軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26回目 次の動きは

銀山が安定稼働を始めてからというもの、アースガルド領は黄金期を迎えていた。

収入は右肩上がりに推移しており、不作や不景気の影響も全く受けていない。全てが順調のまま時は流れて、季節は冬口を迎えたところだ。

しかし順風満帆の人生を送るクレインは――執務室で頭を抱えていた。

「兵士を増やすのも、なかなか難しいな」

「塩梅が難しいところでございますね」

アースガルド領では屯田兵に近い、半兵半農制を採用してきた。普段は農家をやっていて、有事の際には兼業兵士になる人間が大半ということだ。

だがこの平和なアースガルド領で、兵士の出番はほとんどこない。

「兵士専門の衛兵は領地全体で100人そこそこ。職業軍人筆頭のハンスですら、勤務の合間に畑を耕している有様だったからな」

アースガルド領が人口2万5000人ほどだったことを考えれば、兵士の数は当然少ない。

そして領地が発展した今になっても、それほど増えてはいなかった。

衛兵に登録された者は一応の戦闘訓練を受けているので、予備役と言えば聞こえはいだろう。だが言ってしまえば、家臣の中には戦闘に長けた人材が皆無ということだ。

農家がクワを剣に持ち替えたところで、それほどの脅威にはならない。

クレインは兵が弱い原因を、この辺りに見出していた。

「外敵のいない環境ですので、弱兵も致し方ないことかと存じます」

「だからこそ、数を増やすしかないと思うんだけどな……」

クレインは内政改革が一段落したと見て、軍備に取り掛かろうとしていた。

近衛騎士であるブリュンヒルデの助言を受けながら、プロの戦闘集団を作ろうとしていたのだが、ここにきて想定外の問題が持ち上がっている。

「何はともあれ、食料が足りない」

「左様でございますね」

アースガルド領はバランス型の領地だ。牧畜も農業も鉱業も何もかも、突出したところが無い代わりに、領内の生産物だけで回せる安定経営をしていた。

しかし銀山の出現を皮切りにして、鉱業に特化した街づくりが行われている。大森林を開拓した副産物として林業が発達し、工業面でも技術力は上がっているのだ。

王宮からの出向組が管理することで、各種の産業は形になってきたが、問題は食についてだった。

「この消費の激しさは予想外だ。農業以外は順調なんだけどな」

新規の分野が伸びる分だけ仕事が生まれるため、移民や出稼ぎによって人口が加速度的に増加している。

だがそうなると、今度は流入した民を食わせていくための、食料が不足する見通しとなった。

今は上手く回っているものの、いずれは食料の問題で人口が頭打ちになる。

「ブリュンヒルデ。専業の兵士を増やすとして、どれくらいの割合が適切だと思う?」

「兵の比率は人口の2%までと言われておりますが、領地の食料事情を考慮致しますと、1%までに抑えた方がよろしいかと存じます」

農業生産高が高い 肥沃(ひよく) な地域なら別だが、山がちなアースガルド領では平時でも、住民100人につき兵士1人が適正になる。

戦働きの核となる隊長クラス、正規兵を囲える数はそこで限界だ。

「指揮官の数は壊滅的だな。小隊長の手配にもこと欠きそうだ」

「左様でございますね」

「……平時がこれとして、有事の徴兵にも色々と問題がありそうな気がする」

緊急時には衛兵たちの手足となる臨時の兵を徴用するが、上限は人口の2割が精々だ。

そこを超えてくると戦後の経済立て直しが利かないどころか、戦いの内容によっては社会機能の維持すら難しくなってくる。

クレインとて2回目の人生で東伯――ヴァナルガンド伯爵家――の軍勢が攻め寄せた際に、3000の兵を動員したことはあった。

しかしそれは滅亡寸前だからと、なりふり構わずに絞り出した数だ。

「今の人口は領都で2万を少し超えたくらいで、次に大きな街で5000。その次で3000、その他の村を全部合わせて更に7000くらいか」

領地全体の総人口は3万人台の半ばにきているため、戦時に根こそぎ動員すれば、単純計算で7000ほどの兵が確保できる。

しかし今現在、領内に留まっている人間が3万人いるというだけで、中には出稼ぎ労働者がかなりの割合で含まれているのだ。

戦争が始まれば地元に帰る人間も多いだろうと予想はつくので、クレインの中では5000人も集まれば上出来だと思っていた。

「元々の兵数が3000人だと考えれば1.6倍だ。確かに補強は進んでいるんだが……」

年に4000の兵士が増えるペースで拡大している。

元からいた兵士と合わせれば、3年後にはクレインの目標である兵数1万5000人が実現できる――かと思えば、落とし穴があった。

「飢饉と移民の対策で、輸入分は使い切った。伸びているのは商業面で、農業は横ばいだとすれば」

「物資不足により継戦能力が低くなります。何かしらの手を打つ必要はございますね」

兵士とは何も生産しない職業であり、兵数が増えるほど、農業や商業に従事する人数が減るのだ。

今ですら食糧に不安を抱えているのだから、軍事に偏重すれば確実に不足する。

そしてやろうと思えばできる数。徴兵の限界は人口の2割だが、長期動員すればその場を凌いだところで、領地の運営が破綻してしまう。

諸々の足かせを確認した上で、クレインは改めて尋ねた。

「最大兵力を徴兵したら、どれくらい保つものだろう?」

平時ならば生産に寄与しないだけであり、数を増やせば多少重荷という程度だ。

しかし兵士たちが戦場に出ている間、彼らは金と食料を急速に食い潰す。

徴兵によって農作業の半分以上が止まれば、その後の展開は言うまでもない。

「兵となるのは主に、働き盛りの若い男性です。備蓄の量を 鑑(かんが) みても半年が目途かと存じます」

「村や街から、男手がほぼ消えるからな。まあ当然の話だ」

何より大規模な会戦が行われた場合、生き残りが女性に偏れば出生率が大幅に下がり、あとはもう坂を転げ落ちるだけになる。

ブリュンヒルデも概算を出してみたが、全力で戦える期間は最長でも半年という見積りになった。

「破綻しないように目標数を集めるには……逆算すると、2年半後までに人口15万を達成か?」

動員兵力は人口の1割程度に収めたい。そしてクレインの最終目標は兵数1万5000だ。

目標数から考えれば、爆発的な人口の増加が必須となる。単純に考えれば、発展のペースを倍にしないと追いつかない計算だった。

「そこまで急激に増やせば、別の問題が生じるかと存じます」

「分かってるよ、今ですら移民のトラブルが多いんだから。……でも有事の時に、兵がいませんでは話にならない」

到底不可能な数値だと理解しつつ、クレインは渋面を浮かべた。

しかし攻め込んでくる北侯軍の半分というざっくりとした望みは、今後の展開を考えると必要な数でもあった。

「殿下と共に戦うことになるなら、援軍として送る1万と、防衛に残す5000くらいは確保しておきたいんだ」

「そこまで集まれば、殿下もお喜びになるとは思います。ですが現実的に、難しいのではないかと」

2年半後のラグナ侯爵家には、敵対していたわけでもないアースガルド家に向けて、3万の兵を派遣するだけの余裕があった。

それを見てきたクレインとしては、北侯と決戦する段階になっても、第一王子が対抗できるだけの兵力を集められるかは怪しいと思っている。

ブリュンヒルデに裏事情を明かすことは当然できないが、結局のところ自前の軍隊は、どうしても欲しいという結論にならざるを得なかった。

「……金なら幾らでもあるんだが、上手くいかないな」

「不作の影響が響いておりますので、新しい買い付け先を探すのも難しいところでございますね」

ネックは戦争云々を抜いたとしても、増える人口を支えるだけの食料が無いことだ。

そしてこれは何も、アースガルド領だけの問題ではなかった。

圧倒的な資金力を持ち始めたクレインでも、買えないものはどうしようもない。

冷夏の影響で、ヨトゥン伯爵領でも例年ほどの作物は収穫できず、そもそも買い付けできる食料の数には限界があった。

「そうだな。今は何とかなっているし、この問題は一旦棚上げしておこうか」

領内における食料自給率の改善という課題は重い。

そして目下最大の懸念は、輸入先が一つしかないところだ。

「改めて考えてみると、南伯との関係が悪化したら終わるな……これは」

「左様でございますね、閣下」

南との関係が悪化すれば即座に飢える。この意見にはブリュンヒルデも首肯した。何せ不足食料のほぼ全量を、ヨトゥン伯爵領からの輸入に頼っているからだ。

自給自足できる農村には十分な食料があっても、クレインの本拠地である領都などは、輸入品で賄っている状態だった。

「それ以外にも課題は山積みだし、どうしたものか」

食料や衣料品などを輸入しているのは、第一王子が声掛けして集めた大商会たちだ。しかしその中には、堂々と裏切りを企む曲者がいる。

しかし排除すれば流通が回らず、上手に付き合うしかない状態だ。

そして国王が派遣した支援の人材や、王子が裏から回している、非公式の応援が途絶えた場合も運営に支障が出る。

「……まあ、来年が豊作であることを祈ろう。それしかない」

近隣で有数の栄えた領地になろうとしているのに、この有様だ。

クレインは相変わらず崖っぷちのままで、綱渡りの経営を続けていた。

「少数精鋭で回すしかないのなら、まずは兵の鍛錬からだな。将を用意するのが先か」

幸いにして、来年は例年通りの収穫を見込めると知っているクレインは、頭を一旦食から離すことにした。

彼は問題の焦点を、統率側の人間が不足している点に絞って手を打つ。

「騎士の派遣を追加で要請致しますか?」

「殿下から人手を借り過ぎて、殿下の活動が滞っては本末転倒だよ。在野の人材を引っ張ってくるしかない」

王子は依然として宮中での裏工作を続けており、味方を増やしている最中だ。手足となる人材を借りただけその効率は落ち、何よりあまり借りを作れば後々が恐ろしい。

ということで、クレインの中ではもう、次の動きは決まっていた。

秘書に話して頭を整理しつつ、彼は当初の目論見通りにレターセットを広げる。

「まずはスカウトからだ」

家臣に誘いたい人間の住所は、大体把握しているのだ。

クレインは少数精鋭の猛者を集めるべく、方々に向けた手紙を書き始めた。