横で見ていたクレインも見落としそうになるくらい自然な動作だ。

密偵の顔を把握しているクレインですらそうなのだから、まさか気づく者はいないだろうと安心しつつ。

情報を受け取ったトレックは、早速開封にかかる。

「はいはいと。まあ与太話はそれくらいにして、建材のチェックでもしますかね」

「……領主様の話を、与太話とか言ったらダメだろ」

鞄から資料を取り出し、そこに密偵からのメモを紛れこませたトレックだが。

資料を読むフリをして内容を確認すると。

失敗したような顔をしてから、ごく小さな声で呟く。

「あちゃあ、賭けは負けですかね。この報せが届くのが、もう少し早ければなぁ」

「いや、それよりも……何だか随分手馴れているな」

「慣れですよ慣れ」

確かにマリウスと組ませて諜報をさせることが多かったとして。

いつの間にかトレックも、いっぱしのスパイになっていたようだ。

ともあれ、調査結果を読み終わった彼は。

賭けに負けたことを確信して、深いため息を吐いた。