軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十八話 準備完了

アースガルド家への奇襲が失敗したとなれば、東部の領主たちはクレインからの反撃を予想して、程度に差はあれ警戒体制を敷くだろう。

そのため襲撃の失敗が、東部の各地に伝達される直前。そこで攻勢をかけるのが、最も有効打になりえるという判断に落ち着いた。

つまり暗殺計画の発動は、敵の襲撃を跳ね返した直後だ。

この考えを基にして密偵を放ち、方々に散ってから1ヶ月が経った頃。クレインの手元には、一通りの報告が出揃っていた。

「今回はどうだ?」

「うん、悪くなさそうだ。少なくとも潜入までは、ほとんど成功している」

作戦開始から1ヶ月と言えど、 4回目の1ヶ月(・・・・・・・) だ。

成功例と失敗例の全てをクレインが記し、その差異をアレスが分析するという分業も、慣れたものだった。

「やはり領地が精強なほど、裏方の備えが厚い傾向にあるな」

到着してからすぐに発見された間者もいたが、失敗してしまった場合は、まず人員を入れ替える。

入れ替えた結果、何も起きなければよし。そのときは個人の力量の問題だ。

反対に、誰を送り込んでも露見する場合は、その地域の防諜体制が完璧であることを示唆していた。

どうしても潜り込めない領地は、作戦が成功すれば戦果が大きいところ。という見方もできる。

そのためクレインは、地図を指しながら言った。

「やっぱりもう少し、大きな領地を崩すための策を練ってみないか?」

「……いや、やめておけ。数はこれで十分だしな」

常に最大のリターンを欲しがるクレインは、攻撃範囲を拡大させたがっていた。

だがアレスは、にべもなく却下する。

それもそのはず、暗殺が成る見通しの領主や将軍は、当初の予定の倍を超えていたからだ。

工夫すれば潜り込めるエリアの絞り込みを終えて、その大半では既に、声をかけるべき 現地協力者(・・・・・) の目星まで付けてある。

計画を発動させた際、実際に何人を殺害できるかという話にはなってくるが、アレスとしては既に過剰だと思っていた。

そして、攻撃目標に据える人間はいくらでもいるのだから、仮に思ったような成果が出なかった場合でも、攻略が難しい領地に 固執(こしつ) する必要は無いという判断だ。

「それなら後は、経過を待つだけか」

「そうだな。どれだけ 葬(ほうむ) れるか、見物ではある」

敵の領内に混乱を与えた段階で、一定の目標は達しているため、暗殺は半数が成功すればいい。それは前々から話し合っていたことだが、クレインは都度都度、強欲に攻めていこうとしている節があった。

だからお目付役の反応を伺いつつ、今回も追加の提案は忘れない。

「少しは余裕がありそうだし、東侯の寄子にも……と思ったけど」

ヴァナルガンド伯爵家の勢力圏には配置が完了したが、北東に位置するヘルヘイム侯爵家の勢力圏にまでは距離の問題で浸透していない。

だから、もう少し被害を増やせないかと思い、クレインは控えめに告げた。

しかしアレスはそれすらも過剰だと止める。

「数もそうだが、範囲も絞るべきだ。裏方のみの全面戦争になり得るし、何より時間が足らぬ」

「……だよな。勿体なくはあるけど、これがいいところか」

攻撃に使える人材の数、地理、後々の影響まで含めて、現状で完成だ。

あとは時期を待ち、蓋を開けて、結果を確認するだけだった。

このまま予定通りに進めば、望んだ通りの結果が得られる見通しが立ったのだ。仮に戦果が少なかった場合でも、そのときに積み増しを考えればいい。

そう結論付けた上で、クレインは次の展開に目を向ける。

「攻撃の計画が整ったなら、防御のことを考えよう」

防ぐものとしては、大きく3つある。

ラグナ侯爵家に帰る使節団への攻撃。屋敷への襲撃。街での破壊工作だ。

「まずは北侯への対応かな」

「……放っておいても、死ななそうではあるが? 奴なら勝手に生き残るであろうよ」

「いや、まあ、そう言わず」

北部に引き揚げていくヴィクターの動向は、まだ調べていなかった。

この点は、不確定要素のままだったので、クレインは可能性を挙げる。

「ラグナ侯爵家の一行を狙う敵は、山越えの軍勢だけではないかもしれないからさ」

それこそ本拠地に戻るまでの間に、裏切り者から襲撃をされる可能性もあるのだ。だからこそ、そちらにも護衛をつけねばならなかった。

アレスの首肯を確認しつつ、クレインは重ねて聞く。

「敵側の動きは、共有しておくべきかな?」

「そこは伏せる意味も無い。こちらの攻撃案まで含め、全て開示して構わぬだろう」

開示の相手にはビクトールも含まれる。どころか、クレインはそちらにこそ詳細を共有しておきたかった。

何せビクトールについては、中央に派遣されることが決まっている。

目的は、南方に築いた食料庫をアースガルド領に加増させるなどの、政治的な根回しのためだ。

そこに付け加えて、今回アレスが企んだ「情報の統制と流布」に関しても、ひと働きしてもらいたいと考えていた。

「まあ、何にせよ一度、話してみてからか」

「深くは考えずとも良い。山脈からの軍勢を防いだ時点で、それなりの安全は確保されているからな」

「……となると、優先すべきは屋敷のことだ」

屋敷を襲撃してきた手勢は一度、罠にかけて殲滅済みではある。

しかし夜間の戦闘なのだから、どうしても多少の被害は避けられない。

そのため、これからクレインとアレスが行っていくのは、離反者の中でも腕っ節に自信がある人間を、間引いておく作業だ。

「事前に排除しておきたい人間は、まとまったか?」

「ああ。ベルモンドに腕前の評価を頼んで、その中からリストを組んでおいた」

「あの放蕩者か。……まあ、人物鑑定については信頼が置けるか」

極論を言えば、裏切り者の武官を全員、事前に、個別に排除してしまえば、襲撃による被害など発生しない。

文官だけが相手なら、何の労力もなく制圧できるだろう。

しかし事前に戦力を削り過ぎれば、間者たちが襲撃計画を中止しかねない。

その点には注意が必要とされていた。

「一定以上の事件が起こらなければ、これより始まる大規模な処罰への、納得と理解が得られぬだろう。それは忘れるな」

「分かってるよ。裏切り者がきちんと裏切るように、調整してみるつもりだ」

粛清の名分を作るためにも、事件は起こさねばならない。

だから今回に関しては、 仕方がない被害(コラテラル・ダメージ) の計算が求められていた。

ある程度の損害は認めざるを得ないが、 どこまで許すか(・・・・・・・) のコントロールが問題になるということだ。

「味方から戦死者を出さないことは絶対として、後遺症が残るような怪我を負わせないことも、考慮しながら作戦を進めていかないとな」

今回は個別の対処ではなく、一網打尽なのだから、それなりの戦闘は避けられない。

例えばそこでランドルフや、マリウスが手傷を負えばやり直しだ。

数十人の部下に捕縛を命じて、殺すつもりで待機している十数人の敵を制圧せねばならないのだから、ある意味では暗殺よりも遙かに難題だった。

「とは言え会談に引き続き、これも出たとこ勝負か?」

「そうだな。むしろ簡単なのは、破壊工作への対処であろう」

市井に関して言えば、鉱山で起こされた落盤事故などは、後々まで産業に影響を与える可能性が高い。こうした産業施設への攻撃に対しては、事前に警備部隊を送り、破壊の準備段階で検挙する必要があった。

だが、破壊工作には大規模な用意が要るため、押さえるのは簡単だ。

そのため防ぐなら、 未然に防げない(・・・・・・・) 工作がメインとなる。

例えば「井戸に毒を放り投げる」案件に対しては、犯行直後の現行犯逮捕では遅い。

毒を持って井戸に近づいた時点で、投下前に捕らえなければならない。

ということで、対破壊工作を考える上では、現場対応と連携が最大の課題だった。

「まあ、やり直せば何とかなるんだけど……無駄死にはするなと」

「そういうことだ」

「いろいろと考えてみたんだけど、それだと採れる手は……」

もちろんこの点に関しても、クレインは暗殺の準備期間で頭を回していた。

検討と熟考を重ねてはいたが、しかし辿り着いた結論は、解決策とも呼べない解決策が一つだけだ。

「ハンスを呼び戻すしかないな」

「それがよかろう」

事件の終息後に被害状況を見て、抑制が間に合わなかった部分については、犯人を取り押さえるタイミングから指示し直すことになる。

指示を出すのはいいが、それとは別に、取り締まりの現場を統括する人間も必要だ。

しかし現状で、総指揮官が務まりそうな人間と言えば、ハンスとオズマくらいしかいなかった。

「勤務歴が浅いオズマ一人で、全ての現場を回すのは……流石に無理だろうからな」

ならばエメットやチャールズといった、北部出身かつ同門の人間と一緒に、街から離れた鉱山の警備に当てて、独立部隊として運用する方がいい。

細々とした事件が多い街中に関しては、地理に明るく顔も広い、ハンスに統括させるのが最善の警備体制だ。

「でもそうすると、マリーとアスティの護衛をどうするか」

「脱出先で私と合流すれば、ブリュンヒルデが担える。……実際に、今までもそうしてきたのだろう?」

「うむむ……」

信頼できる衛兵は選別済みであり、気取られない限界まで数を増やすつもりでもある。しかしクレインからすると、ハンス以上の適任はいなかった。

非常時の指揮統率に長けた、信頼に足る、そこそこは戦える武官。

そこに加えて、日常的に話す機会が多い、妻と気心の知れた相手という要素。

傍にいるのがアレスとブリュンヒルデとなれば、この男を護衛に残しておきたい気持ちはあった。

が、何を考えているのかを見透かして、目を細めながらアレスは言う。

「私が、貴様の妻を怯えさせないか、不安なのだろう」

「えっ? ああ、いや、そんなことは」

ある。避難先で心細い思いをしている妻が、仏頂面の第一王子殿下と行動を共にするのは、精神衛生上よろしくないのでは。という懸念が。

直球の問いに口ごもりつつ、クレインは小声でぼやく。

「……こうして見ると、ハンスってやっぱり便利なんだよなぁ」

ハンスには威圧感が無いどころか、ちょうどいい安心感があるおじさんだ。

アースガルド家の軍事最高責任者という役職を鑑みても、彼が同行していれば緩衝材になれるだろう。

一つ一つの能力は誰にでも替えが利きそうなのに、よくよく考えると、条件に合いそうなのはハンスしかいない。

そんな場面を何度も経験してきたな。という、現実逃避を早々に切り上げて、クレインは開き直った。

「いや、まあ。アレスもブリュンヒルデも、雰囲気が怖いじゃないか」

「それは過去の印象に、引きずられているのだろう」

クレインは過去まで遡って考えるが、マリーはブリュンヒルデに好意的だった。

アストリとて、合わないイメージは無い。となれば問題はアレスだ。

「なら、少し愛想を良くしてもらえるか?」

「……善処しよう」

「……不安だなぁ」

とは言え、逃亡先で襲撃されたという話は聞かなかったので、何かの拍子に展開が変わり、襲撃者が流れていったときのための措置だ。

脱出先ではマナーも礼節も無いだろうが、マリーが王侯貴族に慣れるためのブートキャンプとでも思えばいい。

そんなふうに片付けて、クレインは一応の配置を確定させた。

「ともあれ、これで準備は完了か」

「ああ、やることはやった。残るは調整だな」

ラグナ侯爵家の一行が来るまでは、残すところ半月ほどだ。

クレインは過日の復讐を万全に終わらせるべく、細かい指示を出しながら待つことにした。